表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

トウマの弱点

期末テストが終わり、冷たい風が肌に染みる感じるようになったある日の放課後。麗と梁木は廊下で雑談をしていた。

まだ他の生徒が廊下を歩いている時は期末テストのことや冬休みについて話していたが、人通りが少なくなると物語について話していた。

鳴尾との手合わせが終わり、鳴尾は終わらせてくれたものの麗の中で課題ができた。

戦いの中での考え方や動き方はもっと数をこなさないといけないが、問題は力だ。

力をつけることはできる。けれど、男女で差がでてしまう。

自分ができることをして補いたいと思ったのだ。

それについて梁木も思うところがあり、考えながら話を聞いていた。

物語の能力は目に見えないし、これがいつまで続くか分からない。

学校生活を送りながら、終わりのないものについて考えることが当たり前になってしまったのかもしれない。

話に区切りがついた時、ふと、梁木は何かを思い出してクスッと笑った。

「どうしたの?」

梁木の笑いに気づいた麗は梁木の顔を見る。

クスッと笑う話ではなかったはずだ。

「いえ。出会った時は互いに苗字で呼んでいたのに、いつの間にかあだ名で呼ぶのが普通になったと思ったのです」

「そうだね」

一年前、図書室で異形の獣に襲われていた梁木は麗と悠梨に出会った。

物語をきっかけに二人は出会い、面識のなかった二人は初めは苗字で呼んでいたが、今では物語に関係ない人の前以外ではあだ名で呼んでいる。

物語に関わらなければ苗字のままだろう。

「慣れるまでは苗字だったもんね」

「はい」

二人は懐かしむように笑う。

麗は梁木と出会う前にトウマと出会った。

トウマは年上だが、初めから呼び捨てでもいいと言った。

物語を通じて親しくなり、年の近い友人のように接している。

梁木もトウマにも誰かがいる時はしない。

麗と梁木があだ名で呼ぶと、クラスメイトは恋人として付き合っていると勘違いされ、トウマは大学生だ。他の目がある。

「トウマも…、年上の人を呼び捨てにするのは彼だけですね」

トウマは距離を縮めるのが得意だと思う。

少なくても梁木はそう思っている。

男女関係なく、年上の人を呼び捨てにしたことがなかった。

小さい時は敬語が使えなくても許されるが、歳を重ねていくとそうともいかない。

家族は別として、年上の人を呼び捨てにしたのはトウマが初めてかもしれない。

「私とユーリが敵に襲われてた時にトウマが助けてくれたんだけど、見た目もそうだけど本当にスーマのように思えたんだよね」

麗はあの時のことを思い出す。

もう駄目だと思った。恐怖と痛みで立つことができなかった。

その時に助けてくれたトウマはスーマそのものだった。

物語に出てくるスーマもトウマも髪の色が似ているし、何より夢中になっている作品だから無意識にスーマが現れたと思ってしまったのかもしれない。

後日、トウマに聞いたところ、ゲームは知ってるがその前から染めていると言っていたから髪の色が似ているのは偶然だろう。

「助けてくれた後、トウマはスーマの能力を持ってるって知って、物語に関わってるのは私達だけじゃないし物語の中ですごく強いスーマの力を持ってるなら心強いって思ったんだよね」

非現実なことが起きている。

それは、十六歳の自分には衝撃が大きくて、本当なのかどうかも分からなかった。

そのことを教えてくれた実月も同じ境遇だと思うが、生徒と養護員、子供と大人、経験の有無、違うことだらけで、戸惑っていた。

「確かに自分が本の中の出来事に関係してるなんて誰も思わないし、自分一人だと不安になりますよね」

物語を読むようになって、非現実なことが多くなって、自分達の周りに能力者が多いと知った。

物語は進み、自分達の日常も進んでいく。

終わりはどうなるのか分からない。

物語が終わると同時にこの力も使えなくなるのか。

高校を卒業してもこれが続くのか。

「僕達より年上ですけど、トウマは不安ではなかったのでしょうか?」

出会った時は自分達より不安や戸惑っている様子は感じられなかった。

トウマが物語に関わった時、どんな気持ちだったのだろう。

「物語でもスーマは強いし、トウマも弱点なんてないっていう感じだよね」

普段から身体を動かしているのか、戦いでも動きが速いし、身体を動かすことに慣れている。

スーマの力を使えるということだけで自分達よりはるかに強いと思えるし、自分達から見たら隙がないし何でもできるイメージがある。

トウマに弱点はあるのか。

麗と梁木の疑問が生まれた。


「兄貴の弱点?」

それが滝河からでた言葉だった。

「そう、弱点。トウマは強いし、私達みたいに覚醒して狼狽えなかったのかなって思って」

「性格や捉え方の違いはありますが、こう、何でもできそうな感じがするのです」

帰ろうとして麗と梁木が階段を降りていた時、二階の廊下で滝河を見つけた。

大学部の教授から用事を頼まれたらしい。

二人は挨拶をした後、疑問を投げかけたのだった。

滝河は会った早々、そんなことを聞かれるとは思わず麗の言葉を繰り返したのだ。

「それは普段の兄貴のことか?それとも能力者としてか?」

滝河は二人の疑問から確認する。

弱点と言われても、先ずどちらかを確かめたい。

「うーん、どっちもだけど、どちらかというと能力者としてかな」

麗と梁木は先程の会話を滝河に話す。

滝河もトウマも仲良くなったと思いたいけど、また知らないことはたくさんある。

それを聞いた滝河はやや顔を上げて考える。

「呪印は知ってるよな?」

「うん」

覚醒するとトウマの首筋には印が刻まれていて、魔力を使えば使うほど呪いが発動して、印から激しい痛みが生じてしまう。

トウマは好戦的で、呪文を唱えずに魔法を発動させることも多い。動きも速いが呪印のせいで動きが鈍くなってしまうし、呪いによる痛みは治癒魔法でも治すことはできないのだ。

それは麗や梁木だけではなく、自分の周りにいる能力者なら知っていることだと思っている。

「弱点…てほどじゃないが、呪印は力を使えば使うほど強くなるが、身体に痛みが生じて立っていることもできなくなる」

この呪いの力は覚醒していなければ問題ない。

「魔法は…どの属性も使いこなせているような気がするな」

それはあくまで滝河の視点だ。

体力はもちろんのこと、能力者ということを見ても戦い慣れているように見える。

物語の中でスーマは最も強く、トウマがスーマの能力を持っているというだけで強くて頼れる存在だ。

「呪印がある限り、兄貴は本領を発揮できないだろうな」

「何の話だ?」

三人が話していると、突然、後ろから声が聞こえる。

振り返ると、そこにはトウマがいた。

「トウマ」

「兄貴も高等部に用か?」

「ああ、ちょっとな。で、俺がどうした?」

高等部を出ようと廊下を歩いていたら見慣れた後ろ姿を見つけて近づくと、自分の名前が聞こえた。

トウマは何かあったと考えたらしい。

「ああ。実は…」

滝河は麗と梁木の話をトウマに説明する。

「俺の弱点、か…。仲間と言えど、安易に弱みを話すのはなあ…」

トウマは何かを考えながら眉間に皺を寄せる。

何か思い当たることがあるのだろうか。

麗が問いかける前に、トウマが口を開いた。

「確かめたいことがある」



翌日の放課後。

麗達は校庭に集まった。

「意外と集まったな」

トウマは麗達の周りを見ながら笑う。どうやら、集まらないと思っていたようだ。

「トウマ、何かするの?」

校庭の回りは結界が張られている。

皆の瞳の色は変わっている。

それは分かっていても、自分達以外に集まる理由が分からなかった。

麗はトウマの後ろに控えている大野と佐月を見る。

麗の後ろには梁木、滝河、鳴尾がいる。

「昨日、俺の弱点について言っていただろ?乗り気じゃないが、確かめたいことができた。そのために大野と佐月も呼んだ」

トウマは後ろを振り返り二人の顔を見る。

大野と佐月は真剣な表情で力強く頷く。

「俺の弱点はお前達で探せ」

「つまり、手合わせするっていうこと?」

「ま、そうだな」

自分達、ということは自分以外も含まれているということだ。

麗は困惑する。

弱点があるのか気になるが、トウマと手合わせするとなると探る余裕があるか分からない。

出会った時より力はついたと思う。しかし、トウマが相手だ。疲弊するのは目に見えている。

麗の後ろで梁木も困惑している。

その表情を見たトウマは言葉を付け加える。

「ただし、条件を出す。大野と佐月は俺のサポートだ。お前達に手は出さない」

「つまり、戦うのはトウマだけですか?」

「ああ。お前達は一人でも複数でも構わないぞ。見ているだけでもいい」

梁木の質問にトウマは即答する。

手合わせはするが参加は強制ではない。

「ま、彰羅が手合わせをしないっていう選択肢はないと思ってる」

「当たり前だろ」

様子を見ていた鳴尾は鼻で笑う。

その瞳はすでにトウマを狙っていた。

「ショウ、純哉。お前らはどうするんだ?」

トウマは麗の後ろにいる滝河と梁木のほうを向く。

「…僕はレイをサポートします。戦えないのは目に見えてますから」

梁木は視線を麗に向ける。

麗と滝河が助けてくれたとしても、自分ではトウマに歯が立たない。

梁木は分かっていた。

「俺は兄貴の動きを見る」

「へえ…」

滝河の答えを聞いてトウマは意外な表情を見せる。

梁木は戦わないと思っていたが、滝河が戦わないと思っていなかった。

誰かに遠慮した発言ではないのは分かっている。滝河なりに考えていることがあるようだ。

「よし、決まりだな」

トウマが後ろを振り返ろうとした時、麗は慌てて声を上げた。

「ちょ、ちょっと!!私は?!私には聞かないの?」

トウマは自分に戦うかどうか聞いていない。それなのに、トウマは自分が戦うと思っている。

「ん?レイは少なからず手合わせするつもりだろ?」

トウマの言葉に麗は何も言えなかった。

その通りだったからだ。

勝ち目が見えないと分かっていても、今の自分を試してみたくなったのだ。

「顔に出てたからな」

トウマは麗の顔を見ながらにやりと笑う。

それを見た麗は顔を赤らめる。思っていたことが顔に出ていたようだ。

「さて、と…」

気を取り直したトウマは後ろを振り返ると大野を見る。

そして、その名前を呼んだ。

「ノーム!出てこい!」

「えっ?」

トウマの言葉に驚いたのは大野だった。

何故、今、ノームを呼んだのか分からない。

トウマの声に答えるように大野の身体が緑の光が飛び出して人の形に変わっていく。

大野の前にノームが姿を現す。

トウマはあからさまに溜息を吐く。

「お前に頼むのは非常に不本意だが、大野と佐月を守れ。手合わせといえど、本気を出せば大野と佐月も負傷するかもしれない」

確かめたいことのためには力を出さなくてはならない。だが、サポートする大野と佐月まで意識できるかどうか分からない。

何かしらの反応はあるものの、トウマはノームに二人を守ってもらおうと考えていた。

トウマの思っていた通り、ノームは顔をしかめてトウマを睨む。

「…ハア、指図サレルノハトテモ不快デスガ、傷ツイテハ困ルノデ言ウコトヲ聞イテアゲマショウ」

ノームはトウマに呼ばれたこと、自分に命令したことに対してあからさまに嫌な顔をしたが、すっと右手を上げた。

すると、大野と佐月は緑色の淡い光に包まれ、淡い緑の球体が二人を包む。

トウマと大野達の間には緑に光る壁ができていた。

「後ハ知リマセン」

それだけ言うと、ノームは消えていってしまう。

ノームの姿が消えるともう一度、溜息を吐いた。

トウマは目の前に生まれた緑の壁に振れようとして止める。

「嫌な感じがする…」

自分の勘が当たりやすいか分からないが、何故か触れないほうが良いと思ったのだ。

トウマは緑の壁に触れる手前で小さく呟いた。

トウマはノームが苦手で、気を遣うのかもしれない。

大野はそれに気づいていた。

「トウマ様…」

それでもトウマは自分と佐月を守ることを考えていた。

言葉に出していないものの、大野も佐月も嬉しさのあまり顔をほころばせる。

「これで大野と佐月は大丈夫だな」

「トウマ(にい)、ちょっといいか?」

「どうした?」

大野と佐月の安心が保証された。

そう思ったトウマは意識を切り替えようとしたが、鳴尾の呼びかけに後ろを振り返る。

いつの間にか、鳴尾の右手には骸霧(がいむ)という大きな長剣が握られていた。

鳴尾は剣を両手で握ると、勢いよく後ろを振り返って剣を振り上げた。

『!!!』

突然の行動に麗、梁木、滝河は驚き、その場から大きく離れる。

衝撃波がくる。それは鳴尾の戦い方を知っていたから出た行動だった。

鳴尾が持つ骸霧という大きな長剣は、その剣に近づいたり黒い衝撃波を浴びると貧血や目眩に似た感覚に襲われてしまう。

人の生気を吸い取り、切られると毒に冒されてしまう力があるのだ。

浄化魔法を使えば緩和することはできるが、状態を回復するには鳴尾を倒すか、覚醒を解くしか今のところ方法はない。

剣を振り下ろすと幾つもの黒い衝撃波が生まれ、並木道に向かっていく。

幾つもの黒い衝撃波は並木道に向かい、木々にぶつかる前に消えてしまう。

鳴尾の動きにトウマ以外が驚いて鳴尾を見る。

しかし、トウマだけは驚かなかった。

麗達の視線を気にすることなく、鳴尾はトウマを睨む。

「後ろの二人はやるのか?」

鳴尾の言葉に麗、梁木、滝河は驚いて後ろを振り返る。

校庭は見晴らしがいい。だが、自分達の後ろには誰もいない。

トウマはやっぱり、という顔で麗達より後ろを見つめる。

「彰羅は気づいたか」

何をしたかは分かっても何が起きたか分からない。

滝河も驚いている。

麗がトウマの顔を見る前に麗達に説明する。

「結界を張ったのはカズとフレイだ。二人はサポートではなく監視を任せてある」

カズとフレイがいる。

目に見えない場所に隠れていると思うが、気配は全くない。

滝河も梁木も気づかなかった。

それもカズとフレイの力なのだろう。

「外から誰か侵入した場合、知らせるためでもある」

麗と梁木はもう一度、後ろを振り返った。

高等部と大学部を結ぶ並木道がある。その木の影に隠れていると思うが気配は全くない。それと同時に鳴尾の勘の鋭さに驚く。

自分では気づけないことに気づくことができる。

「じゃあ、気を取り直して…」

その一言の後、トウマの目つきが変わる。

「さ、誰が来る?」

トウマの目つきに麗達は怯む。

殺意はないと思うが、その目から燃えるような闘志を感じる。

滝河と梁木は麗と鳴尾から離れる。攻撃を受けないようにしなくてはいけない。

麗は自分が動くか、武器と魔法、どちらを使うか考えたが、ふと、鳴尾を意識した。

鳴尾が先に動く。

普段から見ているわけではないが、鳴尾は戦うことを好む。

自分が傷ついても剣を振る人だと思っている。

そう思った麗は鳴尾に聞こうとした。しかし、鳴尾の方を向くと、鳴尾の身体からまるで殺意を具現化したような力強いオーラが吹き出していた。

鳴尾は笑っている。

麗がそれを見たのと同時に鳴尾は骸霧を握り力強く踏み出した。

「レイ、下がりましょう」

麗、梁木、滝河も最初に鳴尾が動くと思い鳴尾とトウマから距離をおく。

二人の攻撃の巻き添えになるかもしれない。

「(さ、うまくいくかどうか…)」

トウマは驚かず、ただ考える。

人によって戦い方を変える、状況に応じて判断する、他にも色々なことを考えていた。

判断が遅くなると危険に繋がる。

トウマの手の近くから二本の短剣が現れると、それを片方ずつ握って構える。

大野と佐月も一歩後ろに下がる。

「プロテクション!」

大野は右手の手のひらをトウマに向けて魔法を発動させた。

トウマの前に淡く光る円形の盾のようなものが現れ、トウマの身体を覆うように包み込んでいく。

鳴尾がトウマに接近して骸霧を振り上げた。

トウマは大剣を受け止めようと短剣を構える。

骸霧を振り下ろし短剣にぶつかる直前、身体を屈めて後ろに回り込む。

トウマは鳴尾が真っ正面から自分に切りかかるのは分かっていた。

だからこそ、大野と佐月にこう伝えておいた。

攻撃魔法は使うな。彰羅は戦いの邪魔をされるのを嫌う。

それと、恐らく骸霧の衝撃波は魔法では防ぐことはできないだろう。

それも合わせてお前達の力が必要だ。

トウマを援護するのは簡単だ。

けれど、自分達に矛先が向くのはトウマの考えではない。

大野も佐月も分かっている。

その時がくるのを待つしかない。

トウマは鳴尾の背後に回り込み死角を狙って切りかかろうとした。しかし、その動きを変える。

骸霧は大きく、自分が扱う短剣よりはるかに重い。

大きなものを振る時、動きも大きくなる。急に何かあった場合、動きを変えるのにも時間がかかる。

鳴尾は後ろに振り返り、そのまま振り下ろした。骸霧から衝撃波のような黒い刃が幾つも現れ、トウマの横をかすめた。

「!!」

想定外ではない。

けれど、短剣を構え直して後ろに下がらなければ攻撃は当たっていたかもしれない。

それより、問題は骸霧の力だ。

「ちっ…」

骸霧から発生する黒い衝撃波はかすめただけでも効果が現れる。軽い目眩が起きるが、まだ始まったばかりだ。

「フレアゾーン!!」

トウマは手のひらを上に向けて言葉を紡ぐ。

手の平に炎の球が浮かび上がり、音を立てて渦を巻いていく。

炎の球を投げつけると鳴尾に向かって加速する。

「そんなもん、ぶった斬ってやる!!」

鳴尾は声を上げると迫り来る炎の球に向かって走りだし、骸霧を勢い良く振り下ろす。

骸霧から幾つもの鎌のような空気の刃が現れ、トウマが放った炎の球は真っ二つに切り裂かれ、火の粉になって消えてしまう。

トウマはそうなることを予想した上で鳴尾に接近する。刃を下に向けたまま構え、右足を踏み込んだ。

それを見て鳴尾も骸霧を構える。

跳躍して斬りかかる。

そう考えたが、鳴尾の考えは違っていた。

トウマは右足を踏み、骸霧に目掛けて大きく左足を上げて蹴った。

「!!」

驚いた鳴尾は骸霧を構え直そうとしたが、動きが間に合わず後ろに下がってしまう。

後ろに下がった場所の変化に気づいた時はそこにいた。

トウマが笑う。

「ホーリーブラストッ!!!」

フェイントをかけたのは、この場所におびき寄せるように動いていたのかもしれない。

そう鳴尾が思うより早く天井に大きな光の魔法陣が描かれ輝きはじめた。

光の魔法陣から衝撃波のような刃が降り、輝く爆風が巻き起こる。

「(…まだだ)」

首筋に違和感が生まれ、胸に痛みが走る。

呪文を詠唱しないのは負荷がかかる。

魔法は直撃したが油断はしていない。トウマは短剣を構えて走り出した。

輝く爆風が揺れて影ができる。

爆風の中から飛び出したのは、全身に傷を負った鳴尾だった。

傷口から血が流れているが、鳴尾はそんなこと気にしていない様子でトウマに斬りかかる。

「(やっぱりな!)」

鳴尾は怯まずに向かってくると思っていた。

トウマは上段で短剣を交差させて攻撃を受け止める。

「(短剣に防御魔法を使ったのは正解だな)」

普通なら二本の短剣で大きな剣を受け止めるのは不可能である。

人に魔法をかけるのではなく、トウマが持つ短剣に使うことで短剣の強度を上げることができないか考えたのだ。

物語に関わる前から短剣はそれなりに使っていた。

もちろん、護身術の一つだ。

物語に関わってからそれがそれが身に染みていた。

短く小さな剣に対して、鳴尾が持つ骸霧は大きく長い。手合わせとはいえ、やれることはやっておいた方がいい。

それと、なるべく魔法は使いたくない。

魔力を温存しておきたいのと、魔法を使えば使うほど呪いの効果が出てしまう。

多少の考える時間は必要だが呪文を唱える時間はない。

骸霧に近づくだけで身体が重くなり、目眩が起きる。

トウマも接近戦を得意としているが、骸霧がそれを難しくしていた。

骸霧の力のせいで、だんだんと身体は重く感じ、首筋に黒い逆十字の模様が浮かび上がる。

見なくても分かる。

身体の怠さ、貧血に似た目眩、それに加えて身体の痛み。

息をするのさえ苦しい。

まるで、心臓を狙われているようだ。

骸霧の力と呪いの効果を合わせると、思っていた以上に身体に負担がかかる。

けれど、この状態じゃないと試すことはできない。

それも大野と佐月に伝えてあった。

二人は巫女の能力者であり、浄化魔法や彼女達だけが使える祈りの言葉で消す、または緩和することはできないのか考えていた。

今がその時だ。

それを見た大野は意識を集中させ、目の前から本を生み出す。

「大地より目覚め、空を仰ぐ聖なる御心よ。全てのものに光指す道標を、穢れを払い清らかな風を…。主よ、今こそその御力を我に与えたまえ…」

大野は左手で本を持ち右手を前に出すと言葉を紡ぐ。大野の胸元から淡い光が溢れだし、その光は持っている本も包み、トウマの身体を包んでいく。

それと同時に佐月はその場に膝をつく。

「主よ、空から降り注ぐ光を導き、淀んだ汚れを払う力を。我に今、その慈悲をお与え下さい」

両手の指を組んで祈ると、トウマの真下に光の環が生まれトウマを包む。

光に包まれながら、トウマは大野と佐月のことを考えていた。

大野はターサ、佐月はフィアの能力者だ。

二人とも神の加護を受けた者だと思っていたが、祈りの言葉は違った。

「(祈りの言葉が違う)」

それはターサとフィアによって信仰するものが違うのかもしれない。

トウマの身体を包んでいた光が消えると、首筋に浮かぶ逆十字の呪印が薄くなっていた。

『!!!』

それを見ていた一同は目を疑った。

治療魔法を使っても消えなかった呪印が薄くなっている。

今まで、覚醒が解かれないと消えなかった呪印に変化が起きた。

「(痛みが和らいだ…?)」

これにはトウマ自身も驚いていた。

目眩も突き刺すような痛みも和らいでいる。それは大野と佐月の両方の力が作用したのか偶然かは分からない。

「(これで可能性が増えた)」

自分がやりたいことが可能になるかもしれない。

そう考えながら後ろを振り返り、大野と佐月の顔を見て頷く。

二人も自分達の力が効果があったことに驚いたが、まだトウマのやりたいことが可能になったわけではない。

トウマの目を見ると頷き返した。

「へえー」

呪印が薄くなったことは鳴尾も驚いていた。

今まで覚醒が解かれないと消えないと聞いていた呪印が薄くなった。

それは、痛みが和らぎ身体を動かすことができるということだ。

トウマはまだまだ戦える。それだけだ。

鳴尾はにやりと笑い、構え直してトウマに近づく。

骸霧を振り上げ斬りかかろうとするが、トウマはそれを二本の短剣で受け止めて防ぐ。

トウマは気づく。

鳴尾の動き方が前より違う。戦い方の根本は変わっていないが、動きに無駄がなくなってきているような気がする。

前に、ヴィースの師であるファーシルの能力を持つ人と特訓したらしい。

結果が出ているのだろう。

それでも大きな剣を振るということは動きが大きくなるし、隙はできる。

「(と言っても骸霧の効果が変わるわけじゃないんだけどな…)」

鳴尾の変化に気づいても骸霧の力が変わったわけではない。

再び貧血に似た感覚に襲われ呼吸が苦しくなる。

手は抜けない。

手を抜く気はないが、考え方を柔軟にしないとやられてしまう。

一方、鳴尾は考えていた。

「(やっぱり動きに無駄がない)」

この剣は前から持っていたようにしっくりと馴染んでいた。大きな剣は一撃は大きいし、叩き潰すには良いだろう。

けど、相手の動きが素早ければ捕えることは難しくなる。

「(トウマ兄は速い)」

ファーシルと特訓して手応えは感じでいる。

前より強くなった。けど、目の前にいる相手は自分より強い。

自分より強い者はもっと強くなっている。

だから戦うのは楽しい。

考えてもどうにもならない。自分の思考は今は必要ない。

ただ戦うだけだ。

「いくぜっ!!!!」

鳴尾は叫ぶように声を上げる。

鳴尾はその場で右足を強く踏み出した。

それと同時に、全身から炎のような蒸気が噴きだし、竜の形に変わっていく。

「(来る…!)」

それを合図にトウマも動く。

トウマが動くより速く、鳴尾は骸霧を持ち直して右足を強く踏み出していた。

気がつけば鳴尾はトウマの間合いに入っていた。

「!!!!!」

紅色の瞳がトウマを捕らえる。

次の瞬間、身体に激痛が走り視界が揺らぐ。

衝撃で身体は飛ばされ、トウマの右肩から腹部にかけて切り裂かれて血が吹き出した。

『トウマ!!!』

麗は叫んだ。

鳴尾の戦いを見て、その強さは痛感していた。

言葉は違えど、それぞれがトウマの名を呼んだ。

トウマが地面に叩きつけられる直前、誰が魔法を発動させたか分からないが、トウマの傷口が淡く光り、傷口が塞がっていく。

同時にトウマの身体が消えていってしまう。

残像かトウマの影かもしれない。

鳴尾が気づくより先に、トウマは鳴尾の懐に入っていた。

「甘いんだよ」

トウマが笑う。

次の瞬間、トウマは鳴尾の鳩尾を狙って蹴り飛ばしていた。

「……速い」

何が起きたか分からなかった。

梁木は唖然とする。

確かにトウマは鳴尾によって切られたはずだ。

けれど、次に瞬きをした時にはトウマは鳴尾を蹴り飛ばしていた。

「…兄貴が切られたのは確かだ。治癒魔法を使ったのは大野か佐月。恐らく、倒れると見せかけて彰羅を油断させたんだ」

梁木と麗が唖然とする中、滝河は不安げな様子で観察していた。

「俺も目で追うのがやっとだ」

滝河もはっきりとは言えないのだろう。だが、三人の中で滝河が一番、状況を理解している。

「(…トウマと、できるのかな?)」

自分の力を試したい。

そう思いトウマと手合わせを望んだが、今は不安が襲ってきている。

トウマや鳴尾ほど戦いの経験はない。それに相手はスーマの能力を持つトウマだ。魔法、剣術、格闘術、どれをとっても自分より上だ。

梁木と滝河に手助けしてもらうこともできるし、手合わせを止めることもできる。

まだ迷いながらトウマを見つめていた。

蹴り飛ばされた鳴尾が大野と佐月の前に立つ緑の壁にぶつかったその時、衝撃で緑の魔法陣が浮かび上がり、そこから眩しいくらいの電撃がほとばしる。

苦しみ、叫んでいる。

それが見えているはずなのに、電撃のせいで鳴尾の絶叫がかき消される。

一同は絶句した。

大野と佐月を守るための壁はただの壁ではなかったのだ。

「(嫌な予感は当たったな…)」

蹴り飛ばしたのはトウマ自身だが、もしも、最初に緑の壁に触れていたら雷撃は自分を襲ったのだろう。

「(あいつ、最初からこれが狙いだったか…)」

ノームは自分に対して良い感情を持っていない。

そもそも、精霊に人間と同じ感情があるかが分からないが、大野と佐月を守るという名目で罠を仕掛けたのかもしれない。

「彰羅!!!」

雷撃が止み、その場でぐったりと倒れる鳴尾を見て滝河は駆け寄り、梁木、大野、佐月は同時に魔法を発動させた。

全身に負った傷が癒え、気を失っている鳴尾を見て麗は更なる不安に襲われる。

あれに触れてはいけない。

あれに触れたら、鳴尾と同じ目に遭ってしまう。

鳴尾が動けなくなったことにより手合わせはできなくなった。

鳴尾が心配だが傷は癒えている。

他の人の心配をしていられない。

麗の考えるようにトウマは麗のほうを向く。

「レイ、どうするんだ?」

麗は考える。

トウマは自分より強い。それは、今まで見てきたから分かる。

一本取るのは難しいだろう。

頭の中でそう考えているということは、答えはもう出ていた。

「…やる」

これから、もっと辛くなることがあるかもしれない。

今の自分の強さを知りたい。

二学期が始まって、ヴィースの師であるファーシルの能力を持つ暁と出会い、マーリの師であるブロウアイズの能力を持つ静と出会った。そして、少し前に鳴尾と手合わせしたばかりだ。

力はついたと思うが、実戦のつもりで挑まないと駄目だ。

「…そうか」

麗の言葉にトウマはほんの少しだけ驚く。

麗も着実に強くなっている。油断はできない。

男女で力の差と経験はあるものの、麗は使える魔法の種類は多く、また、操られていたことを考えると滞在能力は高いと思う。

「(手を抜いたら失礼だ)」

手を抜くことはできるが、それは麗でなくても失礼だ。

そう考えたトウマは麗の後ろにいる梁木に声をかける。

「ショウ!レイに防御魔法をかけておけ!」

「えっ?」

何故、自分にそう言ったのか。

梁木は一瞬、理解できなかったが、すぐに理解した。

大野がトウマの短剣に防御魔法をかける。

それと同じことをする。

それは、麗にも手を抜かないということだ。

「分かりました」

梁木は頷くと、両手を前に出した。

「プロテクション!」

梁木が魔法を発動させると、麗の前に淡く光る円形の盾のようなものが現れ、麗の身体を覆うように包み込んでいく。

梁木が防御魔法を使うのは何となく分かっていたが、手合わせの前とは思わなかった。

そうしている間にも麗は考えていた。

どうするか。

組み手はできない。できても、かわすことだけだ。

「(トウマは私がどう動くか考えてるはずだ…)」

麗と同じようにトウマも考えていた。

「(さ、レイはどう来るか)」

面白いことに、武器は意識をすれば自由自在に出すことができる。

今、麗は何を持っていなくても、数秒後に変わっているかもしれない。

「(できたら顔には当てたくないな…)」

組み手になるかもしれないが、できるなら顔は避けたい。

そう思いながら麗を見ていた。

麗は悩む。いくら考えても考えが纏まるわけではないし、これが手合わせじゃなければ初手で攻撃されているだろう。

「(やるしかない…!)」

麗は意を決意すると、トウマに向かって走り出した。

「バースト!!」

麗の右手をから赤い球が生まれ、それを地面を叩きつけた。

叩きつけた場所から、いっせいに煙が巻き起こり麗の周りに煙が広がっていく。

爆風や煙を起こすことにより、視界と音を遮る。それによって呪文の詠唱を聞かれないし魔法を仕掛けやすい。

トウマは気配を消していない。

動き出したら止まることはできない。麗は素早く呪文を唱える。

「フリージング!!」

麗はトウマがいるほうに両手を前に出して魔法を発動させた。

麗の両手から幾つもの氷の柱が作られ、トウマに向かって加速する。

幾つもの氷の柱がトウマがいる場所にぶつかる直前、トウマの気配が消えた。

死角を作るということは自分もまた死角を狙われるということだ。

それは静の言葉だった。

それを思い出しながら麗は意識を集中させ、虚空から剣を出す。それを両手で握って上段で構えると同時に後ろを振り返った。

思った通りだ。そう思うのと同時に強い衝撃が身体中を襲う。

「おっ、よく分かったな」

トウマは驚いていない。

トウマは麗の背後を狙って斬りかかっていた。

「(防御魔法がかかってても、この衝撃…!)」

魔法のおかげで抑えることができているが、それでもトウマの攻撃は重たく、強い。

短剣二本を使ってこの力を出すことができる。

その一撃だけでトウマが手加減をしていないと思うことができる。

怯みそうな気持ちを堪えて麗はトウマを睨む。

ぐっと力を込めるとそのまま押し返そうとした。

だが、トウマの短剣が消えると同時にトウマは下から蹴り上げて麗の剣を落とそうとする。

トウマの短剣が消えたことにより一瞬だけ加えていた力を緩めてしまい、剣を離してしまう。

「っ!」

麗は咄嗟に持ち方を変え、下から上に向かって剣を振りながらトウマとの距離を縮めようとする。

「っと」

トウマはさっと後ろに下がって麗の剣をかわしていく。

「攻撃だけじゃ何も変わらないぞ」

トウマの言う通り、ただ剣で攻撃するだけじゃ変わらない。

二刀流なのはトウマも同じ。

違うのは剣の長さだけ。扱い方は向こうのほうが上だ。

自分より強い人にどう挑むか。

僅かな隙を狙うしかない。

そう考えていたが、その時間はなかった。

一瞬、頭上が光ったような気がする。

麗が空を見上げると、頭上から幾つもの大きな炎の塊が広範囲で生まれ、麗に向かって振り落ちてきていた。

「いつの間にっ?!」

避けきれない。

そう思った麗が魔法を発動させるより先に梁木の声が聞こえた。

「ウインドシールド!!」

梁木が言葉を発動させると、麗の周りに風が吹き上がって球体状に覆っていく。迫り来る無数の炎は風の壁に衝突して火の粉と煙が巻き起こる。

「ショ…」

梁木がサポートしてくれる。

思わず振り返って梁木に声をかけようとして止めた。

今はトウマとの手合わせ中だ。

そこで、麗はあることに気づいた。

最初に自分が魔法で煙を起こした。それによって相手も魔法を仕掛けておくことができるし、動きを読めなくすることができる。

トウマの動きを止めるには、魔法を出させること。トウマの苦しむ顔は見たくないが、魔法や剣で足止めするより長く動きを止めることができるだろう。

トウマはまだ本気を出していない。

何だか試されているような気がする。

それと気をつけなければいけないのは、ノームが作り出した緑の壁だ。

鳴尾を見てしまったら、壁にぶつかりたくない。

麗は気配を探り、急いで呪文を唱える。

「ブレスウインド!!」

魔法を発動させると、麗の周りに小さな風が吹き、幾つもの風の刃が生まれた。

幾つもの風の刃は火の粉と煙を吹き消しながら目の前にいるであろうトウマに向かっている。

「(変わった!)」

確かに気配はあった。

けれど、それが動いた。

麗は意識を切り替える。両手の近くに二本の長剣が現れ、それを握ると勢いよく振り返った。

二本の剣を交差すると、剣と剣が大きくぶつかり、衝撃と痺れが走る。

「それが気になってたんだ!」

トウマは、まるで麗が剣を二本出すことを予想していたように言った。

四本の剣が激しくぶつかり合う。

強くなった。

剣を交えながら、麗に対して感じたことだ。

先日の鳴尾との手合わせで麗が自分と同じ二刀流であることを知った。

ファーシルの能力を持つ暁、ブロウアイスの能力を持つ静、そして、ヴィースの能力を持つ鳴尾、この三人と特訓したことにより魔法の制度はもちろん、戦い方や剣の扱いが変わっただろう。

確かに強くなったし、動きの無駄が少なくなった。

けど、まだ身体に馴染んでいない。

恐らく、麗は魔法戦に持ち込もうとしている。

呪印の力を出させるためだろう。

首筋に黒い逆十字が浮かび、動きが鈍くなっても、大野と佐月の祈りの言葉によって呪いの力が弱まることが分かった。

それは、これから大きな力になる。

麗達の言葉に乗ったのは、今の麗達を見るためもあった。

梁木は自分ができることを分かっていた。梁木は攻撃魔法も使えるがサポートや補助のほうが向いている。

滝河は考え方や視野を広げるためだろう。時折、視線を感じているのは自分を見てるからだろう。

大野と佐月の力も分かった。カズとフレイの力も精度が良くなっている。

けど、変わったのは麗達だけではない。

「これならどうする?」

何度目かの剣と剣がぶつかり合り、麗との距離が近くなった時、トウマが笑う。

「!!!」

何かが来る。

麗が気づいて離れようとしたが、遅かった。

「フレアブレスッ!」

トウマの周りに炎と風が吹き出し、それがトウマの両腕に集まると渦巻いていく。

剣を押し出す反動で炎と風の渦が放たれた。

「(間に合わない!)」

麗は剣と剣を交差させて炎を軽減しようとしたが、至近距離で魔法を発動され、そのまま吹き飛ばされてしまう。

尻餅をついてそのまま身体が後ろに下がっていく。

身体が熱く、痛い。

すぐに自分の身体が淡い光に包まれ傷が癒えていくのは、梁木が治癒魔法を使ったからだろう。

至近距離で魔法を使われ、かわすこともできなかった。

集中力が途切れたのか、左手で握っていた剣は消えている。

立ち上がろうとして片膝を立てた時、トウマは声を上げた。

「もっと強くなれ!!」

麗ははっとして顔を上げる。

少し離れた場所でトウマが見ていた。

首筋に浮かぶ逆十字の呪印がよりくっきりと見え、トウマの呼吸は乱れていた。


「強くなれ!」

トウマの脳内にある景色が浮かぶ。

自分の目の前には傷だらけで膝をついている彼女がいる。

その後ろでは彼に似た少年が不安そうに見ている。


「(まただ)」

意識は集中させてるが、トウマの中で別の考えがよぎる。

たまに生じる違和感。

見たことがない、感じたことがないはずなのに、まるで自分が見た記憶のように鮮明に感じることができる。

「(…スーマの記憶?)」

考えられるのはそれがスーマの記憶かもしれない。

「(そんなはず…)」

けれど、すぐに止めた。

スーマは物語の登場人物だ。

いくら物語の内容が現実の世界に起きていたとしても、本に書かれていないし、架空の人物の記憶を共有できるわけがない。

その感覚がリアルでも、そんなはずはない。そう思いたい。

それくらい現実味がある。


トウマが考えを巡らせていることを麗は気づいていた。

じっくり見て考えることはできないが、僅かな違和感があった。

隙ができるかもしれない。

魔法だと気づかれてしまう。

「(チャンスは一回!)」

剣を握り直したと同時に、麗は地面を蹴って走り出した。

トウマに斬りかかる直前に剣を消して魔法を放つ。

そう考えていた。

トウマの間合いに入ろうとした時、トウマは麗が近づいていたことにようやく気づいた。

「(早い!!)」

思っていたより気づかれるのが早かったがもう止まらない。

麗の手から剣は消え、右手を伸ばして魔法を発動させようとした。

そのつもりだった。

「えっ?」

一瞬だった。

トウマに腕を掴まれたのは分かったが、そう思った時には麗は投げ飛ばされていた。

「!!!」

あることに気づいた麗は後ろを振り返る。

そこにはノームが作った緑の壁がある。

風の魔法が使われたのか、自分の身体は強風に流されて身動きが取れない。

このままだと壁にぶつかってしまう。

怖い。


咄嗟に身体が動いてしまった。

気づけば麗の腕を掴んで投げ飛ばしていた。

風の力が働いたのか、麗は強風に流されて動くことができないように見える。

その時の麗の顔を見てしまった。

危険と恐怖が混じった表情だ。

初めて見たはずなのに、誰かと重なったように思えた。

一度も見たことがない、遠い記憶を呼び覚ますような感覚だった。

「!!」

トウマは急いで麗の背後に移動し、緑の壁に背を向けるように立つ。

腕を伸ばして両手を前に出すと、手のひらから風が巻き起こり、渦を巻いていく。

風の渦は麗の背中に向けて吹き、麗がぶつかると衝撃を緩和する。

麗はその場にゆっくりとしゃがむような体勢になる。

「うっ…!」

トウマの首筋に浮かぶ呪印が濃く浮かぶと、全身に痛みが襲いかかる。

トウマは思わず声をあげ、バランスを崩して後ろに倒れてしまう。

「トウマ!」

「トウマ様!!」

それぞれがトウマの名前を叫ぶ。

緑の壁にぶつかれば、さっきと同じことが起きてしまう。

しかし、トウマが緑の壁にぶつかっても何も起こらない。

トウマの行動に驚いた麗も、梁木達も緑の壁にぶつかり、雷撃によってトウマも負傷すると思っていた。

「フッ」

大野が驚いていると、頭の中でノームの嘲笑が聞こえてたような気がした。



「結局、弱点らしい弱点は見つからなかったな」

「もしかしたら、気づいていないだけかもしれません」

滝河と梁木の話をぼんやりと聞きながら麗は考えていた。

手合わせの結果、呪印によってトウマが動けなくなりこれ以上はできないと判断して終わった。

「(あの時、確かに何か考えてた)」

どうして動きが止まったのかは分からないが、ほんの僅かに動きが止まったのは確かだ。

「(トウマの顔…何か余裕がなかった)」

あの時に見たトウマの表情は驚きと悲しみが混ざったようだった。

普段見る、余裕のある顔ではなかった。

「(弱点が私……っていうことはないと思うけど、異性に弱いのかな?)」

トウマと戦ったことはなく、手合わせも初めてだ。異性の能力者と戦ったことはないと考えたが、すぐに思い出す。

今年の三月、アルナの能力を持つ久保と戦った時、自分は意識を失っていたからはっきりと思い出せないが、あの時のトウマは久保に対して躊躇はなかった。

「(まさか、ね)」

そんなことはない。

知らなくてもいいことかもしれないし、そのうち分かるかもしれない。

「レイ、どうしましたか?」

いつの間にか足を止めて考えていた麗は、梁木の声に気づく。

「ううん、何でもない」

麗は苦笑すると、再び歩きだした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ