王女様は駆け出したい
二話連続投稿の二話目です。
納得できない。
断然、納得ができませんの。
「――わたくし、まったく納得なんてできませんわーっ!」
甲高い声で絶叫する。
そうすると、いつもならルイフォンお兄様が現れて、「どうしたんだレイミア、また癇癪かい」などと言いつつ頭を撫でて慰めてくれる。
だけど今日は誰もいない。王宮には何百何千という住人がいる。そのほとんどは王家の奴隷、給金で雇った使用人のはずなのに、誰も慰めに来ないのよ。メイドもフットマンも、わたくしの悲鳴が聞こえなかったフリをして通り過ぎていく。どいつもこいつも使い物にならないわ!
なおさら苛々がつのり、わたくしはドレスの下で地団駄を踏んだ。
「――あなたもですわっ! リッキお兄様っ!」
びしぃっ! と指を突きつけると、柱の陰伝いに通り過ぎようとしていた男は、両足が浮くほど飛び上がった。
それでも声は出さず、やはり陰に隠れてやり過ごそうとするリヒャルト。しかし銀髪がはみ出ていた。このレイミアの目から逃れられるわけがありません。スカートをたくし上げ、つかつかと大股で歩み寄る。その足音で、リヒャルトは更に震え上がった。
「ひぅっ、レイミア……」
「リッキお兄様! ルイフォンお兄様はどこですの? このレイミアが王宮中を探し回ったのに、どこにもいらっしゃらないわ!」
「え、え、えと……あいつは……昨夜、どこかへ行って……昼頃いちど帰ってきて……」
「昨夜! わたくしの社交界デビューの夜にわたくしを放ってどこへ出かけられましたの? お昼にはなぜ帰って来られたのなぜまたお出かけになられたの、なぜリッキお兄様はルイフォンお兄様を引き止めておいて下さらなかったの!?」
「し、知らないぃぃぃいうううぅ~……!」
リヒャルトはとうとう頭を抱え、その場から駆け出した。逃がすものか! わたくしは即座にタックルをかけ、次兄を床に倒した。背中に跨がってホールド。それで動けなくなってしまうお兄様である。
もちろん、まともに力比べをすれば敵うわけがない。だけどリヒャルトお兄様は、わたくしには絶対に逆らえない。なぜならば。
「……あのう、リヒャルト様、レイミア様――」
「きゃぁああっ」
話しかけてきたメイドにも怯え、じたばたする兄。失神しかねないので、わたくしはメイドを叱った。
「あなた新人? リッキお兄様には話しかけないようにってメイド長から言われなかった?」
「え。は、はい、し、失礼致しました。でも、あの、お二人のためにも、お伝えしたほうがいいかと……」
「失礼とかそういうことじゃないの。連絡ならわたくし経由で、リッキお兄様には、出来るだけ視界にも入らないであげて。リッキお兄様は、女の人が苦手だから」
「……は。はあ……?」
「ひぃいいん……」
わたくしの尻の下で、第二王位継承者が泣いていた。
……可哀想だけど、仕方ない。王宮の侍従は半分以上が女性だ。このメイドは何か進言があるようだし、このまま放置して話を聞きましょう。
「ルイフォン様でしたら、これからしばらくは騎士団の砦で寝泊まりされるそうです。溜まったお仕事があって、自室よりもあちらのデスクのほうが捗るからと。もし来賓など用事があれば馬を飛ばすよう、先ほど侍従たちに伝言が回ってきました」
「仕事……っ? じゃ、じゃあ、昨夜はどこへ行ってらしたの? レイミアを置いて!」
「そ、それは聞いておりません。申し訳ございません」
「役立たずね、クビよ」
「ええっ!?」
絶叫するメイドを放って、わたくしは立ち上がり、早足で歩き始めた。後ろから、半分腰を抜かしたお兄様が追ってくる。「まって……めいどさんと、ふたりきりにしないで……」と、小さな小さな声で呟きながら。
リヒャルトは女の人全般が苦手だけど、さすがに肉親、十も年下の妹とあって、わたくしとならなんとか会話が出来る。
女性のいないところまで来て、ようやく彼は背筋を伸ばした。
「ルイフォンに構うのはもうよせよ。あいつは王族の風上にも置けん出来損ないだぞ」
「他に懐ける兄がいれば、わたくしだってそうしますわ」
という皮肉は、あまり伝わらなかったようだ。
歩き続けるわたくしのあとを、なおも付いてきながら、リヒャルトの声はちょっと大きくなった。
「あれの長所は顔面だけだ。それで有力貴族の女主人に取り入って、ちゃちな縁を結んでくる。あとは騎士団の小間使いをしている無能の三男坊」
「……リヒャルトお兄様が女性恐怖症でなければ、ルイフォンお兄様の仕事は騎士団長だけで済んだのではありませんの?」
「お、おれは女が怖いんじゃないっ、き、嫌いなだけだ!」
はいはい、婚約者との初顔合わせで失神して「政略結婚にしても、いくら何でも」と反故にされただけですわね。
その点、ルイフォンお兄様は断然、頼りになるひとだ。男性でありながら女心もよく分かっていて、優しくて紳士的。一方ろくに会話にならない次兄はもちろん、長兄ライオネルも、とても相談できないひとだった。
――王族の婚姻に、恋愛感情などあるべきではない――
かつて二十も年上の異国の王と婚約話が出たとき、ライオネルはそう言い切った。わたくしはショックのあまり引きつけを起こし、倒れてしまった。そのとき庇ってくれたのがルイフォンお兄様だ。
――そうであっても、こんなに幼いうちから相手を決めなくてもいいじゃないか。レイミアはこれから綺麗になる、そうなればもっと良い縁談が来るかもしれない。せめて社交界デビューの年まで待ってもいいじゃないか――
あれがなければ、わたくしは十に満たぬ年から嫁入りし、今頃、子を産まされていたかもしれない。
思わず肩がふるえる。
……うん、やっぱり、ライオネルは信用できない。長兄は、キュロス・グラナド卿との縁談は推してくれているようだけど、妹の恋を応援しているわけではないのだ。
頼れるのはルイフォンお兄様。キュロス様と旧友であり、彼の好みや落とし方も知っているはず。わたくしの恋を叶えてくれるのは、ルイフォン・サンダルキア・ディルツ――なのに。
なのになぜ、今ここに居ないんですのっ!?
意を決し、わたくしはグイと次兄の腕を引いた。面食らうリヒャルトを、叱るように檄を飛ばす。
「わたくし、出かけます! リッキお兄様、付いてきて下さいませ!」
「え。どこに」
「グラナド城ですわ!」
理解が遅れている兄をぐいぐい引っ張って、馬舎を訪ねる。大人の男である兄たちと違い、わたくしは一人で出歩くのは許されない。こんな兄でも一緒に来てくれないと困るのだ。
慌てて引き止めに来る従僕を蹴散らし、御者を引っぱたき、兄ごと馬車に乗り込んだ。
ルイフォンお兄様が頼りにならないなら、わたくし自ら動くしかないでしょう?
キュロス・グラナド伯爵を、このわたくしの色香で籠絡し、婚約者モドキから略奪してみせますわっ!




