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世界のはじまり

夕方になると日が傾くのが早い。

保健室を利用する人もいなさそうだし、今日は早く閉めても良さそうだ。

本を読みながらそんなことを考え、実月はふと、机の上に置かれた卓上カレンダーを見る。

「(月日が経つのは早いな)」

ある日、日常が一変した。

それまでは当たり前のことしか考えていなかった。



保健室の景色が変わり、歯車と時計の針の音が聞こえる。



新年度が始まる少し前に透遥(とうよう)学園高等部に赴任した。

一通り、高等部を案内され、持ち込んだものを保健室に置いていた時、あることに気づいた。

保健室の上から何かを感じる。

自分に霊感があるかどうかは分からないが、何となく何かがあるくらいのことだ。

生徒からこの学園は巨大な医療施設の跡地という話を聞いたが、確かに透遥学園は広い。

中等部、高等部、大学部があり、高等部と大学部には学生寮もある。それに、礼拝堂や研究所、他にも色々な施設も整っている。

また半地下に昼でも真っ暗な倉庫があったり、構造に至っては教室の向かい側にも教室がある。

巨大な医療施設という噂も信憑性があるのだろう。

霊が見えるわけではないし、今のところ実害はない。気にしないことが一番だ。

予想以上のことが起きたのは、その後だった。

次の日、二階の廊下を歩いていると副理事長に呼び止められた。

夕方四時、理事長室に来るようにと理事長に言われました、と。

副理事長から聞いているが、理事長は多忙のため、高等部にいることは少ないらしい。

理事長に代わって業務や権限の一部を副理事長に任せているようだ。

ここに赴任してから一度しか見掛けていない。

どんな用件かは聞いていないらしく、それだけ伝えると副理事長は職員室に入っていってしまう。

業務に問題はないと思いたい。


時計を見るともうすぐ四時。

副理事長に言われた通り、理事長室に向かい扉を叩く。

女性の返事と人の気配に気づいて扉を開いた。

そこで異様な光景を目にする。

扉を閉めて振り返ると理事長が座っている。

問題はその後ろだ。

半透明で人の形をした淡い光が見える。

自分に霊感があるかどうかは考えたことはないが、それは確かに目に見えてる。

理事長は自分の後ろを気にしていない。

「実月先生にはこれが見えているみたいですね」

「はい」

嘘を言っても仕方ないので素直に答える。

その瞬間、淡い光が強く光った。

あまりに眩しくて目を閉じた時、まるで今までに見てきたように不思議な光景が頭の中を駆け巡る。

淡い光を知っている。

気づいたら光はおさまり、それを見つめて呟いていた。

「光…」

何故だか分からないが、ほんの少し前までの疑問がなくなった。

そんなことがあるわけないが、今、見ているものが現実だ。

理事長の瞳の色が変わっている。濃い青色だ。

それに、淡い光の正体は光の精霊ウィスプ。

当たり前だが、今まで人の目の色が変わるのも、精霊なんていうのも初めて見た。

表情があまり顔に出ないらしいが、今、驚いているのだろう。

理事長は少し間を開けてから言葉を続ける。

「実月先生に起きたことと、私の目的を話します。…WONDER WORLDという作品をご存知ですか?」

突然の言葉に、想定していた返事が出なかった。

知ってるも何も、と言いたいところだが、相手はまだ何も話していない。

「はい」

先ずはそれだけ答える。

理事長も気にしていない。

「そうですか。どんな関係があるかは分かりませんが、作品の世界が現実に起きようとしているとしたら実月先生はどう思われますか?」

俺のことを知っているのか。

それとも、ただ話題の一つとして取り上げているのか。

自分のことは後にしておこう。

フィクションは現実ではない。けれど、目の前の現状はそうではない。

「生徒達に聞かれたと想定するなら諭します。…ですが、理事長はそれが事実と仰るのですね?」

「理解が早くて助かります」

理事長は笑って頷いた。

理事長のことを分かっているつもりはないが、冗談を言っているようには思えない。

瞳の色と光の精霊ウィスプが何よりの証拠だ。

理事長室の中だけでも有り得ないことが起きている。

「高等部の図書室にWONDER WORLDの本があります」

「えっ?」

思わず声が出てしまった。

赴任してから図書室に足を運んだことはあるが、本があるのは知らない。

「私も生徒達と会話の一つになるかもしれないと思い、読みました。…本を開いた時に現れたのが、このウィスプです」

そう言うと、理事長は後ろを向いてウィスプを見る。

ウィスプは呼ばれたと思い、数歩前に出る。

「ナンノ力ガ働イタカハ分カラナイガ、私ハ喚バレタ。コノ場所ハ大キナ力ガ動イテイル。新シイ世界ハ繋ガッタ。ダガ、全テノ力ガ奔放ニナルト均衡ヲ保ツコトハデキナイ」

人の言葉を発することができることに驚いた。話し方は片言のような感じで、それが聞き取りにくいわけではなく、前から聞いていたような感覚だ。

さっきからウィスプの動きや話し方を見ている。

仕事上、感情や思考を読もうと思ったが、このウィスプにはそれができない。

それと同時に、自分ではないが、まるで自分のことのように記憶や景色が流れてくる。

ウィスプの意図は理解した。

「つまり、私に礎となるものを考えろ、と?」

ウィスプではなく理事長に問いかける。

原因は分からないが、本の中の世界が現実と繋がった。

今のままでは力が放出され続け無秩序になってしまう。

そもそも、俺にそれを任せていいのだろうか。

「はい。実月先生…、時の精霊ザートにもう一つの世界を見てもらいたいのです」

時の精霊ザート。初めて聞いたのに、何故か懐かしく感じる。

それが自分の名前だと錯覚する。

気づけば口角を上げて笑っていた。

「なるほど…」

そこまで言って口をつぐむ。

つい、普段の話し方が出そうになるが、ここは理事長室、目の前にいるのは理事長だ。

気を緩めてはいけない。

「生憎、私は図書室にある本は読んだことがありません」

物語は知っている。

同時にゲームも発売され、少しずつ人気が出ているのも知っていた。

だが、図書室にある本を読んだことはない。

嘘は言っていない。

その本の出来事が現実に起きている、馬鹿げていると思った。

物語はフィクションだ。

話を聞いていたくらいで、自分から夢中になるほどではなかったが、今の現状にそう言っていられなくなってきた。

「それに、私にそんな力があるのですか?」

そんなことを口にしながらも、誰かの記憶が自分の記憶のように思える。

制定することなんて容易だ。

「あります」

俺の考えを見透かしたように理事長は頷く。

話を聞いていただろうウィスプがゆっくりと目を閉じると、ウィスプの足元が淡く光り、その光は俺の足元に移動する。

「思考ト意識ノ共有ヲスル」

意識の共有。

つまり、俺の考えていることが話さなくても伝わるというのだろうか。

礎というのはどこからのことを指すのだろう。

先ずは何を決めるか。

本は図書室にもある。学園外から買った本を持ち込むことを考えると多くの人が手にするだろう。

誰が能力者に向いているのか分かるのか。

また、自分でどの能力が使えるか決められるのか。

考えることはできても、実行するとなるとまた話は変わってくる。

「本ハ図書室ニアルモノダケガ対象ダ」

言葉に出していないはずなのにウィスプは答えた。

なるほど、こういうことか。

この力が他に活用できるなら、啓示のような感じでウィスプが理事長にしたように、本を開いたもの、その中でウィスプが選んだ者にすればいい。

物語は確か、ファンタジーの世界だ。

魔法というのは体力と関係するのか。

剣とか武器を使って戦う、武器は学園内にあるのか。

疑問は尽きないが、非現実な力が使えるとなると、興味や私利私欲のために際限なく使う者も出てくるだろう。

破壊や殺人、それに便乗して奪うものは出てくるだろう。地位や権力もそうだろう。

能力を持つ者、能力者とそうじゃないものの区別をつけるための物が必要だ。

区別する場所…壁、物語では結界というのがあったはずだ。

結界によって能力者と非能力者を分ける。

魔法によって作られた結界という空間を作り、非能力者を入らせないようにする。

これでその場所で結界が張られても、非能力には何が起きたか分からないし、知りもしない。

次は際限なしに力を使うものを制御するにはどうするか、

魔力というのが体力や精神力と関係するなら、能力者次第だ。

能力が使えなくなったらどうなるか。ふと、そんなことが頭をよぎる。

能力者は高校生だけとは限らない。

この学園は中等部と大学部もある。今、ここにいる理事長も養護教諭の自分も物語に関わっている。

瞳の色の変化が証拠だ。

生徒達、主に十代の子達にとって何が一番堪えるのか。

学生生活の思い出、記憶。能力者でもそれは平等だ。

心も毎日動く。友情、思慕、恨み、憎しみ…。

物語とは関係なく、能力を封印する力を作り、能力を封印された者は、力を使い始めてからの記憶がなくなる、というのはどうだろうか。

全ての記憶、関係性、良いことも悪いことも全部、最初から無かったことになる。

そうなれば、緊張感が出るし不用意に力を使うものは少なくなるだろう。

関わってからの記憶の中でその価値を見いだす。

人によっては記憶がなくなるのは辛いことだろう。

能力を封印するための言葉や魔法を考えよう。

現実と非現実な空間、場所、世界。

規模が大きすぎるか、主に十代の子達にとっては学校が世界だと思う者もいるだろう。

能力者は現実と非現実、二つの世界を生きることになる。

能力者はその交わる場所にいる。

交差する世界…。


交差する世界で眠れ。


せっかくだ。多少、仰々しくてもいいし、どうせなら面白いほうがいい。

自分が誰かに狙われるという緊張感も生まれる。

それに、本の中の人物の同じ力が使えるだけじゃ面白くない。

イレギュラーはあってもいいし、その人物を意識することによって、まるで自分が経験したかのように錯覚する感覚が欲しい。

「実月先生」

そこまで考えてた時、理事長の声が聞こえる。

俺は思考を止めて理事長のほうを向いた。

「私は常に高校にいるわけではありません。それに…これは私個人のことですが、近いうちに良くないことが起こる予感がしています」

理事長が多忙なのは聞いているが、理事長の曇る表情が気になる。

「良くないこととは?」

「…私にもはっきりとは分かりません。でも、何度も胸が引き裂かれるような夢を見ます。それが、気のせいで私だけの問題なら良いのです」

理事長の表情は険しい。

「理事長は、この非現実なこととご自身が感じる予感に何か関係があるとお考えなのでしょうか?」

「…そうかもしれません」

予感というものは明確にできるものではない。

誰にだって漠然とした不安はある。

その話を聞くのも俺の仕事だ。

「この春、娘が高等部に編入します」

物語の礎を考えている間、理事長は別のことも考えていたようだ。

「ご息女が?」

「はい。個人の話になりますが、私には二人の娘がいます。多忙な私達に代わって家族…、私の妹が二人の面倒を見てくれています」

個人情報を話していいのだろうか。

理事長は子供が二人いる。妹が面倒を見てるということは一緒に暮らしていない。

「ご息女二人が編入するのですね?」

高等部に編入ということは中等部にはいない。

個人の生活なんて興味はないが、この学園に編入してくるなら娘に会えるわけだ。

しかし、理事長は険しい表情のまま首を横に振る。

「いいえ。編入するのは姉の麗だけです」

「一人だけ、ですか?」

これには思わず声に出してしまった。

「…はい」

不思議な話だ。

定員の問題はあるが一人や二人増えてもそこまで変わらないのではないか。

片方だけ編入したら、もう片方は寂しくなるのではないか。

余計なことかもしれないがそう思ってしまう。

「もしも、娘が物語に関わってしまったら…、手助けをしてもらえないでしょうか?」

編入する娘が物語に関わらないと断言できない。

それは、理事長の親としての心情だ。

「ある日、突然、私の目の前にウィスプが現れ、私も物語に関わっていることを知りました。私の能力がどんなものかは分かりません」

理事長がウィスプを見ると、ウィスプはそれに反応して振り返る。

「ウィスプの光が私の不安を晴らすような気がするのです。来るべき日に備え、ウィスプにはこの場所を守ってもらいたいと思っています」

理事長は編入してくる娘に物語に関わってほしくない。だが、常に高等部にいるわけではない。

そこで俺とウィスプに礎を作らせ、もしもの時に、俺に娘を頼む。

今、できることの最善策だろう。

「今、この現状を知っているのは私と実月先生だけ。私がここにいない時もありますが、私が能力者であること、ウィスプのことを隠しておきたいのです」

理事長の話が全て本当にかは分からないが、見ておくだけなら良いだろう。

「分かりました」

俺は頷いて答えた。

答えながら、一つの考えが浮かぶ。

俺も精霊で特別な存在なら能力者にも見つからない方がいいのか。

「私も正体を隠しておいたほうがいいですね」

物語に関わっていることは知られてもいいが、俺が時の精霊ザートであること、非現実な世界の礎を作ったことを知られては面白くない。

「そこはお任せします」

いつの間にか、理事長は険しい表情を緩めていた。

これから分からないことは調べればいいし、理事長が学園を訪れた時に何かあるだろう。

気になることはまだある。

礎が全て反映されるか分からないし、作った者が全く狙われないという保証はない。自分が動かなくても情報を得たり狙われた場合の対策が必要だ。

俺がどんな力を使えるかも分からない。

「眷属ヲ創レバイイ」

まだウィスプとの意識と思考の共有は終わっていなかった。

眷属。日常ではあまり口にしない言葉だ。

創るということは自分で考えて生み出すということだ。

そう考えながら、ふとウィスプの足元を見ると、いつの間にか茶色の毛並みの猫がいた。

「我ノ眷属、ケットシー」

ウィスプがケットシーと呼ぶ猫を見ると、ケットシーは俺を見て右前足を上げる。

「よろしくな」

猫が喋った。

理事長室に入ってから不思議なことばかり起きているが、普段、当たり前のように知っている猫が人間の言葉を喋るというのは奇妙に思える。

これも能力の一つなら、力を出さないとケットシーは現れないか、普段は喋らないとうことになる。

見た目は猫だ、学園内を徘徊していても何も問題はない。

ウィスプが言うには人間と同じような意思があり人間と同じ言葉を話すことができる。

これでウィスプは理事長室に隠れ、代わりにケットシーに現状を見てもらうことができるというわけだ。

俺達、力のあるものには必要だ。

眷属はどうしたらできるのか。

そう考えた時、突然、後ろから声が聞こえた。

響一(きょういち)様」

学園内でその声が聞こえるはずがない。

俺は今、一番、驚いた顔をしているはずだ。

振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。

「あ…」

思わず名前を呼びかけたくらい声も姿も似ていた。

真っ直ぐな長い黒髪、背丈も同じくらいだ。

けど、あいつじゃない。そう言い聞かした。

俺の頭の中を読み取ってできるものなのか。


夢で伊夜っていう女の人が出てきて。あっ、着物なのに洋風な服を着てました。


あいつの話を聞いてたからか。

最近、その話を聞いたからだろうな。

それを覚えていて頭の中でその姿を想像して、具現化した。

目の前にいる少女はこちらを見て微笑んでいる。

恐らく、これが眷属なのだろう。瞳の色は海のような深い青だ。

区別するために名前をつけるか。

俺の思考から生まれた存在なら俺の名前は言わなくてもいいだろう。

「お前は伊夜(いや)だ。ばれないように俺の代わりに動け」

伊夜のことも知られては面白くない。

伊夜と呼ばれた少女は頬を赤く染め、その場に膝をついて頭を下げた。

「はい、響一様」

帰ったら、話してみるか。嬉々として喜びそうだ。

この非日常に慣れるより、学園内でこの顔に見慣れるほうが大変そうだ。


その後、俺は図書室に寄り、物語を知るために本を読んだ。

以前のように、こういうものが流行しているんだという感覚ではない。

礎となるからには、もっと知らなくてはならない。

しかし、この本自体にも力を感じるし、何よりも本の厚さに対して余白が多い。


もう少し内容があったような気がする。


少しずつ非日常に慣れた時、無の精霊トワを見つけた。

すぐに見つけた。というより、元からそこにいたのだろう。

トワは保健室から見える木に留まっていた少し大きなカラスだった。

トワは人の言葉を喋ることはできない。その代わり意思の思考の共有は可能だった。

トワは(かささぎ)という眷属を創った。鵲も言葉を発しようとはしないが思念で何となく分かることができる。

しかし、まさか、保健室の窓から見えるカラスまで物語に関わっているとは思わなかった。



この時は気づかなかったが、春から高等部に編入してくる麗という女子生徒の苗字が違うことに気づくのは、もう少し後の話である。


これが全ての始まりだ。



「ま…。響一様?」

ほんの少し思い返している間、いつの間にか覚醒していたようだ。

後ろから俺を呼ぶ声で気づく。

俺の背後には伊夜がいた。左頬を触られている。

名前を呼ばなくても姿を見せるが、特に動じない。

非現実な世界の始まりを考えていたのなら伊夜が現れるのも不思議ではない。

「架空の物語が実在してそれに関わるようになって、最初は…まあ、それなりに驚いたな」

そんなことは生きている内に絶対にないことだ。

夢見る年頃でもないし、架空は架空だ。そう思っていた。

「ふふふ」

伊夜は小さく笑うと実月の背中に身体を密着させる。

「姿は、まあ…似ているが、性格は違うな」

伊夜とあいつは会ったことないはずなのに。

後ろを振り向いて伊夜を見る。

学園内でこの顔を見るのも慣れた。

(わたくし)は響一様から生まれた存在。響一様の頭の中で意識するあの子に似ていて当然ですわ」

伊夜は甘く優しい声で答える。

当然、か。

それが当たり前になっていたんだな。

「私としては、憎たらしく思えますが」

伊夜の声に寂しさとほんの少しの嫉妬が混ざる。

眷属である伊夜は俺が覚醒したら現れる。

覚醒できるのは学園内のみ。

学園を出れば、覚醒することはないし、伊夜は消える。

作り出した存在のはずなのに自我はあるし、前より力も備わってきた。

それほど力を出していないが、俺の力もどんなものか分かる。

正体を隠して傍観する。

時に助言をして、対価をもらい願いを叶える。

願いを全て叶えるかどうかは、言ってみれば気分次第。

判断基準は見合うかどうか。

生半可な心じゃ動くものも動かない。

「今日はもう誰も来なさそうだから帰るか」

開いたままの本を閉じて机に置くと、首に絡まる伊夜の腕をほどいて椅子から立ち上がる。

「………」

伊夜が困った顔をしながらこちらを見ている。

前よりは無くなったが、学園を出ると覚醒しない。つまり、俺が帰ると自分はいなくなるということだ。

自我も心もあるというのも不思議だ。

それでも帰らないという選択肢はない。

「そんな顔するな」

子供を諭すように言い、少しだけ笑う。

白衣を脱いで椅子にかけ、戸締まりをする。

ポケットから鍵を取り出すと、視線に気づいて振り返る。

「また明日な」

電気を消して扉を開く。

この視線や感覚は、学園を出るまで続く。



大きな歯車と小さな歯車、時計の針が規則的に動く。



今日も世界は回っている。

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