生まれ変わるって、なんですか? 前編
チュニカはとにかくよく笑う女性だった。ニコニコ、ケラケラ、ずっと笑いながら、わたしを湯船の側まで連れて行く。
「さぁて、じゃあまずはザックリ洗いましょぉー」
低い木の椅子に座らされた。チュニカは湯船から桶で湯を掬い、わたしの背にチョロチョロかけていく。
「湯の熱さはいかがでしょうかぁ?」
「だ、大丈夫。ちょうどいいわ……」
「よかったですぅ。それじゃあゆっくり擦りますねぇ」
「は、はい……」
裸にされてしまっては、おとなしく従うしかない。チュニカは柔らかな布で石鹸を泡立て、わたしの背中をこすり始めた。
うわ……気持ちいい。クリーム状のもっちりとした泡に、要らないものを吸い取られる感覚。こすられた部分がふわっと軽くなったようだ。
ときどきかけられるお湯も、あったかくてとろけそうだ。
ちょうどいい力で擦りあげながら、チュニカはあらまあと声を漏らした。
「ずいぶん垢が出ますねぇ。男爵家って、湯番はいなかったのですかぁ」
「え、ええ。うちは貧しいから……。それに浴場は寒くて長居できなくて、つい背中はおざなりになってるかも」
「お湯につかることはしませんの?」
「あるけど、小さな浴槽を家族が順番に使うから、わたしの時にはたいていもうお湯がないの。井戸水で汚れを流すだけで精一杯」
「ふぅーーん……?」
伯爵家の湯の番人には、なにか思うところがあったらしい。わたしは恥ずかしくなってきた。最低限、不潔にはしていないつもりだったけど、本当に最低限だったのだ。きっと伯爵様はこんなに垢が出たりしないのだわ。
わたしは俯いて、言い訳じみた呟きを漏らす。
「それでも昨日、王都に入る前にはちゃんと洗ったのよ。伯爵さまを訪ねるのに、臭うようじゃ門前払いだろうからって」
「……王都の前……川で?」
「ええ、石鹸でちゃんと。ついでに洗濯も」
「洗濯用の石鹸で、肌や髪をぉ?」
わたしは頷いた。うん? なにがおかしいのだろう。
「……なるほどぉ。それでそんな髪に……。
よぉくわかりました。マリー様、一回湯船で全身あっためましょう。肌が刺激に慣れてなくて、無理にやったら傷んでしまいますわ。本気で擦るのはそのあとでぇ」
そういうなり、肩からバシャーンとお湯をぶっかけられた。面食らってる間に腕を引かれ、湯船に導かれる。
首の付け根まである、深い湯だった。
「なんだかこのお湯、いいにおい。何が入ってるの?」
「塩、はちみつ、それから柑橘系の果実酒ですぅ」
「おいしそうね」
「うふふ、さすがに薄めてあるからそのままじゃ不味いですねえ。これは美容の湯なのです」
「美容……入浴しているだけで、綺麗になるの?」
「そう、どちらかというと洗浄力の強い配合で、刺激が強いので、このあとクリームで仕上げますけどねぇ。マリー様、お背中をこちらへ向けて、湯船にもたれて上を向いててくださいましぃ」
従うと、チュニカはわたしの髪を洗い始めた。なんだろう? うちで使っている石鹸とは違うみたい。なにかトロミのある液体だ。オイルのようによく伸びる。何度もお湯をかけ、泡で二度洗い、さらになにかコッテリとした薬液を揉みこまれる。
「……んんー。絡まってダンゴになってるところがありますねえ」
「あっ……あの、ごめんなさい。触りたくないでしょう? ハサミで刈ってしまっていいのよ」
「あはははは羊じゃないんだからぁ。だいじょーぶ、まず脂を落として、ゆっくり解いていきますよ。どうしよーもないところだけちょっとだけチョキンでぇ」
時々髪を引っ張られる感触があるが、痛くはなく、むしろ眠たくなるほど気持ちいい。温めた布でぐるぐる巻きにされ、蒸される。
「このままお顔も洗いますねぇ。目をつぶっててくださいましぃ」
「は、はい」
「それからもうちょっと浸かって、そのあともう一回、全身洗いあげましょうねぇ」
「また洗うの? もう汚れは無いと思うけど」
「いーから私にお任せをぉ。足の指の爪先まで、生まれ変わらせてあげますわぁ」
「生まれ変わる……?」
そう、と頷き、魅力的なウインクをしてくれるチュニカ。
「はい、じゃあ……よろしくお願いします……」
そうして、もはや何をされてるのかもわからないけど、気持ちいい時間が続いた。
……生まれ変わる。
これが終わったら、わたし、生まれ変わっているの?
――何に? 誰に?
……ああ、だめだ。ウトウトしてきた。
遠くに、チュニカの声が聞こえる。
「……うふふ。面白ぉっ……磨けば光るって、このことですわぁ……」
呟く声は、低く、唸るようで。
それがなんだか心地よくて。わたしは吸い込まれるように、眠りに落ちていった。




