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ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される  作者: とびらの
遥かなる海と大地と遠い国での結婚式

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気を付けて!

 

 朝に出発して岩山を登ること半刻、降りること一刻。ついにわたし達は目的地にたどり着いた。


「つきました! ここがルハーブ観光名所の代表格、その名もポップコーンビーチです!」

「ポップコーン……?」


 おうむ返しに聞くわたし、と、アンジェロさん。さらにその後ろでちんまりと、カエデさんも首を傾げていた。

 場所は、わたし達が船をつけたビーチのちょうど反対側、島の裏面だ。一見、何の変哲もない白い砂浜である。なんでそんな名前なんだろう……と思いつつ近づいて、わたしは初めてその意味が分かった。砂粒が大きい。

 親指の半分くらいある、大きな大きな白い砂粒が、ビーチ一面に敷き詰められていたのだ!


「なにこれ、ポップコーンそっくり!」


 わたしは飛び跳ねるようにビーチに駆け寄った。

 うわわっ、歩きにくいっ。普通の砂浜も足が埋まって大変だったけど、砂利が大きく硬いぶん、さらに足を取られてしまう。靴底越しにちょっと痛い。


「これって石なの?」


 指でつまんで、手のひらに乗せてみる。見た目は本当にポップコーン、すこしだけ重いかな? 感触は石のようだけど、スカスカで軽い。それでいてしっかり硬くて、指先に力を入れてみても割れなかった。


「石灰藻の化石だな」


 同じく指でつまんで、キュロス様が呟く。

 ……せっかいも、ってなんだっけ、どこかで聞いたことがある。


「珊瑚の死骸ですね!」


 イサクが元気よく続けた。


「ぼく達も詳しくは知らないです。ルハーブの民はこっちにほとんど来ませんしね。面白い形だとは思うけど歩きにくいし、船も傷つくので」


 なるほど。わたし達にはこれがとても珍しく面白いものに映るけど、この島で生まれ育った人たちには当たり前のこと。ただ使いにくい浜として敬遠されているだけなんだって。


「だから観光客に、どこか面白いところはないかって聞かれても、今までここを案内しませんでした。海水浴も魚釣りも、表の浜のほうがずっとやりやすいです。でも前にキュロス様が来た時にお話したら、次はぜひ連れて行ってくれって……」

「海域的におそらく石灰藻だろうとは思った。それでも、これほどの堆積量は想定外だな。ここは新しい観光地になるぞ」


 確かに、これは海を渡って見に来る価値がある。

 お土産に少しだけ拾って採っていいか聞いてみると、イサクもキュロス様も、「たくさんあるからいいんじゃないか」とのお返事。わたしは大喜びでしゃがみこみ、より面白い形の粒を探して拾う。

 こういう作業って宝さがしみたいでとても楽しい。グラナド城のみんなに見せた時の反応が楽しみだわ。ランチバスケットに入れて、食卓に置いてみたら、誰かがつまんで驚くかしら?

 そう話すと、キュロス様は大笑いした。


「それならラッピングをしてルイフォンに贈ろう。いつもやられている仕返しだ」

「ふふふ。アナスタジアは食べないようにって、メモを入れておいてね。お姉様は疑いもせずに、奥歯で噛んでしまいそうだもの」

「じゃあアナスタジアには別に、本物のポップコーンを贈るかな」


 そんなおしゃべりをしながらふと見ると、アンジェロさん、カエデさんもしゃがみこんで、粒を拾い集めていた。

 ひとり、不思議そうに首を傾げるイサク。


「こんなの持って帰ってどうするんです?」


 あはは、現地の人はそんな感覚なのね。

 そういえば彼の兄も、故郷のことを「何もない」と言ってたなあ。

 人間(ひと)って、すぐ近くにあるものほど、その価値に気付きにくいのかもしれない。生まれ育った故郷の名物とか、家族の特性とか、自分自身とか。

 ぼんやりしていると、後ろでアンジェロさんが呟く声が聞こえた。


「おっ、これはすばらしい。コンペイトウのようでござる」


 すると、カエデさんが一粒、石を摘まみ、前歯で齧った。もちろんそれは彼女の冗談で、本気で食べようとしたわけではない。アンジェロさんは笑いながらも怒った顔をして、彼女の口から摘まみ取る。


「こら。ご令嬢が拾い食いなんてマネでもするものじゃありません。ばっちぃでござるよ」


 仲良くほほえましい、主従のやり取り。

 そうして、両手のひらに乗りきらないほどのポップコーンを手に入れて、大満足のわたし達。

 日が暮れる前に帰らなくてはと、急ぎ足で来た道を戻る。

 と言っても道中、少しだけの遠回りならば、積極的に寄り道をしていった。

 ポップコーンビーチの他にも、ルハーブはまだまだ見どころが満載だ。

 切り立った岩山にびっしり並ぶ深い窪み。ここはスフェインに侵略される前の市街地で、この洞穴が島民の住宅だったという。そこは今、天然の冷蔵庫になっていて、魚が獲れすぎた時には干し魚にしてぶら下げているそうだ。

 歩いて入ることが出来ず、高所から見下ろすしかない土地もあった。不毛の砂漠地帯や、鋭く尖った岩石が雑草のように生える浜もあった。

 だけどどこに居ても視界には、青い海と白い街、鮮やかな色の花が映りこむ。

 本当に……ルハーブ島は、素敵な島だった。


「最後にここだけ、寄り道して行きましょう」


 イサクが案内してくれたのは、一見何の変哲もない洞窟だった。

 岩肌にぽっかりとあいた大きな穴を、恐る恐る進んでいく。壁も地面も人に踏みならされたようすがなく、凹凸が鋭くて歩きにくい。


「ここは、俺も初めてだな。どこにつながっているんだ?」


 キュロス様の問いに、イサクは得意げに「後のお楽しみですよ」と言う。どうやらキュロス様に地理の知識があるせいで、ガイドとしてちょっと物足りなかったらしい。

 彼に導かれるまま、薄暗い洞窟を進むこと、しばし――。

 不意に、やたらと明るい空間があった。

 驚いて見上げると、空がある。洞窟の天井がなく、吹き抜けになっているのだ。それゆえ天から陽光が差し込んでいる。

 さらに地面は清らかな泉になっていて、水辺には草花が育ち、神秘的な空間になっていた。

 キュロス様も相当驚いているようで、ホオっと声を上げる。


「すごいな、なんだこれは。洞窟の中に陽だまりがあるとは」

「だけど壁の高さが二十メートルはあるわ。天に向かってどうやって堀ったのかしら? あるいは山を外から掘り下げたの?」

溶岩で出来た(ハメオス・デル)水たまり(・アグア)です!」


 イサクは誇らしげに叫んだ。


「ここは昔、火山だったんです。何千年だか、もっとだか、ルハーブの祖先が島に住みだすより前に噴火があって、ぽっかり空いた縦穴に雨水がたまって泉になりました――なったんだろうって、島長が言ってました」


 キュロス様も知らなかった場所を案内できて、意気揚々としていたのが、途中で失速していくイサク。


「あの……ごめんなさい、ここは本当に、観光案内はしていない場所で。……ご紹介したのは、今いる四名様だけの特別サービスというか……」


 アンジェロさん達も感心して、ぼんやりその景色を眺めていた。


「なんと美しく、神秘的な。なぜこれほどまでに美しい場所が、観光地として知られていなかったのか」


 独り言のようにぶつぶつ呟く。


「……ポップコーンビーチと言い、この洞窟の中の陽だまりと言い……ルハーブの民はあまりにも無欲すぎるでござるよ……」


 ――それは、たぶん違うわ。

 気まずそうなイサクの表情を見て、そう思う。

 このハメオス・デル・アグアの価値は、ルハーブの民も知っていた。だから、隠していた。ビーチで遊んで寛ぐだけの観光客に、わざわざ教えて、踏み荒らされたくはなかったのだ。

 だってここはこんなにも、祭壇に似ている。

 どの国でどんな神を崇めるかに関わらず、この空間を神秘的に感じる心は人類共通のものだろう。

 神が作りたもうた、天使のための休息所。今にも天使が降りてきて、清水を一口含みそうだとわたしは思う。


 それぞれが頭に思い描く聖なる祭壇、祈りの地――その光景がここにあった。


「世界って、美しいわ」


 自然と涙が浮かんできたのを指で拭い、わたしは深呼吸した。


 本当に――来てよかった。 


 しばらくわたし達は全員で、神々しい空間を堪能していた。

 途中、ふとわたしは、この泉の水脈が気になった。天からの雨水がたまっているのかと思ったけど、それにしては清らかすぎる気がした。よく見ると水面がわずかに揺れている。どうやら地面からの湧き水らしい。

 だとしたら、たくさん雨が降ったらどうなるんだろう。結構な高さまで浸水してしまうのかな? それともうまく洞窟の外に()けるよう、ルハーブの民が側溝を作っているのかしら……。


 そんなことが気になって、数歩、後ろに下がる。


 すると視界に、カエデさんの姿が映りこんだ。床に何かがあるらしい。しゃがみこんで、何かに向かって手を伸ばして――。


 わたしは声を張り上げた。



「あっ――小心(シャォシン)!」


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