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冬の分かれ道

「わあっ!!」

「あおいちゃん、すごーい!」

双子が目を輝かせながら感嘆の声をあげる。

トランプのカードを混ぜているだけなのに、それだけで喜んでくれる双子が可愛くて私は何度もカードを混ぜた。

「もう一回!」

「もう一回やって!」

目的はトランプで一緒に遊ぶことだったが、二人はまだゲームをする気分ではないようにはしゃいでいる。

「ああ」

カードを混ぜることを褒められる以上に二人の笑顔が嬉しかった。

この笑顔を守り続けたいと思った。



「ふう…」

魔法によって氷漬けになった獣の群れが音を立てて砕け散って消えていく。

周りにはもう何もないし気配も感じない。

絶対に油断はできないが、戦いが終わったと感じて中西は息を吐いた。

「終わったね」

声に気づいてやや後ろを振り返ると、麗が息を切らしながらこちらに近づいていた。

「多分な」

麗の瞳は深い水色だ。

それはまだ覚醒しているということであり、いつ何が起こるか分からないということだ。

「まさか、朝から襲われるなんて思ってなかったよ」

さっきまで手にしていた長剣が消えている。

麗も意識を緩めていると気づく。

今はまだ生徒達が登校している時間のはずだ。

朝、少しだけ早く学園に着いた中西は学生寮の方から歩いてくる麗と会った。

他愛もない話をしていたら、突然、結界の中に閉じ込められたのだ。

「ふと、思ったんだけどさ」

麗は中西の隣に立つと顔を見上げる。

「葵のカードって何枚もあるの?」

「カード?」

麗は疑問を投げかける。

カードというのは、中西がズボンのポケットに入れてあるカードのことだ。

今も原因が分からないが、覚醒という形で物語の登場人物の力を使うことができる。

図書室にある本を読んだ時、主人公であるレイナが麗に似ていると感じ、その後、物語の第二部でカジノで働くティアが自分のように思えた。

そのティアと同じようにカードを使って戦うことができる。

慣れてしまった部分もあるが、空想の出来事が現実に起こるなんて今でも考えられないと思っている。

「うーん…戦う時、いつもカードを手にしているわけではないからな」

いつも手にしているわけではなく、中西が取りやすい位置にカードがある。

普段から動きやすいズボンを選んでいて、大体が右のポケットに入っている。

覚醒して戦っている時、ポケットに何枚カードがあるか気にしたことがなかった。

それに、カードの厚みを感じることもなかった。

「考えたことがなかった…」

そう言いながらポケットに手を入れようとした時、今までになかったことに気づく。

一瞬だけ手が止まる。

無意識にポケットに手を入れると、そこにカードがあり、厚みがある。

「…ある」

中西はそう思いながら、ポケットに手を入れてカードを引き抜く。

カードが束になっている。

「あるって、葵も知らなかったみたいじゃん」

麗は、どこか他人事のように言う葵の顔を見て笑う。

カードはニセンチくらいの厚みで、覚醒し始めてから手にしているのに、ずっと前から使っていたかのように手に馴染んでいる。

「私も意識をしてなかったからな」

「パッと見た感じトランプくらいの数だね」

話している最中、中西はそれが当たり前のように、カードをきっていく。

「相変わらず上手だよね」

麗は懐かしむように感心しながら中西の手元を見ている。

「そうか?」

それを覚えているのは自分だけではない。

それが嬉しくて中西は笑う。

上手かどうかは自分では分からないが、身体を動かすように身近で普通の事だと思っている。

カードをきると、素早く扇のように広げる。

カードには様々な絵柄が書かれていて、中西はあることに気づく。

「…ない」

「ないって何が?」

中西が何かを探している。

それに気づいた麗は尋ねる。

それなりに付き合いが長いと、ふとした動きや目線で分かることがある。

中西はいつもの通り説明しようとしたが、少しだけ考え直してから口を開いた。

「二学期の終わり、…梁木が神崎先生の力によって動けなくなった後、私が剣の姿になった時のカードがないんだ」

中西は言葉を選ぶ。

それは、約一ヶ月前に起きた。

一階の食堂横にある大きな鏡の中に入り、氷漬けになった師匠と呼ぶ氷の竜と神崎と会った。

その時、神崎は梁木にトウマと同じ呪印を刻んだのだ。

梁木の呪印は消えてないし解決したわけではないが、麗はあれから梁木と話し合うことができて元の関係に戻ることができたと思っている。

あれは梁木が示した拒絶だった。

今まで見たことのない梁木の一面を思い出して、麗は眉間に皺を寄せて言葉を飲み込む。

中西も同じことを考えていた。

現状で精一杯だったが、あの時、確かに中西の身体が剣に変わった。

しかし、戦いと梁木のことで頭がいっぱいでカードの絵柄を見る余裕なんてなかったのだ。

「葵、それってどんな絵柄か覚えてる?」

「ああ。確か、ピエロが背中合わせで両手を胸の前で交差させて剣を握ってる柄だ」

麗も顔を近づけてカードを見るが、中西が言う絵柄は見つからない。

「カードの絵柄が違うっていうことは、それだけ魔法の種類があるっていうことだよね?」

絵柄の色や模様、微妙に違うのもあるが、見た限り全く同じ絵柄は見当たらない。

「ああ、そういうことだと思う」

「思うって、葵はどの絵柄か分かっててカードから魔法を発動してるんじゃないの?」

中西の曖昧な答えに、麗は首を傾げる。

戦いの最中に深く考える余裕はないが、中西はカードの絵柄を見て、その場に対応できる魔法を発動していると思ったのだ。

麗がそう思っていると、別の考えが頭をよぎる。

中西はカードを選んでから発動させているわけではなく、ポケットからカードを引いてその絵柄を見て発動している。

「(それだけ動体視力がいいっていうこと?)」

絵柄が見えてもほんの僅かだ。

中西の動体視力が優れているのか、直感で発動させているのかもしれない。

麗が考えていると、その考えに気づいたように中西は答える。

「カードを引く時、この絵柄だと頭で感じてそれを発動している」

「直感なんだね」

麗はそう答えたが、本当は動体視力の良さもあるのではないかと思った。

自分は普通だと思っているが、自分より動体視力が優れている人はいるだろう。

中西は感覚で動いてるかもしれないが、今もまだ結界の中であり、覚醒という形でゲームと本の登場人物の力を使うことができる。

それが非現実なら動体視力が上がっても納得してしまう。

「まあ、そうだ…、ん?」

中西は笑いながら、何かに気づいてカードを左手で持つと、ポケットに右手を入れた。

「どうしたの?」

「ポケットにまだ何か入ってるような気がするんだ」

ポケットに違和感がある。

そう思いながら手を出すと、そこには一枚のカードがあった。

ピエロが背中合わせになり両手を胸の前で交差させて剣を握ってる。

それはあの時に見たカードだった。

「ジョーカーみたいだ」

あの時は戦うことに必死でしっかりと見る余裕はなかったが、それはトランプにおけるジョーカーに似ていた。

戦いの切り札。

このカードがこれから出てくるかどうか分からないが、自分に大きく関わるかもしれない。

中西の手からカードが消えていく。

何となく顔を見合わせると瞳の色が元に戻っていた。

何かの力が働いてカードが消えたのではなく、覚醒が解かれたからだ。

結界が消えて覚醒が解かれてからようやく息を吐く。

いつもは敵を倒すと、結界は早めに消えていくが、今日は雑談する余裕があるくらい結界は残っていた。

「あっ!学校!」

いつもと違うことに不思議に思ったが、麗の言葉でその考えは頭の隅に置いておくことにした。

今は登校時間であり、これから一日が始まる。

麗は道端に置いた鞄を手にすると昇降口に向かって歩き出した。

中西も慌てて昇降口に向かおうとした時、何かに気づいて足を止めた。

「どうしたの?」

中西が足を止めたことに気づいて麗は振り返る。

「(今、どこかで歌声が聞こえたような気がしたが…。気のせいだろう)」

どこかで歌声が聞こえたような気がした。

「何でもない。行こう」

まだ時間に余裕はあるが、ここは外だ。もしかしたら気のせいかもしれない。

そう考えた中西は麗の後を歩いていった。



一月下旬の朝。

いつもより肌寒く、少しでも早く校舎に入っていく生徒を横目に橘は校舎裏にある礼拝堂にいた。

礼拝堂の中に誰かいる気配はない。熱心に祈りを捧げる生徒はいないだろう。

橘はこの時期、この時間なら人目につくことはないと思っていた。

お祈りをしたいなら中に入ればいい。寒ければ校舎に入ればいい。

朝、いつもより早く登校した橘はやりたいことがあり、実行できる日をずっと考えていた。

礼拝堂の外にいても一段と空気が澄んでいて、中でお祈りをしても、外で礼拝堂を眺めるだけでも気分が落ち着くような気がする。

周りに人はいない。

誰かが来る様子もない。

それを確かめると橘は顔を上げて鼻から大きく息を吸う。

息を吐くのと同時に声を出した。

吐く息は真っ白で、声が連なって歌になる。

やっと歌うことができる。

三学期が始まり、正月気分も抜けている。

最近、何か胸騒ぎがする。

何か思い悩んでいるからここに来たのかもしれない。

このもやもやした気分は何なのだろう。

気分を落ち着かせたかった。

そう思い、頭に浮かんだ場所が学園内の礼拝堂だった。

家で歌うことはできる。けれど、もやもやした気分は無くならなかった。

全く歌っていたわけじゃないのに歌えることが嬉しくて、気づいたらぼろぼろと涙が零れる。

涙を拭うこともせず、震える声も気にせずに思いきり歌う。

心のもやが晴れていくような気分だ。

けど、まだ何かが足りない。

歌うことに集中していて気づかなかった。

歌いながら身体を揺らした時、あるものが視界に入ってしまった。

「あ」

それまでの思考が停止して我に返る。

目の前にいる人は顔に出していないものの、この状況を見て驚いただろう。

「…結城、先生?」

結城に気づいた橘は驚きと同時に涙を拭った。

見られなくない人に見られてしまった。

恥ずかしくなった橘は俯いてその場から離れようと走り出した。

しかし、走り出した身体は無理矢理止まってしまう。

結城は橘の腕を掴んでいた。

「すみません…。変なところを見られてしまいました!」

結城の腕を振り払うことはできたかもしれないが、何故かそれができなかった。

橘は俯いている。

「どこか調子が悪いのか?」

この光景に見覚えがある。

礼拝堂の前で橘を見つけた時、結城は前にも同じことがあったことを思い出していた。

突然、誰かが泣いていたら少なからず驚くし、状況を見て何かあったが聞くことはする。

自分で驚いたのは、俯いて走り出した橘を引き留めたことだ。

見た様子だと怪我はしていない。もしも、体調が優れないのなら保健室に連れていかなければならない。

結城が考えていると、橘は諦めたように力を抜いて答える。

「体調は特に何もないです。…ただ、私は…しばらく歌っていないと、何故か歌ってる時に涙が出るんです」

どうして礼拝堂の前で歌っていたのか聞かれると悩んでしまう。

学校のどこで歌うかは人それぞれだと思うが、泣きながら歌っているとなると不思議に思われるだろう。

橘に対して、結城は考える。

この光景、橘の言葉、それは去年の十一月の月代の言動と似ていた。

月代は物語に関わり、マリスという少年の能力を持っている。

物語の中でマリスは元々、ルマという名前であり、ラグマによってマリスという名前を与えられた。

マリスが生まれたと同時にミスンという少女が生まれた。

そのミスンの能力を持っているのが橘だ。

教師といえど在籍している生徒を把握できているわけではないが、橘はそれまで在籍していたかもどうか分からなかった。

一人の人間が分裂して別の人格を形成して存在するなんて有り得ない。

結城は高等部で臨時に情報処理の教科を担当している。

性格上、積極的に高等部の生徒と関わっているわけではないが、もしかしたら、月代がマリスの能力者になったと同時に橘が編入してきたのではないか。

月代に双子がいるという情報はない。

それが現実的な考えだ。

沈黙が続く。

どうして、結城に話したのか分からなかった。

ただ、何でもないと答えて去れば良かったはずだ。

結城は自分を異質なものだと思っているのだろう。

生まれてきて自分の記憶や言動を全て覚えている人なんていない。

それまでの記憶がなかったわけじゃない。

けれど、一昨年の十二月にはっきりと自分を意識した。

図書室で見つけた不思議な物語。

それと、自分の名前を呼ぶ声と優しい風が吹く夢。

夢の中で呼ぶミスンという名前が自分のことだと思うようになり、物語の出来事が現実に起きた。

本当に私は私なのか。

物語に登場するマリスが自分のことのように思い始めた。

そして、ミスンの名前を見た時、彼女とマリスの関係性を知ってしまった。

自分はどうなってしまうんだろうという不安が襲う。

自分は確かにここにいる。

どうすれば良いか分からない。

ミスンと同じ力を使うことができるなら、マリスの能力者と自分が元は一人だったのではないか。

一度、この力を放棄することも考えた。

目の前で能力者が封印されるのを見てしまってから怖くなってしまった。

私はどうなるのか。

そう思ったら、叶えてみたいことが頭をよぎる。

「結城先生にお願いがあります」

「先ずは話だけ聞こう」

このまま腕を掴んだまま他の生徒に見られたら勘違いを生み出してしまう。

橘が口を開いたことにより、結城は橘の腕を離した。

今すぐできないことやどう考えても無理な話は聞けない。

まだ時間に余裕はある。時間が無ければ結界を張って時間を止めればいい。

結城にはそれができる。

「結界を張ってほしいのです」

「結界…?」

この状況で何を言うかある程度考えていたが、結界を張ってほしいと言われるのは想定外だ。

「私では結界を張ることができません」

「戦うつもりか?」

結界を張る。それは、非日常であり物語の能力が使えるということだ。

結城はラグマ、橘はミスンの能力を持っている。

二人が戦った描写は書かれていないが、もし、一対一で戦うとしたら力の差は目に見えている。

結界を張って何をするのか分からない。

「いいえ。歌を歌いたいんです」

「…結界を張らなくても歌えるのでは?」

橘の答えに結城は疑問を抱く。

結界を張る理由になっていない。

さっきまで歌っていたはずだ。

歌うだけなら結界を張る必要はない。

歌うことにより不思議な現象を生み出せるものならともかく、歌うことと結界を張ることは結びつかない。

結城は断ろうとしたが、それより先に橘は振り返って頭を下げていた。

「お願いします」

橘にとって頭を下げるくらい重要なことなのか。

橘に戦う意思は見られない。

どうしてこだわるかは分からない。

もし、結界を張ったことによって橘が攻撃したとしてもねじ伏せる力がある。

「はあ…」

このまま去ることもできたが、結城の中で興味がわいた。

半ば諦めたように溜息を吐くのと同時に、ほんの少しだけ口を動かした。

結城の両手から黒いもやのようなものが現れて広がっていく。

周りの景色に黒いもやがかかると、橘と結城の瞳の色は変わっていた。

結界が張られると思っていなかったのか、橘は驚いて辺りを見回している。

本当に結界を張ってくれるとは思わなかった。

橘がそう思っていると、結城は声をかける。

「それで、結界の中で歌って何になる?」

攻撃を仕掛ける様子はない。

警戒しながらも橘は結城と距離をとると、両手を胸にあてた。

「隠された真実よ」

その言葉と同時に橘の背中が淡く光り、そこから真っ白な翼が現れる。

背中に意識を集中させて翼を広げると、ゆっくりと動かした。

翼を羽ばたかせ、橘の身体は宙に浮いていく。

歩くように旋回すると大きく息を吸う。

息を吐くのと同時に声を出した。

吐く息は白く、声が歌に変わっていく。

戦うわけでもなく、逃げるわけでもなくただ空を飛んで歌っている。

橘が何をするか分からなかったが、漸く気づいた。

翼を広げて歌うこと。

たったそれだけのことを結城に頼んだのだ。

彼女は今、何を思っているのか。

やりきったような、それなのに未練があるかのような悲しい顔で泣きながら歌っている。

心から歌う姿は、前に見た月代に似ていた。

月代も歌いながら涙を流していた。

本当に月代の片割れなのではないかと錯覚してしまうくらいだ。

今、この場で捕らえることもねじ伏せることもできる。

けれど、結城はただ歌う橘から目が離せなかった。

橘は歌う。

どれくらいで結界が解かれるか分からないが、この非現実なものがずっと欲しかったものに間違いないだろう。

歌い終えれば攻撃を仕掛けるのかもしれない。

月代を探して、物語のような結末を起こすのかもしれない。

結城の考えなど知らずに、橘は満足するまで空を飛びながら歌っていた。



それが彼女の最後の願いであるかのように。



空を飛ぶこと。

それは、小さい頃からの憧れでした。

勿論、現実に起きないことです。

けど、夢で何度も見たことを、今、やってみたかったのです。


やりたいことが叶いました。

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