素敵なお城と住人たち
ミオはまず、城門の前までわたしを連れてやってきた。
昨日、お父様と一緒に進んだルートを、同じ速度でたどっていく。
グラナド城は、半分が石造りの塔、半分が煉瓦と木で出来た綺麗なお屋敷という、巨大な施設だった。
石の部分は二百年以上前に建てられたらしい。かつてこの場所が王国領の果てだったころ、辺境伯が砦として築いた城塞だ。平和になった現代には、ものものしいほどの重厚感がある。
「まとめて『グラナド伯爵城』と呼ばれてはいますが、城の方はほとんどお飾りですね。商人と交渉するほかは、特別な儀式やパーティ。来賓に、威厳を示すための展示会場です。実際の生活は『館』のほうになります」
なるほど。どうりで生活感がないわけだ。
城の裏扉を出ると、ぱっと景色が開けた。華やかな庭園だ。庭を挟んだ向こう側に、瀟洒な館が建っている。館のほど近くに、お風呂の小屋があった。
そうか……昨日は俯きながら歩いてて、よく分からなかったけど、こういう造りになっていたのね。
木造部分は住居のスペース。リュー・リュー夫人が移住して建てた新しいもので、あちこちに水路や井戸と上水道、暖炉と換気窓がある。安全で便利で、快適だ。
館の扉を開きながら、ミオがそう説明してくれた。
「一階は炊事場、浴場などの管理施設で、使用人達の住居でもあります。ほとんどが住み込みで、中には妻子、家族とともに暮らしている者もおります。交代制で、昼夜問わず城を守り、主のお世話をいたします」
「へえ……」
「二階が、伯爵家ご家族の私室です。朝食とお茶菓子などは私室で、昼と夜は一階の食堂にお出しします」
そういえば、昨夜の夕食は「今日はこちらで」って持ってきてくれていたものね。伯爵城の食堂……どんなものだろうか。
「それから主賓客室ですね。普通の来客は『城』のほうで済ませますが、公爵様やご親族、特別に親しい友人がお見えの時はこちらへご案内します」
「そうなんだ……あれっ、じゃあどうしてわたし、最初からそこに案内されたの?」
「お父上は城のほうで対応しましたよ」
よくわからない返答をされた。
そうしてわたしは説明を受けながら、屋敷中を歩き回った。とっても広くて立派なお屋敷は、お花がいっぱいで華やかで、それでいて掃除が行き届いてて。
お城のほうも丁寧に修繕されていて、優しい清潔感に満ちている。最初に感じた威圧感も、内側から見れば頼もしい。
……素敵だな。シャデランと全然違う。うちも旧家で広さはあったが、手入れの予算が立たず家政婦もおらず、わたし一人でどうにか維持をしていただけ。どうしても経年劣化が目についたものだ。
ハンナとイルザ以外の侍女や、料理長、庭師まで、すれ違うたび全員と挨拶をした。気さくなひともいれば、なんとなく気まずそうに顔をこわばらせる人もいたが、みな丁寧に名乗ってくれた。
城門からスタートした案内は、また城門に戻って終了になる。
そこにいた門番に、わたしはアッと声を上げた。さっきは休憩中だったのかしら、やっと再会できた。ミオより先に声をかける。
「トマスさんですね。昨日は父が困らせてしまってごめんなさい」
振り向いて、彼はものすごく驚いたように飛び跳ねた。
「奥様、どうして僕の名前を?」
お、奥様……。
まあ正式な婚約者だし間違いではないけども。否定することもないと思い、わたしは改めて頭を下げた。
「そう呼ばれていたように思ったのですが、間違えたかしら」
「合ってます! いや覚えて下さるとはまさか」
「良かった。改めまして、わたしはマリー・シャデラン。トマスさん、できればフルネームを教えて頂けますか? これからお世話になるので、みなさんの名前を覚えたいのです」
「あ……フルネームは、ディボモフ・トマス・テンダーと申します。ははは、本名は王国じゃ珍しいし発音しにくいでしょ、奥様もどうぞミドルネームのトマスでお呼び下さい」
「……ディボモフ……それってもしかして、ルハーブ島を開拓した英雄、ディボモフにあやかって?」
「!! ご存じで!? 僕はルハーブの出身なんですよー!」
トマスのテンションが上がった。満面の笑みでわたしの両肩を掴み、抱きしめんばかりに接近してくる。わっ、と思った途端、突然トマスは横転した。
「マリー様は旦那様の婚約者です。みだりにお体に触れないように」
ミオが何か、技を仕掛けたらしい。いつのまにやらトマスの後ろで、腰を落として構えていた。地面に突っ伏したまま詫びるトマス。抱き起こしたらまた彼が叱られるのね。ぐっと我慢して身を退く。
「ああ……嬉しい。王都で故郷の話が聞けるなんて……」
腰が抜けているらしい、膝をついたままで、トマスはそう呟いていた。




