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今、その輝きの中で ー中編ー

約十五分後。

麗は屋上にいた。

あれから、どう戦うかを話し合い、校舎に入ろうとした時、それまで何かを考えていた明が決めたのは追加のルールだった。

対戦するチーム以外を攻撃した場合、その時点で失格となる。

明がそう言った時、明らかに不快な顔をしたのは鳴尾だった。

恐らく、鳴尾が無差別に攻撃しないためだろう。

それに加えて変わったのは行動範囲だ。

試合は同時に行われ、使用範囲が二分された。

校舎にある中央階段から西側が麗と凛のチーム、中央階段から東側は朝日と結城のチームの行動範囲だ。

中央階段は自由に行き来できるが、行動範囲以外の場所に入った場合、攻撃は不可となる。

あくまで平等になるようにした、と思いたい。

「(お母さん、いつから考えてたんだろう?)」

もうすぐ戦いが始まる。

意識を集中しなくてはいけないのに、麗は母である明のことを考えていた。

物語の力が再び使えるようになることも、交流戦をすることも一言もなかった。

言ってくれたら、もっと考える時間があったのかもしれない。

作戦をたてる時間はあった。

しかし、十分ではない。

今まで仲間として一緒に戦ってきたが、その力が自分達に向けられる。

凛達のチームがどう動くか、どんな力を使うか考えた。

凛は様々な精霊や力を持つ者を召喚できる。

滝河には鏡牙(きょうが)という特殊な力を持つ剣があり、自分にはない格闘術がある。

格闘術に関しては中西も同じだ。更に、彼女にしか使えないカードかある。

カードに込められた魔法を発動させているらしい。

大野の治癒の力は何度も助けられた。

フレイは、戦っている姿をほとんど見たことがなかった。無効化魔法は強力だが、双子の兄であるカズがいなければ発動させることはできないだろう。

考えることはできるが、実際に同じことが起こるとは思えない。

戦いを仕掛けてくるのは滝河と中西で、大野はサポートに回るだろう。

「(多分…絶対じゃないけど、凛はサポートに回らないと思う)」

魔力は目に見えないから、凛の力を推し量ることはできない。

何か予感がする。

考えを張り巡らせながら、その時を待っていた。


一方、凛は校舎の裏にいた。

明からルールが追加された。

対戦するチーム以外を攻撃したら失格になることと行動範囲の分割だ。

「(中央階段の行き来はできるけど、あたし達の行動範囲は西側…。講堂や体育館も範囲内だよね)」

明と実月はモニターの側にいた。

直接、見るわけではないが、自分達の動きは見られてる。

しないけど、ずるはできないだろう。

「よりによって姉さんのチームと戦わなきゃいけないなんて…」

心の中で思っていることが口に出てしまう。

どのチームも手強い。

それぞれの力が自分達に向けられる。

作戦通りに動いても、思うようにはいかないだろう。

麗の二刀流はもちろんのこと、高屋に操られた時に知った魔力と魔法の種類は凛達を大きく悩ませた。

佐月は戦っている姿はあまり見てないが、自分と同じ、数少ない時の属性を持っていて転移魔法を使える。

トウマは物語に登場するスーマと似ているらしいと聞いたことがある。

魔力の大きさ、滝河や中西と同じ格闘術、それに何と言っても戦うことになれている。

神崎が参加しないとなると、トウマに刻まれた呪印がないだろう。

梁木も呪印がない場合、攻撃魔法の他に治癒や補助魔法などを使いこなせる。

「(カズさんは…どんな戦い方をするんだろう?)」

凛はカズとフレイが戦う姿を思い出せなかった。

限度はあるが全てを無効化にする魔法は大きい。しかし、一人では発動させることはできない。

それに、皆がばらばらになる前にフレイが言っていた言葉が気になる。


「多分、トウマ様は僕達の考えを見越してるかもしれない」


フレイは確証がないと言っていたが、カズとフレイは自分達に比べて、長くトウマの側にいる。

言われてみると、何となくだが理解できた。

考えていても、その通りにはならない。

戦いを仕掛けるのは麗とトウマ。佐月と梁木はその補助をするだろう。

滝河達とそう話していた。

「もうすぐ始まる…!」

試合は一時間。

開始と終了時に合図の音が鳴ると明が言っていた。

奪い合いや殺し合いのない、純粋に力と力をぶつけあう戦いだ。

胸が高鳴っている。

それは、体育祭や学園祭の時のような、始まる前の気持ちに似ていた。

落ち着こうと大きく息を吸った後、始まりを告げるブザーが鳴り響いた。



始まりを告げるブザーが鳴り響く。

「よしっ!」

半月前のことなのに、戦う前の感覚が懐かしい。

目の前には誰もいないし、気配も感じない。

麗が足を踏み出そうとしたその時、突然、ドンという大きな音がした。

それと同時に地面が揺れ、身体がふらついてしまう。

「地震っ?!」

自然現象なのか、誰かの魔法によって起きたものかは分からないがまだ小さく揺れている。

風の魔法を使って身体を宙に浮かせようとしたその時、背後に鋭く突き刺さるものを感じた。

振り返る前に意識を集中して虚空から剣を出すと、そのまま顔の前で構えた。

剣から重い衝撃を感じて顔を歪める。

「気配を消したつもりだったが気づいたか」

「まさか、葵が来るとは思わなかったよ」

麗は目の前で鉤爪を振り下ろした中西を見てニヤリと笑う。

笑っているが、心の中では驚いていた。

中西はトウマの元に向かい、自分は凛と戦うつもりだった。

今までは見ているだけだったが、中西の一撃は重く鋭かった。

「(私と同じで葵も手は抜かないだろうと思ってたけど…、剣で受け止めてなかったら、多分、やられてたなあ)」

麗は押されないように力をこめると、中西の鉤爪を弾いて後ろに下がる。

それを見越したように上空から麗に向かって無数の矢が降り注ぐ。

驚いた麗は咄嗟に魔法を発動させる。

麗を覆うように風の壁が現れ、無数の矢は弾かれて落ちてしまう。

「屋上ならトウマさんかと思ったら姉さんか」

よく聞き慣れた声に顔を上げると、そこにいたのは翼を広げて弓を握っている凛がいた。

「凛!」

凛の背中には真っ白な翼が生えている。

言葉を発動すれば自分にも真っ白な翼が現れるが、凛に対してもまだ見慣れていない。

そんな風に考えていると、凛はやや上を見て口を開く。

「ピクシー!」

声に反応するように凛の周りに四つの小さな光が生まれ、濃いピンクの髪に緑色の服を着て蝶のような羽が生えた小人が現れた。

「他に強い力を探してきて」

凛の言葉を聞いた四人のピクシーは頷くと、散り散りになって飛んでいってしまう。

ピクシーが壁をすり抜けていく。

「(まだ知らないものを召喚した…。凛はどれだけ召喚できるんだろう?)」

麗が考えている間に、凛は翼を羽ばたかせてゆっくりと地面に降りている。

「(まさか凛もいるとは…)」

「葵さんもいるし、ここで姉さんを動けなくすれば戦況は有利になるよね」

麗は少しだけ焦っていた。

麗や凛達の行動範囲は校舎の西側で、屋上に続く階段は五階の西側にしかない。

窓を開けて魔法で宙に浮かべば屋上に行くことはできるが、それ以外は階段を利用しなくてはならない。

屋上なら辺りを見回すこともできるから選んだ場所だ。

それに、屋上は火の精霊サラマンドラとファーシルの能力を持つ暁がいた。何かあるかもしれないと思ったのだ。

中西の体術とカードを使った魔法。

凛は弓矢での攻撃と召喚術。

どちらにも自分にはない力だ。

「(難しそう…)」

逃げるか戦うか。

魔法を使うか剣を使うか。

しかし、それ以上、考えることができなかった。

凛と中西は動き出していた。



「やっぱりここにいたんだ」

目の前に自分と同じ顔がある。

フレイはブザーが鳴った後、一階の廊下から講堂に向かおうとしていた。

しかし、校舎と講堂を結ぶ道の前にはカズがいた。

フレイは驚く様子もなく立ち止まる。

「ここに来るだろうって思ってたからな」

カズも驚かずにフレイを見て笑っている。

「じゃあ、講堂にトウマ様がいるのも間違いないね」

「俺が答えなくても、お前は分かりそうだな」

互いにこうなることは予想していた。

自分達は双子だ。同じ顔、同じ考えを持っていて、それが当たり前だと思っている。

フレイはトウマが講堂にいると察し、彼を守るためにカズが近くで待っていると思っていた。

「兄さんも、トウマ様のことも見てきているからね」

「物語が終わっても、トウマ様、だけどな」

物語に関わる前は様をつけて呼んでいなかったはずなのに、気づけば様をつけて呼ぶことが普通になっていた。

トウマが物語と同じにならないように。

それが覚醒してからの二人の最優先事項だった。

けど、今はもう考えなくてもいい。

「たまには兄弟喧嘩をしようか」

「喧嘩は言いすぎじゃない?」

互いに笑いながら一歩足を引いて腰を落とす。

同時に地面を蹴って接近する。

カズはそう考えていた。

しかし、その前にフレイの背後から何かが近づいていることに気づいてそれに意識を向けてしまう。

「…精霊?」

濃いピンクの髪に緑色の服を着て蝶のような羽が生えた小人が空を飛んでいる。

それはカズとフレイの横を通りすぎていく。

「しまった!!」

一瞬だがフレイに背を向けてしまった。

我に返ったカズが振り返るより先にフレイが口を開いた。

「バースト!」

魔法を発動させるとフレイの右手には赤い光の球が生まれ、それを地面に叩きつけた。

赤い光の球は地面にぶつかり、いっせいに煙が巻き起こり広がっていく。

煙によって目の前にいるフレイの姿が見えなくなっていく。

その直後、カズの横を走り去る足音が聞こえる。

ゆっくりと煙が消えていくと、フレイの姿はなかった。

「行ったか…」

フレイを使ったことは考えていなかったが焦る必要はない。

自分の隙を狙って誰かがここを通るのも予想の範囲内だ。

聞こえた足音は二つ。

「あいつと…、後は滝河君か中西先生か…」

相手のチームの中でトウマに対抗できるとしたら、滝河と中西が浮かんだ。

「ま、追いかけるか」

考えていることが全て起こるとは限らない。

カズは一先ずフレイの後を追い始めた。



外が騒がしくなってきた。

勿論、ここから人の声や物音は聞こえない。講堂は防音であり、近い場所でない限り聞こえないだろう。

何となく幾つかの気配を感じる。

トウマは講堂の舞台に立っていた。

「これは…精霊か?」

さっきから自分の周りをくるくると回っている。

今のところ攻撃する様子はなく、右手の人差し指だけ立てると引き寄せられるようにそこに留まった。

「(呪印はない…。魔力にも限界はあるだろうが、思い切り動けるな)」

再び物語の力を解放し、高等部の校舎を中心に結界を張ったのが(さやか)だとしたら、その力はかなり強いはずだ。

自分の持てる力を出して校舎や講堂が壊れても元に戻るだろう。

もしそうだとしたら、やりたかったことを我慢しなくてもいい。

そう考えていると、席の後方にある扉が音を立てて開かれた。

「…兄貴」

「純哉、お前だったか」

カズが講堂前の通路にいるということは、講堂にはトウマがいる。

想像しやすいことであり、自分達のチームにも自分が講堂に行くと伝えてある。

「フレイさんの予想は当たっていたな」

先ほど講堂に向かって飛んでいった妖精は凛が召喚したものだろう。

フレイと自分でトウマを足止めできればいい。滝河はそう考えていた。

トウマは特に何かをする様子もなく滝河を見つめる。

「俺が高等部で思い出に残ってるのはここだ。ま、屋上も火の力が強いから、そっちに誰か向かっただろうな」

トウマは学園祭のステージに立っている。

力強い歌声は今でも印象に残っている。

それに、トウマが言うように屋上からも強い力を感じた。

そのため、自分達が向かう場所を屋上と講堂で分けたのだ。

凛、中西、大野は屋上を中心にして動いてるだろう。

トウマが話していると、滝河の背後から誰かが走ってくる音が聞こえた。

講堂にやって来たのはフレイだった。

「お前も来たか」

「やっぱりここにいたんですね」

トウマはフレイか来たことに驚いていない様子で話を続ける。

もう一つの足音が聞こえている。

トウマはそれに気づくと、周りに気づかれないようにほんの少しだけ視線を動かした。

「けど、俺の目的はここにいることじゃない。後は任せたぞ」

トウマがそう言うと、足元に見慣れない紅い魔法陣が浮かび上がる。

魔法陣が光るとトウマの周りを包むと淡く光りだした。

光がトウマの姿を見えなくするくらいに輝き、光が消えると、そこにトウマの姿はなかった。

「消えた?」

滝河は急に消えたことに驚いたが、すぐに後ろを振り返って確認する。

しかし、そこには誰もいなかった。

「滝河君、どうしたの?!」

「あ、急に消えたので瞬時に背後に回ったのかと思って…」

滝河のいる出入口から舞台まで声は届くかもしれないが、一瞬で移動するのは難しい。

しかし、物語の能力があるなら一瞬で移動するのは可能だろう。

滝河はそう思ったのだ。

「やっぱりトウマ様は講堂にいたんだね」

「はい」

これは罠かもしれない。

そう思っていると、どこからか声が聞こえる。

「トウマ様の思った通りですね」

声がする方を振り向くと、出入口と舞台のやや真ん中辺りに佐月がいた。

さっきまではいなかったはずだ。

気配を消してしゃがんでいたのかもしれない。

佐月は眉をひそめながら滝河とフレイを見つめる。

脈が早い。

「(転移魔法を同時に使うときついなあ…)」

佐月はゆっくりと呼吸を整える。

ここまでは作戦通りだ。

この後、この場所にちゃんと転移できるかどうかが問題だ。

「トウマ様を別の場所に移動させたのは佐月ちゃんだね。そろそろ兄さんも追いついてくる」

フレイは後ろから聞こえる音に気づいていた。

走ってくる音が近づく。

「俺とフレイさん、カズさんと佐月、二体二っていうことだな」

滝河は理解した。

高等部の学園祭で何度か歌っているトウマは講堂に行くだろう。

講堂に向かう道にカズが立ち塞がっていたことで、トウマが講堂にいることが確定した。

それがトウマ達の思惑だった。

トウマを転移させ、佐月とカズを囮にする。

どこに転移したかは分からないが、講堂から離れるためには二人を倒さなくてはいけない。

「それはどうかな?」

滝河とフレイの背後で声が聞こえる。

その声に驚いたが、更に驚くことを目の当たりにする。

さっきまでトウマがいた場所に再び紅い魔法陣が浮かび上がっていた。

魔法陣が光ると、光は人の形に変わっていく。

「…え?」

滝河とフレイは驚いたまま舞台を見ている。

トウマの計画はそれだけじゃなかった。

トウマと入れ替わるように講堂の舞台に現れたのは麗だった。



ほんの数分前。

麗は疲労していた。

二体一では思うように動くことができない。

「やっぱり姉さんはすごいね」

「ああ。魔法はもちろんだが、剣を二本同時に扱うのはそれなりの力量が必要だろう」

凛と中西も傷つき疲れている様子だが麗を見て笑っていた。

麗の強さを二人は改めて痛感する。

麗もまた、二人の強さを身をもって感じていた。

今まで互いの力は見ていても、実際に戦うとその力に驚かされてばかりだった。

凛の召喚術に合わせて、変幻自在に姿が変わる黄金色のネックレス。

ネックレスから弓矢、剣に変わり、隙を作らせないように距離を縮めながら精霊や妖精を召喚している。

「(そろそろだと思うけど…、あっちで何かあったのかな?)」

魔法も使っているので、疲れが抜けていない。

まだ動くことはできるが、予定ならもうすぐのはずだ。

麗が考えていたその時、麗の足元に紅い魔法陣が浮かび上がる。

「えっ…?」

突然のことに凛と中西は驚いて、動こうとした手を止めてしまう。

「(やっと来た!)」

少し遅く感じたが、紅い魔法陣を見て笑う。

「凛、葵、ごめんね!」

魔法陣が光り、麗の周りを包むと淡く光だした。

光が消えると、麗は消えていた。

「…消えた?」

風のような早さで移動した様子はない。

中西は麗がいなくなったことに驚いたが、凛はそうでもなかった。

「葵さん!姉さんは佐月さんの魔法でどこかに行ったんだと思う。ここから離れよう」

「分かった!」

中西は佐月がまだどんな力を使うかあまり分かっていなかったが、凛の言葉を聞いて頷くと、二人は校舎に入ろうとする。

その時、急に空が暗くなり、凛と中西は足を止めてしまう。

「何だっ?!」

「急に真っ暗になった…」

「これも魔法…?」

時間を進めたり戻したりしない限り、急に空が暗くなることはない。

中西はそれが魔法によるものだと推測する。

「とりあえず、校舎に入ろう!」

「そうだな」

二人は扉を開けて校舎に入っていく。

「(…結城先生)」

凛は誰が魔法を使ったのか分かっていた。


光が消えると、麗は講堂の舞台にいた。

思っていた通り、講堂に転移することができた。

「麗様!」

自分を呼ぶ声に気づいて振り返ると、麗から少し離れた場所に佐月がいた。

「佐月さん!お疲れ様!」

麗は言葉をかける。

前に、佐月から転移魔法は成功しない時もあると聞いていた。

成功すれば一人をどこかに移動させることはできるが、二人同時、しかも、場所を入れ換えることはできるかどうか分からないと言われたのだ。

トウマがいなくなって自分が講堂にいる。

魔法は成功したと思うが、佐月もかなり魔力を消費して疲れていた。

「兄貴がいなくなってレイがいる?」

「多分、佐月ちゃんはトウマ様と麗ちゃんの場所を入れ換えたんだと思う」

それを見た滝河とフレイは驚きつつも何が起きたか推測している。

「佐月さん、疲れてるとこ悪いけど相手は滝河さんとフレイさん。頑張ろう!」

滝河とフレイの能力を知っていても、自分も佐月も疲れている。

「はい!」

麗の考えを理解して大きく返事をすると、麗の一歩前に出た。

麗も両手で持っている剣を握り直す。

油断はできない。



トウマと戦わなくてはいけない。

できるなら同じチームが良かった。


大野は五階の廊下にいた。

火の力を強く感じたのは校舎の上と校舎の西側だった。

トウマが向かうとしたら屋上か講堂だろう。

自分以外の四人は屋上と講堂に分かれ、自分は屋上に向かうために通るであろう五階の廊下で様子を見ることにしたのだ。

この交流戦が終わったら、今までと違ってトウマに会うことがなくなってしまう。

もちろん、連絡先は互いに知っているので連絡すれば会うことはできるだろう。

二度と会えないわけじゃない。けれど、今の距離と変わってしまうんじゃないか。

それが怖くなってしまった。

物語を通じて出会い、物語でターサがスーマを慕うような気持ちが自分にも芽生えた。

トウマのことを思うと胸がチクリと痛む。

この気持ちを伝えれば、きっと困らせてしまう。

もし、他の誰かかいたら。

もし、同じ気持ちの人がいたら。

そこまで考えて、大野は首を横に振った。

今は戦いの最中だ。

意識を切り替えなくてはいけない。

無意識に俯いていた顔を上げ、立ち止まっていた足を動かそうとしたその時、目の前に誰かいることに気づく。

「…トウマ様?」

廊下の端にはトウマがいた。

彼の瞳は赤い。

それを見て驚くと同時に、記憶が呼び起こされる。

二年の一学期、トウマは闇の精霊シェイドにとりつかれてしまった。

その時に大野と接触し、自分に協力しなければトウマに危害を加えると脅した。

「(トウマ様じゃない!!)」

再びトウマがシェイドにとりつかれてしまった。

そう思った大野は意識を集中させて、虚空から本を生み出した。

浄化してシェイドを引き離さないといけない。

しかし、突然、背後に突き刺さる殺気を感じて大野は急いで振り返る。

そこには彼が立っていた。

「いつの間に?!」

「お前、心に影を隠しているな?」

姿も声もトウマだ。

しかし、雰囲気や話し方が違う。

動かなきゃいけないのに、あの時のことを思い出してしまう。

「影は我の糧だ」

大野の足元から黒い触手のようなものが現れ、大野の身体に絡まろうとする。

その時、廊下がひび割れて亀裂が走る。

「!!」

亀裂は壁にまで広がり、彼と大野の間を走る。

彼が数歩後ろに下がると、いつの間に大野の目の前に現れたノームを睨みつける。

「地か…随分とこの女に執着してるのだな」

「闇ニ言ワレタクハナイデスネ」

「この女を取り込むことに不都合があるとでも?」

彼は口角を上げて笑っている。

精霊は過度に干渉はしない。

力はもちろんのこと、精霊なりにそれなりにある思考までも干渉しないようにしている。

干渉するほどの存在や価値がないということもある。

「アマリ踏ミ込マナイデモライタイ」

ノームも彼を睨んでいる。

機嫌が悪い。

彼から離れて安堵した大野は、ふと、そんなことが頭をよぎる。

「(ノームが私を助けてくれた?)」

明からの説明で、精霊は本来の姿、元の状態として力を与えることと聞いた。

仮の器である藤堂渉ではなく地の精霊ノームとして、また、地の精霊と契約を交わしていない状態だということだ。

それなのに、どうしてノームは自分を助けてくれたんだろうか?

そう思っていると、後ろから大きな声が聞こえる。

「大野!!」

鬼気迫る声に身体を震わせて振り返る。

そこにはトウマが立っていた。

「トウマ様?!」

瞳は薄い緑色だ。

今度こそはトウマだ。

トウマは廊下を走りこちらに近づいている。

「面倒なことになりそうだ」

トウマを見た彼はあからさまに顔を歪め、そう言い残してどこかに消えていってしまう。

それが消えて驚いたが、トウマはそのまま大野のところまで走る。

数メートルの距離なのに少しだけ息が切れていた。

「あれは…、シェイドか?」

自分と同じ姿に心当たりがあった。

以前、自分がシェイドとりつかれた時、意識も記憶もあったが身体を動かすことができなかった。

麗達に聞いた時、見た目も声もトウマだが話し方や雰囲気、覚醒した時の瞳の色が違ったらしい。

シェイドが消え、トウマが現れたことにほっとした大野は安堵する。

「恐らく、シェイドです。瞳の色はもちろん、話し方が違いました」

「何もなかったか?大丈夫か?」

シェイドがどうしてそこにいたのかは分からなかったが、シェイドが心の闇に反応するものなら、大野に何かあったのかもしれないと思ったからだ。

また同じことを繰り返してはいけない。

トウマは戦いを忘れ、大野を心配する。

「はい、大丈夫です」

大野は顔を赤らめながもしっかりと答える。

「…良かった」

大野の言葉を聞いて安心したのか、トウマは胸を撫で下ろす。

その様子を見ていたノームは、やや苛々した口調で呟いた。

「サア、コノ状況デ貴方ハドウスルツモリデスカ?」

ノームの言葉に二人は思い出す。

今は戦いの最中であり、大野は敵だった。

「外は真っ暗だ。実月以外の誰かの魔法だろうな」

トウマは窓の外を見ると、少しだけ後ろに下がる。

「大野、すまないが本気でいくぞ?」

距離をおくと、動く時間の間に攻撃を仕掛けられる可能性がある。

特にノームだ。

大野と契約を交わしていない状態とはいえ、精霊に交流戦のルールが通用するかは分からない。

トウマが自分から離れたのを見て、大野も少しだけ後ろに下がった。

呪印のないトウマは魔力を相手にするのは無謀だ。

「は、はい…」

攻撃魔法は使えるが、ノームが自分に力を貸すとは思えない。

このままだと、自分が倒れるのは時間の問題だ。

トウマが動き出そうとした時、トウマの背後から幾つもの矢が放たれた。

「!!」

それに気づいたトウマは矢を避けながら後ろを振り返る。

さっきまで自分が居た場所には凛と中西がいた。

「上で強い力を感じると思っていたが、相良(さがら)だったか」

屋上から校舎の中に入った凛と中西は階段を下りている途中で、何かを感じて戻ってきたのだ。

「凛と中西先生か…」

トウマは少しだけ考える。

廊下という広くない場所で三人に囲まれている。

三体一、対処できなくはないが連携で攻撃を受ければ後から辛くなる。

「相良とも手合わせしたいと思っていたところだ。相手になってもらいたい!」

中西は好戦的な笑みを浮かべてトウマを見つめる。

同じチームになってしまったので凛と滝河と戦うことはできないが、麗やトウマと戦うことはできる。

皆はどんな戦い方をするのか、中西は純粋に興味があった。

「(…彰羅とはまた違うが、先生もいい目をしてるな)」

トウマは緊張したり怯んだりせず、ただ中西の顔を見て笑う。

誰だって本の中の出来事が現実に起きるなんて信じられないし、物語の登場人物の力が使えるのは不思議だと思う。

それまでは物語がどう終わるか、登場人物と同じ結末になってしまうのではないかと常に緊張していた。

それが今はなく、非現実なものを楽しむことことができるだろう。

そう思っていると、後ろで何かが聞こえる。

はっきりと聞き取れないが、それが何か、誰の声か分かったトウマは考えていたことを変える。

「俺で良ければ!」

そう言ってトウマは手を広げて右腕を上げた。

トウマが何をするのか。

そう思うより先にトウマの後ろから無数の風の刃が吹き荒れる。

それと同時に、トウマの周りに赤い壁が現れ風の刃を弾いていく。

「ぐっ!」

トウマに意識を向いていて判断が遅れた中西は防ぐことができず全身に深い傷を負ってしまう。

大野も自分の後ろからの攻撃に、防ぐことができなかった。

凛は風の刃が向かっていた先を見ていて、黄金色のネックレスを大きな盾に変えて防いでいた。

「梁木さん!」

凛の声で大野は振り返り、中西は真っ直ぐ前を見た。

大野の後ろ、中央階段のところには梁木が立っていた。

「やっぱりショウか」

「間に合って良かったです!」

背後から聞こえた梁木の声を聞いて、魔法を仕掛けるのではないか。

それに気づいていたトウマは、防ぐために魔法で壁を作り出したのだ。

「三体一じゃなくなりましたね」

赤い壁が消え、梁木を見ていたトウマは振り返って中西を見た。

梁木がこちらに来てくれて良かった。

数は凛達のほうが多いし油断はできない。

「油断はできないな」

中西もまたトウマと同じことを考えていた。

数では自分達のほうか有利だ。

しかし、自分と比べるとトウマと梁木は覚醒してからの時期が長い。自分より慣れているだろう。

「そうですね!」

そう答えると同時にトウマは地面を蹴って中西に向かって走り出す。

「プロテクション!」

梁木もまた動き出していた。

魔法を発動させると、梁木とトウマの前に円形の盾のようなものが現れ、二人の身体を覆うように包む。

トウマが自分に攻撃することに気づいた中西はそれより速くトウマを蹴ろうと足を振り上げる。

「!!」

中西の蹴りがトウマの動きを止める。

「(力は純哉ほどじゃないが、一撃が重い…!)」

滝河も中西も静の特訓を受けている。

物語の中でブロウアイズはマーリとティアの師だ。中西も滝河の動きと似ているところはあった。

中西の蹴りは当たったが、思っていたより痛くないのは梁木の魔法のおかげだろう。

麗が操られた時、同じ魔法を使っていた。

あの時と見た目は違うが同じ効果と感じる。

「(そのまま力が入ってるなら!)」

トウマはすっと一歩後ろに下がって身体をひねる。

「……っと!」

そのまま足の力で押さえつけようとしていた中西は、急にトウマが動いたせいでバランスを崩してしまう。

その反動を利用して右足に力を入れ、トウマは身体を捻らせて勢いよく中西の背中を蹴る。

「うっ!!」

背中から全員に痺れるような痛みが走る。

流れるような動きと強い脚力だ。

そう思いながら、バランスを崩したまま膝をついてしまう。

「葵さん!」

トウマの強さは物語を読んで分かってるし、麗達から聞いていた。

「並みの攻撃じゃトウマさんに効かない…。だったら…」

それに、梁木は攻撃魔法も補助系魔法も使える。

このまま撃ち合っていても、二人に対抗することはできない。

トウマの流れるような早さに驚いたものの、凛はネックレスを掴む。

「ケットシー!シルフ!」

その名前を呼ぶとネックレスが強く光り、ケットシーとシルフが現れた。

ケットシーは凛の肩を伝い、よじ登っていく。

「ケットシー、お願い!!」

「おいらに任せろ!」

ケットシーは意気揚々と答え、両前足を伸ばした。

ケットシーの頭上には光り輝く玉が現れ、強く光ると放線を描くように放たれた。

「光の眷属ケットシー、か」

光の玉はトウマと梁木に接近している。

魔力の温存のために梁木は呪文を詠唱する。

そう思ったトウマは一歩前に出ると、その場で跳躍すると接近する光の玉を蹴り落とした。

「嘘っ?!」

「おいらの光を撃ち落としたー?!」

それを見た凛とケットシーは驚いてトウマを指さした。

中西と大野も驚いている。

躊躇いもせずに光の玉を蹴った。

トウマは痛がっていたり怪我をしている様子はない。

梁木は周りを見た。

皆の意識がトウマに向いている。

今がチャンスだ。

「空の一雲薙ぎ払う瞬く光よ、輝く刃となり風を弾け…ライトエッジ!!」

梁木が呪文を唱えると、目の前に光り輝く魔法陣が描かれ、そこから無数の光の刃が飛び出した。

光の刃はケットシーの放った光の玉を弾く。

光の玉は地面に落ちたまま弱く光っている。

「…精霊を二体呼び出したか」

平静を装っているが、トウマは凛が二体同時に呼び出したことに驚いていた。

素質があれば精霊を呼び出すことはできるが、魔力の消費が大きい。

そして、凛が呼び出したもう一つが自分を見ている。

強風が吹き荒れて髪が乱れる。

トウマの足が赤く光り始めると、目の間に魔法陣が浮かび上がった。

「サラマンドラ!!」

相手は速い。

詠唱している間に攻撃をする仕掛けるだろう。

そう思ったトウマは呪文を詠唱せずにそれを呼び出した。

魔法陣が強く光ると、魔法陣から炎の渦が吹き出して巻き起こる。

「こうして力をぶつけるとは思わなかったな!!」

赤い魔法陣が浮かび上がったのと同時に強い風が巻き起こっていた。

トウマは強風に耐えながら、凛の前にいるシルフを見つめる。

シルフは悠梨だ。

彼女が精霊として力を使うことも理解しているし、凛がシルフ達を呼び出すことも想定内である。

呪印がない今、自分がどこまでできるかやってみたい。

炎の渦が螺旋を描き、炎と風が激しくぶつかり合う。

周りに熱が起こり、あまりに強大な力に中西、梁木、大野は近づくことができなかった。

「楽シソウ」

風と火がぶつかり合う音で声がかき消されたが、シルフはトウマを見て笑う。

初めて彼を見た時から、臆することを知らないように見えた。

そんな素振りを見せなかったのかもしれないが、どんな時も前を向いていた。

それは今でも変わらない。

自ら作り出した風村悠梨という存在が本来の姿なのか、この姿に人間の思考が芽生えたのか。

少なくても、自分も楽しもうと思えるようになった。

風と炎が何度もぶつかり合い、やがて、風と炎が消え始めた時、それを見計らったように中西とトウマは再び攻撃を仕掛ける。

シルフは風に溶け込むようにすっと消えていく。

殴りかかろうとすればそれを避け、蹴り上げようとすればそれをかわしていく。

「(動きに無駄がない)」

トウマは慣れている。

物語の出来事が現実に起きてから、だけじゃないのかもしれない。

相手がどう動くかが分かっているような気がする。

梁木も狙いたいがトウマがそれを許さない。

「(でも、私だって負けていられない!)」

中西は隙を見て一瞬だけ離れると、ポケットに手を入れてカードを取り出した。

「降り注ぐ氷の刃、光り輝く疾風よ幾重に轟け…フリーズブラストッ!」

言葉を紡ぐとカードが光り、カードから大きな無数の氷の刃が現れトウマと梁木に向かって加速していく。

トウマと梁木の意識が反れている。

そう思った大野は魔法を発動させた。

「プラズマアース!」

大野が右手を前に突き出すと、右手から電流を帯びた球が現れる。バチバチと大きな音を立てて膨らんでいくと、大野の手から放たれた。

正面から中西の放った氷の刃、後ろから大野が放った電流の球が迫り来る。

トウマが動くより先に梁木は呪文を詠唱していた。

「風の精霊シルフよ、我が手に集い守りの壁となれ…ウインドシールド!」

言葉を発動させると、トウマと梁木の周りに風が吹き上がり球体状に覆っていく。中西の放った氷の刃と大野が放った電流の球は風の壁に衝突して粉々に吹き飛んで散らばってしまう。

トウマは後ろを振り返り、梁木を見て笑う。

自分が二人の攻撃を防ぐ。

そう思ってトウマは何もしなかったのではないか。

自分を信じてくれた。そう思いたい。

梁木はほんの少しだけ笑みを浮かべた。

「(動きやすい)」

攻撃を弾きながら次々に魔法を構築していく中、梁木はふと疑問に思う。

誰かが自分に近づけば短剣を出して攻撃に備えようとした。

しかし、今のところそれがない。

トウマは攻撃を受けながらも体術と魔法を使い、大きなダメージを避けている。

ひょっとしたら、トウマが自分の行動を読んで、その上で自分が動きやすいようにしているのではないか。

そう考えると、しっくりとくる。

トウマは戦うことに慣れていた。

それに考え方や見方も自分とは違う。

戦うということ以外にも、視野を広げたり選択肢を増やすのは大事だ。

経験の違いかもしれないが、それは見習いたいと思う。

「(大人になったらできるかな…?)」

そう思いながら、梁木は水飛沫のように消えていく氷の刃を見る。

一方、トウマも梁木のことを考えていた。

初めて会った時は、物語の出来事が現実に起きていることに強い不信感を抱いていた。

それは誰だって同じだが、特に梁木がそう見えたのだ。

梁木はカリルの力を持っている。

物語の中でカリルは天使のような翼を持つ有翼人(ゆうよくじん)という種族で、戦争で集落に住む仲間とたった一人の家族である妹を失ってしまう。

レイナやスーマ達と出会い、共に戦った後に復讐を遂げた。

物語を読んで梁木はカリルと同じことが起きてしまうのではないかと不安を募らせていた。

苦悩する中、物語は進み、様々な出来事が起きた。

「(あの時は、戦うこともしたくないっていう感じだったのにな)」

きっかけは分からないが、戦う時の表情が変わってきた。

それに、理由はそれぞれだが、梁木は誰かを守るために戦っているような気がする。

出会った時と雰囲気が変わったのは成長したということだ。

そう思い出しながら、トウマは正面を向く。

それを見て凛は驚いていた。

「梁木さんもすごい…」

驚きというより、関心に近いのかもしれない。

凛は精霊や妖精を召喚することはできるが、魔法は使えない。

前に教えてもらって魔法を発動させようとしたが発動することはできなかった。

他の人にも同じことは言えるが、梁木は攻撃魔法から補助魔法まで色々と使える。

トウマが攻撃して、梁木は攻撃をしながらそれを補う。

うまく連携がとれている。

しかし、そう思ってもいられない。

トウマと梁木と戦う前に麗と戦っていて力を消費している。

ケットシーはいるものの、戦いが長引けば負ける可能性がある。

「凛、また呼べよ」

凛の考えに気づいたのか、頭に乗っていたケットシーが眉間に皺をよせて呟いた。

「…うん」

凛が返事をすると、ケットシーの姿は消えていく。

梁木が作り出した風の壁が消えたのを見て、凛はその名前を呼んだ。

「ファントム」

名前に反応してネックレスが光ると、そこから黒い影が現れる。

影が動かなくなれば、本人も動くことはできない。そう考えた。

その姿に見覚えがあるトウマと梁木は警戒する。

高屋によって麗が操られた時、魔法を封じる力を発動させた時に見たものと似ていたからだ。

あの時と同じように魔法を封じられるかもしれない。

そう考えた梁木は急いで呪文を詠唱する。

しかし、それより早くファントムはトウマと梁木の影に向かって這うように動いた。

トウマも梁木も自分の影を狙い、魔法を封じると感じる。

宙に浮かぶことはできるが、天井ギリギリの場所まで移動して影が消えるとは限らない。

今、考えている手段のほうが良い。

「ストレイ!!」

梁木の両手からまばゆい光の球が生まれ、辺りを包む。

「うっ!」

「うわっ!」

魔法の光を見てしまった凛、中西、大野はまぶしい光を見てしまい、思わず目を閉じて顔を背けてしまう。

強い光のおかげで廊下を動いていたファントムは消えていってしまった。

「(意識を反らすにはちょうどいい)」

トウマは梁木に背を向けていて目がくらむことはなかった。

「ショウ!俺から離れるなよ!」

トウマはそれに気づいていた。

消えるかもしれないと思いながらタイミングを見計らっていた。

ケットシーが放ち、地面に落ちたまま弱く光っているものを。

「ウィスプ!!」

トウマはその名前を呼んだ。

すると、天井に巨大な光の魔法陣が浮かび上がり、奇怪な音が響き渡る。

地面に落ちたまま弱く光っていた光の球が、再び強く光りはじめた。

トウマの背後には光の精霊ウィスプが現れる。

「…光の精霊を召喚した?!」

「相良からものすごい力を感じる…」

凛と中西は光の精霊を呼び出したこと、その力強い光に驚愕する。

その中で大野は違っていた。

驚いているものの、大野は分かっていた。

防ぐことができても負傷するだろう。

梁木に言った言葉で予想できた。

大野の右手から本が生まれ、ひとりでにめくれていく。

「光の裁きだ」

トウマの言葉とともに天井に描かれた魔法陣が輝き、雷がが流れると槍のように降り注ぐ。

地面に落ちた光はレーザーのように放出された。

「あいつらは大丈夫だろうか…」

もうすぐ一時間だ。

トウマはまばゆい光を見ながら麗達のことを考えていた。


その時、講堂は凍えそうなくらい寒かった。

麗は身体を震わせながら辺りを見回した。

壁や整列している椅子はえぐれ、その場所から水晶のような氷柱が立っている。

自分が立っている舞台も凍っていて足の踏み場がない。

自分の近くでは佐月、舞台の目の前にはカズとフレイが倒れていた。

戦いは接戦だった。

カズとフレイが互いに戦い、佐月は麗のフォローをしながら隙を伺っていた。

しかし、佐月は麗とトウマを魔法で転移させたせいで、かなりの力を失っていた。

その一瞬の隙に、滝河は氷竜を召喚したのだ。

氷竜の絶大な力を前に防ぐことさえ難しかった。

カズは滝河を攻撃をしようとしてフレイに妨害されたまま氷竜が放った岩石のような氷の固まりに押し潰され、佐月は麗を守るために魔法で防御壁を作り出したが、氷竜が作り出した氷の刃によって壊され、倒れてしまう。

氷竜は消え、大きく疲労した滝河は一息吐くと、壊された講堂とカズ達を見る。

三人は筒状に包まれた光に覆われていた。

「…これが、あの時に言っていた光の壁か」

カズ、フレイ、佐月は倒れている。

「そうだよ。葵達は苦しいとかそんな感じじゃなくて、心地良くて傷が治っていくって言ってたかな」

滝河はそれを見たことがなく最初はどうなったか分からなかったが、麗が説明する。

滝河は崩れたり凍っている床に気をつけながら近くで倒れている佐月に触れようとする。

柔らかい光なのに、触れてみると壁のように硬くて厚い。

「俺が倒れた後、傷は塞がっていて身体が軽い感じがしたな」

あの時、月代が倒れて、麗達の後を追いかけようとして意識が途絶えた。

目が覚めた時、傷はなくなり身体が軽くなっていたことを思い出す。

倒れていて動かないが、三人が苦しんでいないところを見てほっとする。

恐らく、意識を失ったり重傷と判断されると、戦闘不能とみなされて光の壁に覆われるのだろう。

「残りは俺達か」

「これで終わりになるかもね」

互いの顔を見て笑うと、動きだそうとした。

しかし、その時、講堂にブザーの音が響き渡る。

「終わった…?」

ブザーの音を聞いた麗と滝河は講堂の壁に掛けられている時計を見ると、開始から一時間が経とうとしていた。

そう思っていると、もう一度、ブザーが鳴り響いた。

「二回鳴ったということは…」

「別のチームの戦いも終わったっていうことだよね?」

滝河と麗は気づく。

ほとんどの差はないが、別のチームの戦いも終わったということだ。

講堂に残っているのは麗と滝河だけだ。

他どうなったか分からない。

そう思っていると、講堂の上部にあるスピーカーから声が聞こえる。

「試合終了です。残ったチームは1と……4です!」

明の声に全員が驚いた。

他のがどこにいるか分からない状態で、ただ負けないように戦っていた。

意識を取り戻したのか、光の壁の中にいるカズ、フレイ、佐月も驚いている。

自分達のチームが勝ったのは嬉しいが、それと同時に大きな不安が襲いかかる。

自分達のチームが勝った。

けれど、問題は次だ。

4のチームは月代、結城、高屋、鳴尾、西浦だ。

「結界を解いて再構築を行いますので、全員、校庭に集合してください」

色々と思うことはあるが、それ以上考えることができない。

どうしようか考える間もなく、明の声が聞こえたのだった。



約一時間前。

話しながら移動していく麗達を横目に見ながら結城は頭の中で考えていることを整理する。

時間は一時間。全員が戦闘不能になるか、時間が来れば終了、または、より人数が残っているチームの勝ちだ。

自分が考えていることを話す前に、理事長である(さやか)から追加のルールが言い渡された。

対戦するチーム以外を攻撃した場合、その時点で失格となる。

それに加えて、行動範囲の制限だ。

試合は同時に行われ、使用範囲が二分される。

校舎にある中央階段から西側が麗と凛のチーム、

中央階段から東側は朝日と結城のチームの行動範囲だ。

中央階段は自由に行き来できるが、行動範囲以外の場所に入った場合、攻撃は不可になる。

これに対して、周りの反応は様々だった。

その中で、明らかに不快な顔をしたのは鳴尾だった。

「(なるほど…)」

守るか守らないかは本人次第だが、恐らく、鳴尾が無差別に攻撃しないためだろう。

このままだと敵、味方関係なく倒すかもしれない。

鳴尾ならやりかねない。

「(…面白くするのも悪くはない)」

先手を打っておく必要がある。

そう考えた結城は、不快な顔をしている鳴尾に近づく。

「鳴尾、十分だけ何もするな」

「はあっ?!」

鳴尾は反射的に声を荒らげて結城を睨む。

そうなることを分かっていた結城は、特に驚く様子もなく言葉を続ける。

「お前一人で暴れても面白くない」

協力して相手チームを倒そうとは思っていない。

しかし、参加するからには面白いほうが良い。

「約十分後、合図を出す。その後は好きにしろ」

十分の間にやれることはやる。

そう考えながら結城は鳴尾の目を見た。

紅い瞳が結城を捕らえている。

まるで、今にも食いかかろうとする獣の目だ。

「…分かりました」

鳴尾は嫌な顔をしているが、渋々、納得して答えた。

大学生になってある程度の態度や言葉遣いは変わったようだ。

それを見ていた高屋は少しだけ考える。

「なら、僕は赤竜士(せきりゅうし)を見ていましょうか」

高屋の提案に、鳴尾は高屋を睨んだ。

高屋は生徒会にいた能力者をルトと同じように称号で呼ぶ時がある。

「どういうつもりだ?」

鳴尾の声に怒りが込められている。

相当、機嫌が悪いようだ。

「別に。僕は結城先生の考えに興味があるだけですよ」

突き刺さるような視線に少しだけ驚きつつ、高屋は答えた。

制限された後、鳴尾はどのように力を振るうのか。それにも興味はあった。

「好きにしろ」

結城はそう答えると、結城は校舎に向かって歩いていく。

その後について月代も歩き出した。

「恐らく、(かなで)と久保姉弟に何かするんじゃないでしょうかね」

西浦も校舎に向かって歩きだし、その場で動かない鳴尾と高屋に向けて意味を含ませるように呟いた。

奏というのは朝日の名前だ。

高屋も、相手のチームで動くとしたら朝日と久保姉弟だと思っている。

「面白くなると良いですね」

高屋は校舎に向かっていく三人を見つめて笑った。


約五分後。

始まりを告げるブザーの音が聞こえた。

結城は図書室にいた。

今回の出来事は図書室にある本に関係しているのか知りたかったのだ。

結果、本は三冊ともあったが、今回の出来事に関することは書かれていなかった。

今回の出来事は理事長の明か実月が発端だろう。

今までできなかったことをしてもらいたいと言っていたが、それを信じていいかは分からない。

考えていても仕方ない。

「さて、探しにいくか」

結城は本があった場所から離れ、図書室を出ようとした。

しかし、何かに気づいて足を止める。

「探しに行く前に見つかってしまったか」

結城は目の前にいる人物を見て、わざとらしく告げる。

「まさか、匠様だとは思いませんでした」

結城の前に立ちはだかったのた杏奈だった。

ゆるやかな長い茶色の髪に赤紫の瞳、伸びた犬歯と狼のような尻尾がある。

耳は細長く尖り、爪は長く伸びている。

物語の中で杏奈は狼女のアルナの力を持っている。

杏奈は警戒していた。

図書室に行けば何かあるかもしれない。

そう考えた杏奈は、先ず、図書室を目指したのだ。

「久保姉弟が二人同時に私の元に来たのは好都合だ」

「…やはり、気づいていたのですね」

結城は視線を移す。

自分がいる場所の死角に弟の亮太がいることに気づいていた。

杏奈は平静を保ちながら考えを巡らせていた。

戦うことはできるが相手は結城だ。

二体一でも不利だ。それくらいは分かっている。

逃げられるかどうかも分からない。

「例え、匠様でも容赦はしません!!」

意識を失わせることは難しくても、足止めならできるだろう。

そう考え、杏奈が一歩踏み込もうとした瞬間、結城は口を開いた。

「リバースゲート」

その瞬間、明るかった空が真っ暗に変わっていく。

「空が…?!」

突然、夜になったことに杏奈は驚いて窓から外を見る。

太陽が消え、空には月が浮かんでいる。

「どういうつもりですかっ?!」

杏奈は驚いたまま結城を見る。

杏奈が持つアルナの力は月の力で強くなる。満月に近づけば近づくほど強さは増す。

それは杏奈に限らず、結城や月代、高屋、隠れている弟の亮太も同じだ。

自分達の力を強くしてどうするつもりだろうか。

僅かな恐怖と不安がよぎる。

「ん?どういうつもりか教えてやろう」

結城はにやりと笑うと、右腕を引いて後ろを振り返る。

それと同時に右腕に何ががぶつかり、激しい痛みが襲いかかった。

「ぐっ!!」

あまりの痛みに結城の顔が歪む。

「嘘…っ?!」

それを見た杏奈は目を疑う。

結城は背後から襲いかかろうとしていた亮太に噛みつかれていた。

噛みつかれていたというより、結城自ら腕を差し出したようにも見える。

亮太は結城の右腕に噛みついたまま信じられないような顔をしていたが、それが血が通う場所であり、能力によって尖った牙が肌を貫いていた。

結城に噛みついてしまった。

牙を抜かなきゃいけない。

けれど、考えられなかった。

牙が肌を貫いて血が溢れる。

口の中に血が流れ、それが本能を刺激するように亮太は結城の腕を掴んで血を吸っていた。

「匠様…、どうして?」

亮太は吸血鬼セルナの能力を持っている。

腕を噛まれれば痛いし、身体から血が抜けてふらふらになる。

敵チームである亮太にそんなことをして何を企んでいるのだろう。

杏奈には理解できなかった。

我を忘れて吸血していた亮太の動きが止まる。

「あ、俺……」

亮太もまた杏奈と同じように赤紫の瞳で、耳は細長く尖り、爪は長く伸びている。

亮太は結城の腕を離すと口元を拭って顔を上げた。

結城の顔色が悪い。

それに、噛みついた場所から血が流れていた。

罪悪感に似た気持ちが亮太を襲う。

しかし、結城は苦痛に顔を歪ませながら杏奈を見ている。

結城は素早く移動し、杏奈の目の前に現れる。

「!!」

驚いた杏奈が逃げるより先に、結城は血が流れている腕を杏奈の口元に目掛けて振った。

血が飛び、杏奈の口元に付着する。

杏奈はそれを無意識に舐めとった。

その瞬間、心臓が跳ね上がるような痛みが杏奈の身体を襲う。

「(な、何…、これ…!)」

脈が早くなり、身体が火照る。

「あっ……!」

身体の奥を突き動かす何かに身悶え、瞳が潤む。

「(力が吹き出してくる!)」

苦しいはずなのに拒むことができない。

杏奈と亮太の身体が赤と黒の光のようなものに覆われていく。

それを見ながら、結城は笑っていた。

「私が血を与える理由を教えてやろう。お前達の力を強化するためだ」

結城の言葉に二人は唖然とする。

自分達の力を強化する理由はハンデだ。

その答えに気づいた杏奈は眉間に皺を寄せる。

ハンデがないと結城のチームには勝てない。そう言っているように思えた。

しかし、意見を言うことはできなかった。

結城の血のおかげで力が湧いてきたのは事実だ。

「私のチームに勝って、あの男達に復讐するのだろう?」

結城の言葉は間違っていない。

自分達を封印したトウマや滝河を憎んでいる。結城がいるチームに当たったのは想定外だが、勝ってトウマに復讐すると決めていたのだ。

「さあ、私達に勝ってみろ」

それだけ言うと、一瞬にして結城の姿は消えてしまう。


「ふう……」

結城は屋上に移動すると大きく息を吐いた。

小さく呟くと、右腕から流れる血は止まり牙の穴が塞がっていく。

多量の血を抜かれ、身体が思うように動かない。

表情に出さないようにしていたが、痛みは感じるし眩暈(めまい)は治まらない。

ふと、結城は振り返った。

自分の後ろには曇りガラスのような壁がある。

中央階段を境にこの壁があるとしたら、恐らく、行動範囲外に移動させないためだろう。

「…誰かいる」

誰かは分からないが、壁の向こうからぼんやりと二つの人影が見える。

「(様子をみておくか)」

そう思った結城は手のひらを上に向けて小さく呟いた。

すると、結城の目の前に複数の黒いモニターが現れ、月代、高屋、鳴尾、西浦が映し出される。

空が暗くなり、鳴尾はそれを合図だと思って動き始めただろう。

鳴尾が全員を探し出すかもしれないし、その前に月代達が戦うかもしれない。

傷口は塞がったが、思っていたより身体が重い。

必要以上に動かないほうが良いだろう。

「さあ、あいつらはどう動くか…」

結城がモニターを見つめると、近くで羽ばたかせる音が聞こえた。



「(…思ったより、物語に関係してるんだ)」

そう思いながら、内藤は礼拝堂の前でハープを弾きながら歌っていた。

曲も歌もない即興のものだ。

内藤は麗達が能力者なのは知っているが、思っていたより能力者が多くて少し驚いた。

まさか、図書室にある本の中の出来事が起きているなんて誰が想像しただろう。

ある日、現実に異変が起きた。

時間に余裕ができたから、図書室にある本を読もう。そう思い、図書室にあるWONDER WORLDという小説を手に取ったのだ。

その後、信じられないことに見たこともない獣の群れが現れ、必死の思いで図書室から逃げ出した。

「(まさか、家に代々伝わるこのハープに物語の力が宿ってるなんて…)」

内藤が歌いながら弾いているハープは、ずっと前から大切にされている。それが、物語の能力に目覚めた時だけ炎を操ることができるようになるのだ。

理事長である明から交流戦のルールを聞いて、自分が大切にしているこのハープにまた炎の力が宿るのではないかと考えた。

ルールの説明が終わり、どうしようか考えようとした時、朝日から声をかけられた。


「僕達は先生がどんな力があるか、全ては分かりません。けれど、戦いが始まったら結城先生のチームは内藤先生を狙いにきます。僕が援護しますので、礼拝堂の付近でハープを弾いてください」


そう言われた内藤は、室内用の靴に履き替えずに礼拝堂に向かった。

始まりの合図のブザーが鳴った後、何を弾くか、どう歌おうか考えたが、特に思い浮かばず即興にすることにした。

ハープの音色や自分の歌声がどんな作用を働くかは分からない。

けれど、即興の歌や演奏に効果はあるようだ。

「………」

内藤を中心に礼拝堂を囲むように火柱がたっていた。

歌ったりハープを弾くということは、自分の場所を示しているということだ。

危険は伴うのは分かっていた。

「すごい力ですね」

そう考えていると、頭上から声が聞こえる。

声に気づいて顔を上げると、火柱が届いていない場所に西浦がいた。

「蝶の…羽根?」

西浦の背中には蝶のような羽根が生えて動いていた。

それを見たことがない内藤は、歌うことを止めて目を瞬かせている

西浦は火柱が当たらないように羽を広げて移動すると、ゆっくりと降りていく。

「先生は確か、アーヴァという人物の能力を持っていましたね?」

「そうよ」

物語は図書室にあり、自分の他に能力者がいるということは物語を読んでいるものも多い。

嘘をついても仕方ないので、内藤ははぐらかすことなく答える。

その時、火柱の上空から無数の風の矢が降り注ぐ。

内藤の周りに火が集まると、無数の風の矢は燃えて消えていってしまう。

「この矢は…」

西浦は思うところがあるようだが、雨のように激しく降り注ぐ風の矢を避けることができず、身体をかすめていく矢によって傷を負ってしまう。

周りを囲う火柱の一部が割れ、そこから何かが見える。

「やはり、(かなで)でしたか」

それは弓矢を構えたまま、そこにいる西浦を見て驚いてしまう。

「…愛様」

そこに現れたのは朝日だった。

礼拝堂に誰かが近づいてきたことを知り、応戦しようとやってきたが、相手が西浦だと分かり戸惑ってしまう。

西浦はリークの能力を持っていて、ルイアスはリークについていた。

それに、西浦は自分より強いことを分かっていた。

朝日が困惑していると、自分とは反対側の火柱が割れ誰かの気配を感じる。

「(敵か?味方か?)」

味方か来れば三対一、敵だとしても二対二だ。

火柱の中にやってきたのは倉木だった。

「倉木…」

「今度はみちるですか」

朝日と西浦はそれぞれ別の反応をする。

倉木は朝日と同じチームだ。三体一なら何とかなるかもしれない。

「愛様」

礼拝堂付近に内藤がいて、この火柱が彼女によってできたものだと分かっていたが、西浦がいることまでは思っていなかった。

人が通れるくらいに割れた火柱はが元に戻っていく。

「倉木、相手は愛様だ。油断するなよ」

朝日とは下ろしていた弓矢を構え直すと、倉木の顔を見る。

朝日は倉木と共に西浦を足止めしようと考えた。

しかし、倉木は朝日を睨む。

「嫌よ」

「…え?」

倉木の反応に、朝日はきょとんとする。

「貴方のせいで愛様は変わってしまった!」

そう声を荒らげると、今度は西浦の方を向くと朝日を指した。

「あの男のどこがいいんですかっ?!」

倉木はずっと西浦を慕っていた。

しかし、ルイアスの能力を持つ朝日と出会ってから変わったような気がしたのだ。

解決しないことだと分かっていても、隠しておくことができなかった。

「私はずっと愛様をお慕いしていたのに!」

倉木の悲痛な声に、薄れていた記憶を思い出す。

高屋が一枚噛んでいたとはいえ、高屋が礼拝堂へ促さなければリークの能力者である西浦に会えなかったかもしれない。

しかし、朝日が西浦と会った日は思い出せても、そこに倉木が関係していたかを思い出すことはできなかった。

倉木が自分に向けている感情は怒りや憎しみに近いと思うが、今は目の前にいる西浦をどうするかが問題だ。

二人の反応を見た西浦は苦笑していた。

「やれやれ、困ったものですね」

朝日と倉木は同じチームだ。

倉木は朝日に敵意を向けている。このままでは同じチーム内で戦いかねない。

それはそれで西浦は構わないが、他の人が面白くないだろう。

そう思っていると、突然、異変が起きた。

「…夜?」

「誰かが魔法で昼夜を反転させたのか?」

それに気づかない人などいない。

さっきまで明るかった空が、今は暗くなっている。

普段では考えられないことだが、今は普通ではない。魔法で夜に変わっても、大きく驚くようなことではなかった。

「(恐らく、結城先生)」

その中で、西浦はそれが誰によって起きたことなのか理解していた。

「本当は彼女への復讐も考えていましたが、チームを組むのも、誰と戦うかも運なので仕方ありません」

自分が倉木に意識を向けていて気づかなかったが、いつの間にか西浦の右手には巨大な斧があった。

彼女というのは大野だろう。

あの時、気配を察して半地下に続く階段に現れた大野は後からやってきたノームに選ばれ、トウマによって自分と西浦は封印された。

彼女が来なければ、未来は変わっていたかもしれない。

朝日はそう考えつつも、弓矢を構え直す。

隙を見せてはいけない。

「あんたのためじゃなく、私を封印したあの男を倒すためよ!」

自分達に向ける殺意に気づいたのか、倉木は前を向いて西浦を見る。

自分と同じ人を操る力を持っているあの男の鼻をへし折りたい気分だ。

倉木の両手の爪は長く伸びていた。

「今のこの身体でみちるの力が効くとは思いませんが、文字通り、叩き潰しましょう」

西浦がにっこりと笑って斧を握り直そうとした時、上から僅かな力を感じてそれを止める。

代わりに蝶のような羽を広げると、火柱に当たらないように後方に移動する。

朝日が弓を引き、倉木が飛びかかろうとしたその時だった。

突然、上空からたくさんの大きな氷の塊が降ってきた。

大きな氷の塊は朝日と倉木を狙うが、攻撃を仕掛けようとした直前にそれに気づいて避けていく。

氷の塊が火柱に落ちて蒸気に変わっていく。

突然、上空から降ってきたたくさんの大きな氷の塊に驚いて空を見上げると、屋上よりやや上に誰かがいるのが見える。

高等部の男子制服に背中に生えて動いている真っ白な翼、それは月代だった。

「月代か…」

翼のある能力者は少ない。

こちら側にいるなら、それは月代である。

西浦と月代、それぞれ空を自由に動ける二人が相手なのは正直、辛い。

飛行魔法は使える。しかし、どの魔法を使うにも魔力が必要だ。

月代と西浦は魔力を使わず、特殊な言葉を発動させることによって翼や羽を出すことができる。

「蒼の堕天使ですか」

西浦はその名前を呼ぶ。

それぞれがどこに散らばったかは分からないが、翼を持つ月代が屋上にいるのは都合がいい。

加勢をすることはあれど、仲良く共に行動する人達ではないと思っている。

「さあ、始めましょう」

周りを囲む火柱が揺れて、西浦の笑顔に殺意が見える。

朝日と倉木が動く前に、西浦は力強く踏み出した。



鳴尾は苛々してた。

本当なら一人で五人を倒すつもりだった。

しかし、結城によってそれを止められて気分は一変した。

昔の自分なら、そんな言葉に耳を傾けることなく動いていただろう。

少しは成長したと思いたい。

開始のブザーが鳴り、魔法によって作り出されたモニターから麗やトウマ達が映し出されている。

「(早く勝って、あいつやトウマ兄とやりてえ!)」

鳴尾にとってチームを組んで戦うということは重要ではなかった。

例え一人でも、重傷でも戦いたい。

元々、あったのかは分からないが、闘争本能なのかもしれない。

一応、能力者として物語は全部読んだが、ヴィースの性格は自分に似ていると思ったこともある。

苛々している理由はもう一つある。

近くはないが、視界の範囲にいる高屋だ。

「(何を考えてる…?)」

高屋が自分のために待っているとは思えない。

高屋は話しかけることもなく、ただモニターを見ている。

自分を見ているというのは建前で、本当は戦闘に参加したくないのだろうか。

考えられることはあっても、それで自分の苛立ちが治まるわけでない。

自分でも分かっているが、待つことが苦手だ。

早く戦いたい。

待っていられずに動こうとしたその時、急に空が真っ暗になっていく。

「これか!」

空が暗くなったことが結城からの合図だと分かると、鳴尾はにやりと笑った。

虚空から赤と黒の混ざった幅の広い長剣が現れると、それを強く握る。

やっと暴れられる。

ずっと前から知っているかのように手に馴染む骸霧を手にしただけで気分が高まる。

それを見た高屋は、一瞬だけ怯む。

「(…すごい殺気だ。敵じゃなくて良かった)」

吹き出すオーラのようなものに、高屋は気圧され、運とはいえ鳴尾と戦わなくて良かったと思った。

今の鳴尾なら一人で相手のチーム全員を相手にできる。そう感じるくらいの殺気だった。

高屋がそんなことを思っているとは知らずに、鳴尾は校舎に向かって走っていった。

校庭に残った高屋は、ふとした視線に気づく。

明と実月が自分を見ていた。

見ているだけで何かをする様子はなさそうだ。

「(このまま校庭にいても仕方ないので、僕も動きますか)」

高屋は校庭にいる明と実月を一瞥すると、瞬時にどこかへ消えていった。


校舎に入った鳴尾は先ず、礼拝堂の方から流れる強い力に気づいた。

少なくても三人はいる。

直感でそう思い、そのまま校舎を抜けようとしたその瞬間、 鋭い殺気に思わず骸霧を振り上げたまま振り返った。

「!!」

鳴尾は顔には出さなかったものの、力を込めながら驚く。

「私の速さに気づくなんて、やるわね!」

杏奈は押されないように左足に力を込めて笑う。

鳴尾は何であろうと剣を振るうと思っていたが、何もついていない足で受け止めるとは思っていなかった。

今は物語の力かある。

素足で剣を受け止めることはできない。

鳴尾の鼻が動く。

「お前、前と違うな?」

見た目や覚醒した時の瞳の色に変化はないが、何やら大きな力を感じる。

だが、そんなに顔を合わせたことがないし、そこまで相手に興味がない。

「本当、よく鼻が利くわね」

そう言って杏奈は笑い、力を入れた反動で大きく後ろに下がった。

それと同時に、鳴尾の後ろに殺気が生まれる。

「うっ!!」

避けられると思って身体を反らしたが、背中に痛みが生じる。

鳴尾が振り返ると、背後には亮太が立っていた。

確かに避けた筈だ。しかし、鳴尾は気づく。

亮太の爪が異様に伸びていたのだ。

亮太の爪には血がついている。

刺されたか引っ掛かれたかのどちらかだろう。痺れるような痛みが広がっていく。

「…てめーもなんか違うな」

前に見掛た時は、まだ高等部の制服に慣れず幼さが残るような顔立ちだった。

けれど、今、目の前にいる相手は鳴尾を睨んだまま爪についた血を舐めていた。

「もっと血をよこせ!」

亮太が腕を伸ばして鳴尾の胸ぐらを掴もうとした。

しかし、鳴尾は骸霧を勢いよく振り下ろした。

振り下ろした場所から衝撃波のような黒い刃が幾つも現れる。

幾つもの黒い刃は目に見えないくらいの速さで杏奈と亮太を襲い、二人の身体は切り裂かれてしまう。

「亮太!」

「分かった!」

二人は両腕を交差して黒い刃に耐えると、声を掛け合う。

それを合図に杏奈は鳴尾に近づいて蹴りかかろうとする。

「(骸霧の効果が弱いのか?)」

杏奈の蹴りを骸霧で受け止めなから鳴尾は考える。

最初に攻撃を仕掛けた時から骸霧の効果が現れても良い筈だ。

最初に杏奈が素足で剣を受け止めたことに驚いたが、骸霧は斬られたり、剣から発する黒い衝撃波の効果で、貧血のような感覚に陥る。

相手の動きが鈍くなったり、顔色が悪くなるのを何度も見てきたが、杏奈と亮太の動きは悪くない。

多少、動きが悪いと思うことはあるものの、今まで見てきた中で骸霧の効果は弱いと感じた。

「(いや、あいつの匂いが混じってるんだ)」

杏奈と亮太に混ざった匂いに気づくと、妙に納得できた。

十分間、自分を動かせないようにしたのはこのためだったのかもしれない。

けど、躊躇はしないし手加減するつもりはない。

そう考えている間にも身体は動いていた。

どちらかが接近している間はどちらかが魔法で攻撃をする。

杏奈が鳴尾と離れると、下足場の隅にある掃除用具入れを軽々と持ち上げる。

それを鳴尾に目掛けて投げつけた。

大人で持ち上げることはできるかもしれないが、それを軽々と持ち上げて投げることはできない。

鳴尾は避けようとせず、骸霧を振り上げると掃除用具入れを真っ二つに切り落とした。

一息吐くこともなく、そのまま振り返って骸霧を横に払うように動かす。

それと同時に鳴尾に迫っていた風の塊にぶつかり、激しい風が吹き荒れる。

力は強くなっている。

決して弱くはない。

けど、ちょこまかと動く杏奈と亮太に苛立ちを覚えた。

目の前にあるものは全て切ってしまえばいいと思うくらいだった。

「うぜー…」

鳴尾がそう呟くのと、亮太が跳躍して下駄箱に乗ったのが同じ時だった。

「骸霧!」

鳴尾が剣の名前を叫び、骸霧を振り上げた。

骸霧から黒い風が巻き起こると、そのまま振り下ろす。

幾つもの大きな刃が生まれ、視界に入る下駄箱を全て切り裂いていく。

「何っ?!」

下駄箱が真っ二つに割れて崩れてしまい、亮太はよろめいてしまう。

亮太は下駄箱から飛び降りて地面に着地すると、そのまま鳴尾に飛びかかった。

「(なんだ、こいつの力は…)」

戦いながら鳴尾の行動に驚いていた。

切ることに何の躊躇いもない。

身体中に傷を負いながらも、立ち上がり、楽しそうに笑って戦っている。

疲れているはずだし、深い傷を負わせたのにも関わらず治そうともしない。

そこで亮太は思い出す。

「(あいつは魔法が使えなかったはず…)」

以前、結城から鳴尾は魔法は使えないが、骸霧という大きな剣からはとてつもない魔力があると聞かされたことがあった。

「(確かにあの剣からすごい力を感じるし、身体が思うように動かない…)」

結城の力のおかげで力は溢れているが、眩暈がして反応が遅れることがある。

そう考えることができても、相手の殺気がひしひしと伝わる。

亮太は鳴尾に攻撃されないように間合いに入ろうとする。

興奮と恐怖が入り交じる中で戦っているのは亮太だけではなかった。

「(身体が思うように動かない…)」

鳴尾と骸霧の力を痛感しながら杏奈は戦っていた。

鳴尾と戦い始めてから眩暈がするし、集中力が途切れる時がある。

結城の力がなければ、この状況にさえなっていなかったのがしれない。

「(匠様はこれを予想して、私達に血を与えてくださったのだろうか…)」

量は違えど、結城は二人に自分の血を与えた。

力を増幅しなければ、鳴尾に対抗することができない。

結城の思惑通りなのかもしれないが、改めて鳴尾の力に恐怖を覚えた。


戦うことを楽しんでいる。


それは物語に登場するヴィースそのもののようだ。

「(けど、私達はもう負けない!)」

時間は迫ってきてる。

疲れているのは鳴尾も同じはずだ。

亮太と二人ならやれる。

そう思い、亮太に近づこうとしたその時だった。

近くはないが、どこかでドンという響くような大きな音がした。

大きな音に鳴尾も反応する。

周りに変化はない。

しかし、すぐに異変に気づいた。

もうすぐ春なのに、冬のような冷たい風が吹いたような気がする。

それに気づいたのは杏奈だけではなかった。

「……亮太!!」

鳴尾とは違う殺気に驚いた杏奈が亮太を見ると、亮太もまた信じられないものを見るような顔をしていた。

食堂の横には大きな鏡がある。

二人の後ろ、廊下の先にあるものを思い出す。

そこにいたものの鋭い眼光と絶大な力を。


身体が僅かに震えている。


亮太の中で別の恐怖がよぎる。

遠い記憶と近い記憶。

身体が強張って動かない。

その僅かな隙を作ってしまったことに気づいた時には遅かった。

「…ぼーっとしてんじゃねえよ!!!」

自分の間合いに鳴尾が剣を構えている。

鳴尾は怒りをあらわにしていた。

鳴尾の全身から炎のような蒸気が噴き出して竜の形に変わっていく。

燃え上がるような覇気が刃に纏い、そのまま骸霧を振り上げた。

剣から巨大な赤い刃が現れ、次に亮太が見たものは自分と杏奈が吹き飛ばされ、それを睨む鳴尾だった。

杏奈と亮太が吹き飛ばされ動かなくなったのを確認すると、その開いた瞳孔で講堂を見据える。

この大きな力に気づいていた。

「やるなあ、純哉」

鳴尾は講堂の方を見て笑った。



体力も魔力も限界に近づいている。

次の一手で勝敗は分かれるだろう。

そう考えながら魔法を発動させようとした時、ブザーが鳴り響いた。

「…終わった?」

ブザーの音に反応して、朝日ははっとする。

内藤と倉木は西浦によって倒れ、突如現れた光の壁に囲まれてしまった。

朝日も西浦もそれを見たことがなく、思わず攻撃を止めてそれに触れる。

見た目は柔らかい光だが、触れると壁のように硬くて厚い。

意識を失っているが、苦しんでいる様子はない。

そう思っていると、もう一度、ブザーが鳴った。

もう一つのチームの戦いも終わったのだ。

他の人達がどうなったか分からない。

礼拝堂の近くにあるスピーカーから声が聞こえる。

「試合終了です。残ったチームは1と……4です!」

明の声に朝日は驚く。

「…負けた?」

西浦は強い。

三人いれば何とかなるかもしれないと思っていたが、その考えは打ち砕かれた。

ただ、自分が負ければあいつらに復讐できない。そう思いながら戦っていた。

常に援護しているわけではなかったものの、月代は魔法で朝日達に攻撃していた。

西浦に負け、あの男に復讐することは叶わない。

朝日は落胆して、その場に膝をついてしまう。

「どうやら、私達のチームが勝ったみたいですね」

西浦は落胆して膝をつく朝日に近づく。

負けるつもりはないし、他の人達を信用していないわけではない。

しかし、はしゃぐほどではない。

1のチームは麗、トウマ、佐月、梁木、カズの五人だ。

「(奏の代わりに私が復讐しましょうか)」

彼女に復讐はできなくなったが、朝日の代わりならできそうだ。

「結界を解いて再構築を行いますので、全員、校庭に集合してください」

スピーカーから明の声が聞こえる。

それを聞きながら、西浦は優しい目で朝日を見ていた。


「(終わったか)」

校内の至るところにあるスピーカーから明の声が聞こえ、結城は一息吐く。

自分が参加しなくても戦いに負けることはないだろうと思っていた。

それは、相手のチームが弱いわけではなく、自分のチームは何か思うところがある人員が多いからだ。

結城が右手を払うように動かすと、結城の周りにある複数の黒いモニターはすっと消え、真っ暗な空が明るくなっていく。

音に気づいて空を見上げると、月代が翼を羽ばたかせながら降りてきている。

「(あいつが現れることはあるのだろうか…)」

そう思いながら、月代が地面に降りたのを確認すると、結城と月代の姿は消えていった。

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