お姫様の中身は何がある?
デスクに肩肘をつき頭を抱えて、僕は唸った。
「ああ……終わった……」
「お疲れ様です団長。お茶を淹れてさしあげましょうか」
「俺のオヤツで良かったら、部屋から持ってきますよ」
書類を取りにやって来た、騎士二人組に労われる。僕は微笑みながら、しっしっと手で払った。
「どうもありがとう、嬉しいよ。それを言ってくれるのが可愛い女の子だったらもっと嬉しかったけど」
「男所帯に無理言わないで下さい」
「お疲れの騎士団長のために女装するくらいの気概を持ちたまえよ」
「とか言って、ほんとにやったら査定下げる気でしょう」
「いやいや、ちゃんとご褒美をあげるよ。もし似合ってたら一階級、吐き気がするほど似合ってなければ二階級」
「殺す気だ!」
震え上がるマネをして、二人とも大笑いする。僕は本気で溜め息をついた。
「まったくなんて野太く、可愛くない笑い声だろう。女装しろとまでは言わないが、せめて性転換くらいしてくれないか」
また大笑いする騎士二人。
うーん、むさ苦しい。……ま、仏頂面されているよりはいいけれど。
そんな僕の本心を見透かしたのか、騎士達は顔を見合わせ、ふっと柔らかい笑みを浮かべた。
「ルイフォン様が来られてから、騎士団も明るくなりましたよね。砦で祭りを開催したり、市民と交流したり、楽しいです」
「前団長の時は……」
言葉を濁す彼らに苦笑いする。
「ああ……兄上はカタブツだからねえ」
形式上、ディルツ騎士団の団長は王族の兄弟が就任するが、領地を持っていたり住居が遠い場合、名前だけである。むしろその方が通例といえる。前団長である叔父のときもそうだったが、代わりに運営していたのが兄、ライオネルだった。
僕が十八になったとき、僕の肩を叩いて言ったのだ。戦後の王国騎士は腑抜けている、私が気合いを入れておいたからお前も気を抜かせるなと。僕はハイハイと頷きながらも、騎士だって人間、息抜きは必要だし、思うところあって市民に砦を開いて見せているけど。
「カタブツなんて可愛いものじゃないです! あのひとの顔面と心臓は鋼鉄製ですよ! 訓練じゃなくて折檻!」
若い騎士は憤慨して言った。
「新人だろうが体調が悪かろうが、一日のノルマが変わらないんです。その日達成できなかったら翌日に上乗せ、それも連帯責任。それでいて備品補給は節約節約でお菓子も出ない。ライオネル様が取り仕切っていたときはみんなピリピリして、そりゃもう牢獄のような職場でした」
「おおそれはそれは、僕はずいぶん甘やかしていたようだ。兄に倣ってノルマを倍にしよう」
そんな冗談を言ってみたが、騎士はただ笑うだけ。僕の冗談に慣れきっているのだ。
「ルイフォン様は、騎士それぞれの適性を見て配属や評価をして下さるでしょ。だからみんな働きやすいし、やる気も出るものです。その評価だって、もっとテキトーにやろうと思えば、アタマを抱えてうならなくても良いはずですよ」
そう真正面から褒められるとむず痒い。一瞬だけ素直に礼を言おうかと思ったが、
「ええまったく、目の下にクマ作って髪もセットせずボサボサで」
「ダサい眼鏡でダサい部屋着で」
「なりふり構わず仕事漬けで、史上最美の王子といわれた容姿もすっかり台無しに」
「正直ちょっぴりイイ気味です」
「今のその薄汚れたお姿を、ファンの女の子達に晒したい」
…………。
僕は半眼で、自分の体を見下ろした。確かにここ数日仕事にかかりきり、さらに最後の追い込みで二日完徹、彼らの言うとおりの格好だったが。
にこやかな笑みを浮かべ、書き上がったばかりの査定用紙を掲げて見せる。
「シュタイナーとロックウェルは査定減点、今年の昇級は無し、と」
「私共はルイフォン騎士団長殿を敬愛しておりますっ!」
縋り付いてくる男二人を、僕は笑顔のままで蹴散らした。
僕がこの騎士団長になって五年。いつからかこの砦は、王宮よりずっと居心地がよい場所になっていた。
初めのうちは騎士達も、まだ年若い新団長を敬遠していたように思う。それが、今や僕のイジワルな冗談を笑い流し、こっちをからかってくるほど気軽になった。かといって舐められているとも思わない。指示を出せばしっかりこなし、砦内の風紀は整っているのだから十分だ。これでも「腑抜けている」というなら、そんな腑などもとより不要だったに違いない。
「やっぱり、ルイフォン様って真面目なひとですよ」
着替えを取り出したところで、騎士は、またそう言った。
「徹夜続きでも、仮眠より先に待たせている女のところへ駆けつける。ほんとマメですよね」
「……いや、別に。今そういう仲のひとはいないよ?」
謙遜でも嘘でもなくそう言ったが、騎士達は「またまたぁ」と笑うだけだった。
「隠さなくても。ここしばらく、三日に一度は王宮とは別方向に帰って行くじゃないですか」
「団長のご婚礼ともなれば、我ら騎士団一同、盛大にお祝いしますぞ!」
僕はなんとも返事しづらくて、頬のあたりをコリコリ掻いた。
「……実際、そういう仲じゃないんだよなあ」
団長執務室に鍵をかけ、僕は呟いた。
風呂に入り、服を着替えて、身だしなみを整えて。
「前より仲良くなれたとは思うけど、その程度。この僕があれだけ日参して現状、ってあたり、あちらにはその気ゼロ、どうにもならないってことだろう」
隣接する王宮ではなく、市場に向かって馬を走らせる。
「通うだけ口説くだけ無駄。僕は意味のないイタズラは好きだけど、報酬のない労働は好きじゃないんだよ」
市場を散策し、食べ物と土産を購入したら職人街へと直行。裏通りに馬を繋いで、外套の埃をはたく。
「こちらも婚約者がいる身だ。だから別に、期待して狙っているとかではなくて――」
手鏡で前髪をチェックし櫛を入れる。襟も整えて、ニッコリ笑顔。
「ただの、ちょっとした中毒だね」
と、納得したうえで、『釦屋ノーマン』の扉をノックした。
「おはようアナスタジア! 待ちかねただろう、白薔薇の化身ルイフォンだよ!」
いつもなら、すぐに勢いよく扉が開き、あわよくば僕のおでこを強打しようと狙ってくるアナスタジア。
だが今日は、うんともすんとも言わなかった。まあこうやって、無視をするというパターンも少なくない。僕はさらにノックした。
「頼んでいた眼鏡を引き取りに来た。ちゃんとお客様だから開けておくれよ」
なんだかんだ生真面目で、職人気質な彼女は、こう言えば必ず対応してくれる。
――はずなのに、何故かまだ、返事が無い。
……あれ? もしかして留守か?
『釦屋ノーマン』は受注型の工房とはいえ、客商売でもあるので、日中留守にするなら閉店の看板が出ているはずだけど。
また作業に集中しすぎているのかな。
クスッと笑い声が出る。ならば驚かしてやろうかと、僕はそうっと扉を開いた。
カウンターは無人だった。右隣の作業スペース、リビングテーブル――そのさらに奥から、ジャキン、ジャキンと、何かをハサミで刻む音がする。
僕は足音を忍ばせて、音のするほうへ歩み寄る。
キッチン兼、よごれものを洗う水場だ。
そこでアナスタジアは身を屈め、自身の輝く金髪を乱暴に切り落としていた。




