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月夜に想う夢

一日が終わった。

明日は日曜日。特に用事はなく、いつもより遅くまで寝ることもできる。

けど、今夜は違う。



家族に挨拶を済ませ自室に戻った高屋はいつもと違うことに気づく。

香が焚いてある。家族が準備したのだろう。

それは、嗅ぎ慣れたもので、これから行うことに欠かせないものだ。

窓から外を見ると大きな満月が浮かんでいる。

「(そろそろ寝てる頃だろう…)」

日付は変わっている。

夜更かしをするとしても、この時間に起きていることはないだろう。

そう思うと、机の上に置いてある黒い手袋を掴んだ。

寝間着には着替えず、手袋に指を滑らすと既に敷かれている布団に視線を落とす。

今夜は術をかける日。

高屋の血を持つものは、自分が標的だと決めた人に印を刻むことができる。

標的を決めると身体の一部に桜に似た花びらが浮かぶ。高屋が選んだ標的にはうなじに印を刻んだ。

家に代々伝わる幻桜術(げんおうじゅつ)はその力を継続してかけることによって効果を保つことができる。

対象となる人物は一人だけではなく、複数かけることも可能だ。ただし、それなりの力が必要らしい。そう聞かされている。

勿論、後継ぎである高屋もその力を使うことができる。

術をかけた人間の意識を向けさせて魅了して操ることができる。

その力をもって恋や愛と名のつく感情を芽生えさせるかは分からないが、術者が解かない限りずっと続くようだ。

ゆっくりと深呼吸をするように術をかけていく。

標的が目の前にいない場合でも術をかけることができるし、夢の中に入り込んで術をかけることもできる。

それは満月の夜に最も力を高めて効果を発揮するが、身体への負担が大きかった。術をかけた後は意識がぼんやりとして貧血のような気分が続いてしまう。

物心ついた時から家族から聞かされていたが、それを体感したのは標的を見つけてからだった。

「(効果が出ているかは分からないんだよな…)」

小さく息を吐く。

初めて聞かされた時、魔法だと思った。

自分に意識を向けさせる。それは都合が良く、自分と標的、少なからず人生に影響を与えることだ。

高屋が標的に選んだのは同じ学園の一つ年下の女子生徒だ。

二年の春、出会い頭にぶつかった彼女を見て感じた。

標的が現れた。

その感情が好きというものか興味本位かは分からなかったが、月日の流れとともに、自分も彼女も架空の物語に関わっていることを知る。

図書室にある本の中の出来事が現実に起きている。正確には物語に登場する人物の力を使うことができる。

初めて知った時、驚いたが自分に身近なものがあるのでそこまで驚くことはなかった。

代々伝わる幻桜術も魔術みたいなものだ。

結界と呼ぶ魔法によって一定の範囲に能力者と留まらせる壁のようなものも、言葉や思念一つで現れる武器や魔法も不可思議な現象だが、使えば体力と気力を消費する。

不思議なことに、物語の力と関係ないはずの幻桜術が物語の力で解除することができるほうが驚くべきことだった。

幻桜術と物語の力を使って標的を操って戦わせることができる。

物語の力がいつまで使えるか、高等部を卒業したらどうなるか、考えても仕方無い。

現状を楽しむのも悪くないと思ったのだ。

そろそろ始めよう。

そんなことを思いだして少しだけ笑うと、高屋はゆっくり息を吸う。

「花を惑わせ、夢の扉を開け」

そう呟くと、布団に入り目を閉じた。



夢の中にいる。

意識はほとんどはっきりしている。

けど、これは自分ではなく標的の夢の中だ。

入り込むのは初めてじゃない。

自分の周りには薄紅色の花びらがゆっくりと舞っている。それが標的の夢の中という証拠である。

夢の中の空間がどれだけ広いかはその日によって違う。彼女の心の中やその時の気分によるものなのか、それはまだ分からない。

自分だってその日によって夢の内容は違うし、夢を見ない日もある。

彼女を探して術をかけよう。

高屋は慣れた様子で夢の中を歩いていく。

彼女を探すのは簡単だ。

自分の周りを舞う花びらが増えていく。それが標的に近づいている目印だ。

夢の中は明るい時もあれば薄暗い時もある。明るさや景色が変わっても目印は変わらない。

歩いていくと周りの景色に変化が起きる。

彼女が近くにいる。

この感覚も経験から分かったことだ。

そのまま歩いていくと、誰かがいる気配を感じる。

一歩一歩近づくと、目の前に人の形の影ができる。

彼女だ。そう思うと自然に口角が上がっていた。

薄紅色の花びらが吹き荒れる。

花びらが彼女を囲めば術はかかる。

術をかけようと口を開いた時、やっと気づいた。

「…え?」

思わず小さな声がこぼれる。

判断が遅くなったのはそれが初めてのことだったからだ。

うなじの印がない。

彼女の夢の中だ。けれど、そこにいるのは彼女じゃなかった。

高屋の声と気配に気づいたのか、目の前に見える彼女が振り返った。

きっと、彼女と同じ顔をしていただろう。

彼女は高屋の顔を見て驚く。

「…ルト?」

声も彼女と似ている。区別がつかないほどだ。

彼女の言葉を聞いて確信した。

「貴方は…レイナさんですね」

「えっ?!どうして…!」

彼女は怪訝な顔をしていたが名前を呼ばれて驚いている。

驚くのも無理はない。初めて会ったはずなのに彼女の名前を知っているからだ。

物語の登場人物が彼女の夢の中にいる。

夢の中は自由だ。たまたま彼女が物語のことを考えていたかもしれないし、彼女が物語に関わっているからかもしれない。

彼女は目の前にいるレイナの能力を使うことができる。

けれど、こうして目の前に現れるなんて思っていなかった。

彼女は架空の物語の人物であり、何故かその物語が高等部の図書室にある。

架空の物語の人物だから。それを彼女に言っても信じてもらえないだろう。

自分だったら疑ってしまう。

「…貴方のことを知っている人がいるからです」

少しだけ考えて答える。

それに、彼女も不思議に思ってるはずだ。自分のことをルトと言ったからには似ているのだろう。

彼女、レイナは疑いの眼差しを向けている。

その表情を見て、ルトがレイナを敵視している、または自分と同じように操っているのだろう。

「目の色が違うから、多分、ルトじゃないと思うけど…」

レイナはブツブツと独り言のようにそう呟く。

さっきから僅かに目線を反らしているのは疑っているということだ。

それは想定内のことだ。

瞳の色が違うということは、物語の力の範疇ではなく、いつも通り彼女の夢の中であることは間違いなさそうだ。

自分の中で物語の力を使える感覚はない。覚醒はしていないのだろう。

けれど、僕がルトだったら瞳の色を変えてレイナに近づくだろう。

彼女に似ているレイナにも興味はある。

それに、家の力は物語に関係していない。今、彼女にも印をつけることだってできるかもしれない。

それも一つの楽しみだ。

今、やらないのは、目の前で意識を向けられている人物に気づかれずに印をつけることができるのか分からないからだ。

架空の物語の人物が目の前にいる。それは自分も物語に関わったから頭の中で意識するようになったのか。

架空だから有り得ないが、どこか別の場所に彼女の世界があるのか。

確かめることはできない。

分かるのは、ここは間違いなく彼女の夢の中だ。

高屋の周りには花びらが舞っている。それが証拠だ。

吹き荒れていた花びらの勢いがなくなっていることに疑問を抱くが、これは彼女が近くにいないからだろう。

それと、自分の意思と力で夢から抜け出すことはできるが、どうしてか、この状況を楽しもうと思った。

今まで意識を向けてなかったか、レイナは簡素な作りの服を着ている。同じ時間の感覚なのか、自分の世界の時間なのかは分からないが、きっかけができた。

「おかしいですね…。確かに眠りについたはずですが…」

高屋はレイナに聞こえるように呟く。

下手に声をかけるより、どうしてこの状況なのか分からないふりをしたほうが警戒心を持たれないと考えたからだ。

「えっ?」

レイナは反応する。

思った通りの反応だ。

ここにいるのはルトに似ている誰かで、特定の人物の夢の中だと思われないほうがいい。

物語に書かれていないが、レイナも夢に携わる力を持っているかもしれない。

けれど、レイナはまだ警戒している。

目の前にいる人は自分のことを知ってるのに、自分は知らない。

それは珍しいことではないが、目の前にいる人はあまりにルトに似ていた。

レイナはなるべく視線を合わせないように高屋のほうを見る。

「貴方、名前は…?」

レイナは恐る恐る尋ねる。

名前を聞けばもしかしたら、何かピンとくるかもしれない。そう思ったのだろう。

「僕はたか…」

自分だけが名前を知っていて、相手に名乗らないのは公平ではないと思い苗字を名乗ろうとしたが、少しだけ思いとどまる。

相手に気づかれないくらいの間の後、高屋は口を開いた。

「雫です」

高屋は苗字ではなく名前を伝える。

「シズク…?変わった名前」

レイナは聞きなれない名前に少し首を傾げる。

レイナに名前を呼ばれた高屋は眉を寄せる。

目の前にいるのは彼女ではない。

けれど、見た目や声、雰囲気などあまりに標的に似ている。

ほんの少し胸がチクリと痛む。

名前を呼ばれることなんてない。

そう言い聞かせた。

「…せっかくなので、少し話をしませんか?」

レイナは標的に似ている。

実際に言葉を交わすのは初めてだ。それ以前に、架空の人物と言葉を交わすの自体が考えられないことだった。

何かあれば術を解いて夢から出ればいい。

今、この時を利用しようと考えていた。

高屋が興味を抱いているのと反対に、レイナは警戒していた。

夢の中のことにしては、起きていることがはっきりと分かる。

剣は宿の部屋にあるから、ここにはない。何かあれば魔法で対処するしかない。

レイナがそんなことを考えている間に高屋は問いかける。

「レイナさんは魔法…水や火など、自然の力を使うことはできるのですか?」

高屋をはじめ、能力者と呼ばれる者は物語に出てくる魔法を使うことができる。

鳴尾のように魔法は使わないが、魔力のこもった骸霧(がいむ)という大きな剣を使う例もある。

覚醒をすれば登場人物の力を使うことはできるが、レイナ達とは違い、自分達は覚醒しなければ使うことはできない。

本当に魔法が使えるのかどうか分からなかった。

「火は使…わないけど…、魔法は使う」

レイナは少し考えてから答えるが、その表情は曇っている。

高屋は見逃さなかった。

物語の過去を読んで、レイナは何者かによって生まれ育った村を焼かれ、父親と双子の妹のティムと離ればなれになってしまう。

しかも、父親だと思っていた人が血が繋がっておらず、育ての親だと知った。

レイナにとっては過去や火というのはトラウマだろう。

火を使わないのではなく、使えないと察する。

物語の通りだ。

自分達とは違って普通に魔法が使えることが分かった高屋は気になることを聞く。

「さっきから、わざと視線を合わさないようにしているのは何故ですか?」

理由は予想していた。

レイナの最初の反応を見て、自分はルトに思われているのだろう。

物語の中でルトは姿を変えて、レイナ達に接触している。

疑われていても仕方がない。

視線を合わせたら操られる。

そう感じたレイナは様子を伺っているのだろう。

「えっと…」

レイナは言葉を選ぶ。

手の内を明かさないのは賢明なことだ。

このままだと沈黙が続くだろう。

そう感じた高屋はレイナとの距離を縮めた。

それに気づいたレイナは驚いて、咄嗟に一歩後ろに下がり高屋の顔を見てしまう。

「えっ?!目を合わせても大丈夫…なの…?」

意識が遠退く感じはしない。

相手が術をかけていないのか、それとも、本当に目の前にいるのがルトではないのか。

言葉を発したレイナ自身が驚いている。

それを見た高屋は考える。

夢の中で覚醒した感覚はないし、自分の瞳の色が違うかはレイナしか分からない。

もしも、今、覚醒していても力を使っていないし、幻桜術の標的ではないレイナは操っていない。

レイナの反応によって、目の前にいるのが標的ではなく本当に物語に出てくるレイナなんだと判明した。

「僕は何もしていませんよ」

興味は薄れていないが、高屋は驚きを隠せなかった。

術をかけたのは標的であって、ここにいるレイナには何もしていない。

標的の夢の中なのに、目の前にいるのは標的ではない。

何故、こうなったか。

高屋の興味は尽きない。

「僕は寝ようと思っていたのですが…レイナさんも同じですか?」

「うん。私も宿に着いて、早く寝ようってベッドに潜ったら…」

「そうですか」

高屋に対する警戒が少しだけ薄れたのか、レイナは高屋から離れつつ、さっきよりは顔をこちらに向けて答える。

そもそも、架空の世界の時間軸自体に疑問を抱くが、仮に架空の世界があったとして、宿に着いたというのが夜とも限らないがレイナがいる世界も夜なのかもしれない。

「さっき、ルトと聞こえましたが、僕はルトという人に似ているのですか?」

「えっ?!あ…、その…」

高屋の質問にレイナは狼狽える。

ばれてしまった。レイナはそんなような気まずい顔をしている。

自分とルトは似ているのだろう。

レイナの考えていることが手に取るように分かる。

そんなところも標的に似ていた。

自分が気づかないうちにクスッと笑っていた。

慌てて視線を落としたレイナはようやくあるものに気づく。

「…私も聞きたいことがある」

それは、レイナが話題を変えようとしたからの行為だろう。

レイナは疑問を口にした。

「貴方の周りにあるその花びらは何?」

高屋の周りに薄紅色の花びらがゆっくりと舞っている。

勢いはなくなっているものの、まだそこにあるということは標的の夢の中であることだ。

「貴方も魔法を使うの?」

何もない場所から花びらは生まれない。

幻術の類いだろうとレイナは考えた。

レイナが目の前に現れたことにより興味と好奇心が勝ったが、まだ術はかけていない。

「これも、レイナさんの言う魔法なのでしょうか…」

幻桜術(げんおうじゅつ)はその一族にしか使えない。

一族以外の人全員が知っているものでもない。

端から見たら魔法だと思うだろう。

忘れていたわけではないと思うが、レイナは再び警戒する。

レイナは標的ではないし印もつけていない。

術がかかるかどうかは分からない。

それに、ここに標的がいなければ意味がない。

けど、試してみてもいいだろう。

「また会えるかどうか分かりません」

次に標的の夢の中に入ってレイナがいるとは限らない。

「これは賭けです」

高屋が腕を上げると、それまで高屋の周りを舞っていた薄紅色の花びらが風が吹いたように動く。

「!!」

痛みや何かを感じる気配はないが、自分が分からないものは何が起きるか分からない。

レイナは警戒して一歩後ろに下がった。

しかし、花びらはレイナを囲んでいく。

花びらが舞うたびに増えて視界を覆っていく。

次に会えたら違う話をしてみるのも良いだろう。

高屋は右手で指を鳴らした。

吹き荒れる薄紅色の花びらの音に隠れてレイナの声が聞こえる。

「……!」

それは、もしかしたら自分の名前かもしれない。

そう思うくらいは良いだろう。

眉をひそめて微笑する。

「…また会えたら良いですね」



自分の声を聞いてまぶたが開いた。

ぼんやりとしていた意識のまま考える。

標的の夢の中にいたのはレイナだった。

物語の登場人物が現れたことは想定外だ。

身体を起こして部屋の外を見る。まだ外は暗く、静かだ。

標的とレイナに何か関係性があるのだろうか。

術をかけることに成功したか失敗したか、標的に影響を与えたのかは分からない。

「けど、楽しかった…」

考えていたら、思っていることが口に出てしまった。

自分の部屋だから誰かに聞かれるわけではない。

今、もう一度夢の中に侵入したらどちらに会うのだろうか。

興味が湧いたが標的は変わらない。

「はあ……」

もう一度夢の中に入る力はあるが、そんな気分ではない。

溜息を吐くと布団から出て立ち上がる。

今夜は寝よう。

ほんの少し躊躇いながら、名残惜しそうに手袋を外した。


手袋の内側から薄紅色の花びらがひらりを落ちた。

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