星空のベッドで
それからわたし達は、途中で止めていた食事を平らげて、客室へ入った。入れ違いにカエデさんたちが食卓に着き、テンダーママの料理を待つ。その間に、わたしとキュロス様は荷物を引き上げ、庭園に出た。
まだそんなに夜更けではなかったけど、我慢できなくて、ハンモックベッドにダイブする。
生まれて初めてのハンモックだ。体重の掛け方に失敗するとグラグラ揺れて、布ごとひっくり返ってしまう。キュロス様にロープを押さえてもらって何度かリトライし、やっと全身を横たえさせる――と。
「すごい。宙に浮いているみたい!」
わたしは声を上げた。
ちょっと動きでゆらゆらと揺れる寝床、だけど悪酔いしそうな感じは全然なくて、むしろ心地いいくらいなの。完全に脱力すると、視界には満天の星。ハンモックの浮遊感も相まって、本当に空中にいる感じ。
「素敵。最高の体験だわ」
「喜んでもらえて何より」
はしゃぐわたしに、キュロス様は嬉しそうに目を細めていた。わたしと違い、ひとりで簡単に寝転がると、やはり星空を見上げて微笑む。
「……確かに、船のとは違い、ちゃんと広くて足が伸ばせるな」
「そういえば、船室は普通ハンモックベッドなんでしたっけ?」
キュロス様は頷いた。
「うん、あの揺れやすいところが衝撃には強く、むしろ安定するんだ。俺たちの部屋は喫水線に近く、揺れにくい部屋だったので特別だっただけで。でも君がハンモックに憧れていたと知ってれば、俺達の部屋は一般船室にすればよかったな」
「でもそのハンモックでは、あなたの長い手足が収まらないんでしょう?」
わたしが言うと、彼は「まったくだ」と肩をすくめた。
それから空を見上げ、ふっと笑う。
「たしかに。マリーの言う通り、星空の中に居るみたいだ」
「……はい。『ずたぼろ赤猫ものがたり』で見たのと同じ、ずっと憧れていた景色……」
わたしは呟いた。
ハンモックは、定宿を持たない旅人の必需品――猫と旅人が世界をめぐる物語には、ハンモックで眠る彼らがたびたび描かれていた。幼いわたしは挿絵を見ても、どういう仕組みなのか分からなかった。空飛ぶ絨毯、いや宙に浮くベッド? 外国って面白い、ディルツには無いものがたくさんあるんだわ――姉と二人、きゃっきゃとはしゃいでページをめくっていた。
キュロス様にそう語ると、彼は目を細めた。異国人を母に持つ彼は、わたしがこうして異国文化について語っていると、とても嬉しそうな顔をする。
「マリーは本当に、異国との文化交流が好きだな。なりゆきだったが、海に連れ出してやれて良かった」
寝転がったままコクコク頷いた。
本当にその通りだ。もちろん、わたし達は今ただ漫遊しているのではなく、イプサンドロスでの結婚式と、キュロス様のお仕事や貴族の義務的な外交を目的としている。だけど現地の出会いも楽しみで仕方なかった。ディルツ国内では出会えない、遠い国の人と出会って、リアルなお話を聞けたらいいなって――。
……ふと、つい先ほどの出来事を思い出す。
わたしは目を伏せた。
「……わたし、あの方に何か失礼なことをしたのでしょうか」
「さっきの、東洋の女か?」
「嫌われてしまいました。謝罪もしたのに――シャイナ語の発音が悪かったのかもしれないけど……」
わたしの表情が曇ったのを、キュロス様は感じ取ったのだろう、バツの悪そうな顔をした。
「いやすまん、俺の態度が悪かったからだな。今思うと無礼が過ぎたよ」
「ううん、それは仕方がないわ、実際にあの部屋で四人同室なんて無理でしたし」
「そうじゃなくて……いや、なんでもない」
彼は首を振り、それ以上は何も言わなかった。わたしが尋ねても答えてくれず、やはりどこか不機嫌そうに、目を閉じたきりだった。




