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ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される  作者: とびらの
カラッポ姫と嘘つき王子

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154/322

新婚初デートは蜜の味【後編】

 

 ――ということで、なぜか追い出されてしまったあたし。

 だけどここで素直に従うあたし、ではない。


「行ってきまーす」


 と病室を出てすぐドアに張り付いて、聞き耳を立てていた。


 ……ノーマンとルイフォンは、一体どんな話をするのかしら?

 ふたりはもともと知り合いだ。あたしが見ている限り、そんなに仲が悪そうでもない。だけどやっぱり王族とその御用達職人、ノーマンに遠慮があった可能性は高い。

 ……あの式の前日……あたしが彼との結婚を伝えた時、ノーマンは何も言わなかった。ただ「そうか」とだけ呟いて、自分が伯爵位を戴くこともあたしが養女になることも丸呑みした。

 もともとそんなに喋るほうじゃないけど、それにしたって不自然なくらいに無口だった。そして今に至るまで、その真意は謎のまま。

 ……もしノーマンが、ルイフォンを嫌いだったらどうしよう。この結婚に大反対だったら? あいつと結婚するくらいなら工房うちを出ていけなんて――はノーマンに限って無いと思うけど、工房にあいつを入れるなくらいはありそうで。


 ちょっとでもその可能性を減らせるよう、今日という日にはノーマンの好物を山ほど持ってルイフォンを連れてきたけれど……。

 ノーマン爺……あたしを追い出して、ふたりきりになるなんてどういうつもりなのっ?


「今日は、いい天気ですな」


 ノーマンの第一声は、そんな軽い世間話だった。ルイフォンもさすが社交に慣れているので、ふんわりやわらかく応答している。


「ああ、この時期にしては暖かいね。ノーマンの目が早く完治するといいな。知ってる? この病院、花園のまんなかに建っているんだよ。コスモスが本当にきれいだった」


 ……だけどあたしにはわかる。ルイフォン、めちゃめちゃ緊張している。いつものにこやかな顔をしながら、背中にダラダラ汗かいてるぞきっと。

 ふたりはそうしてしばらく、表面上は穏やかに話をしていた。

 このまま当たり障りなく終わるのかな?

 もう盗み聞きはいいかな、と思ったそのとき、ノーマンが低い声でぼそりと言った。


「ふたりは今、離れて暮らしておられるのですか」


 ルイフォンは、少し悩んでから回答した。


「うん。いずれは一緒に……たぶん王宮で暮らすことになると思うけど。アナスタジアにも仕事があるし、僕も騎士団でやらなきゃいけないことがある。まだしばらくは別々で暮らすと思う」

「新婚早々、別居ですか」

「そういう言い方するとなんか不仲みたいでつらいんだけど、仕方ないかなと」

「……そうですか」


 ノーマンはなぜか、深いため息をついた。


「あなたの立場でしたら、今すぐあれの仕事を辞めさせて、王宮に引き込めるでしょうに。殿下の慈悲深さに感謝を申し上げます」

「いや、それは違うよ」


 ルイフォンはすぐに、きっぱりと言い切った。


「確かに別居は寂しいけど、彼女の仕事に関してはむしろ、僕の本望だ。もしも彼女が遠慮して王宮に入ると言ったら反対した」

「本望……とは」

「僕は、彼女が好きだから我慢しているんじゃない、一所懸命、自分のやりたいことをやっている彼女を好きになったんだよ」


 ――扉越しの盗み聞きでは、ノーマンの表情は見えない。だけどきっと、今のあたしと同じだろうと予想がついた。


 ああ――そうだ。そういえばそうだった。

 この男は、社交界で初めて会った時、あたしに興味を示さなかった。

 多分もともと『わたくし』は好みのタイプじゃないんだろう。それはあたしも同じだ。だけど色々とお喋りをして、彼の本質を知っていくうちに惹かれていった。普通の貴族なら鼻をつまんで嫌がりそうな職人仕事を、楽しそうに眺める視線が心地よかった。あたしのことを、カワイイじゃなく、尊敬すると言ってくれた。自分には無い自由を満喫するあたしを妬むでもなく、むしろ応援してくれていた。あたしはそんな彼のことを好きになったの。


 ノーマンが、フッと小さな笑い声を漏らす。


「わしは、あの子の実親ではない。だからこそ、老いてくたばるより前に、あの子に残さねばならぬことがある。わしがおらずともひとりでやっていけるよう、職人の技を……意中でもない男にすがらずとも、生きていけるように」


 ルイフォンは何も言わない。ただ黙って、ノーマンの言葉を聞いている。


「童話の王子は、娘が働き者であるのに感心し見初める。しかし口説き落とした後は王宮に連れ帰りドレスを着せて、箒など二度と持たせん。

 わしは……ふたりが結婚すると聞いた時……アナスタジアの夢が破れると思った。王宮に入れば二度と帰してはもらえぬ、あの子はもう鋲を打てないのだと――わしはもう、その音がきけなくなると思うと、寂しくて、恐ろしかった」

「……それでもノーマンは、二つ返事で許可してくれたと聞いてるよ」


 ルイフォンの言葉に、今度はノーマンが黙り込んだ。

 師弟、親子、同居人――名前が付けられない関係で、ノーマン爺はどうしていいか分からなかったんだ。どうなるのがあたしの幸せなのか、自分はどの立場からどう動くべきなのかって。ぐるぐる考えながら、それでもあたしが急かすまま頷いてくれた。それからもずっと……。

 ……ごめんねノーマン……。


「申し訳なかった、ノーマン」


 あたしの思考とルイフォンの声が重なった。


「本当だったらもっと、アナスタジアには時間が必要だった。あなたに相談して、一緒に考えてもらうべきだったんだ」

「……わしは、部外者です。あの子の親ではありませんので……」

「もう書類上は正式に親子だ。それに、『アーサー』に命を与えたのはきっとあなただよ」


 ガタッ、と椅子を動かす音――とたん、ノーマンが悲鳴じみた声を上げた。


「殿下! おやめください、あなたはそんなことをしてはいけない――」

「いいえ、僕はあなたに失礼なことをした。もっとずっと前にこうするべきだったのです」


 えっ、えっなになに? 何やってるの?

 覗きたいけど扉には窓が付いておらず、開けたらきっとバレてしまう。どうしようか迷っている間に、あちらは盛り上がっているようだった。

 ルイフォンの、静かな、だけど熱っぽい声が聞こえる。


「これから未来、何が起きても、どんなことがあっても、僕は彼女の夢を壊さないと誓います。

 あるがままの彼女を愛し、大切に守り続けていきます。油で汚れた爪も、頑固な家族も一緒に――それが、僕の惚れたアナスタジアという人間ひとだから」


 また、ゆっくりとした、沈黙の時間――


「……ルイフォン様。あの子をよろしくお願いいたします」


 あたしは扉から耳を離した。

 身をひるがえし、足音軽く、その場を離れる。


「もしあの子を泣かせたら、涙の粒だけ殿下の舌に待針まちばりをブッ刺すのであしからず」

「あ、あっはい、肝に、銘じておき、ます」


 という、舅婿おやこの声を背中で聞きながら。




 病院の周りでは色とりどりの花が咲き乱れていた。

 東屋ガゼボがあったので、ベンチに座る。

 市場で買ってきていたお弁当、甘じょっぱい味付けで煮込んだ豚肉をパンで包んだものと、ブリキの水筒に入れてきたコーヒー。冷めていたけど、彼は猫舌だからちょうどいい。

 中に入っているお砂糖は、庶民向けの黒砂糖。ルイフォンは貴族様御用達の白い精製糖じゃなく、こっちのほうが好きなんだ。植物の自然な甘みがコーヒーと良く合うから。

 最初の上澄みは薄く感じるけど、底のほうに近づくにつれ、ご褒美みたいにとびきり甘い。あたしたちは二人で分け合って飲んだ。


「美味しいね」


 あたしが言うと、頷くルイフォン。


「うん、美味しい。君と一緒に食べるものはなんだって、宮廷料理よりもずっと美味しい」

「……またそんな、いい加減なこと言って」

「嘘じゃないよ」


 ハンカチーフで手を拭きながら、本当に当たり前みたいに言う。


「僕はもう、嘘をつかないって決めたんだ」


 ……ふうん。

 ふと、あたしはとびきりのイタズラを思いついた。並んで座る彼をツンツンつついて、


「じゃあさ、キュロス・グラナド伯爵様とあたし、どっちのほうが好き?」


 んぐッ、と咽喉を鳴らすルイフォン。明らかに動揺している。


「そ、そんなの……比べるようなことじゃないだろ。分野が違う」

「ほほう。ふたりから同時に遊びに誘われたら?」

「そういうのは奥さん優先。キュロス君だったらそうするだろう、彼は愛妻家だからね」

「なるほど。じゃあふたり同時に溺れてたら?」

「そりゃもちろん君だよ。キュロス君なら自力で岸まで泳ぎきる。それにもしも溺れ死んだとしても、僕たちを恨むような男じゃない」

「……あたしと伯爵のどっちが好き?」

「……だから……そういうことを聞かないでください」


 うはははっとあたしは笑った。


「正直に言ったって怒んないわよ! あたしだって現時点、マリーとあなたとどっちが大事って言われたら困るしね」


 ルイフォンは心底困ったようで、頬杖をつき、そっぽを向いた。

 あたしは彼にもたれかかる。するとすぐにルイフォンは手を伸ばし、あたしの肩を抱きよせる。あたしたちは見つめ合うわけではなく、同じ方向を向いたまま座っていた。 


「ねえ、ルイフォン。あたしたちって似てるよね。生まれてきてからの役割分担とか……性格、考え方、外面がいいところ、器用に立ち回ってるようで実は誰よりも不器用なところとかさ」


 あたしが言うと、彼は「そうかもしれない」と頷いた。


「だけど、それが心地いいから、あなたと結婚するわけじゃないの。あなたが持つ、あたしにはない強さに惹かれたからよ。

 生真面目で繊細で、誰より神経質なのに全部我慢してさ。それでもやらなきゃいけないことをちゃんとやる、責任感の強いところ。どんなに辛くてもルイフォンは、あたしと違って逃げたりしなかった」

「逃げるのも強さだよ」


 あたしの体重を支えたまま、彼は言った。あたしは目を閉じる。


「僕はひとりじゃ逃げることが出来なかった。僕に出来ないことをしている君がかっこよくて、好きになったんだ」

「……そっか」


 それからあたしは、彼に尋ねた。一緒に暮らせないことに、ほんとに不満は無いのかって。彼は穏やかに首を振る。


「結婚したからって、いきなり自分の人生を変えさせたいと思わない。こうして時々でも会えれば楽しいし。……いずれは親兄弟、親友とも離れる日が来る。だけど寂しくないよ。この大きな大地で、みんな一緒に暮らしているから」

「なんだか、王様みたいなことを言うのね」

「はは、確かに。政治と経済は、どこの国で何が起きても必ず影響を受けるし、与えていくからね。グラナド商会の商品は、どこにいたって手に入るようになる。二度と会えなくても、失くなることは無いんだ」

「……あたしも、マリーがどこにいたってあたしの名が耳に入るよう、頑張りたい。まだまだノーマンのもとで覚えたいことがいっぱいあるの」


 ルイフォンはとても嬉しそうに笑った。


 王族の妻になるって考えたら、怖くなることもあった。

 だけど今こうして共に過ごすうち、大した問題じゃないなと思えてきた。まんいち彼が王になりあたしはその妃になっても、あるいは小さな工房で釦を彫りながら暮らしたとしても、変わらない。

 この世界は広い。だけど繋がっているわ、空の下で、大地の上で、海と川によって渡ることが出来るの。

 どこでどんな形でも、笑って生きていけるに違いない。大丈夫、あたしたちふたりともとても強いんだから。



________________________


 おまけ


「それはそうとしてアナスタジア、結局ノーマンっていつ家に帰ってくるの」

「もうじきでしょ、もうリハビリ段階だもん。あとは検査と、大事を取って来週には」

「……じゃあそれまでは毎日工房に通ってもいい? 日によっては顔出すくらいしかできないけど」

「ダメ。――って言うわけなくない? 来れるだけ来たらいいんじゃないの、過労死しない範囲で」

「ありがとう、じゃあ今日、朝までいられるんだけども、居てもいいかな」

「ん? あ……」

「嫌だって言ったら帰る。言われなかったら帰らない」

「んんー……ん……」

「お返事ください」

「………………」

「……アーニャさん?」


 背中を向けたあたしに、大きな猫みたいに被さってくるルイフォン。熱々になった耳をつままれる。赤い顔を覗き込まれて、あたしはルイフォンを剥がしにかかった。


「顔みるなバカ」

「了解、目を塞いでおきます。だからちゃんと言って。結婚式で約束しただろう、夫婦はお互いに嘘つかないって」

「そんな文言あったっけ? ていうか別に嘘ついてるわけじゃ――ただ、何というか」

「というか?」

「というか――ちょっと、素直になれないだけよ」

「――くふっ」


 ルイフォンは吹き出した。あたしの背中を抱きしめたまま、全身を震わせて笑っている。

 ああもう、やっぱりこいつ、意地悪だ。嘘ついても正直でも、仮面でも素顔でも、正真正銘の意地悪男なのだ。

 ホカホカのおでこを彼の腕に押し付けて、何も言えなくなってしまったあたし。


「アナスタジア、どうしよう? このままここでキスしたいくらい、君が可愛くて仕方ない」

「……すればいいんじゃないの」


 ルイフォンはまた大笑い。


「君と結婚できて、良かった。僕は幸福だ」

「……そこは、僕がシアワセにするよ、じゃないの」

「いいや、僕がシアワセ。君が笑顔でいてくれるなら、それが何より、僕の幸せなんだ」

「……あんたってほんと、変わったひとね」


 呟き、肩越しに振り向くと、すぐ目の前に彼の笑顔があった。

 あたしと同じ、笑みの形をした唇を瞼に押し当てられて、お返しにこちらも、頬を摺り寄せる。


「やっぱりあたしたちって、よく似ているんだわ。いつもだいたい同じタイミングで、だいたい同じこと考えてる」


 そうして同じだけ顔を傾けて、唇を合わせた。


これにて、ずたぼろ令嬢~および番外編・カラッポ姫と嘘つき王子の全エピソード終了となります。

お読みいただき、ありがとうございました。

次回に人気投票の結果発表を置いて、更新完結とさせていただきます。


☆業務連絡☆


昨年、全2巻で完結した当作品「ずたぼろ令嬢」ですが、みなさまの御好意により続編の刊行が決定いたしました!!

詳しくは活動報告で改めて連絡いたします。

本当に本当に、応援ありがとうございます!!!

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― 新着の感想 ―
[一言] あっ、あ〜〜。……?(語彙力が息してない)
[良い点] 最後にしっかり釘を刺す……これが本当の職人芸(いい加減にしろ) な、なんかちゃんとイチャイチャしてる(いいぞもっとやれ)!! とんでもお転婆皇太子妃だけど、数話の登場でそれで大丈夫そう、…
[良い点] コミックを読んで続きが気になりこちらを読ませて頂きました! 読んでいくうちにどんどん引き込まれて寝不足の日々が続きました。とくにアナスタジアの境遇を知ってから彼女をずっと応援していたのでル…
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