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満月の引力

なんて綺麗なんだろう。

その瞳は満月みたいだった。


高校生になって転機が訪れた。

自分が活動しているバンドの新曲が、たまたまライブハウスに来ていた関係者の目に留まり、CDを出すことが決まった。

どうやらゲームの挿入歌として起用したいようだ。

インディーズの中でも滅多にないことだと思う。

バンドの方針で俺の顔ははっきりと明かしていない。俺がまだ高校生だから学校や素性がバレるのを防ぐためだ。

ライブでもできる限り照明や角度を気にして、衣装も考え、あまり顔を見せないようにしていた。

ボーカルの顔は開かされない謎のバンド、なんて言われることもある。

このまま勢いに乗って高校生のうちにメジャーデビューも夢じゃない。

勉強よりも、とにかく歌いたい。

そう思っていた。


あの日が来るまでは。



まるで満月みたいだ。



あの日、情報処理室で大きな満月を見た時から俺の学園生活が一転した。

ゲームの中の出来事が現実に起きるなんて誰が思ったのだろう。しかも、自分が歌うゲームの世界だ。

ゲームの登場人物の能力を持つ人が他にもいて、武器や魔法も使えるらしい。有り得ない。

けど、あの時に見た満月のような黄金色の瞳を見て、現実なんだと感じてしまった。

ゲームと同じ内容の本があるのは知っていたけど、それが高等部の図書室にあるのは知らなかった。

そもそも、図書室は授業で利用する以外に行ったことはない。

そのことを結城先生に教えてもらった時も半信半疑だった。

しかし、その考えはあっという間に覆された。

初めて図書室で本を読んだ時、物語に登場するような二本足で立つ怪物に襲われたのだ。

それまでいた筈なのに、いつの間にかいなくなっていた生徒。怪物のこちらに向ける視線と唸り声。本物だと思うしかなかった。

これは敵意じゃなく殺意だ。

殺される。怪物から逃げながらそう感じた。

現実なのか。リアルな夢を見ているのか。

困難しつつ逃げていると、突然、思考が途絶えた。

背中に何かがぶつかったような衝撃と痛みが走る。

怪物の長い爪で背中を切られたなんて思いもしなかった。

想像を絶する痛みと恐怖に倒れてしまって起き上がることができなかった。

気づいたら怪物は俺の目の前で腕を振り上げていた。


殺される。


そう思った瞬間に怪物の絶叫が響き渡る。

「あ…………」

怖いけど、恐る恐る目を開く。

俺が目にしたのは足元から凍っていく怪物と結城先生の背中だった。

俺の声に気づいたように結城先生は振り返る。

また、あの目だ。

黄金色の満月のような瞳。

冷たく感じるのに目が離せなくなる。



これは本当に現実に起きているんだ。



それから、日常に変化が現れた。

バンドのメンバーに歌い方や表現力が変わったと言われた。特に怖さ、怒り、強さが変わったらしい。上手くなったり表現力が身についたのは嬉しい。

少しずつ物語にも興味を持つようになり、できる時は図書室で本を読むようになった。

自分が物語に関わっていると知り、マリスという少年の能力を持っていると知った。

物語を読めば読むほど、自分がマリスに似ていると思い、結城先生がラグマ様のように感じることが多くなった。

それに加えて、あの日から物語の夢を見るようになった。

自分がマリスで黒い羽を広げて飛んだり、物語のように剣や魔法で戦っている。

そこにはいつもラグマ様がいる。

ラグマ様は結城先生と似ている。そう思えるようになってきたのだ。

どうしてそう思うようになったのかは自分でも分からない。

それは、日常でも感じるようになった。

勉強はあまり変化はなかったが、情報処理の授業は頑張るようにした。結城先生に誉められたかったからだ。

結果、成績は上がったものの誉められることはなかった。

これからの未来には必要性のあることだから、正しく理解して学べばいい。

そう言われることはあっても頑張ったことへの評価はない。


結城先生に見てもらいたい。


授業で頑張れば赤点は避けられるかもしれないが、同じ能力者としてどうしたら俺を見てもらえるのだろうか。

最初は覚醒した結城先生の瞳があまりに綺麗で、その瞳に映りたい。ただ、それだけだった。

年齢、人生経験、生徒と教師、違いはたくさんある。だけど、物語の能力者として俺を必要として欲しい。

自分が能力者として動くことによって結城先生に認められたい、感謝されたいと思ったが、それは望めないとすぐに分かった。

結城先生は態度で表すこともなく言葉にすることもほとんどない。

教師として授業の質問は答えてくれるが、どこか人を寄せ付けない雰囲気もある。

結城先生に必要とされれば、自分はマリスと同じになるのか。

そんなおかしい気持ちが生まれた。

気づいた時には、全てではないが、自分にとって結城先生の存在は大きくなっていたのだ。

結城先生に向けるこの気持ちは何なのか。

物語が進んでいき、夜、特に満月が浮かぶ日には力が強くなったと感じることが増えたし、結城先生への気持ちが強くなったような気がしていった。

そもそも、どうしてマリスはラグマに興味を持ったのだろうか。

自分を殺そうとした相手に命を捧げて従うようになったのか。

理由は分からない。

自分の死が過った時、彼の目に何が見えたのか。


もっと俺を見て欲しい。

最期まで共にしたい。


他の誰かの気持ちなのに、まるで自分のことのような感情を覚える。

与えられたマリスという名前と漆黒の翼。それが彼の戦う理由、生きる意味なのかもしれない。



あの日から俺は変わったような気がする。


また満月が近くなる。

月の満ち欠けと同じように変化がおとずれる。

瞳はマリスと同じ青色。

背中には漆黒の翼。


もっとその瞳に自分を映したい。

認めてもらいたい。


貴方が俺の存在を証明してくれる。

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