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ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される  作者: とびらの
カラッポ姫と嘘つき王子

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139/322

嘘つき王子の仮面を壊せ①


ひじょ~~に気持ちの悪い回です、色んな意味で。

お食事中の閲覧注意。

「あなたを買って……どうしろと?」


 フラリアの王女は笑って言う。その指先に口づけたまま、僕は囁いた。


「どうとでも、あなたのお望みのままにどうぞ。従僕にでも、奴隷にでも」

「代金は?」

「……フラリアの酪農技術と農耕具を」

「あら、意外。兵器を買い取ってくれではないのね」


 フラリア王女の声が面白そうに弾んだ。


 たしかに、兵器の売買は今のディルツを支える代表的な国家事業だった。

 それもそのはず、兵器の原料はほとんどが鉄、火薬などの貴重な資源。技術がハイレベルの職人や工場、大型運搬船まで独占されていれば、ほかの工業はいつまでも発展しない。兵器産業は沈みゆく泥船だ。それよりも、ディルツは自分自身を育てなくてはいけない。

 そのためにはまず酪農だと、僕は算段を付けていた。農業大国フラリアの高い技術があれば、酪農はずっと効率的になる。地方農民の暮らしに余裕が出来れば、その子ども達の教育レベルがあがる。職人や研究者の数が増え、輸入に依存せず国内で食料を賄いながらも、産業を発展させることができるだろう。

 それは間違いなく、未来のディルツを強くする(すべ)だった。


「王都から馬で数日と離れていない位置に、大きな酪農地帯があるんだ。ちょっと領主が馬鹿で過疎ってしまったけど……まずはそこを、かつての豊かな荘園へと復活させる。農具はひとつくらい時代遅れの中古でもいい、とにかく数を、領民すべてに行き渡るだけ欲しい。それと技術を伝える教科書、できれば指導者を数人。二年目には成果が出て、五年もあれば国中を変えられる。それまで力を貸して欲しいんだ」

「――五年間、田舎の領ひとつぶんの農具と、お話し上手な農民を数人レンタル。それがあなたの値段?」


 僕は頷いた。それほど大仰な提案ではないはずだった。金額としては兵器よりも安い。

 しかし、ミレーヌは眉を顰め、不機嫌な表情になった。駄目か? 動かす数と手間がかかりすぎただろうか。


「ミレーヌ……お願い」


 ミレーヌは不意に、声を立てて大笑いした。


「ほほほほほっ! なに、その不安そうな顔! おっかしい!」

「……姫」

「ああもう、あなたって本当に可愛いひと。ふふふ。そんな顔をするのはおよし。あなたの願いは叶えてあげるから」


 あ――ありがとう、と開きかけた唇を、ミレーヌは人差し指で封印した。

 なに?


「だけど、それじゃあ安すぎる。わたくし、あなたのことを買っているのよ、可愛い愛人(モン・シェリー)。あなたは、自身の価値に等しい立場と権力を持つべきだわ」


 どういうことだろう? 呆けていると、ミレーヌは僕に立ち上がるよう命じてから、サイドテーブルのベルを鳴らした。

 ほとんど待たずに扉が開かれる。執事に導かれて、ひとりの女性が粛々と入ってきた。僕が見たことの無い女性――いや少女、あるいは、子どもだ。十をやっと過ぎたかという年の頃である。


「クローデッド、ルイフォン王子殿下にご挨拶なさい」

「は、はい、お母様」


 消え入るような声で言って、一礼する少女。金色の豊かな巻き毛風に揺れている……のではなく、よく見れば本人が震えている。カーテシーに慣れていないのかと思ったが、頭を上げてもまだ揺れていた。顔色もまっさおで、震えているらしい。

 僕は本気で彼女の体調が心配になった。


「大丈夫ですか、レディ?」


 そう声をかけただけで、少女はボッと全身を赤く染め、顔をますます青くした。僕とミレーヌをなんども見比べる。

 ほほほと笑うミレーヌ。


「ほんと、うちの子ども達は兄妹揃ってどうしてこう、人見知りが激しいのかしらね。我が国でもディルツのように、王族の子も入れる学園を作るべきかしら」

「ええと……?」


 それで、この少女はなんの用件でココに呼ばれたのか? 話しかけるよりも早く、姫は全速力で逃げ出していった。 

 ……なんだったんだ?


「ミレーヌ、彼女は一体……」 

「わたくしの末の娘、クローデッド。あなたの妻になる娘よ」


 僕は目を剥いた。


「……なんだって?」

「ディルツに公妾制度は無かったわよね?」


 ミレーヌは僕の質問には答えない。彼女の問いに僕は答える。


「公妾……王の愛人のことだったかな」

「そう、我が国でもディルツと同じく重婚は出来ないけれど、愛人をやまほど抱える不届き者ならばいくらでもいるわ」


 と、さらりと言ってのける不届き者。

  

「愛人はしょせん私娼、陰なる存在。だけど王は特別ヒイキにしている愛人ひとりだけに、特別な権利を与えることが出来るのよ。愛人は公式に国賓となり、王妃を差し置いて政治に口を出す権力まで持つこともある」

「それが公妾? ……でも、ミレーヌは女性だ。女王にもなれないし、公の愛人なんて持てないのでは」

「ええ、だからあなたを我が娘の婿にする」


 そのおぞましい提案は、あまりにも簡単に発せられ、すんなりと耳に入りすぎ、驚くのがずいぶん遅れてしまった。ぼんやりしている僕に、ミレーヌはくっくっと笑う。


「なにをそんなに驚いているのよ、あなたとクローデッドはもう二年も前から婚約しているじゃない」


 ……知らない。どうせ頻繁に入れ替わる。自身の婚約者がどこの誰かなど、覚えようとしたことがない。


「クローデッドとルイフォンの成婚は、両国間で承認されているわ。あとは神前で結婚の誓いを挙げるだけ」

「僕が、あの子と結婚……」


 僕はミレーヌに背を向けて、部屋の扉をぼんやり見つめた。

 ついさっき初めて出会い、会話もせずに消えた少女の顔は、思い出せなかった。


「心配しないで、兵器の買い取りも数年間は続けてあげる。これは王太子様との約束だからね。ルイフォン、もしくはレイミアをフラリアに差し出すことで結ばれた契約なの。

 ライオネルは本当にどちらでもよかったらしいけど、レイミア姫を貰ったところで、わたくしには何の得もないでしょう? 一応社交界で息子にハッパをかけはしたけれど、本当の狙いはもとよりあなた」

「……僕と、娘とを結婚させるのは、ミレーヌになんの得がある……?」

「わたくしの立場ではあなたを公に飼うことが出来ない。だけど我が子の婿ならば、あなたはわたくしの息子(もの)になる」


 僕は絶句した。


「そしてわたくしが産んだ子を、クローデッドの子として王宮に入れられる。

 あなたは王女クローデッドの夫、その子どもの父になり、フラリアのロイヤルファミリーに入れるの。王女の私的な愛人はもちろん公妾よりもずっと強い権限を持つわ。うまくすれば、王位継承権だって持たせてやれるかも……」


 ――なにを言っているんだ、この人間は。


 僕は思わず、目を剥いてしまった。


 フラリアの第一王位継承者は彼女の息子だ。母親なら、我が子を王にしたいのではないか。自身は国母になりたいのではないか。娘は善良な男に嫁いで欲しいものではないか。自分の母が生んだ子の、母のフリをさせるのか。

 そもそもミレーヌにも夫がいる。夫以外の男と遊ぶだけでは飽き足らず、その子を欲しいとまでいうのか。

 私娼に過ぎない異国の男を、王座にまで導こうとしている。自分も王族なのに。国のために生まれて生きて死んでいく、そんな立場のはずなのに――


 ――そんなことが、あるわけがない。


 ぐらりと視界がゆらぎ、僕はよろめいた。首を振って、平衡感覚を取り戻そうとしたが余計に悪化する。強い目眩、上下左右も分からない酩酊感、僕は顔面を覆った。

 眉間に深い皺がはいっていた。


 ――いけない。顔を……作らないと。

 目は……下弦の月の形。唇はお皿のかたち……。


 僕は、顔を上げた。


「素敵だね。すごくいい話だ」


 ミレーヌはニッコリ笑った。


「でしょ! さあこれから忙しくなるわよ。ああ諸々の手配はすべて任せて頂戴。わたくしたち二人の部屋も、秘密を守れる乳母ももう用意してあるの」

「そう――素晴らしいね」


 少女のようにうふふと笑うミレーヌ。椅子から跳ねるように立つと、僕の手を取った。

 僕の両手を持ったまま、ミレーヌは後ろに跳んだ。慌ててバランスを取る僕の、懐でくるりと一回転。ああこれはフラリア伝統、恋人同士で踊る激しいダンスだ。僕は彼女の腰を抱いた。

 そのまま、大使館の一室で王女と甘いダンスを踊る。


「フラリアへ出発する前に、ディルツの教会で娘と式を済ませましょう」

「は、早い、ね?」

「だって外遊期間がもうすぐ終わるもの。来週の安息日に、王国立の中央教会で。いつでも式を挙げられるようずっと前から押さえていたのよ」

「ああ……そうだったんだ……」

「もちろんフラリアに帰ってからも盛大な披露宴を行うけれど、婚姻は男側親の承認が要るからね――ああ、もちろん、病に伏せたディルツ王を引っ張りだしなどしなくてよ。国王の代理として、ライオネルがサインをくれる約束だから」

「……そう……」

「嬉しくないの?」


 ストレートに尋ねられ、僕はシャックリした。自分の頬を抓んでみると、ぎょっとするほど冷えて硬く強張っていた。慌ててほぐし、作り上げる。

 ――目は下弦の月の形、唇はお皿の形。


「嬉しいとも」

「あなたの婚礼衣装も、こちらで用意するわ。純白のドレスタキシードに汚れひとつない白い靴。あなたの髪と同じ、白銀色で飾ってあげる」

「それは素敵」

「とびきりの馬車、腕利きの御者、忠実な召使いをつけて、王宮まで迎えに行くわ。あなたはただ車に乗ってくれればいいの」

「至れり尽くせりだね。僕は何にもしていないのに――夢か、魔法にかけられるみたいだよ」


 ミレーヌは声を立てて笑った。僕の胸にもたれるようにハグをして、顔を擦りつけてくる。


「ああ美しく可愛い、わたくしの王子様……教会の鐘が待ち遠しいわ」


 とたん、頭の中にガランガランと激しく、鐘が鳴る音がした。僕はたまらず頭を抱えた。顔面丸ごと口を押さえ、たたらを踏む。驚いたミレーヌが覗き込んできた。せっかく伏せた眼前に、(ひび)の入った女の顔――激しく踊ったゆえの体臭と、猛烈な香水の匂い。塞いだ指の隙間をぬって、鼻孔を劈いてくる。

 ――ルイフォン? どうしたの。なんの冗談? ――

 遠くで女の声がする。


 ――あんたもしかして体調悪い? 

 ――どうして早く言わないの! うちで寝ていきなさい――


 ちょっとぶっきらぼうだけど、優しさが滲む声。その声の主は爽やかに甘い匂いがしていた。


 ――冗談をやってるの? うふふ、ひっかからなくてよ。さあ顔を上げて、ダンスの続きを。

 ――背筋を伸ばして、わたくしの腰をしっかり抱いて。


 二種類の声、二種類のにおいが混じり合う。


 ――ルイフォン。 ――

 ――ルイフォン! ――


 目眩で……前が、見えない。


「ミ、レーヌ。……離れ……て、少し、休み、たい」

「駄目よ、もう一曲だけ」


 臭い女が抱きついてくる。


「踊りましょう王子様。さあその美しい顔に、笑みを浮かべて」


 僕は目の前が真っ白になり、前のめりに昏倒した。目の前にはフラリアの王女が居て、僕は倒れ込むまいと無意識に、彼女の両肩をがっしと掴んだ。

 フラリアの王女は小柄で、僕は平均よりもずいぶん背が高い。


「う゛っ――げぼ」


 と呻いて吐き出した物はまっすぐ真下へ降り注ぎ、王女の頭頂にビチャビチャと不時着する。吐瀉物まみれになった王女は、とつぜん魂を抜かれたように呆然とその場に立っていた。

 僕は口元を拭って、王女の部屋を飛び出した。

 フラリア大使館は広い。いくら走っても出口が見えない道を、それでも走った。走れるだけ走っていった。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  こちらではずいぶんとお久しぶりになります。  途中で読むのが止まり、申し訳ありません。  カクヨム版で読んだ分の続きから今話まで、大変楽しく目にしております。  それはそれとして、…
[良い点] ある意味見事なカウンター……む、胸がすく(物理) 無理しすぎて裏目に出とる、こっちはとりあえずルイフォンを取られなくてよかったけどもどう考えても来る前より状況が悪化しとる、生きてー
[一言] 作者様の他の方への返信でルイフォン様が子供の未来を想う人だと知って目から……鼻から汗が止まりません
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