続・誓います
神父と父はニコニコし、新郎新婦は共に悶絶している。
「何を恥ずかしがっているのじゃ? おまえたち、恋愛結婚なんだからすでにチューの一発や二発は済ませておるじゃろうに」
「いやあの、それは……」
「そのう……まだというか無効というか」
「なんじゃい、ウブじゃのう。ボクが若い頃、貴族の男女っちゅうのは夜会のたんびに――」
「なにはともあれ、これを済ませなきゃ結婚式が終わりませんのでお願いしますよ、殿下」
「そ、それは分かってるけど、でも……」
「ああそうか、ボクという身内がいたらやりにくいな? じゃあ、ボクは席を外そう。おふたりさん、ごゆっくり」
「えっ待って父上、むしろ居てくれたほうが気が紛れるし。なんならグラナド城のメンツも呼び戻して、みんなではやし立ててくれた方がこう、いつものノリでイケるような」
「殿下、元来結婚式は婚約式と違い、観客を呼んでワイワイやるものではありませんぞ。ただ神の御前に誓えばよいだけですから、さっさとブチュッとやっちゃってくださいませ」
「神父、なんだか急かすね?」
「私は早くうちに帰って一杯ひっかけたい気分なのです」
「この生臭坊主」
「そうね、さっさと済ませちゃいましょう」
「アナスタジアまで……!」
こういう時、女のほうが決心が早いとよく言う通り、アナスタジアはすでに平常モード。すました顔である。神父に促されるまま、僕と向かい合い、両手を脱力させた。
……無防備になって、新郎のキスを待つ新婦。僕は息を呑み、両手を伸ばす。アナスタジアの肩を掴んだ。彼女の華奢な肩は、すこし冷えて汗ばんでいた。
やっぱり緊張しているのだろう。歯を食いしばり、目を閉じて……はいなかった。
バッチリ開眼し、ほとんど睨むように僕を凝視している。
僕は半眼になった。
彼女の肩を掴んだまま、低い声で唸る。
「……おい」
「何。さっさとやんなさいよ」
「普通、こういう時は目を閉じるもんじゃないのかい。なんかムード無いんですけど」
「だってあんたの前で目を閉じたら、何されるか分かんないし?」
「何だそれ、何もしないよ。じゃなくて当たり前にキスはするけど当たり前だよ。結婚式だよ。なにを警戒してるんだよ」
「まだあんたのことイマイチ信用してないんだもん」
「なんでだ。君、僕のこと好きなんだろ」
「ええ、まあ。好きか嫌いかで言ったら好きだけど。結婚まではぶっちゃけ、勢いっていうか。なんとなく?」
「まじか。泣くよ」
「いやほんと嫌いじゃないわよ。ただ結婚するほどかって言及されたら困る。付き合ってたわけじゃないし。あたし結婚したこともないし」
「僕もないよ。ここまで来てやっぱりやめたってなったら声を上げてオイオイ泣くよ」
「それはちょっと面白そうなので見てみたい」
「やめて、イジワルしないで」
「そっちこそやめてよもう、こんな、いつもどおりってかんじに軽口叩いてたら本気でムード無くなってくる。余計に照れくさくなるじゃない……」
アナスタジアは顔を背け、一歩退いた。その腕を掴んで、引き寄せる。
「逃がさない。仕切り直しなんか絶対させない。なりゆきだろうが打算だろうが構わない。善意に付け込んででも、絶対に君を手に入れるぞ」
「……神様の前で言うには、ちょっとばかり不埒じゃないかしら……?」
「神の前だからこそだ。僕はもう、嘘をつかないって決めたんだよ」
じっと彼女の目を見て、断言する。たぶんこの時、僕は真顔で、少し怖いくらいだったと思う。
仮面を作る余裕はなかったし、それではいけないと思っていた、
それがよほど珍しかったのか、アナスタジアは笑った。
およそ淑女らしからぬ、ククっと軽やかな声を立てて。
「私も。ルイフォンのこと……結婚したいってほどなのか、健やかなるときも病めるときも、変わることなく愛し続けるか――は、わかんないけど。……今この時は、大好き」
「……もっと強く、未来永劫愛し続けてもらえるように、がんばります」
「どうぞ、よろしく」
近所の飯屋にでも誘うように、片手を差し出すアナスタジア。
街道の段差を助けるように、ひょいと引き寄せる僕。
飾り気のない日常みたいなステップで、小さなアナスタジアは背伸びをし、僕は屈んで高さを合わせる。
そうして僕たちは、何も飾ることのない、日常みたいなキスをした。




