特別番外編 Kirli birkırmızı kedi hikayes(ずたぼろ赤猫ものがたり)
いつかの時間、ここではない場所。
たくさんの国を歩いて渡る、旅人がひとりおりました。
ある日、彼がやってきた街の入り口に、赤くてずたぼろの猫がおりました。
旅人は猫に尋ねました。
「やあ猫くん。君の名はなんというの?」
ずたぼろ赤猫は答えました。
「うるさい旅人、名前なんかあるもんかい。ぼくはただのずたぼろだ」
今度はずたぼろ赤猫が、旅人に尋ねました。
「それよりも、どうしておまえ、ぼくに名前なんて聞くんだい。ぼくがどうしてずたぼろなのか、おまえは知りたくないのかい」
旅人は答えました。
「それなら聞かなくたって分かるよ。君が赤いせいだろう? 猫の仲間にいじめられたな。私は何でも知っている」。
なんでも知ってる旅人に、ずたぼろ赤猫は尋ねました。
「どうしてぼくはゴミなのに、耳があってしっぽがあってニャアと鳴いて歩くんだろう?」
「そりゃあ君が、ゴミじゃなくて、猫だからだよ」
旅人は答えました。猫は尋ねました。
「ごみじゃなくて猫なのに、なんでぼくはずたぼろなんだろう?」
旅人は答えました。
「それはただ、君がそういうものだからだよ」
「どうしてぼくは、そういうものなのだろう」
「君がただ、そうであるからっていうだけさ。私が旅人であるのとおなじにね」
旅人は歌い始めました。
「私は旅人 旅をしている人だから旅人
君はずたぼろ赤猫 ずたぼろの赤い猫だからずたぼろ赤猫」
「ばかにするな!」
猫は怒って、旅人をばりばりひっかきました。
旅人はいたいいたいと逃げました。
「どうして怒る? 怒りんぼのひっかき猫。ゴミでいるのは嫌なのかい?」
そう問われると、ずたぼろ赤猫は答えられませんでした。
「だったら私と旅をしよう。猫がゴミのように転がっていればゴミになる。ゴミがニャアと鳴いたら猫になる。そして私と旅に出たならば、君は今日から旅猫だ!」
旅人と赤猫ずたぼろは、世界中歩いて旅をすることにしました。
小麦がどこまでもどこまでも続く国を歩きました。
ずたぼろはすっかり小麦まみれになって、小麦猫になってしまいました。
「さて、次はどこに行こうかな?」
小麦畑の道端に、案山子がひとつありました。
旅人は案山子に言いました。
「やあ案山子さん、明日の私はどこにいる?」
「そんなことより旅人よ、俺の質問に答えたまえ」
案山子は旅人に尋ねました。
「どうして俺はここから動けない?」
「そりゃあ君が案山子だからさ。案山子はそこから動かないものさ」
「案山子とは動かないものなのか」
案山子はウームムと唸ってしまいました。
「動けないのは嫌なのかい? だったら旅に出るといい」
旅人は言いました。
「畑でじっと動かずいれば案山子になる。旅に出れば旅人さ!」
案山子はじっと考えてから、言いました。
「いや、俺が動けば農夫が困る。俺はここに案山子でいるよ」
小麦畑の国を通り過ぎて、旅人とずたぼろ赤猫は、岩山の国に来ました。
とげとげ岩の向こうから、ぴいぴいと泣き声が聞こえてきました。そこには泣き虫の鬼がいました。
「やあ、泣き虫鬼さん。明日の私はどこにいる?」
「そんなことよりぼくの質問に答えてよ」
鬼は泣きながら言いました。
「どうして僕は泣き虫なの? 鬼なのに、どうしてこんなになぜ弱いのだろう」
旅人は答えました。
「泣き止めばいい。泣き虫鬼が泣き止めば、君はただの鬼になる」
「だけどみんながぼくを殴るんだ」
「殴り鬼に殴って返せば、君が殴り鬼になる。殴り鬼が泣いたら泣き虫鬼になる。どちらになりたいか選べばいい」
泣き虫鬼は悩みました。涙が渇くまで、長い時間悩みました。
やがて、ただの鬼は言いました。
「殴り鬼にはなりたくない。だけど泣き虫鬼ももういやだ。ぼくは泣かないことにする」
泣き虫鬼はもう泣きませんでした。
岩山の国を超えると、高い高い山がありました。
山はあまりにも高すぎて、旅人たちは進めません。
「やあ小鳥さん、教えておくれ。明日の私たちが向こうへ行くには、どうすればいいのだろう」
小鳥は答えました。
「山のふもとには虹色の鳥がいる。虹のかかる日に話しかければ、山の越え方を教えてくれるわ」
旅人とずたぼろ赤猫はたくさんの雨と晴れを待ちました。
やっと虹のかかった日、虹色の鳥に尋ねました。
虹色の鳥は教えてくれました。
「虹がかかっている間だけ開く扉があるのよ。ほら、あそこ!」
見ると確かに、虹色の扉がありました。
「だけどもうすぐ消えちゃうわ。はやく、いそいで、はしってはやく。はやく、いそいで、はしってはやく」
旅人とずたぼろ赤猫は大慌てで扉に向かいました。
はやく、いそいで、はしってはやく。
はやく、いそいで、はしってはやく。
山の国のてっぺんには、大きな大きな猫ちゃんがいました。
大きな大きな猫ちゃんは、ずたぼろ赤猫に尋ねました。
「君もひとりぼっちなの?」
「いいやぼくには、旅人さんという仲間がいるよ」
「俺はひとりぼっちだよ。他の猫より体が大きくて大きくて、友達になってもらえないんだ」
大きな大きな猫ちゃんに、ずたぼろ赤猫は言いました。
「だったら君と同じくらい、大きな大きな子とお話すれば?」
「俺ほど大きな大きな猫は他にいない」
たしかに、大きな大きな猫の言う通りでした。大きな大きな猫は、それはそれは大きくて、黄色くて黒の縞々があって、太い腕には鋭い爪が生えていて。
旅人は言いました。
「君は大きな大きな猫ではなく、ごくごくふつうの虎なんだよ。私と一緒に行かないか。君と同じくらい、大きな大きな猫のような生き物が、君以外にたくさんいる国がある」
ごくごくふつうの虎は考えました。
「俺がふつうの虎になって、それでも友達ができなくて、ひとりぼっちだったら?」
「それは、ひとりぼっちのふつうの虎だね」
旅人は答えると、大きな大きな猫のような生き物は、すぐに言いました。
「だったら俺は、大きな大きな猫でいるよ」
大きな大きな、ひとりぼっちの猫は、その場に寝転がりました。
旅人とずたぼろ赤猫は山を越え、旅をつづけました。
山の国を超えると、砂漠の国でした。
旅人は砂まみれになって、砂人になりました。
ずたぼろ赤猫は砂まみれになって、砂ぼろ赤猫になりました。
サソリとすれ違ったとき、旅人はサソリに尋ねました。
「明日の私はどこにいる?」
サソリは答えました。
「まっすぐいけば、海!」
旅人と猫は海に向かって歩きました。
途中、お腹が空いたので、サボテンをステーキにして食べました。
途中、またお腹が空いたので、ラクダのこぶを一つもらって食べました。
途中、またまたお腹が空いたので、砂漠の砂をお砂糖にして、ケーキを作りました!
じゃりじゃりじゃりじゃり。
「まずい! こんなの食えたもんじゃない!」
「さすがに砂は砂のまま、甘い味にはならないね」
旅人はげらげら笑って言いました。
砂漠の国を超えると、海に出ました!
旅人とずたぼろ赤猫は協力して、ちいさなイカダをくみ上げました。
「そのイカダはイカガ?」「まあまあイイカだ」「よし、ではイカーダ!」
おいっちにさんし、おいっしちにさんしと漕いで進む大海原。二人の目の前に、まっしろで大きな壁が立ちふさがりました。
「あっ、イカだ!!!」
イカダは巨大なイカに襲われて、ふたりは海の中へ投げ出されてしまいました。
海の底には、町くらいある大きな船が沈んでいました。
五百年くらいまえに沈没した、海賊の船でした。
骸骨がいっぱい転がっているなかに、一体だけ踊っている骸骨船長がいました。
ずたぼろ赤猫は、骸骨船長に尋ねました。
「どうして踊り続けているの?」
「わしは海賊船の船長。ある王国の宝物を盗んだはいいが、その宝物は呪われていて、踊り続けるしかできなくなった。船が沈んで骸骨になっても、踊り続けるのをやめられないのだ」
「ではその宝物を私がもらったらあなたの呪いは解けるのですね」
旅人が言うと、骸骨船長はおおいによろこんで、塩水をどばどば流しました。
「宝の隠し場所は、船長室に地図がある。船長室はあっちだ」
しかし骸骨船長は呪われているので、踊ってしまい、ちゃんと指さすことができません。
「どっち?そっち?あっち?」
「いやそっち。こっち。あっち」
ふたりは宝の地図を手に入れました。宝のありかは暗号になっていました。
水夫の①②の部屋の③畑の下
①気合いを入れながら泳ぐ魚ってなんだ?
②カゼでもないのにいつも鼻をたらしてるどうぶつは?
③扉と扉の間にできる野菜は?
水夫のエイゾーの部屋にあった、トマト畑を掘ってみると、宝の山を手に入れました!
「やったあ、大金持ちだ!」
ずたぼろ赤猫は大喜びしましたが、
「だめだよ。使ったら私たちが、あの骸骨船長と同じに呪われてしまう。もとの持ち主に返すんだ」
ふたりは宝の山をもって、王国のお城を訪ねました。
王様は、真っ白の長い髪の毛と、真っ黒い長い髭を持つ男の人でした。
「この宝物は、ある海賊さんが王様のご先祖さまから盗んだものです。全部返すので、海賊さんの呪いを解いてください」
旅人が宝物を差し出すと、王様は大いに喜びました。これにて一件落着です。
お礼に豪華な晩餐会に呼ばれました。
美味しいものをたくさん食べました。
晩餐会の夜も更けたころ。お姫様が会場に現れました。
王族や貴族のみんなが、お姫様に次々と挨拶をしました。だけどお姫様は笑いません。悲しそうな顔をしていました。
王様は困っていました。
「なぜ姫は笑ってくれないのだろう。どうすれば笑ってくれるのだろう」
旅人は答えました。
「楽しいことがあれば笑うだろうし、そうでなければ笑わないよ」
「毎日こんなに贅沢な暮らしをしているのに、楽しくないはずがない」
王様や、王族や貴族のひとたちは、お姫様の前にたくさんの宝物を積みました。それでもお姫様は笑わないので、もっともっと積みました。
それでも姫は笑いません。
ずたぼろ赤猫はお姫様に尋ねました。
「お姫様、どうしてそんなに悲しそうなの」
お姫様は答えました。
「民が飢えているからです。ここにある宝物も美味しいものも、民から奪ったものだから。わたしはそれが悲しくて、笑いたくないのです」
それを聞いて、王様は怒りだしました。
「民から奪い、贅沢をして、楽しく暮らすのが王の仕事だ。笑いなさい姫」
お姫様はますます泣くばかり。王様はますます怒りました。
王様は命令しました。
「旅人よ、おまえが姫を笑わせろ!」
旅人は答えました。
「嫌だ」
「私はただ旅をする人で、芸人ではないし、詩人でもない。姫に聞かせて楽しい話など何もない。楽しい経験がしたいなら、お姫様も旅に出よう。他の国に行って、他のものになってみよう。そしたらいつか笑えるかもしれないよ」
王様はますますます怒りました。
ずたぼろ赤猫は、旅人が意地悪をしていると思いました。笑わないお姫様と怒った王様が可哀想になりました。
「ぼくがお姫様を笑わせるよ」
ずたぼろ赤猫は、踊り始めました。
ぼくはずたぼろ、ぼろっとろっととっと。
地に広がったらモップになるよ。
尻尾を立てたら箒になるよ。ろっとっと。
お姫様は笑いませんでした。ずたぼろ赤猫は、それから三日間、毎日踊って見せました。
まっすぐ立ったら案山子になるよ
めそめそ泣いたら泣き虫鬼
大きくなったらふつうの虎
踊れば骸骨、汚れればずたぼろ、旅に出れば旅猫だ!
ぼろっとろっとろっとっと。
ろっとぼろっととっとっと。
お姫様は、くすっと笑ってしまいました。
だけどそこで、旅人は猫を抱き上げました。
「だめ。お姫様は笑いたくないんだよ」
せっかく笑ったお姫様は、前よりもっと泣き出してしまいました。
王様は怒って、旅人を牢屋に入れてしまいました。
ずたぼろ猫はお姫様を微笑ませたごほうびに、ぴかぴか猫にしてもらいました。
ぴかぴか猫は、旅人を探して夜の城をさまよいました。地下の牢屋の奥で、ずたぼろの人を見つけました。
ぴかぴか猫はずたぼろの人に尋ねました。
「あなたは旅人ですか」
ずたぼろの人は答えました。
「旅人だよ。私はまだ、旅を続けたいと思っているからね」
旅人は旅人のまま、動けなくなって、お話が出来なくなって、二度と会えない遠いところへいってしまいました。
ぴかぴか猫は王様にお願いして、旅人の体をもらいました。そして遠くへ続く道に埋めました。
土と泥で、ぴかぴか猫はずたぼろになりました。
だけどずたぼろの猫はひとりでも、旅を続けることにしました。
旅人に連れて行ってもらったところではない、知らない国へ、ずたぼろの赤猫は歩き始めました。
そうしてずたぼろ赤猫の物語は、これでおしまいになりました。
おしまい。




