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今、その輝きの中で ー後編ー

約三十分後。

(さやか)が言っていた再構築はあっという間に終わり、休憩時間が設けられた。

その間、覚醒は解かれ、麗達はさっきまでの戦いとこれからの戦いについて話していた。

さっきの戦いは苦戦しながらも楽しいと感じられたが、次の戦いは違うことになるかもしれない。

結城、月代、高屋、鳴尾、西浦、全員が強敵だ。

目の前にいる五人を見ながら、麗達は明と実月の言葉を待つ。

それぞれのチームが落ち着いたのを見て、明が口を開く。

「これから試合を始めます。ルールはこれまでと変わりませんが、一部変更します」

一部変更と聞いて、麗達は反応する。

「次の戦闘範囲は外です。校舎や講堂、体育館など建物に入った場合、行動は可能ですが、力を使ったり戦闘はできません。違反した場合、行動不能とします。また、次の試合におけるイレギュラーは有効とします」

イレギュラーの有効と聞いて、麗は首を傾げる。

何か変わったことが起こるのか。

変則的なものはどんなことなのか。

麗以外も不思議に思っていた。

明は特に気に止めず、説明を続ける。

「先程は覚醒してから十五分間の時間を設けましたが、今回は十五分後に能力を解放します」

その言葉に反応したのはトウマと高屋だ。

覚醒してから時間があったので、予め能力を使って先手を打つことは可能だったが、今回は違う。

恐らく、校庭で集まったまま解放すると真っ先に攻撃を仕掛けられるからだろう。

頭の中で考えていたことを変えなくてはいけない。

それを考えているのは自分だけではない。

トウマは気づかれないように周りを確認する。

校庭の回りの桜は満開ではないが咲き始めている。

「(あいつからレイを引き離さなきゃな…)」

高屋は物語以外の力を使って麗を操る可能性が十分にある。

「(呪印はないが、警戒は必要だ)」

相手は手強い。

誰がどう動くか分からない。

それと同じ頃、結城も考えていた。

能力以外の力が有効ということは、トウマと高屋はその力を使う可能性がある。

高屋の家の力を知っているが、その対象となる相手がはっきりとしない。

「(そもそも、先程の戦いに高屋は動かなかった)」

魔法によって創られた、離れた場所を映すものによって自分のチームの動きを見ていたが、高屋はほとんど動かなかった。

本人に聞くと、僕は必要ないですから、と笑って答えただけだ。

高屋は何を考えているか分からない時がある。

「(しかし、今回はそうも言ってられないだろうな)」

高屋にとって思うところのある人物が多いい。

動かないという選択肢はないだろう。

結城がそう考えていると、明の声が耳に入る。

「では、今から十五分後に再び能力を解放します。準備をしてください」

明の言葉の後、麗達は自然に集まった。

「高屋はレイを、リークの能力を持つ西浦はショウ、彰羅(あきら)は俺を狙ってくると思う」

トウマは先ず思ったことを口にする。

あくまで可能性だが、少ない時間の中で意見を共有して対策しておきたい。

「確かにその可能性はありますね。それと、高屋さんによってレイが操られた時、桜が咲いていました」

梁木はトウマに同意してから校庭の回りを見る。

「桜がきっかけなのかは分かりませんが、注意は必要ですね」

それに対して麗、佐月、カズは頷く。

「彰羅は自分の戦いに手を出されるのを嫌がるから、仮に狙いが俺だとしたら他に意識は向かないが、他がどうなるかだな」

「トウマ様、俺が麗ちゃんにつきましょうか?」

トウマの言葉にカズが提案する。

自分がいても変わらないかもしれないが、一人よりは二人の方がいいかもしれないとそう思ったのだ。

「今回の行動範囲は外だ。誰がどこに移動するか分からない」

カズの考えていることは理解できるが、何が起きるか分からない中で動くのは難しい。

行動範囲が室内だとしても、転移魔法を使われたら一瞬で移動できる。それに、結城達は固まって動くことはしないと思う。

トウマは首を横に振って答える。

「トウマ様、麗様」

同じように考えていた佐月が二人の名前を呼ぶ。

何かあるのかというような顔でトウマと麗は佐月のほうを向く。

「考えがあります」

佐月もまた同じことを考えていた。


十五分後。

麗は校舎と講堂を結ぶ渡り廊下にいた。

周りに誰もいないし人の気配もない。

安心はできないが、できる限りのことをしたい。

そう考えていると、校内の至るところにあるスピーカーから声が聞こえる。

「汝、輪廻に咲く革命者よ!」

それと同時に開始を告げるブザーが鳴った。

「(よしっ!)」

気づかれる前に動かなくてはいけない。

特に高屋だ。

高屋と会った場合、間違いなく操られるだろう。

高屋とトウマだけが使える物語の能力を封印する力は使えないからすぐに戦闘不能になることはないが、慎重に動きたい。

麗は校庭から見られないように渡り廊下の影に隠れた。


開始を告げるブザーが鳴り、高屋は気配を頼りに歩いていた。

建物の中の移動はできるが、攻撃はできない。

校庭にいるのは負けたチームの人達と、交流戦に参加しない理事長の明と保険医の実月だ。

他は校庭以外の場所にいるだろう。

ルールを破ることくらい簡単だ。最初はそう思っていたが、次第にゲームとして楽しむくらいの気持ちができていた。

「あれは…」

校舎を抜けずに回り込むように歩いていると、見慣れた後ろ姿を見つける。

もちろん声はかけない。

他に誰かがいる様子はないが、警戒しながら彼女に接近する。

「(赤竜士は神竜を狙うとして、彼女につくのは残りの三人…、それとも完全に気配を消しているか)」

高屋は鳴尾がトウマを狙いに、梁木、佐月、カズのうちの誰かが彼女を守るかもしれないと考える。

あくまで可能性だ。

さっきと同じように覚醒してから動けていたら先手を打っていた。

しかし、この戦いは開始直前に能力を解放した。

覚醒してから動いたら色々と遅くなる。

そう考えていると、彼女は立ち止まってくるりと振り返った。

視線が合えば操ることができる。

しかし、高屋はすぐに違和感に気づいた。

両手には細い針が握られていた。

彼女の目が光る。

彼女は指と指の間に挟んだ細い針を高屋に向かって投げつけた。

「フレアブレス!」

高屋が右腕を前に突き出すと、高屋の周りに炎と風が吹き出し、渦を巻いて腕に集まり放たれる。

炎と風の渦は彼女を覆うように包もうとする。

しかし、彼女が踊るように軽くステップを踏み、トンと右足をつけると、周りに水の球が現れ地面に潜ると噴水のように地面から吹き出した。

高屋が放った炎と風の渦はあっという間に消えていってしまう。

彼女じゃない。

それを見た高屋は確信を込めて呟いた。

「…麗さんじゃないですね」

彼女の戦い方ではないし、見慣れない武器を手にしている。

高屋がそう言うと、彼女の姿が霞のように消えて姿を変えていってしまう。

そこにいたのは佐月だった。

「思っていた通りですね」

「貴方が麗様を狙うのは予想通りです」

佐月は高屋が麗を狙ってくると思っていた。

魔法を発動させた後も佐月は攻撃を止めなかった。

先程の細い針とは違うものを手にしていた。

金属のようの輪に外側には鋭利な刃がついている。

それを高屋に目掛けて器用に投げている。

それがどういうものか知っていても、不規則に動くので高屋は距離をおきながら避けていくことしかできない。

「(魔法で動きを止めるか)」

避けながらそう考え、佐月から離れた場所に下がった瞬間、突然、悪寒が走る。

「!!」

咄嗟に避けようと半歩後ろに下がったが、遅かった。

「ぐっ!!」

激しい痛みとともに高屋は蹴り飛ばされてしまう。

地面に転がりながら倒れ、痛みを堪えて起き上がるとそこにはカズがいた。

金色の瞳が高屋を睨んでいる。

「思い通りになった、ということですかね」

動けないことはないが、右の脇腹が強く痛む。

殴られたか蹴られたかは分からないが、狙われたのは脇腹だろう。

「こんなんじゃ済まねえよ!」

カズは地面を蹴って高屋を殴りかかろうとする。

高屋もカズを睨んでいる。

「…僕の目的は貴方達ではありません」

高屋はカズと佐月から離れると、どこかに消えていってしまう。

「…チッ」

カズは高屋がいた場所を見ると舌打ちをした。

佐月は分かっていた。

開始前に話した時、自分の能力で麗の姿に変身して囮になると提案した。

ルールを破って封印術を使う可能性はあるが、足止めにはなるだろうと考えていたのだ。

それに対してさらに提案したのはカズだった。

佐月ちゃんが囮になるなら、俺もついていく。そう言ったのだ。

「(本当にどこにいるか分からなかった)」

高屋の隙を狙って攻撃するとは言っていたが、気配も殺気も全く感じなかった。

魔法によってできた傷なら魔法で治せば痛みは残るだろうが傷は治る。

けれど、物理的に攻撃したら魔法で治るとは限らない。

そう付け加え、結果、トウマは作戦を立て直した。

「(麗様を探さなきゃ!)」

高屋が消えたということは、麗を探しに行ったのだろう。

佐月の考えていることはカズも同じだった。

「後を追ってくれ」

カズが下を向いて呟くと、まるで生きているようにカズの影が動き出した。

影の手が動き、人差し指を並木道のほうに向けた。

カズと佐月は顔を見合わせて頷くと影が指す方に向かって走り出した。


高屋は校舎の二階にある来客用の出入り口にいた。

まだ痛むのか、眉間に皺を寄せて右の脇腹を押さえている。

「(誰かが彼女につくのは想定内だけど…)」

それは、高屋が考えていないことだった。

「(まさか、神竜と同じような速さとは…。油断した…)」

確かに気配も殺意もなかった。

だが、一瞬にして目の前に殺意が突き刺さり、対処するより早く蹴り飛ばされてしまった。

かろうじて半歩動けたのが幸いだ。

自分が体感した中で、あの速さはトウマに近い。

「(…あ)」

そこまで考えていて、あることを思い出す。

トウマの側にいる双子は情報が少ない。

透遥(とうよう)学園の大学部に在籍していて、SPARKという名前でバンドを組んでいる。

加えて、物語では神竜スーマに仕えていたフォスという人物の能力を持っていると予想される。

トウマと同じように体術も魔法も使用する他に、双子だけしか使えない魔法を持っている。

これは生徒会で共有している情報だ。

自分でもカズの戦い方は見たことがある。

約三ヶ月前、ロティルの能力を持つ神崎が封印された時、麗達が油断した隙を狙ってカズと双子の弟のフレイを封印した。

「(そういえば、名前…知らないな)」

高屋の中で小さな疑問が生まれた。

カズとフレイと呼ばれているが、二人の名前を知らなかった。

トウマに様をつけて呼んでいるが、カズが年下だから様をつけているのか物語に合わせているのかは分からない。

もしかしたら、非日常な出来事が日常に馴染んでいるのではないか。

人によって本を開いた時期は違うが、高屋が二年に進級した時にはすでに本はあったと思う。

最初、本の中の出来事が現実に起きて、怖いと同時に面白いと感じた。

それは、自分の力、もとい、自分の血筋の力のせいでそう思えたのだろう。

高屋家は代々、幻桜術(げんおうじゅつ)という力を使って生きてきた。

同じ血筋を持つ者以外に限られるが、最初に印をつけた対象を操ることができる。

それは人により一人だったり二人以上もある。

自分のその血を持っていて、(いず)れは後を継ぐものだと漠然と思っていた。

けど、その力を使うのはいつになるか分からないと思っていた。

高校二年の春までは。

当時、生徒会に所属していた高屋は入学式の準備のために講堂にいた。

講堂から校舎に戻る時、ぶつかってしまった女の子がいた。

その子を見た時に、直感でこの子だと感じた。

制服が着慣れていないのは一年生だろう。

それくらいのことしか考えていなかったが、図書室にあるWONDER WORLDという本に出会い、生徒会がそれに関わっていることを知った。

その時に何故か物語に出てくるルトという少年に興味を持った。ルトは人を操ることができて精神的に弱い部分を突くのが上手いと思う。

そして、主人公であるレイナ、あの子も物語に関わっていると感じた。

「あれから約三年、か…」

思い出に浸るつもりはないが、この三年は自分なりに色々なことが起きたと思う。

幻桜術を知る人には知られているが、実際にはあまり知られていない。

理事長は自分の血筋を知っていた。

ルールを説明した際、明の態度は自分とトウマの力を知っていると判断した。

その対象が自分の娘であることを知っているかまでは分からない。

「(けど、印を消すつもりはない)」

一度、標的に印をつけても消すことはできるらしい。そう聞かされたことがある。

しかし、高屋の中で、標的への興味は消えていない。

「(探すか)」

理事長の言葉が気になっていないといえば嘘になるが、物語の能力以外の力が使えるなら、それに越したことはない。

高屋は立ち止まると、手のひらを上に向ける。

夢幻(むげん)桜花(おうか)、捕らえた印はどこにいる?」

そう呟くと、高屋の手のひらから桜に似た花びらが現れた。それに息を吹き掛けると花びらは舞い、真っ直ぐに伸びて道を示す。

「この方角だと校庭か渡り廊下…?」

真っ直ぐに伸びた花びらを見て考える。

渡り廊下なら行動範囲に入るし、校庭なら見晴らしが良いので狙いやすい。

印がある限り逃れることはできない。

しばらくそのままにしていたからか、脇腹の痛みが弱くなったような気がする。

高屋は入口の扉を開くと、外に出ていった。



「(本当に生き生きしてるな!)」

トウマは改めてそう思いながら、両手で握る短剣を目の前で構えて剣を防ぐ。

こうして剣を防いだり、剣から放たれる衝撃波をかわしているだけでも貧血に似た感覚が襲いかかり、集中力が鈍っていく。

物語に関わる前から運動と称して組み手をしてきたが、互いに物語に関わると分かるとその運動もハードなものになった。

命の危険を感じたこともあった。

結界でその場所の空間を閉ざし、魔法によって不可思議な現象を起こす。

武器には質感や重さがあり、ちゃんと切ることもできる。

それらは物語が関係しなければできない。

「やっと、トウマ(にい)の本気が見れるんだな!」

口に出さなくても、鳴尾は嬉しそうな顔で魔力のこもった大剣を振るう。

骸霧という名の大剣は物語に出てくる剣そのものだ。

切られれば傷を負うし、黒い衝撃波のようなものに近づいたりかわすだけでも血がなくなるような感覚に陥ってしまう。

覚醒が解かれれば元に戻る。

ただ、その時の感覚や記憶は残る。

自分が覚醒して神崎によって呪印を刻まれた時、確か鳴尾も物語に関わっていたはずだ。

何度か覚醒した時、首筋に黒い逆十字の印が浮かび、力を使えば使うほど強くなるが、使えば使うほど痛みが強くなっていくというものだと分かった。

鳴尾との手合わせの時、呪印のせいで危機に陥ったことも何度もあった。

けれど、その呪印はもうない。

力を使っても痛みに苦しまなくていいことがどれだけ嬉しかったことだろう。

「ああ」

トウマは力の反動を利用して鳴尾の剣を押し返した。

鳴尾は駆け引きをしない。

それはトウマも知っていることだ。

付き合いも長いし、どうやって動くかも分かる。

自己中心的といえばそれまでだが、何事にもまっすぐだ。

ペースは考えるが、鳴尾なら本気をぶつけてもいい。

それに、本気を出さないと、鳴尾はさらに攻撃を仕掛けるだろう。

だが、少しだけ気になることを見つけていた。

死角からの攻撃を減らすため、他の場所の確認するために屋上を選んだが、それは間違いではなかった。

それを頭の隅で考えながらトウマは鳴尾に向かって魔法を放つ。

トウマの放った無数の炎の球は鳴尾に襲いかかる。

鳴尾は骸霧を使っていとも簡単に撃ち落としていく。

「そういえば、トウマ兄の影は呼ばないのか?」

炎の球を撃ち落としながら鳴尾は思ったことを口にする。

影というのは護影法のことだろう。

鳴尾も護影法は知っている。

「ん?エイコはすでに動いてるぞ」

それに対して、トウマは特に驚く様子もなく答えた。

「(トウマ兄の影は分かりにくい。…言ってることは嘘じゃねーな)」

トウマがエイコと呼ぶそれは護影法によって作り出されたもので、実体はあるがトウマの影がある限り存在することができる。

影の気配を読むのはかなり難しい。

それは自分だからできることなのかもしれないが、その護影法の力が動いているかどうかを確かめることはできない。

鳴尾がそう考えていると、撃ち落としたはずの無数の炎の球が再び燃え上がり、鳴尾を囲んでいく。

「悪いが、あまり構ってやれないんだ」

「逃げんのかよ?!」

鳴尾は炎を消そうと骸霧を振り上げた。思い切り振り下ろすと風が起こり、少しだけ炎の勢いが弱くなる。

やっと、自分が満足できる相手がいる。

他に取られてたまるか。鳴尾はそう思っていた。

「交流戦は俺とお前だけじゃないからな!」

しかし、その間にトウマの足元は炎と風に包まれ、屋上の端にあるフェンスに足をつけると風に乗るようにフェンスに足をかけて屋上から降りていってしまう。

「あっ!!」

炎を抜け、フェンス越しに見下ろしたが、トウマは振り返ることもなく降りていってしまった。


気を抜いたらやられる。

そう思いながら梁木は翼を広げて空を移動しながら攻撃する隙を狙っていた。

「そんなに逃げても何も変わりませんよ」

西浦は笑いながら蝶の羽根を広げて梁木を追う。

休む間もなく魔法を生み出し、梁木に向かって放っていく。

開始直後、校舎の西側に近い校庭にいた梁木は西浦に見つかった。

校舎の中を通った時、後ろには誰もいなかったはずだが、どこかで見つかったのか気配を察知されたのだろう。

梁木と西浦は同時に特殊な言葉を使い、背中に翼と羽根を生やした。

西浦と戦った時、力は彼女のほうが上だと感じた。

あの時は、物語のことを考えていて冷静さを欠いてしまったが今は違う。

これはリベンジだ。

それに、西浦は本当に殺すつもりで自分に向かってきている。

形は違えど、思いの強さは変わらない。

もう負けない。

梁木は西浦の攻撃を交わしながら魔法を放つ。

「(カリルはどんな気持ちだったんだろう…?)」

別人と分かっていても、カリルの妹であるルキアを殺したのがルイアスとリークであり、リークの能力を持っている西浦を意識してしまう。

覚醒して、時折、見たこともない景色が浮かんだりカリルの気持ちが分かるような感覚があった。

記憶が連結しているのではないかと思ったこともあるが、ここ最近はそれが少なくなっていた。

それは、物語が終わったからだろうと思っていた。けれど、西浦に向ける感情は悔しさや怒りに近い。

そう思っている間に、西浦は羽根を広げて素早く接近する。

「速い!」

梁木は驚いたものの、すぐに意識を切り替えてる。虚空から短剣が現れ、それを構えて小さく呪文を唱える。

西浦は腕を下ろしたまま何かを掴むように指を動かす。

西浦の右手に光が宿ると、光の先端が大きく尖り巨大な斧に変わっていた。

「さあ!もう一度、己の無力を感じてください!!」

西浦が斧を降り下ろしたのと同時に梁木の魔法が完成する。

「プロテクション!」

声に反応し、梁木の前に円形の盾のような壁が現れると梁木の短剣の中に消えていく。

魔法によって強化した短剣で西浦の斧を短剣で受け止めようとした。

しかし、斧がぶつかった衝撃も重みもなかった。

梁木は目の前で西浦の攻撃を防ぐトウマの姿に驚く。

「…トウマ?」

トウマの足元は炎と光に包まれていた。

トウマは振り返らず、そのまま両手で握る短剣で西浦の力を押し返す。

「大丈夫か?!」

どこかで見たことがある。

何故か梁木はそう思った。

「屋上にいたのは正解だ。…あいつには苦い思い出があるからな」

皮肉と僅かに怒りを込めて西浦を睨む。

西浦と朝日と戦った時、トウマは呪印の影響で、梁木はカリルの過去を思い出して思うように動けなかった。

大野が現れ、地の精霊ノームの力のおかげで朝日と西浦の能力を封印したが、二人は悔しい思いをしたのだった。

トウマが屋上にいることは打ち合わせの時に聞いていた。

トウマが現れ、梁木はほっとするがトウマの言葉によってそれは消えてしまう。

「……すまない、多分、彰羅が追いかけてくるかもしれない」

屋上から梁木と西浦を見た時、助けようと考えて屋上から飛び降りたのはいいが、鳴尾が追いかけてくるかもしれないというのが抜けていた。

自分の甘い判断に言葉を詰まらせる。

「え?」

トウマの言葉に梁木は唖然とする。

トウマは鳴尾と接触していた。

そう考えていると、目の前の空間が何かによって音をたてて切り裂かれ、そこから鳴尾が姿を現す。

「見つけたぜ!」

鳴尾はトウマを見つけて笑い、同じ場所に梁木がいることに気づいて笑みを深める。

「おっ、お前もいるんだ!」

鳴尾が笑っているのを見て、梁木は自分も狙われる対象だと察した。

それは鳴尾と戦って分かったことだ。

しかし、西浦だけは違った。

「これで二対二、しかも相手はヴィースの能力者。貴方達は不利になりますね」

西浦は自分と朝日を封印したトウマを恨んでいる。また、地の精霊ノームに選ばれた大野も憎んでいた。

二人がいなければ、より思い通りに力を使い、評価を得ることができただろう。

ヴィースの力を持つ鳴尾がいれば自分が有利になる。

あの時の思いを晴らすチャンスだ。西浦はそう考える。

だが、トウマは怪訝な顔で答えた。

「あー…、彰羅が協力して戦うなんて思わないほうがいいぞ」

「え……?」

思わぬ発言に西浦の思考が止まる。

トウマは警戒していない。

少なからず警戒していると思うが、鳴尾が現れてもそれは変わっていない。梁木も同じだ。

鳴尾は不快な顔で西浦を睨み、とどめを刺す。

「お前、誰の力を持ってるか分からないが、俺の邪魔をするなよ」

自分が誰の能力を持っているか知らない。

物語を読んでいればこの羽根を持つのは一人しかいない。誰の能力を持っているか、どんな出来事かあったか分かるはずだ。

それに、邪魔をするなという言葉が引っ掛かる。

恐らく、トウマの後を追ってきたと思うが、後から来たのは鳴尾のほうだ。

挑発をしているようではないが気に障る。

西浦のこめかみがピクピクと動く。

「同じチーム内で戦ってはいけないというルールはありませんでしたし、屈辱を晴らす前に私の力を教えて差し上げましょう!」

西浦は羽根を広げると、大きな斧を持っているとは思えないくらいの速さで鳴尾に接近する。

鳴尾の強さは骸霧にある。骸霧がなければ力は半減されるだろうと考えていた。

「その剣さえ砕けば!!」

西浦は両手で握った斧を振り上げ、鳴尾に目掛けて振り下ろす。

斧で力を入れれば鳴尾の剣を砕くことができると思っていた。

しかし、その考えは甘かった。

鳴尾は骸霧を構えると、西浦の斧を受け止めた。

鳴尾に接近する前に力を増幅する魔法を発動させ、通常よりも力を込めて斧を振ったのに鳴尾はびくともしていない。

西浦は驚愕する。

物語ではリークの側にいた獣人のタインが持っていた強靭な斧。覚醒した時からそれを使って何度も叩き潰していた斧が壊れることはないと思っていた。

その斧にひびが入り、大きく欠けてしまったのだ。

「へー、女のわりには力があるんだな」

対して、鳴尾は特に驚く様子もなく、力を込めると西浦の斧を弾いた。

「まあ、いいや」

鳴尾はあることに気づくと、踵を返してトウマに向かって走り出した。

鳴尾が剣を振り下ろすと、そこから黒い衝撃波が現れて分裂する。

今まで壊れたことのない斧が欠けた。

物語の中ではカリルの住む村を襲い、カリルの背中に生える翼を引きちぎったリークの能力を持つ自分が興味さえ持たれない。

今までになかったことに西浦は本の少しだけ思考が止まってしまう。

意識が鳴尾だけに向かっていた。それがいけなかった。

「!!!」

気づいた時には梁木が西浦の背中に触れていた。

「アブソーブ」

それは、以前、自分が梁木に仕掛けたことだった。

梁木が小さく呟くと、西浦の身体が淡く光りだした。光は梁木に移り、梁木の身体の中に消えていく。

「うっ…!」

魔法の効果は十分に知っている。

相手の魔力を吸い取る魔法だ。

意識が遠退くまではいかないが、何かが抜け出した感覚はある。

まさか、梁木もその魔法を使うとは思わなかった。

「(よし!)」

それに対して梁木は翼を広げて西浦から離れた。

呪印がなければできることが増える。

自分も使えるとは思っていなかったが、効果はある。

自分と違って意識があるということは、それだけ彼女のほうが魔力があるということだ。

しかし、西浦の身体はふらついている。

今しかなかった。

梁木は地面に手をついて言葉を発動させる。

「ヴィミト!!」

西浦の魔力を吸いとったのは理由がある。

呪文を唱えずに魔法を発動させた場合、呪文を唱えて発動させるより力を消費する。

呪文を詠唱している余裕はない。

梁木の真下に描かれた魔法陣が強く輝くと、幾つもの飛沫が一瞬にして氷柱に変わる。

太い氷柱が宙に浮かび上がると、西浦に目掛けて放たれる。

西浦には羽根がある。羽根を広げて空を飛ぶのに魔力は消費しない。魔法で迎撃されるか、羽根を広げて空に避けるだろう。

梁木は間髪を入れずに言葉を紡ぐ。

「フリーレンストラール!」

梁木が両手を前に突き出すと、上空に白く大きな魔法陣が現れ、青く輝きだす。

魔法陣から無数の氷の刃が現れ、梁木が腕を振り下ろすと、氷の刃は西浦に向かって一斉に降り注ぐ。

梁木の思惑通り、羽根を広げてその場から離れようとした西浦は上空から降り注ぐ氷の刃に直撃しまう。

「ぐあぁーーーーーーーーーーっ!!!」

氷の刃によって西浦の身体は切り裂かれ、そこから血が流れる。

切り裂かれた羽根が揺れ、バランスを崩す。

「ホーリーウインド!!」

梁木の周りに風が巻き起こると、光を帯びて渦を巻いていく。

輝く竜巻が吹き荒れ、西浦を飲み込んだ。

二対二というより、一対一が二つ。

梁木がどう思っているかは分からないが、トウマはそれを選んだ。

鳴尾は自分の邪魔をされるのを嫌う。

それを知らなかった西浦は鳴尾に攻撃を仕掛けてしまう。

結果、西浦が持っている斧が欠けてしまった。

「(斧にひびが入るくらいの力か…)」

自分が持つ短剣だと、大きさの問題で弾き返される可能性がある。

「(ショウ…強くなったな)」

鳴尾の標的になっているが、梁木にも意識を向けていた。

何かあれば助けるが、リークの能力を持つ西浦とカリルの能力を持つ梁木の戦いだ。

大袈裟かもしれないが、これは梁木のリベンジだ。

あの時、大野が来なければ、呪印がある状態で気を失った梁木を守りながら戦うのは難しかっただろう。

考えながら鳴尾の攻撃をかわしているが、鳴尾が持つ骸霧から放たれる黒い衝撃波のせいで、鈍い痛みが続き、意識が散漫になりそうになる。

その時だった。

「俺以外に意識を向ける余裕があるのかよ?」

鳴尾がその場で右足を強く踏み出したと同時に骸霧を持ち直した。すると、全身から炎のような蒸気が噴きだし、竜の形に変わっていく。

「(来る!!)」

トウマは次に鳴尾がどうするか分かっていた。

焦らずに魔法を発動させようとする。

しかし、僅かの差で鳴尾が早かった。

鳴尾は目に見えない速さでトウマに接近していた。

「!!」

紅色の瞳がトウマを捕らえる。

次の瞬間、身体に激痛が走り、視界が上がっていく。

衝撃によって吹き飛ばされたことは理解できたが、身体の痛みに魔法を発動させることもできず、そのまま吹き飛ばされてしまう。

それを見た西浦は深い傷を追いつつも、僅かな期待を見出だす。

鳴尾の一撃は西浦でも見えなかった。

感じたこともないような空気だ。

だが、その一撃でトウマが攻撃できずに吹き飛ばされてしまった。

「(あの男は地面に叩きつけられ、彼は後ろを向いて回復魔法を使う。チャンスだ!)」

梁木はトウマを助ける。その隙を突いて仕留める。


そうなるはずだった。


しかし、梁木は後ろを振り返らず西浦を睨んでいる。

鳴尾の一撃によってトウマは深手を負うと感じた。

急いでトウマを助けようとする気持ちと西浦を倒したい気持ち、両方あった。

翼を広げてトウマの元に向かおうとしたその時、どこからか優しい風が吹いたのに気づく。

それが何か。

梁木は見なくても分かり、懐かしさで少しだけ笑う。

彼女がトウマを助けてくれる。

そう思い、梁木は振り返らず傷を負った西浦を睨む。

「ライトエッジ!」

梁木の目の前に光り輝く魔法陣が描かれ、そこから無数の光の刃が飛び出した。光の刃は勢いを増して西浦に向かっていく。更に、梁木が右手を上げてすっと下ろすと、西浦の上空に再び白く大きな魔法陣が現れた。青く輝きだすと魔法陣から無数の氷の刃が槍のように激しく降り注ぐ。

まだだ。

隙を与えるな。

カリルと同じように過去の自分とも戦うんだ。

梁木の意思は固かった。

どこからか吹いた優しい風がトウマの身体を包み、吹き出した血が止まり、傷口が塞がっていく。

風はクッションのようにトウマの身体を受け止め、トウマはゆっくりと身体を起こした。

「ありがとな」

トウマは横を向いてにっこりと笑う。

隣には風の精霊シルフが微笑んでいた。

トウマは梁木の魔法について分析する。

「(あれは、前に見た魔法だ。同じ魔法を二回発動させたのか、一回の発動で二回攻撃できるのか…)」

約二年前、高屋によって麗が操られた時、梁木はその魔法を使った。

あの時も一度、発動させた後、もう一回同じ魔法を繰り出した。

魔力を消費しているものの、梁木の魔法の質や力、判断力も含めてかなり成長した。

そう感じつつ、目の前で自分を見て笑っている鳴尾を睨む。

「彰羅!速さで俺に勝てると思うなよ!」

「そうこなくちゃ!!」

鳴尾は意気揚々と答え、次の瞬間、トウマの姿が消えた。

トウマを鳴尾の周りに炎のような赤い衝撃波が吹き出した。

勢いよく後ろを振り返りながら骸霧を振り上げる。

鳴尾の背後にはトウマがいた。

トウマは両手に短剣を構えたまま驚き、避けることができずに斬られてしまう。

すると、トウマの姿は炎に変わり、風が吹いて消えていってしまう。

「!!」

囮だ。

鳴尾がそれに気づいた時にはすでに遅かった。

次の瞬間、鳴尾の首に激しい痛みが襲い、自分の身体が飛ばされていた。

手も足もでないくらいの速さだ。

地面に倒れる鳴尾が見たのは、足元が炎と光に覆われ左足を地面につけたトウマだった。

鳴尾は地面を転がるように倒れ、動かなくなったと同時に鳴尾の周りに光る壁が現れる。

梁木の放った魔法がぶつかり水蒸気に覆われていた。

視界が広がっていく頃、梁木は光の壁に囲まれる西浦を見つける。

気を失っているのか鳴尾も西浦も目を閉じていて覚醒しているか分からないが、今まで見てきた中だと覚醒は解かれているだろう。

それを見て少しだけ緊張を緩めたトウマは大きく息を吐く。

「終わったな」

「はい」

梁木も緊張を緩める。

あの時にできなかったことができた。達成感に心が晴れていくような気分だ。

鳴尾が倒れたおかげで骸霧の効果が消え、トウマの身体の異変がなくなった。

さっきまで近くにいたシルフは消えている。名前を呼ばずに現れたのは、シルフではなく悠梨として自分達を助けてくれたのではないか。

そう考えることはできても確かめることはできない。

トウマがそう考えていたその瞬間、梁木の後ろの上空から何かが迫ってきていた。

「避けろ!!」

トウマは声をあげ、梁木が動くより先に梁木の前に立つ。

「ウインドウォール!」

魔法を発動させると、トウマの前に風の壁が立ち塞がる。

風の壁にぶつかったのは複数の氷の矢で、風によって勢いがなくなったからかその場に落ちてしまう。

風の壁が消え、トウマと梁木は空を見上げる。

校舎に近い上空には白い翼を広げた月代がいた。

「あれは…」

「月代…」

二人は怪訝な顔をする。

鳴尾と西浦が倒れ、月代が現れた。

つまり、今、月代の他に残っているのは結城と高屋だ。佐月とカズが予定通りに動いていればいいが、麗と高屋が接近する恐れがある。

背筋に寒気を感じる。

梁木は背を向けているトウマに言う。

「トウマはレイを探してください!…嫌な予感がします」

高屋は覚醒した力と関係なく麗を操ることことができる。

詳しいことは分からないが、麗によると操られた時の記憶はほとんどないらしい。

梁木と同様にトウマも同じことを考えていた。

物語の力以外も有効ならば、高屋その力を使うはずだ。現に自分も護影法を使っている。

「分かった!」

梁木とともに月代と戦うことも大事だが、自分と同じ考えの梁木の言っていることも最もだ。

トウマは麗を探すために校舎の西側に向かって走り出した。



遡ること数十分前。

「いない…」

高屋の周りに桜に似た花びらが舞い、ゆっくりと消えていく。

自分の術が効かなくなったのか。

今までそんなことはなかった。

けれど、そこに彼女はいない。

気配を消して物影に隠れているか、魔法によって姿を消している可能性かある。

広範囲に魔法を放てば出てくるかもしれないが、ここに自分がいると気づかれてしまう。

彼女ならどうするか。

高屋は少しだけ考えると小さく呟いた。

高屋の周りに紫の霧が現れ、姿を変えていく。


本当に自分のことが見えていないようだ。

麗は渡り廊下の影に隠れていた。

覚醒した直後、作戦通りに麗のもとにやってきた佐月は麗に魔法をかけた。

ルシファーによって意識を乗っ取られた月代と戦った時に使った魔法だ。動けば効果は無くなってしまうみたいだが、動かなければ自分の姿が見えなくなる。

全く動かないというのは難しい。今まで誰にも見つかっていないということは、大きく動かなければ大丈夫なのかもしれない。

後は味方がくれば合流する。

そのつもりだった。

「あっ!!」

しかし、麗は渡り廊下の影からあるものを見つけてしまう。

死角になっていて見えなかったが、渡り廊下に誰かがうつ伏せで倒れている。

「佐月さん!!」

高い位置で二つ結びをしている緩やかな長い髪、それは佐月だった。

「佐月さん!大丈夫?!」

見たところ怪我をしている様子はないが、もしかしたらここに向かう途中で意識を失ったのかもしれない。

麗は急いで駆けつける。

それにより、魔法の効果は切れてしまう。自分の姿が分かってしまうが、今は助けることが先だ。

麗は近くで呼び掛けた後、膝をついて肩に触れる。

「…ん」

呼び掛けに応えるように小さな声が漏れ、僅かに身体が動いた。

ゆっくりと身体を起こし、俯いていた顔を上げる。

意識はあるし怪我をしている様子はない。麗は安心すると、何が起きたか聞こうとした。

しかし、顔を上げた時、それが間違いだったと気づいてしまう。

赤い瞳を見てしまった。

佐月の瞳は明るい緑色だ。

自分は何度、引っ掛かるのだろう。

そう思いながら、困ったように苦笑する相手を見る。

意識が遠退き、立っていることことができない。

麗はその場で意識を失い倒れてしまう。

「…本当に優しい人だ」

麗は疑わずに駆けつけた。

うつ伏せになっていたのでどこにいたかは分からないが、麗の声は近くで聞こえた。

やはり、どこかに隠れていたか魔法によって隠れていたようだ。

そう思っていると、自分の顔すれすれに何かが通過する。

振り返ると、校舎の西側の出入口に佐月とカズがいた。

「あたし…?」

佐月は目の前にいる人物に驚く。

倒れている麗の横にいたのは自分だった。

一つだけ違うのは瞳の色が赤ということ。

佐月の目の前にいるそれは紫色の霧に包まれ、やがて少しずつ霧が晴れていくとそこには高屋がいた。

「高屋…」

遅かった。

カズは奥歯を噛みしめる。

自分がもう少し早く気づいていれば、高屋は麗の居場所に気づかなかったのかもしれない。

操られる可能性はあるが、実際にそれを見ると、いつもの麗とは違う。

カズも佐月も麗が操られているのを見たことがある。これから実際に麗と戦わなくてはならないことに戸惑いはある。

麗が見つからないように、佐月は試合開始直後に姿を消す魔法を麗にかけた。

動かなければ麗の姿は見えなくなるだろう。そうすれば高屋に操られない。そう考えたのだ。

佐月の提案に一同は納得したが、麗だけ複雑な顔をしていた。

そして、麗自らこう言ったのだ。

もしも、私が操られたら手加減はしないでほしい。

操られた時の自分の力は普段とは違う。

友達だから、仲間だから、それを考えてほしくない。

物語の能力とはいえ、仲間を傷つけたくない。

だからこその発言だった。

いくら自分達が色々と考えても、高屋が使う力は物語の力ではない。

トウマから聞く話によると、高屋の家の力は人を操る力を持っている。

操る条件は分からないが、本人でなければその力は続くらしい。

幸い、物語の能力で解除できるが、問題は操られた麗の力だ。

麗の使える魔法の種類は多い。それに、片手でも両手でも剣を扱える。

「思ったより早かったですね」

高屋は笑っている。

その余裕は麗が倒れていることが何よりの証拠だ。

高屋は右手で指を鳴らす。

それは麗を操る合図であり、カズと佐月が気を引き締めなくてはならない合図だった。


視界の先に火柱が上がり、ドンという音がした。

少しだけ焦りながらトウマはその場所へ向かう。

校舎と講堂を結ぶ渡り廊下付近に着くと、それを目にした。

血だらけで倒れているカズと佐月。

それぞれ包み込む光の壁。

光の壁の中で二人の傷が癒えているのが分かるが、全身に火傷や深い切り傷が見える。

間に合わなかった。

トウマはそう思いながら落としていた視線を戻した。

そこには、高屋と虚ろな目をした麗がいた。

「ああ、次は神竜ですか」

高屋はトウマを見て笑うが、警戒するのを止めなかった。

操った麗の可能性は大きい。それは実証しているが、問題は一つ。

トウマと梁木の呪印はない。

梁木はこの場にいないが、トウマの呪印がないということは動きの制限がないということだ。

呪印の効果は、魔法を使えば使うほど強くなるが、使えば使うほど痛みが増して動けなくなるというものだった。

「呪印がない状態で神竜と戦うのは気が引けますが…」

麗を操ったとしても、絶対に倒せるわけではない。

高屋は分かっている。

「残り時間は半分くらい。まだどうなるかは分かりません」

ゲームは最後まで何が起こるか分からない。

一方、トウマも考えていた。

こうなることになってしまうと思っていた。それほど操られた麗の力は強い。

自分が完全にできると思わないが、情に流されたら負ける。

それに、操られて意識のない麗に制御はない。

何を判断しているかは分からないが、呪文の詠唱なしに魔法を使う。汗を流して息をきらすまで使うということは、倒れるまで動き続けるかもしれない。

「レイ!」

トウマは麗を呼ぶ。

しかし、麗の虚ろな目はトウマを見ていない。

それは想定内だ。

「俺の声は届かないかもしれないな」

トウマは違った考えを持っていた。

一瞬にして右手には短剣が現れ、それを素早く麗の影に突き刺した。

流れるような早さに高屋は驚く。

「俺と力比べをしようじゃないか」

トウマはにやりと笑った。



校庭の上空で炎と氷が激しくぶつかり合い、水蒸気が沸き起こる。

水蒸気の向こうで月代が睨んでいる。

トウマを向かわせてから、すぐに気づいたことがある。

渡り廊下で異変が起きている。

木の影で隠れて全てを見ることはできないが、光の壁が二つ見えた。

誰か二人が倒れた。

それが誰かは分からないが、早く合流したい。

しかし、隙を見て翼を広げようとすると月代に攻撃されてしまう。

距離が近ければ剣、距離が離れていたら魔法で攻撃される。

それに、前方から上がった火柱が気になる。

それが誰が起こしたものなのか。

翼を広げて空を飛ぶことができるが、それは月代も同じだ。

鳴尾と西浦は戦闘不能でも、まだ高屋がいる。

麗が心配だ。

また、梁木は視界の端にある人物を捕らえいた。

講堂の上に結城がいる。

結城はこちらに気づいているものの、特に動く様子はない。

動かないのか、動けないのか。どちらにしても警戒しないといけない。

梁木は焦っていた。

梁木の表情に気づいた月代は翼を広げて梁木に近づく。

虚空から長剣が生まれると、右手で掴んで加速する。

「ホーリーブレード!!」

梁木が魔法を発動させると、梁木の目の前に短剣が現れ、まばゆい光に包まれる。

それを両手で握ると、接近する月代に向かって翼を広げた。

剣と剣がぶつかり合い、二人の距離が近づく。

「お前も元には戻らなかったんだな…」

力では負ける。

少しでも力を入れて反動で離れよう、そう思っていた時、月代はボソッと呟いた。

「えっ?」

何を言っているか分からず、梁木は気の抜けた声を出してしまう。

月代の悲しげな表情に梁木は疑問を抱く。

梁木と月代の共通点は有翼人の能力を持っていることだ。

梁木が覚醒した時は、レイナと出会った時と同じで片方にしか白い翼がなかった。物語の中でロティルを滅ぼし、二年後、突然、カリルにもう片方にも翼が現れた。

梁木もまた呪印がなくなり、両方に白い翼が現れたのは最近のことだ。

物語の能力がなくなり、元に戻るなら翼は片方のままだ。月代はそう思ったようだ。

それに対して、今、月代の背中には両方とも白い翼だ。元に戻ったのかもしれないが、何故か怒っているような悲しそうな顔をしている。

物語の中でマリスがまだルマという名前だった時、白い翼だった。それがラグマと出会い、翼は漆黒に変わってしまった。

話が通じるか分からないが、梁木は疑問を投げかける。

「…あの時、あの力は背徳の王そのものだったのですか?」

有翼人の象徴ともいえる白い翼、なぜそれが嫌なのか、梁木は不思議だった。

まるで、月代はそれが嫌みたいな感じだ。

けれど、感じることは人それぞれだ。同じ有翼人の能力者でも違うことはある。

自分は両方に白い翼があるほうがいいと思えるし、月代は両方に白い翼があるのが嫌なんだと思える。

「恐らく、そうだろうが…俺にはあの時の記憶はない」

少しの間の後、月代は答える。

そう言葉を交わしながら、剣を振るい、魔法を交わしていく。

実際に強大な力を得た月代と戦った時、物語の通りになってしまったが、レイナの母ユルディスの力を持つ明と皆の力のおかげで背徳の王の力は消滅した。

背徳の王の力を得た月代の背中にあったのは悪魔のような、いや、それ以上の禍々しさを持つ翼だった。

あの時、奇跡が起きた。

呪いによって使うことができなかった治癒魔法か使えて本当に良かったと思っている。

「お前には関係ないと言いたいが、そう言えないだろう…」

月代は魔法をぶつけながらも考える。

物語の通りになっていたのなら、自分は背徳の王によって意識を支配され、レイナの能力を持つ麗に手をかけたかもしれない。

あの時の記憶はなく、憶測でしか答えられない。

月代は背中にある翼が嫌だとしたら、漆黒の翼のほうが良いのだろうか。

「どうして、黒い翼にこだわるのですか?」

月代の戦う理由が分からない。

「一体、何のために戦うんですか?!」

梁木は月代に問いかける。


その時、梁木は見てしまった。


自分が疑問を投げかけた後、月代の表情が一変したのを。

梁木は気づいてしまう。

それは、踏み込んではいけないものに踏み込まれた時の顔だ。

月代の顔は青ざめ、口唇を震わせる。

その表情に、梁木は動揺しそうになる。

しかし、今は戦いの最中だ。

梁木は急いで意識を集中させる。

「フリーズランス!」

梁木が右手を突き出すと、虚空から無数の氷の槍が生まれ月代を狙う。

呆然としている月代は集中力が乱れたのか、翼を動かすのを止めてしまう。

無数の氷の槍が月代に直撃し、月代は落下してしまった。



何のために戦うんですか。

梁木のその言葉は月代の胸に深く突き刺さった。

戦いの途中ということを忘れて動転してしまったくらいに。

自分の戦う理由は何だったか。

最初は覚醒した結城の瞳があまりに綺麗で、その瞳に映りたい。ただ、それだけだった。

物語に関わっていると知り、自分がマリスという少年の能力を持っていると知った。

物語を読めば読むほど、自分がマリスに似ていると思い、結城がラグマのように感じることが多くなった。

結城に必要とされれば、自分はマリスと同じになるのか。

そんなおかしい気持ちが生まれた。

去年の学園祭の後、自分の中に別の誰かがいるように思えた。

いつもと変わらないのに、ふとした時にまるで後ろから誰かに押し潰されているように苦しくて、意識が朦朧とする時が増えた。

あれは、物語に出てくる背徳の王の戯れだ。

結城が教えてくれた時、マリスと同じになったと察した。

あの時の記憶はない。

物語のように校舎を壊したり人を殺してはいないはずだが、気がついたら情報処理室にいたのだ。

そして、何故か結城もいた。

結城は自分のことをどう思っているのだろう。

最初の試合は、正直、結城の姿を見つけて結城が攻撃されないように空から攻撃と援護をしただけだった。

何があったか分からないが、屋上で結城を見つけた時、疲れている様子だったからだ。

そう思っていると校庭で見た黒いモニターが結城の周りに現れ、結城はその場に留まった。

動けないのか動かないかは分からないが、自分が結城を守る。そう決めたのだ。

それに、礼拝堂の近くで相手チームの朝日、内藤、倉木、西浦の姿を見つけていた。数は相手チームのほうが多いが、できる限り援護しておこうと考えた。

自分が動くことによって結城に認められたい、感謝されたいと思ったが、それは望めないとすぐに分かった。

結城は態度で表すこともなく言葉にすることもない。

それができなくても、結城に少しでも必要とされたい。


こんなことを考える自分は変わっているのだろうか。


そう思いながら背中にあるものについて考える。

自分はマリスと同じ漆黒の翼があった。

物語だとマリスは初めは真っ白な翼だったが、ラグマによって漆黒の翼に変わってしまう。

あれは、ラグマの力ではなく、マリスはラグマ自身に魅了されたからそうなってしまったのではないか。

実際、初めて見た結城の黄金色の瞳は、宝石や満月のように綺麗でその瞳に映りたいと思えたほどだった。

それから、ラグマについていくマリスのように、自分も結城の側にいたい、必要とされたいと思うようになった。

与えられた漆黒の翼は自分が戦い、生きる証と思えるほどだ。

けれど、今、自分の背中にあるのは真っ白な翼だ。それは、自分の中にもう一人の自分、物語に出てくるミスンという少女がいるということである。

少女と初めて会った時、ミスンの能力者とすぐに気づいた。

その後、少女は物語と同じ力を使い、自分の中に消えてしまった。

それからどうなったか分からないが、白い翼になってしまったということはミスンの能力者と自分が一緒なった。いや、元に戻ったのかもしれない。

自分に少女のような考えや力があったという実感はない。

けれど、もう、あの人がくれた証はない。

それはどこか寂しいものだった。

そんな思いが意識を支配してしまう。

集中しないといけないのに、あの言葉のせいで動揺してしまった。

戦いの最中だと気づいた時にはもう遅かった。

無数の氷の槍が直撃し、俺は吹き飛ばされてしまう。



空から落下してしまった月代は動くことができなかった。

梁木が放った氷の槍は月代の腕や足を切り裂き血が溢れている。翼の根元が痛むのは背中から落下したからだろう。

「…って」

月代は起き上がり体勢を整えようとしたが、危険を察知して空を見上げると、輝く風の波が自分に向かっていた。

すぐそこまで迫っていて、避けることができないし今から魔法も間に合わない。

「!!」

思わずぎゅっと目をつぶってしまう。

何も起きない。

不思議に思い、ゆっくりと目を開けると目の前の光景に驚いて目を見開いた。

いつの間にか空は暗くなり、自分に向かう輝く風の波は消えていた。

「…あ」

そして、自分の目の前に立つ人物を見る。

どうしてだか分からないが、月代はふとクラスメイトの言葉を思い出す。


結城先生ってそっけないし、冷たいっていうか何を考えてるか分からないよね。


結城は一部の生徒には人気だが、必要以上のことはあまり話さないし、笑っているところを見たことがない。冷たいと言われるのはそのせいだろう。

たが、今の結城はどうか。

何かを企んだり不敵な笑みではなく、純粋にこの状況を楽しむように僅だが笑っていた。

「……っ!!」

言葉にできなかった。

驚きを隠しきれなかったし、不思議な気分だった。

あの時そう言ったクラスメイトが今の結城の表情を見たらどう思うだろうか。

胸が激しく高鳴る。

同等だとは思わないけれど、もっとその瞳に自分を映したい。

名前を呼んでほしい。

そう思いながら結城の背中を見ていると、まるで、月代の考えを読み取ったように結城が振り返る。

「遊びだが、気を抜くな」

さっきまでの笑みはもうない。

冷たいような厳しい声もいつものことだ。

そう思いながら月代は立ち上がった。

「行くぞ」

結城は少しだけ顔を前に向ける。

悪魔が笑う。

その時、思いもよらぬことが起きた。

「…………」

月代が望んだ三つの音。

それを聞いた瞬間、月代は耳を疑った。

そんなはずはない。

けど、確かに心の中で望んだことだ。

それだけで何かが満たされるような音がして、嬉しさで胸が締めつけられる。

「はい!!」

これ以上の感情は試合が終わってからだ。

月代はそう自分に言い聞かせて、大きく返事をした。

その時、背中の肩甲骨に僅かな痛みが生じた。

翼の付け根が黒く光ると、白から黒に変わっていく。

「…嘘」

信じられない。

願っていたことが起きている。

そう思うと同時に、ゆっくりと目を閉じると、自分の中で確かなものを感じる。

目を開けると、いつの間にか月代の視線の先に橘がいた。

どうして橘がもう一度現れたか分からなかったが、それ以上の変化に気づく。

一瞬にして空が暗くなり、月代と結城から離れた場所に見慣れない魔法陣が浮かび上がると、そこからトウマ、高屋、麗が姿を現した。

ほんの少しの時間に起きた出来事にそれぞれが驚いて辺りを見回した。

別の場所に転移された。ミスンの能力者の橘がいること。突然、夜になったこと。

そのほとんどが結城の力によって起きたことだ。

月代は橘を見つめる。

自分の翼が黒く変わり、それによって現れたのだろうか。

「お前も俺だ、それは変わらない」

橘も月代を見つめている。

どこかでそうなると分かっていた。

月代の願いは誰よりも知っている。

橘の背中が淡く輝くと、真っ白な翼が現れた。

能力者として目覚めた時は、早く元に戻りたいと思い、彼が物語の通りにならないように、背徳の王に飲み込まれないようにすることだけが全てだった。

けれど、月代がマリスとして覚醒しなければ自分は存在しなかった。

月代とは別の思考があり、別の意思を持っている。

「私は私の意思で楽しみます」

一日だけの交流戦。

橘あやめという存在として楽しみたいと思っていた。

橘は翼を広げるとゆっくりと宙に浮かんでいく。

一方、異変が起きた時、梁木は驚いたと同時に真っ先に麗を見た。

麗の目に光はなく、足元にはトウマが使う短剣が刺さっている。

間に合わなかった。

そう考えると同時に、トウマは空を見上げて宙に浮かぶ梁木を見る。

「俺が来た時にはすでに操られた」

トウマは自分が聞きたいことを端的に答えてくれた。

トウマも麗が操られたと思っていたのかもしれない。

「急に足元に魔法陣が現れたと思ったら、ここにいた。…結城の力だな」

トウマはここに来た経緯を推察する。

結城は時を操る力を持っている。結城が転移魔法を使って自分達を呼び寄せたのだろう。

そして、トウマは上空にいる橘を見る。

「あいつは、ミスンの能力者…」

「僕達の敵か味方か分からないですね。それに、月代さんの翼が黒く変わりました」

橘が現れたことにより、明が言っていたイレギュラーの有効の意味を誰もが理解する。

それは、マリスの片割れであるミスンの能力者である橘が現れるということだ。

明はどこまで見据えていたのだろうか。

そう考えようとして、トウマの言葉に意識を向ける。

「レイに気をつけろ」

梁木は麗の足元にある短剣を見る。

空が暗くなり、影が消えた。

それは麗が動き出すかもしれないということだ。

先に麗の動きを止めなくてはいけない。

それは操られた麗の力を知っているからだった。

梁木は翼を広げ、麗の背後に回ろうとする。

しかし、それより先に麗が動き出した。

何もない場所から剣が現れ、走りながらそれを掴んで構える。

虚ろな視線の先には梁木がいる。

「(僕だ…!)」

麗が操られた場合、それぞれ狙う理由がある。

梁木は攻撃魔法はもちろんのこと、治癒魔法や浄化魔法を使う。

何故かは分からないが、物語の能力以外の力なのに物語の能力が通用する。

剣術については梁木が不利だ。

それを分かっていて梁木も早めに麗を助けたいと考えていた。

梁木は後ろに下がりながら翼を広げて空に逃げる。

「…隠された真実よ」

抑揚のない声で麗が呟く。

すると、麗の背中が光り、そこから真っ白な翼が現れた。

麗は翼を広げて空を飛び、長剣を振り上げながら梁木に接近する。

魔法より先に剣で防いだほうがいい。

そう考えた梁木は短剣を出そうと意識をしようとした時だった。

速度を上げて梁木の目の前まで近づいていた麗の動きがピタリと止まった。

正確には無理矢理、動きを止められた。

「……?!」

梁木とトウマは目を見開いて不思議に思うが、よく見ると、麗の身体は細い針金のようなものが巻きついていた。

「今です!!」

その針金の先には橘の両手があり、橘は麗を見ながら声をあげる。

麗は動かないと分かり、梁木は浄化魔法を唱えようとする。

梁木とトウマが動くと思い、月代は翼を広げて動こうとする。

しかし、それを予想していた結城が制止する。

「飛ぶな」

どうしてそんなことを言うか分からなかったが、何か考えがあると思い、月代は動きを止める。

「跪け、地を這え」

梁木が呪文を唱えるより先に結城が右手を上げて、すっと下ろした。

その時、周りに異変が起こる。

「!!」

それまで何もなかったのに、突然、周りに重圧が襲いかかる。

梁木、橘、麗は重力に逆らえず落下してしまう。

「やはり、お前は立っているか」

結城は特に驚く様子もなくトウマを睨む。

「…重力か」

トウマも自分の異変に気づいていた。

足が動かない。

重力に耐えているが、気を緩めたら膝をつきそうだ。

「本来の目的はお前の動きを封じるためだ」

この戦いで驚異となるのはトウマだ。

魔力、速さ、剣の扱い、格闘術、どれをとってもトウマが群を抜いている。

結城はトウマの動きを封じること、翼がある者を落とそうと考えたのだった。

「(この力は流石、冥刻使(めいこくし)ですね)」

高屋は結城の力を前にして畏怖を覚える。

物語の中でも時の力を持つ者は少ない。

時の精霊だという実月を除けば結城の力は強大だ。

呪文を唱えず、最小限の動きや言葉だけで魔法を発動させる。常に冷静な結城はラグマを思い出させる。

額に汗が流れるが、動きを止めてはいけない。

高屋が魔法を発動させようとした。

しかし、トウマの笑い声が聞こえ、高屋はトウマを見てしまう。

「動けないほうが好都合だ。吹き飛ばされるかもしれないからな!!」

トウマは笑っている。

重力に逆らい、両手を広げると目を閉じる。

トウマの真下が赤く光る。

「白の盾、暁の光、変革の風を纏い赤き制裁を!」

それを聞いた梁木はできる限りの力をこめて身体を動かす。

作戦会議の時にトウマが言っていた。

どんな魔法か関係なく、俺が呪文を詠唱したら援護してくれ、と。

それは、強力な魔法を発動させるということだ。

呪文を唱えなくても魔法は発動できるが、魔力の消費が大きい。

力の温存と制御のためだ。

赤い光が繋がり、魔法陣が形になり強く輝いた。やがて、裂けた地面から炎のような竜が姿を現す。

「あれは…!」

見たことがないはずなのに初めてだと思えなかった。

高屋、月代、結城は燃え盛る炎のような竜を見て驚愕する

それは、屋上から漂う強大な力と似ていた。

炎の竜が吠えるとトウマを中心に校庭を動き出す。

「これが、炎竜…」

呼び出すことができた。

滝河に氷竜を呼び出す素質があるなら、自分には炎竜を呼び出す可能性があると思った。

実際に呼び出す言葉が頭の中で浮かび、意識を集中させる。

そして現れた炎竜は火の精霊サラマンドラ、いや、それ以上だ。

炎竜は上空を大きく旋回し、口から燃え盛る炎を吐いた。

炎を吐きながら旋回する炎竜から気を火の粉が降り落ち、それが校庭の回りに咲く桜の木に落ちると、一瞬にして着火して燃え上がる。

炎の竜は縦横無尽に旋回すると、何かに気づいたように速度を落とした。

一点を睨みつけると、にやりと笑う。

「!!」

視線の先には月代がいる。

狙われる。そう思った月代は翼を広げて空に移動した。

「ブレスウインド!!」

炎の竜より上に移動すると、月代は右手を突き出して魔法を発動させた。

月代の右手の回りに風が吹くと、大きな風の刃が現れ炎の竜に襲いかかろうとする。

炎の竜は口を開けると、燃え盛る炎を吐いた。

風の刃と炎がぶつかると、風の刃はあっという間に消えてしまう。

「何っ?!」

月代は炎を散らせると思っていた。しかし、すぐに消えてしまったことに驚いている。

そんな月代に見向きもせず、炎の竜は軌道を変え、結城を狙う。

結城は動じていなかった。

以前、屋上から感じていた強い力だ。どことなく鳴尾の力に似ているので、恐らく、物語に出てきたヴィースの師であるファーシルの力だろう。

結城は氷で炎を溶かそうとする。

しかし、炎の竜は燃え盛る炎を吐かなかった。

炎の竜は結城の回りを移動すると、その長い身体で結城を締めつけた。

炎が結城を包み、結城の表情も分からない。

「結城先生!!」

炎の竜の行動に月代も高屋も驚き、急いで魔法を放つ。

月代は氷の波、高屋は竜巻を起こす。

氷の波と竜巻は炎の竜にぶつかり炎が揺れる。

その中で梁木と橘はあることに気づいた。

翼を動かすことができる。

トウマも足が軽くなっていることに気づくと、麗の元に向かう。

操られている麗は、高屋の意識が結城に向いているせいか、虚ろな目のまま佇んでいる。

重力の魔法によって動けなかったが、今がチャンスだ。

校庭は炎に囲まれている。

梁木は炎に気をつけながら、麗に近づいた。

「汚れしものの不浄なる全てを取りはらえ…」

麗の身体は淡く光り、真下には白く光る魔法陣が描かれる。

「アンチディルク」

呪文を唱えると魔法陣が大きく広がり、麗の身体を白い光が辺りを包む。

淡い光に包まれた麗は瞳の色が元に戻っていく。

「あ…、あれ?!」

我に返った麗は目の前の出来事に目を見開いて驚く。

いつの間にか校庭にいる。

それに、夜に変わり、校庭が炎に囲まれている。

「レイ」

あれこれ考えようとしたが、聞き慣れた優しい声に気づいて振り返る。

そこには梁木が立っていた。

「さあ、行きましょう!」

どこか見たことがある。

それは、物語の一話の冒頭に似ていた。

「うん!」

まだ戦いの最中だ。

それに気づいた麗は返事をすると、辺りを見る。

結城の身体を締めつけていた炎の竜が消えていくと、校庭を囲む炎もゆっくりと消えていく。

「あっ…!」

麗は近くにトウマがいることと、橘がいることに気づいて声をあげる。

どうして橘がいるのだろう。

麗がそう思っていると、梁木がそれに答える。

「彼女は僕達の味方です」

どうして月代の翼が黒くなり橘が現れたのか分からない。

だが、自分達に対して敵意はないと分かった。

「レイ!」

トウマも麗に近づく。

「残り時間は少ない。反撃するぞ!」

気合いの入ったトウマの声に麗、梁木、橘は頷き、結城達を見る。

結城の息は上がり、服は破れ、ところどころ火傷を負っている。

強大な炎に包まれて抵抗もできず、軽傷で済むはずがない。

先に動いたのは高屋と梁木だ。

「ダークフレア!!」

高屋の周りに幾つもの赤い魔法陣が描かれると、紅く輝きだし、そこから幾つもの巨大な炎が放たれた。

「フリーズダスト!」

梁木の周りに氷の球が生まれて分散すると、細かい氷の粒が風に乗って舞い、凍える吹雪が炎を包む。

高屋と梁木を中心に水蒸気が巻き起こり、視界が遮られる。

麗は遮られる視界の中で月代を見ていた。

虚空から現れた長剣を握ると、翼を羽ばたかせて月代に接近する。

水蒸気が揺れる中、麗の影を捉える。

麗の姿がはっきりと分かると、月代は剣を振り上げた。

剣と剣がぶつかり合い、麗と月代の顔が近づく。

「ラトメテオ!!」

橘は翼を広げて空へ飛び、右手を上にかざす。すると、空から炎に包まれた隕石のような岩が降ってくる。

降り注ぐ炎の隕石は高屋、月代、結城に襲いかかる。

結城が右手を空に向けると結城の周りに黒く透明な半球状の壁が現れる。

結城は、橘に魔法に時の力が宿っていることに気づく。

結城の視線に気づいた橘が答える。

「…少しは時の力を身につけました」

「あの時か」

保健室で実月が橘を(かくま)っていた時だ。

それがきっかけで時の力を身につけたのだろう。

高屋、月代は炎の隕石を避ける。

高屋が再び動き出すタイミングを見計らい、トウマはその名前を呼ぶ。

「エイコ!」

トウマが名前を呼ぶと、高屋の影から腕が伸びて高屋の足首を掴む。

「(しまった…!!)」

忘れていたわけではないが油断した。

どれだけ力を加えても、自分の足はびくともしない。

「今までのお返しだ!」

高屋が魔法を使うより先にトウマは高屋の間合いに入り、高屋を殴り飛ばした。

避けることができなかった高屋は吹き飛ばされ、地面に倒れる。

もう少しで一時間だ。

最後まで気を抜けない。

トウマが考えていると、橘が声をあげる。

「時間は迫ってきてます!」

橘も時間が近づいていることに気づいていた。

結城達はまだ力が残っている。一気に畳み掛けるしかない。

「(賭けだな…)」

その可能性はあるが、再び自分に危険が降りかかるかもしれない。

けれど、時間には限りがある。

呪印のない今、魔力を抑える必要はない。

トウマは目を閉じると、改めてそれを意識する。

不意に背後に殺気と重圧が生まれ、心の中で声が反響する。

「マタ、自ラガ(ニエ)ニナルトハ」

闇が笑っている。

「ふざけたことを言ってるんじゃねえよ」

トウマは後ろを振り返って闇を睨んだ。

取り込まれるな。冷静になれ。

自分にそう言い聞かす。

殺気と重圧は人の形に変わり自分の身体を覆い被さろうとしているのが分かる。


もしかしたらスーマと同じように、彼女に思いを寄せるのかもしれないと思った。

約半月前、初めて彼女を見た時、その気持ちはなかった。

物語の中でスーマがレイナについていったのは、レイナが愛した彼女の形見だったからなのではないか。

彼女の代わりに守ろうと思ったのではないか。

初めて麗に会った時は偶然だった。

あんな場所にいるということは、学園祭の実行委員だったのだろう。

好きというより、放っておけないという気持ちに近かった。


トウマの身体が光り、目の前まで伸びた闇の動きが止まってしまう。光はそのまま闇を覆い被さっていく。

「ちゃん言うこと聞けよ?」

トウマはゆっくりと目を開く。

その瞳の色は薄い緑色のままだった。

「あれは…」

あるものを見て高屋、月代、結城は驚く。

トウマの背後には闇の精霊シェイドがいた、

「シェイド」

トウマは名前を呼ぶ。

シェイドは不快な顔でトウマを一瞥すると、前を向いた。

シェイドの両手に、青黒い光球が生み出される。青黒い光球から稲光が放たれる。

稲光が地面に直撃すると分裂して高屋、月代、結城を狙う。

梁木も魔法を発動させる。

「ホーリーウインド!!」

梁木の両手から放たれた輝く竜巻は、大きな音をたてて高屋達に襲いかかる。

高屋達は魔法をかわしたり防いでいるが、シェイドの強い力に怯んでいるようにも見える。

梁木とトウマの強さに驚きつつ、麗も戦う楽しみを感じていた。

その時、胸の中に光が溢れはじめる。

それは、あの時に感じた光と似ていた。


背徳の王によって意識を支配された月代と戦った時、意識を失った。

再び意識を戻す前、自分の中で暖かい光を感じたような気がした。

それが何か分からなかったが、意識を戻し、自分の背中に真っ白な翼が現れた。

あれは母親である明の光であり、光の精霊ウィスプだ。

そう思うと、麗は意識を集中させる。

突然、麗の真上に巨大な光の魔法陣が浮かび上がり、そこから光の精霊ウィスプが現れる。

自分の後ろにウィスプがいる。

闇の精霊シェイドは消え、トウマは力を大きく消費したのか、滴り落ちるくらいの汗をかいている。

梁木は間をおかずに魔法を撃っている。

よく見ると高屋達の足元に針金のようなものが絡まっている。それを辿ると橘の両手があった。

皆が戦っている。

「お願い!私に力を貸して!」

麗が剣を構えて願うと、ウィスプは長剣の中にすっと消えていく。

その瞬間、長剣から雷とまばゆい光と溢れ出した。


今までは何かを守るため、物語と同じにならないようにしてきた。

非日常に慣れてしまっても、どこかで緊迫していた。

今はそれがない。


「はあぁーーーーーーーーーーーー!!」

麗は持てる全ての力を使って長剣を振り上げる。

手に馴染んでいるはずなのに、ウィスプの力なのか、大きなものを動かすように力がいる。

長剣を振り下ろすと、そこから光の波が現れて結城達に襲いかかる。

「これが彼女の力か」

もうすぐ戦いは終わるだろう。

結城達も持てる力を出しきろうと、魔法で立ち向かう。

光の波は結城達の魔法を飲み込み、そのまま結城達は飛ばされてしまう。

「…ありがとう」

校庭が光に包まれる中、どこからか声が聞こえた。

麗が空を見上げると、橘が安心したように笑っていた。

橘の姿がゆっくりと消えていく。

光が消えると、月代が倒れ、光の壁に囲まれていた。

結城と高屋も傷を負い、大きく疲労していた。

誰かが動き出そうとした時、校庭にブザーの音が鳴り響く。

終わった。

誰もがそう思い、残っている人数を確かめる。

それと同時に、拡声器を通した明の声が聞こえる。

「終了です。勝ったのは…、1のチームです!!」

残っているのは麗、梁木、トウマ、結城、高屋だ。

「やったーーー!!」

自分達のチームが勝った。

嬉しくて、麗は思わず両腕を上げてジャンプをする。

「やりましたね」

「うん!!」

梁木が近づきながらにっこりと笑う。その後ろにはトウマもいる。

高屋と結城は悔しさは残るものの、不快な顔はしていないようだ。

自然と笑みがこぼれる。

「麗様ー!!」

声に気づいて振り返ると、校庭の西側から佐月とカズが麗達のもとに向かって走ってきていた。

麗達が笑い合う。

高校生の最後の思い出ができた。

そんな麗達を見て、校舎から近い校庭にいる明が優しく笑う。

「本当に、不思議な物語ですね」

「そうですね」

明の隣で実月も笑っている。

「現実と仮想が交差する世界を作り出した作者には、感謝しなくてはいけませんね」

図書室にある本をきっかけに彼女達の世界が広がった。

大人になって、いつかは忘れてしまうかもしれない。

他の人に言っても信じてもらえないが、彼女達の今は確かにここにある。

「はい」

少しの間の後、実月は優しく微笑んだ。


その後、組み合わせやルールを変え、麗達は交流戦を楽しんだ。


初めはゲームや本の中での出来事が現実に起こるなんて考えられなかった。

同じ境遇の仲間に出会い、現実を受け入れるしかないという気持ちと、どこかでそれを楽しみたいという気持ちが生まれた。


物語が終わり、どこかで寂しい気持ちもある。

嫌なことも辛いこともあったけど、この物語に出会って良かった。


明日になれば消えてしまう力を楽しもう。

輝く今を胸に残しながら。








ああ、俺だ。

物語は終わったよ。

殺しあいも奪い合いもない、ただ単に、非現実なものを楽しんでいた。

あいつらが大人になって、非現実な現実が薄れていっても、思い出に残るならそれでいいんじゃないか?


思いは強さになり、現実となる。

そんなことが起きること自体、俺にはすごいと思えるけどな。

ま、俺も非現実な現実に携わったのは予想外だったが、中々、楽しかったぞ。


ありがとう。


本当に不思議な世界だな。

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