閑話 「さすがの観察眼でございます」
本日、2話分を同時更新。こちらは2本目です。前話、「カラッポ姫に紅を引け①」から先にお読み下さい。
「なぜ、職人に化粧紅を贈ったのですか? レイミア様」
王宮への帰り道。揺れる馬車の中で、侍女がそう尋ねてきた。質問の意味がわからなくて、わたくしは首をかしげる。
「なぜって? 先ほど言ったとおりだわ。先日、社交界でいただいたけどわたくしには赤すぎて使えなかったの、あの方になら似合うと思って」
「ああいった化粧紅は女性用です」
言われて笑う。そんなこと、世間知らずのわたくしだって分かっています。
その反応をじっと見つめる侍女に、わたくしは笑いながら言った。
「マオも、マリーと同じく誤解していたのね、彼女の性別を。確かにぶっきらぼうな話し方だし、髪型も服装も男の子みたいだったけど、あの方は女性よ。それもわたくしよりずっと年上で、美しい顔立ちの」
「…………そうでしたか。よくおわかりになりましたね」
「そりゃあもう、至近距離でまじまじとお顔を見させていただきましたもの。マオだってすぐそばにいたのに気付かないなんて、まだまだねっ」
「レイミア様におかれましては、さすがの観察眼でございます」
わたくしはふふんと鼻を鳴らす。侍女――マオのセリフに、わたくしは気分が良くなった。
この侍女は、わたくしの知る中で最も有能な侍従だ。つい先日、王宮に就職してきたばかりの新人メイドだったけど、同僚達の推薦で王女専属の侍女に格上げされたのである。実際、彼女の働きはたいへんなものだった。日常の煩雑な業務は目にもとまらぬ早さで完了し、わたくしの望むものがなんだって的確に、ベストタイミングで用意される。特にお茶の淹れ方が絶妙で、わたくしはもう彼女のお茶でなければ、朝目覚めることができないくらい。愛嬌は無いけど、出しゃばらないので邪魔にならず、この頃は常に側に置いている。
そんな彼女に褒めそやされたら、ふんぞり返らずにはいられない。だってこのマオったら、あまりに出来過ぎているんだもの。ちょっとくらい、ドジな所も見せて欲しいじゃない?
そう思った瞬間、馬車が揺れた。その拍子にマオの体も大きく揺れて、長い前髪と眼鏡がズレた。一瞬だけ水色の瞳が露出して、すぐに隠される。
わたくしは上機嫌のまま言った。
「マオももう少し、お洒落を楽しむ気概を持つべきですわ。その野暮ったい眼鏡とモッサリした髪型はどうにかなりませんの? ほとんど顔が見えないじゃない」
「本望です」
「なぜですの? 王女レイミアの侍女としてそばに仕えるのだから、もっと華やかに。紅のひとつも引いてもらわないと」
「お化粧ならしておりますよ。それはそれは、原型が見えないほどに厚塗りで」
「嘘でしょう、そんな風には見えないわ」
「変装用メイクとはそういうものです」
珍しくマオは冗談を言った。わたくしがクスクス笑うと、彼女もニッコリ、朗らかな笑顔になる。
「申し訳ありません、私は目立つのが苦手で。どうかレイミア様の引き立て役でいさせてください」
やれやれ……仕方がないですわ。わたくしは肩をすくめ、にやつく口元を隠した。
仕事は出来るけど、とにかく地味で控えめで、主君にひたすら追従するだけのつまらない女。あの凜々しい男装服が届いたら、真っ先にコイツを美しく飾り立ててやろう、などと画策しながら。




