今、その輝きの中で ー前編ー
三月下旬。
朝晩はまだ寒さが残るが、少しずつ暖かくなってきた。
ある日、麗は凛と学生寮に向かって歩いていた。
「もう少しで大学生だね」
「うん。買うものは買ったし、後は引っ越しだけだね」
麗と凛はそれぞれ手に持っているものを見ながら話す。
二人は新生活に向けて駅前のショッピングモールで買い物をした。
週が明ければ四月だ。麗と凛は同じ敷地内にある大学部に入学する。
卒業式が終わってから初めは遊びに行ったり、皆で卒業旅行にも行った。
それが終わり、新しい生活のために準備をするようになったのだ。
今、麗と凛が生活する場所は高等部の学生寮であり、週末には退寮しなくてはならない。
二人の部屋には生活できる最低限のものを残し、段ボールや大きな紙袋にしまってある。
学生寮に入り、入口横に備え付けられている郵便受けを開く。
寮に戻ると郵便受けを開ける。これも寮で生活するようになってから身についた習慣だ。
『ん?』
麗と凛の郵便受けの場所は離れているが、郵便受けを開いた二人は同時に声を上げる。
「凛」
「姉さん」
二人はそれを取り出すと互いの顔を見合わせた。
「この文字って…」
「もしかしたらさ」
手触りのいい真っ白な封筒の表には手書きで自分の名前が書かれている。
その文字はどこかで見覚えがある。
封筒の裏を見ると、そこには高等部理事長であり、自分達の母親の名前が記されている
『お母さんっ?!』
驚いた二人は急いで封を開けて中身を確認する。
「…交流戦のお知らせ?」
凛は目についた言葉を口にする。
続きを読もうとしたが、麗に止められてしまう。
「凛、とりあえず私の部屋に行こう」
ここは一階の共有スペースであり、今は誰もいないが、いつ誰が通りかかるか分からない。
元々、寮に帰ったら麗の部屋でおやつを食べようと決めていたので、麗の言葉に、凛は手紙から目を離して麗の後をついていく。
麗の部屋に着くと、二人は荷物を置いてベッドに座り手紙を読んでいく。
交流戦のお知らせ。
来る土曜日、高等部の校庭で交流戦を行います。
その日に限り、WONDER WORLDの力を解放します。
純粋に物語の力を楽しむことを目的とします。
参加は自由。高等部の生徒は制服着用、大学部の生徒、または教師は動きやすい服装でお願いします。
尚、神崎先生は不参加です。
参加者は当日の午前十時までに高等部の校庭に集まってください。
『えーーーーっ?!』
手紙に記されている文字を読み終わると、麗と凛は顔を見合わせて大声を上げた。
「これ、どういうこと?」
「物語の力を解放するって…?」
文書の内容からしてすでに理解できない。
交流戦とはどういうことだろうか。
それに、物語の力は卒業式の前に無くなったはずだ。
麗は首を傾げながら、どうにか考えようとしているが、凛の疑問は別のところだった。
「(神崎先生は不参加…)」
どうして、わざわざこの手紙を作ったのか、どうして神崎の不参加を記す必要があるのか。
文書は手書きではないということから、自分達以外にも送られている可能性はある。
神崎は本当に参加しないのか。
凛は疑っていた。
卒業式の時に実月から真実を知った。
神崎からあれ以上は触られていない。なぜか実月の言葉は信用できた。
「(あたしが参加するかもしれないと思って、神崎先生は不参加にしたのかな?)」
本人がいないから事実は分からない。
一人で考えていたが、麗がどうするかが気になる。
その時、二人の携帯電話が鳴った。
画面に表示された名前を見て、二人は急いで携帯電話に触れて耳にあてる。
『もしもし、レイ?』
『こんにちは』
麗の携帯電話から聞こえたのは梁木、凛の携帯電話から聞こえたのは大野の声だった。
「ショウ」
「大野さん」
二人が良く知る人物の名前を呼んだ時、突然、麗の部屋の扉が大きな音をたてて開かれる。
「レイ!」
「ユーリ?!」
大きな音に驚いて麗と凛が入口を見ると、そこには息をきらした悠梨がいた。
悠梨の手にはくしゃくしゃになった手紙が握られていた。
「…あ、電話中?」
勢いよく扉を開けたものの、麗が携帯電話で話していると気づいた悠梨は少しだけ戸惑う。
「ちょっと待って、皆で話そう!」
麗はそう言うと、凛の目を見て頷く。
「大野さん、ちょっと待ってて」
凛はそれだけ伝えると、携帯電話の画面に触れる。
麗と凛が携帯電話をベッドの上に置くと、悠梨は扉を閉めて靴を脱いだ。
「ショウ、皆で話そう」
「大野さんからも通話で繋がってるし、悠梨もいるよ」
凛は悠梨の顔を見る。
物語の力がなくなり、風の精霊シルフは仮の器である風村悠梨の姿で麗達の前に現れた。
その時、凛は彼女をどう呼ぶか悩んでいた。
風村悠梨という存在は知らないが、シルフの姿で共に戦ってきた。
初めは苗字で呼んでいたが、知らない仲ではないから名前で呼んで欲しいと本人に言われたのだ。
凛はシルフの姿しか知らないが、シルフと風村悠梨という存在は性格が違う。それも驚いたが、今では躊躇せずに呼んでいる。
麗も凛と同じように携帯電話の画面を触る。
『手紙が届いたのは皆、同じだったのですか?』
『風村さんのところにも届いたんですか?』
麗の携帯電話からは梁木の、凛の携帯電話からは大野の声が聞こえる。
スピーカー機能を利用して携帯電話を持たずに通話ができるようにした。
麗は皆で話したほうが早いと考えたのだ。
「ユーリは何か知ってる?」
麗は悠梨に質問する。
悠梨は風の精霊シルフが作り出した姿であり、背徳の王ルシファーに意識を乗っ取られた月代と戦った後、理事長であり、物語でユルディスの力を持つ明によって物語の能力は消えてしまった。
その際、風の精霊シルフと地の精霊ノームは精霊としての力を失い、人の姿になっていた。
元は精霊である。悠梨なら何か知ってるのではないかと考えたのだ。
しかし、悠梨は首を横に振る。
「ぜーんぜん。確かにあたしは風の精霊だったけど、レイのお母さんや光の考えてることは分からないよ」
悠梨が言う光というのは、光の精霊ウィスプのことだろうと凛は考える。
以前、悠梨から精霊は名前というより、その大きな力の名で呼ぶことが多いと聞いたことがあった。
風の精霊なら風、地の精霊ノームなら大地と呼ぶらしい。
凛がそう考えていると、悠梨は思いもよらないことを口にする。
「でも、一日限りで物語の力が使えるんでしょ?それに、……神崎先生が参加しないなら、あたしは参加してみようかなー!」
『えっ?!』
悠梨の言葉に凛以外の四人が驚く。
自分達がどうしようか考えていることを、悠梨は迷いもなく決めたように思えた。
しかし、ほんの少しだけ悠梨の表情が曇ったのを凛は見逃さなかった。
悠梨の言葉が気になる。
そう思っていると、凛の視線に気づいた悠梨が苦笑する。
「あ、凛にも言ってなかったんだけど、あたしがこの姿だった時、神崎先生と結城先生に軟禁されたんだ」
「えっ……?」
『…えっ?!』
その言葉に驚いたのは凛だけではなかった。
携帯電話から大野の驚いた声が小さく聞こえる。
凛にも、という言葉も引っ掛かったが、悠梨がこの姿、と言ったことが気になった。
恐らくは、精霊として姿を現す前のことだろう。
それでも精霊を軟禁したことには変わらない
麗は驚いていないが苦い顔をしながら悠梨を見ている。
悠梨は凛達の反応を気にしていない様子で話を続ける。
「一年の三月だったかな。その時から神崎先生と結城先生はあたしの存在に気づいてたんだと思う。…あたしが軟禁されて神崎先生に触られそうになった時、助けてくれたのが時…実月先生だったんだ」
「ええっ?!」
またもや凛は驚きの声をあげる。
一年の三月ということは、自分はまだ編入してなかった。それと、神崎が自分以外にも気に描けていたとは思わなかった。
悠梨が話してくれたが、凛は自分のことを話したくなかった。卒業式の時に真実を聞いてから気持ちが晴れたような気がするが、それでも自分に起きたことは変わらない。
それに、何故か悠梨は自分のことを知ってそうな気がした。
「その時から実月先生が時の精霊だって知ってたの?」
凛は悠梨に聞く。
自分には知らないことがある。
悠梨は隠さず普通に答える。
「うん。一年の学園祭の時、…まだレイがちゃんと覚醒してなかった時だね。図書室で怪物に襲われた時、保健室で匿ってくれたのが実月先生だったんだ。……その時…ううん、きっと他の精霊も気づいてたんだと思う」
悠梨は思い出しながら話していく。
物語の能力はなくなったものの、記憶は残っている。
それまで聞いていて話さなかった梁木が何かを考えるように呟く。
『…能力者だった時は、物語と同じにならないようにしてきたり、自分の身を守ることが大事でした』
物語を知り、その能力が使えるようになってから、自分が持つ力の人物と同じにならないようにしてきた。
「今は違う。あれ以来、物語の能力はなくなったし、怪物に襲われることがなくなった。本当に物語の能力はなくなったんだなって思ったよ」
やっと元に戻った。
嬉しいはずなのに、少しだけそれが寂しいと感じた。
麗はそう思いながら答える。
「何も辛いことがなくて、ただ物語の力を楽しめるなら…私も参加してもいいかなって思うよ」
文書に書いてあることが全部本当なのかは分からない。
けれど、麗は楽しめるならもう一度、能力を使いたいと思ったのだ。
『…僕は考えます。どんな状態になるか分かりませんし』
梁木は言葉を付け足す。
ただ物語の力が使えるだけならいいが、覚醒した時に現れる翼がどんな状態か、神崎の呪印は消えたのか。
それが気がかりだった。
『私も考えます。私達以外にこの手紙を受け取っていたら、複数の人と戦わなくてはいけません』
梁木と同じように大野も困ったような声で答える。
参加するのが今、会話している五人だけとは限らない。
「土曜日までまだ時間はあるから、あたしも考えるよ」
考えていることは分かる。
それでも、まだ考える時間はある。
凛は今、答えなくてもいいと考えた。
「そうだね」
凛や梁木、大野の気持ちも理解できる。
「この手紙を受け取った人が他にもいるかもしれないし、また前日にでも決めようよ」
そう思った上で麗は皆に提案する。
『そうですね』
『はい』
梁木と大野は返事をし、悠梨と凛は麗を見て頷いた。
『レイのところにも手紙が届いたんだな』
携帯電話から中西の声が聞こえる。
「やっぱり葵のところにも届いたんだ。夕方、トウマや佐月さんからも連絡があったよ」
昼過ぎに凛、悠梨、梁木、大野と話した後、トウマと佐月からも連絡があった。
「佐月さんはまだ予定がたたないから分からないって言ってたけど、トウマは面白そうだからカズさんとフレイさんと一緒に参加するって」
最初は自分達だけに手紙が届いたと思っていたが、段々と他の人にも届いたことを知る。
「葵は参加するの?」
麗は期待しながら中西に質問する。
もしも、中西と一緒に戦うことができたら楽しいだろうと考えた。
しかし、中西の答えは麗が考えているものとは違っていた。
『うーん、確かに面白そうだが、私は学校にいるものの参加できるかどうかは分からないな』
中西に言われて麗は思い出す。
中西は幼馴染みだが、高等部の教師である。自分達は春休みだが、中西には関係なかった。
『純粋に試合を楽しむのは良いことだと思うし、私も前向きに考えたい』
「分かった」
『そうだ、そろそろ消灯時間じゃないのか?』
中西に言われて麗は枕元にある目覚まし時計を見る。
時間はもうすぐ十時に差し掛かろうとしていた。
「そうだね」
『高等部の生徒ももう少しだが、気を抜くなよ』
中西の声に笑みが含まれている。
週か明ければ大学生であり、高等部の寮生活とは違ってくる。
「分かってるって。じゃあ、おやすみなさい」
『ああ、おやすみ』
冗談を言い合うように笑っている。
それが嬉しくて麗は自然と笑いながら携帯電話の画面に触れた。
携帯電話を耳から離すと、枕元に置いた。
「交流戦、かー…」
事前に分かっていることは幾つかある。
高等部の生徒は制服着用、大学生や教師は動きやすい格好と指定しているということは、物語の力が使えるようになり激しく身体を動かすことが考えられる。
物語の力が使えるのはその日、一回だけ。参加しなければ、二度と使うことはできないだろう。
「最初は物語の中のことが現実に起こるなんて考えられなかったな…」
麗は約三年前のことを思い出す。
透遥学園高等部に入学して悠梨と出会った。
少しずつ学園生活にも慣れて、初めての学園祭。それは始まった。
自分が物語に関わり、登場人物と同じになるなんて信じられなかった。
能力を封印されたものは、覚醒してからの記憶を失ってしまう。
物語の登場人物が死んだら自分はどうなるのだろう。
それが怖くて仕方がなかった。
勝敗は決めるが、殺しあいや奪い合いはない。あくまで交流戦だ。
麗はベッドから立ち上がり壁のスイッチを押した。
部屋が真っ暗になるとベッドの中に潜り込んで目を閉じる。
「最後…」
土曜日まで考える時間はある。
考えながら眠りについた。
土曜日の朝。
高等部の校庭には多くの人が集まっていた。
「トウマや滝河さんは分かってたけど…」
「中西先生や内藤先生もいる」
「…結城先生」
麗、悠梨、凛はそれぞれを見ている。
全員が固まっているわけではないが、自分達が知る限りの能力者が全員集まっていた。
校舎の隅には月代や高屋、結城達もいる。
三人が辺りを見回していると、高等部の校舎の二階、来客用の入口から高等部の理事長である明と実月が現れ、階段を降りていく。
実月はやや大きめの白い箱を持っている。
「お母さん」
「実月先生もいる」
麗と凛の母でもある明が現れるのは分かっていたが、それと一緒に実月も現れることが不思議に思える。
明と実月は校舎の一階の入口付近に立つと、校庭を見渡した。
「皆さん、おはようございます。本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
明はにこやかな顔で軽く一礼する。
それに続いて、実月も軽く頭を下げる。
「事前に文書にて伝えたこともありますが、改めて交流戦の説明をします」
今、ここに集まっているということは明からの手紙を受け取り、内容に目を通しているということだ。
文書を作成したのが明であり、交流戦が本当だということを理解する。
「今回、この機会を設けたのは、今までにできなかったことをしてもらいたい、最後にやりたいことをしてもらいたいという私の願いからです」
明の考えは麗達と同じだった。
物語は武器や魔法を使って戦う世界であり、能力者は物語の登場人物と同じ力を得る。それと同時に、登場人物が大きな傷を負ったり死ぬ描写がある。
自分も登場人物と同じになってしまうのではないかと不安がついて回っていた。
今回、再び物語の能力が使えるが、恐怖や不安な気持ちはなく、純粋に物語の力を楽しんで欲しいと願ったのだ。
「まず、四つのチームに分かれます。この箱に数字が書いてあるボールが入っているので、順番に引いてもらいます」
明は実月に手を向けると、実月は白い箱を少しだけ上に上げる。
「公平性はあるけど、一緒のチームになるかは分からないね」
麗の横で悠梨が呟く。
悠梨の言う通り、公平だが悠梨や凛と同じになる可能性は低くなる。そう思いながら明の話に耳を傾ける。
「時間は一時間。チーム全員が力を失ったり、戦闘不能と判断した場合は負け、残っている人数が多いほうが勝ちです。また、文書にも記載した通り、神崎先生は本人の希望で参加しません」
本当だった。
明の言葉に安堵した凛は大きく息を吐いた。
「良かった…」
それと同時に近くでもう一つのが聞こえる。
「ん?」
凛が横を向くと、自分と同じで反応したのか月代と目が合った。
月代は気まずそうな顔で顔を背ける。
どうして月代がほっとしたのかは分からない。凛は不思議に思いながら再び顔を正面に向ける。
「次に行動範囲です。覚醒した後に結界を張りますが、範囲は高等部一体です。ただし、学生寮や大学部を結ぶ並木道は範囲外とします」
「思ったより広いな」
明の言葉に反応したのはトウマだった。
四つのチームがいっせいに戦うかは分からないが、思っていたより戦いの範囲が広いことに驚く。
滝河や鳴尾、中西も同じだった。
明は周りの反応を見ながら説明を続ける。
「尚、精霊は本来の姿、元の状態として力を与えること」
「えーーーっ!!」
これに対して明らかに不満な声をあげたのは悠梨だ。
麗達より後ろにいる藤堂も不満な顔をしている。
風村悠梨と藤堂渉としてではなく風の精霊シルフと地の精霊ノームとして力を与えることになる。
悠梨も藤堂も人として戦いたかったのだった。
「それと、私と実月先生は不参加です。暁さんと静さんも能力者としては参加しません」
明と実月が参加しないことより、暁と静が能力者としては参加しないという言葉が引っ掛かる。
凛は腕を伸ばして手を上げた。
「おかあ…、じゃなかった、理事長」
目の前にいるのは母であるが、制服を着てる以上、理事長と呼んだほうがいい。
凛はそう思い、呼び方を訂正した。
そんな考えを読み取るように、明は凛を見て笑っている。
「召喚するという形では参加するのでしょうか?」
凛は精霊や妖精、獣を召喚することができる。
暁と静が能力者として参加しないが召喚することはできると考えたのだ。
それに答えた実月だった。
「お前、また同じことをするのか?」
実月のは困惑したような呆れた顔をしている。
凛は時の精霊として実月を召喚したことがあるが、残り全ての魔力を使い果たして気を失ってしまった。
もし、同じことが起きれば気を失って倒れ、交流戦の勝敗が分かれてしまう。
静は氷竜として呼ぶことができると滝河から聞いたことがあるが、どれだけ力を使うか分からない。暁も同じだ。
「…聞いてみただけです」
召喚することができるかもしれないが、実月と同等、もしくはそれ以上の力を使うかもしれない。
それを分かっていて、凛はそれ以上、何も言うことはできなかった。
凛がもう話さないと分かると、明は話を続ける。
「能力についてですが、封印術と禁呪の使用を禁止します。使った場合、その人は戦闘停止とします」
封印術と聞いて、トウマと高屋は眉をひそめる。
トウマと高屋だけが使える術で、使用した場合、相手の能力が封印されてしまう。
チームの数を減らすには手っ取り早い方法だが、戦闘できなくなると言われては、別の策を考えなければならない。
「(最後だから楽しむのはいいが、誰とチームを組むかだな…)」
今、校庭にいる人が均等に分かれないかもしれない。
トウマは誰とチームを組むかが鍵になると考える。
「また、能力以外の力も有効とします」
「待ってください」
明の言葉に反応したのは高屋だった。
トウマと高屋はすぐにそれを理解する。
「どうしましたか?」
「理事長、本当にそれでいいんですか?」
高屋は戸惑いを隠しながら問いかける。
高屋はトウマが使う護影法について理解していた。
エイコと呼ばれているそれは、トウマの術によって存在する。姿を隠すことも姿を変えることも可能で、物語の能力とは関係ないトウマの家の力だ。
高屋が使う幻桜術は物語の能力に関係なく特定の人物を操ることができる。
物語の能力で解放することはできるが、高屋の幻桜術を知っている者は多いだろう。
高屋が誰を操るのか、理事長が知らないはずはない。
明にとって麗は学園の生徒であり、自分の娘だ。
高屋の幻桜術は、明と麗にとっては不利な条件だろう。
しかし、明ははっきりと答える。
「貴方の力がどんなものであり、誰を対象にするかは分かっています。変更はありません」
不安な表情を浮かべずに笑っている。
それは、麗なら大丈夫、そう受け取れる笑顔だった。
「…分かりました」
これ以上、言うことはない。
高屋は口を閉じる。
「質問がなければ、順番にボールを引きに来てください」
それぞれか辺りを見回しても手を上げたり、口を開く様子はない。
それを見た実月は一歩前に出て、ボールを引きやすいように腕を伸ばした。
梁木やトウマ達がボールを引きに足を踏み出した時、麗は隣にいる悠梨を見る。
手紙が届いた時から参加したいと意欲はあったが、精霊の姿に戻る。即ち、人の姿では参加できないということだ。
「ユーリ、残念だったね」
「しょーがないじゃん!この姿じゃ参加できないって言われたんだもん!」
悠梨は口を尖らせて不満を漏らす。
余程、参加したかったのだろう。
「また一緒に戦えるよ」
そう言って凛は微笑む。
精霊の姿に戻ってしまうが、シルフとして呼び出すことはできる。
「…うん」
口を尖らせることはしなくなったが、それでも悠梨は寂しそうだった。
このまま悠梨の側にいることはできるが、ボールを引かないと交流戦に参加することはできない。
麗と凛は申し訳ない気持ちで歩き出した。
実月の前に立ち、箱の上部に開いた穴に手を入れる。
ボールや箱に仕掛けはなさそうだ。
麗も凛も悩みながらボールを引いていく。
数十秒後。
それぞれが手にしているボールを見て、嬉しさや不安、色々な感情が生まれたったのだ。
ボールを引いた後、周りにいる者同士でボールを見せ合い、それぞれ固まっていく。
数十秒後、互いを見て様々な思いが生まれた。
「凛、分かれちゃったね」
「一緒に戦うのはできないけど、皆がいるもん」
凛は周りにいる滝河や大野、中西を見て笑う。
麗も凛もできるなら同じチームが良いと思っていた。
「純哉と彰羅、フレイと離れたか」
麗の近くでトウマは考える。
自分の周りにいるのは麗、佐月、梁木、カズの四人。
「(さ、どうするか…)」
くじは運だ。何が起こるか分からない。
まだ始まる前なのに、トウマはわくわくしていた。
そのトウマを見ながら滝河も考えていた。
「兄貴と彰羅が別か」
凛と同じチームになったのは嬉しいが、他を見て気を引き締める。
「(凛と大野、中西先生、フレイさん…)」
強くないわけではない。
けれど、油断はできない。
それに先程の明の言葉が気になる。
「暁さんと師匠が能力者として参加しないということは、召喚はできるのか…?」
ぽつりと呟くと、近くから声が聞こえる。
「滝河さん」
声に反応して振り向くと、凛がこちらを見ていた。
「頑張りましょうね」
神崎がいないせいかは分からないが、凛はやる気に満ちた顔をして、胸のところで小さく拳を握る。
それは、体育祭や高校時代、部活の試合前の高揚感に似ている。
「ああ」
それが何だか嬉しくて、滝河は笑顔を返した。
その一方、梁木や佐月達はあまり話さず周りを見ながら考えていた。
くじ引きだから仕方ないが、それぞれのチームに強い人はいる。
参加すると表明したからには楽しみたいが、それぞれ不安は抱えていた。
その中でも、倉木は西浦を見て悩んでいた。
「(愛様…)」
面白そう。
それが参加する目的だったが、もしかしたら西浦が参加するかもしれない。
そう考えた倉木は参加することにした。
校庭に集まった倉木が西浦を見つけた時、近くに朝日がいた。
朝日は自分と同じチームになり、元生徒会役員の久保と話している。
「………」
朝日を一瞥するも、すぐに西浦を見て溜息を吐いた。
振り分けられたチームに対して何も思わないわけがない。
月代も同じだった。
「(結城先生と同じチーム…!)」
箱から数字が書かれたボールを引いた後、すぐに辺りを見た。
できるなら結城と同じがいい。
そう思いながら結城を見ると、結城は他の人が見やすいようにボールを見せていた。
それを見た月代は小さく拳を握ると、結城に近寄る。
それまで敵対していた人と同じチームになるよりは、少しでも誰か知ってる人がいたほうが良いと思った。
今日はついてる。
そう思ったが、あることに気づく。
周りが自分を見ている。
視線のほとんどが結城に向けられている。
「(これは、本当に運なのか?)」
初めは結城と同じチームになって嬉しかったが、その気持ちに余裕ができたのか、月代の中で疑問が生まれる。
自分の周りには結城、高屋、鳴尾、西浦がいる。
「(高屋さんと鳴尾さんはどちらもかなり強い。…あの人は誰の能力を持っているんだ?)」
月代は西浦を見たことがなかった。
西浦は戸惑う様子もなくにこにことしている。
「(確か、前に神崎先生と結城先生がリークの能力者について話していたような…)」
月代が二年生の時、神崎と結城から地の精霊とリークの能力者がいたことを教えてもらった。
「(高等部の制服を着ていないということは、大学部の人か先生だろう)」
リークの能力者がいたことは聞いたが、どんな人かは聞いていない。
分からないことを考えていても仕方がない。
「(交流戦は時間内に多く残ってるチームが勝ちって言ってたな。力もそうだけど、作戦次第で状況は変わるかもしれない)」
自分のチームは強いと思う。
けれど、油断はできない。
この中にはどんな能力か知っていても、戦っている姿を知らなかったり、誰の能力を持っているか分からない人もいる。
どのチームと戦うか。
戦いはすでに始まっているのかもしれない。
そう思いながら、明と実月は麗達の様子を見ている。
「人数は上手くばらけたみたいですね」
細工したみたいですね。
そう言いかけて実月は口をつぐむ。
人数は均等になったものの、麗達と生徒会メンバーが分かれ、明がくじに何か仕掛けたのではないかと考えた。
しかし、そんな様子はなかったし、何より細工したら面白くない。
実月の考えを正しく理解している明が苦笑する。
「くじばかりは私達がどうすることもできませんからね」
くじに手を加えてしまうと公平性がなくなり、面白味に欠けてしまう。
「強いて挙げるなら、それぞれの思いの強さが引き寄せたものではないでしょうか」
当日にどれだけ人数が集まるか分からなかったが、四つのチームになるようにボールに数字を書いた。
参加する人に楽しんでもらいたい。
そのために不要なことはしたくないと考えていた。
明は頃合いを見て両手を叩く。
すると、音に気づいた麗達の話し声が収まり明に視線を移す。
「四つのチームに分かれたので、各チームの代表者はボールを持って前に来てください」
明の言葉に一同は顔を見合わせる。
どういうことだろうと思ったが、言われたからには何かあるのだろう。
少しだけ会話が聞こえた後、麗、凛、朝日、結城の四人が明の前に集まる。
「ボールを箱に入れて下さい。それから、私がボールを引きます」
試合の順番か何かを決める。
それに気づいた四人は実月が持っている箱にボールを入れていく。
「今、箱の中には四つのボールが入っています。これから、試合をする組み合わせを決めたいと思います」
明が実月を見ると、無言で頷いて両手で持っている箱を動かしていく。
箱の中からカラカラとボールが動く音が聞こえる。
「(どのチームと当たっても大変そう…)」
「(誰の能力を持ってるか分からない人もいるからどうしよう…)」
麗と凛は不安な表情のまま箱を見ている。
「(あの時の屈辱を晴らしてやる!)」
朝日は後ろを振り返り、傍観している藤堂を睨む。
ボールが動く音が小さくなると、明は箱の穴に手を入れる。
「最初の組み合わせは…」
ゆっくりと腕を上げていくと、明の手にはボールが握られている。
数字を確認すると、麗達に見せる。
「2」
その数字を聞いた凛、滝河、大野、中西、フレイの五人は返事をするわけではないが反応を示す。
まさか、初めに呼ばれるとは思わなかった。
「次は…」
凛達の反応を見て、特に気にするわけでもなく明はボールを持っていない手を箱の中に入れる。
箱の中で微かにボールとボールがぶつかる音が音がする。
緊張しているのは凛達だけではなかった。
次に言われた数字のチームと対戦する。
やがて、ボールとボールがぶつかる音が止み、明は腕を上げていく。
明の手にはボールが握られているが、数字が見えない。
麗や佐月、中西のようにドキドキしながらその数字が言われるのを待つ者もいれば、結城や高屋のように顔には出さないものの普段とは違う表情でその時を待つ者もいた。
明が手首をひねってボールを見せるだけなのに、それが長く感じるようだ。
「1!」
その一言で、驚きや喜びの感情が沸き、互いに顔を見合わせる。
「ということで、最初の対戦は1と2のチームです!」
凛は隣にいる麗の顔を見る。
それと同時に麗も凛の顔を見た。
「姉さん達と戦うの?」
「凛達と戦うの…?」
顔を見合わせて驚くと、同じタイミングで後ろを振り向く。
少し前までいた場所でも、それぞれ顔を見合わせていた。
「面白そうだな」
トウマと中西は驚いているが、どちらかと言うと嬉しそうな顔をしている。
「大野さんと戦う…」
「トウマ様と戦わなくてはいけない」
互いに相手を見て考える。
梁木は大野が持つ治癒の力と、地の精霊ノームの力を懸念していた。
精霊が平等に力を貸すといっても、ノームの力を得た大野は敵になった場合、脅威の一つとして警戒すべき人物だ。
その時、大野もまた困惑していた。
物語の中でスーマの能力を持つトウマと戦わなければならない。トウマのチームには麗、佐月、梁木、カズもいる。
自分は攻撃を仕掛ける側ではないと思っている。寧ろ、後方を支援したり回復に徹する方だ。
作戦を考える時間が欲しい。
「次の対戦は3と4のチームです」
明が残った二つのチームに向けて告げる。
明が言う前に、それぞれが相手を見ていた。
「………」
自分が弱いわけでない。
けれど、相手に問題がある。
物語の登場人物と自分の力が必ずしも同じではない。
僅かな油断が勝負を左右するだろう。
不安や嬉しさなどの感情が入り交じる中、明が口を開く。
「では、今から物語の能力を解放します」
そう言うと、明はゆっくりと目を閉じて言葉を紡ぐ。
どこかで時計の針が動く音が聞こえる。
「汝、輪廻に咲く革命者よ」
それは、麗と梁木が図書室で覚醒した時、パソコンの画面に表示された言葉だった。
理事長の胸元が光ったような気がする。
そう感じると同時に、今までになかった違和感に気づく。
「…覚醒してる!」
麗は凛の顔を見て驚く。
一瞬だった。
実月が何かをする素振りはなかった。
少し前まで当たり前だった非現実なもの。
麗達の瞳の色が変わっていた。明と実月も同じだ。
物語の力がなくなり、初めはやっと訪れた現実に安心したものの、約三年間身近にあったものがなくなるのは少しだけ不思議な気分だった。
それが今、同じことが起きている。
麗が周りを見ると、さっきまでその場所にいた悠梨と藤堂の姿はなかった。
「(お母さんの言う通り、精霊の姿になったのかな?)」
精霊の姿として力を与えること。
それは誰もが、精霊の力を使えると思っても良いだろう。
そう思っていると、明が声を上げる。
「今から十五分、時間を設けます。その後、交流戦を開始します」
十五分の時間があるということは、作戦をたてたり動きやすい場所に移動することができる。
「実月先生」
「分かりました」
明が実月に合図を送ると、実月は頷いて右手を上げた。
すると、麗達の頭上に複数のモニターが現れ、校舎の中、礼拝堂の、講堂、自分達がいる校庭が映し出される。
「これ…」
それを見た凛は思い出す。
以前、高屋が離れた場所を映し、いつでも見ることができる防犯カメラのような力が結城にあったらどうしますかと質問した。
実月が右手を上げたら複数のモニターが現れた。結城が作り出したものではないだろう。
凛が結城を見ると、結城は実月を見ている。
あれから全く思い出さないわけじゃない。
だけど、あれ以上は何もなかったことを知り、ほんの少しだけ落ち着くことができた。
「(もう、大丈夫…!)」
凛は自分自身に向かって言い聞かせる。
もう一人じゃない。
「凛」
それまで考えていたが、自分を呼ぶ滝河の声に反応して顔を上げる。
いつの間にか滝河、大野、中西、フレイが自分の近くにいた。
「作戦を立てるぞ」
「はいっ!」
凛は力強く頷いて笑う。
何が起こるか分からない。
交流戦はもうすぐ始まる。