真相解明……?
カエデさんの生まれた家は、姓を貴央院といい、鎖国中においても出国を許された名家――いわゆる大貴族であるらしい。
貿易商としても成功し、主にシャイナを相手に取引していた。中でも大きな利益を上げたのが海産物――食品の他、珊瑚や真珠だった。
古代からミズホの海は、良質の天然真珠が獲れたという。カエデさんの父、現当主は、オラクル留学で学んだ経営学を活かし、貿易業で大成功。末代まで使い切れないほどの財を得た。
――そこで、金と自由を持て余したのが、末娘の楓さん。
幼いころから父の書斎に出入りをしては、オラクルの学術書を読みふけり、真珠が出来る仕組みを研究。『お小遣い』で貝を大量に買い付け繁殖させて、真珠の養殖研究を開始した。十年に及ぶ試行錯誤の末、製品化できるほど安定した生産に成功。シャイナは大喜びですべてお買い上げ、カエデさんは、父親が成した以上に莫大な利益を家にもたらした。
「――とはいえ、ミズホでは女性が表立って商売をやるのは体裁が悪くてね。養殖真珠の功績はすべてお父様のものになってるよ」
カエデさんはサラリと言った。
……その声音に、悔しさが微塵も感じられないあたり、名声以上の見返りを得ているに違いない。
同じことをキュロス様も思ったらしい、隣でわたしと同じく、じっとり胡乱げな半眼になっていた。
それ受けて、カエデさんはニッコリ笑う。
「いやぁ、だから何ってことはないよ。私だってミズホの女、三歩下がって殿方を立てるくらい心得てるし」
「自分に逆らったら真実をバラすぞと実父を脅し、やりたい放題だったでござる」
アンジェロさんが補足した。
「本当ならば当主しか触れないものが大体カエデ様の部屋にあり、ほとんどの女人禁制の場所に赴いておられました。しまいにはオラクルの外洋貿易船まで購入して……オラクル留学隊を編成し、自分は樽に潜んで関所を抜けると、世界漫遊船の船長として君臨してしまったでござる……」
「……それは……なんというか、すごいな」
「拙者も城勤めから連れ戻されて、なぜか無理やり乗せられたでござる。とほほでござるよ」
そう言いながらも、いまいち悲壮感はないアンジェロさん。袖で目元を拭う所作をしているけど、まったく涙なんか出ていないし。
……なんだかこの人も、カエデさんと同類のような気がする。
二人の話を聞きながら、わたしはもう、何も言えなくなってしまった。カエデさんは同性で、年齢もそれほど変わらないように見えるのに、あまりにも世界が違いすぎる。
わたしだって領主の家に生まれ、父に代わって経営をしていた。だけどなんにも共感できない。資金を使って新事業を興すとか、父を脅してやりたい放題だなんて、発想も無かったわ。
当たり前みたいに話すカエデさんに、わたしはホゥ……と息を吐いた。
「カエデさんって、すごいわ。とってもエネルギッシュで、かっこいい」
「そぉ? ありがと」
イエーイとポーズを決めてくれる彼女。もはや昨日までの淑女のイメージは吹き飛んでいる。
自分にはないものを持っている女性に尊敬のまなざしをむけるわたしに、キュロス様は地鳴りのように低い声で呻き、懇願した。
「マリー、頼むから、彼女を見習ったりしないでくれ」
それは大丈夫。見習おうと思って倣えるものではなさそうなので。
――さて。とりあえずこれで、彼女たちの正体は分かった。だけどまだ問題が残っている。
キュロス様は大きく嘆息すると、腰に手を当て、背筋を伸ばす。
そしてまた鋭い眼差しで、彼女たちを見下ろした。
「それで? 結局のところおまえ達は、養殖産業の関係者として、この真珠騒動にグラナド商会がどう関わるか探ろうとしてたのか」
「んーまあ、そういうことかな」
やや曖昧に、だけど肯定する返答。キュロス様は苦い表情をする。
……真珠騒動……それはここ最近、全国の宝石商を騒然とさせている話題である。
島長とも話し込んでいた通り、養殖真珠の大量生産、安価での市場流通は、天然真珠の関係者にとって脅威だった。天然ものと変わらない、もしかするとそれ以上の品質である養殖品が市場を席捲すれば、廃業を余儀なくされてしまう。それだけでなく、真珠そのものの価値が暴落する。
そうはならないよう、奔走していたのがグラナド商会、すなわちキュロス・グラナド伯爵だ。
せっかく生まれた技術を否定はしない、だが天然ものと真珠市場も護りたい。板挟みのキュロス様が提案した打開策が、値下げ競争の禁止だった――。
「……これは分かっていると思うが、俺は天然ものだけでなく、養殖真珠も値段が下がりすぎないよう画策していた。どちらの産業も守ろうとしていたつもりだ」
「うん、そうだね。それは養殖やってる側にとってもありがたい話」
「――だったらどうして、邪魔するようなことをする」
「邪魔? ただ調査していただけだよ。ミズホはもともと天然真珠の産地、貴央院はその両方を取り扱ってる。これからどっちを量産したほうが儲かるのか損をするのか、流れ次第で経営の仕方を考えなきゃいけない。あんたら西の貿易商が、どっちに肩入れするのか見極めたかったのさ」
ひょいと肩をすくめて、彼女は言った。
見極め? では、キュロス様がどちらに肩入れしていたとしても、それを邪魔することはなく乗るつもりだったってこと?
きょとんとしているわたし達に、カエデさんは、にやーっと笑った。ベッドからぴょんと飛び降りると、わたしとキュロス様の背中を順番に叩き、また笑う。
「――安心したよ、グラナド商会は両方の味方だったんだから。だから、私達もあんたの味方。 なんならそちらの後をついていくだけの太鼓持ちだ。仲良くやっていこうじゃないか」
「は? 何言ってるんだ、勝手に話を締めようとするな」
「いやほんと、邪魔しないって。だいたいね、まず勘違いしているみたいだけど、私達がこの島で会ったのは、ほんとにただの偶然だよ」
事も無げにカエデさんは言う。
「私たちはもう何日も前からここに来て、観光してたの。一生に一度は訪れるべき『終末の楽園』……しかも南洋真珠の産地ってことで、遊びに来てただけだもん」
「そんな適当な嘘で言い逃れが出来るとでも?」
「じゃあ波辺のリゾートホテルにでも問い合わせてみな。私達は本当に遊んでただけ、そこにたまたま、あんたが来たんだよ。浜辺でキャッキャと水かけ遊びしてたら、グラナド商会のバルトアンデルス号がやってきて、慌てて追いかけてきただけさ」
「ぶっちゃけ盗み聞き作戦もその場しのぎ、行き当たりばったりで適当に嘘ついてたでござる」
アンジェロさんは、実に軽やかにそう言った。
南国の空のように強い青の、綺麗な目を、くしゃくしゃに細めて。
「カエデ様はたぐいまれなる商才はあれども、賢くはない。地面に落ちているポップコーンや毒キノコを、ノリで齧っちゃうような……そんな女の子でござるよ」
……あれ?
わたしは小首をかしげた。
……もしかして……わたしの推理、一つだけ間違っていたかも……。
「なんだかなあ。バカバカしい。俺は力が抜けてしまったぞ……」
キュロス様は、頭痛を抑えるみたいに額を抑え、大きな大きなため息をついた。
「わかった、もういい。これでおまえ達を信用するわけじゃないが、もともとあの商談は、盗み聞きされて困るようなものじゃない。近いうちに真珠協会全体に通達する予定で、なんなら伝聞の手間が省けたくらいだし」
「ふふっ、そうだろう?」
カエデさんはそう言って、両手をぱあっと大きく開いた。
「なら、そろそろご飯にしよう。さっきから窓の向こうでいい匂いがしてるの、きっともうあの一家は先にバーベキュー食べてるよ」
「おおっそれはいかん。早く行かねば食い尽くされて、拙者ら四人とも夕飯抜きになるでござるよ」
「そ、それはたしかに!」
とりあえず一時休戦、わたし達四人はテラスから庭へ飛び出した。
案の定、庭にはすでにバーベキューの白煙と美味しそうなにおいが立ち上っていて、テンダー一家がわいわいと食事を楽しんでいた。
「待ってぇ、わたし達にも残しておいてーっ!」
叫びながら全力疾走で駆けつけて、なんとかギリギリ、みんな夕食にありつけたのだった。




