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天涯孤独の、ふたりだから  作者: 640orz
第一部 春から、夏まで
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第八話 あなたのための、音色 後編

          第八話 あなたのための、音色 後編

 

 

 それは、翡翠の色の記憶。

 きれいな、とてもきれいなその色を今でもはっきりと憶えている。

 

 ──じゃあ、聴いて。


 そっけない調子のその声も、当たり前に心の中に、いつだって甦る。

 奏でられた音色を、思い出せる。

 光景の中には、三人の。三人だけの世界があった──……。

 それは、謝罪のための世界。

 感謝のために生まれた、光景。

 その人に、そうしてもらえたこと。そのことを伝えてもらえたことは、幼い少女にとって誇らしく。

 また、寂しく。その事態そのものが、悲しく。

 しかし、そうしてもらえる人間であること、それ自体を嬉しく思う自分もいて。

 複雑な、とても複雑な心に少女の内側は満たされていた。

 どの感情が最も正しいのか、少女自身にすらわかってはいなかった。

 間違いなかったのは、それがひとつの変化の日であったこと。そして。

 三人の、残るふたりが確かに、少女にとって姉妹であったということである。

 

                  *   *   *

 

「うわ、やば。もう降ってきた」

 

 もうすぐ梅雨。その時期ゆえにだろうか、ひどくぐずついた、真っ黒な雲一面の空模様が、頭上に広がっている。

 表に出してある看板と、雑誌の棚をしまわなきゃ。『草乃宮書店』──自身の生活の拠であり、職場でもあるその店先で。雨雲に覆われた空を見上げながら、店のロゴ入りエプロンをつけた歌奈は、ぽつりと首筋に感じた雨粒の冷たさにその手を止める。

 ただしほんの、一瞬だけ。ぼうっとしていたら売り物の本がずぶ濡れになってしまう。

 キャスターのついた本棚を、自動ドアのむこうの店内へと押していく。

 これでよし。あとは看板だけ──……。

 

「?」

 

 ふと、不意に背後に人の気配がした。

 足音が、微かにアスファルトの上の小石を噛んだ。

 背中越し、首だけでそちらを振り返る。

 

「ありゃ、珍しい」

 

 それと、おかえり。視界に入ってきたふたつの影に、歌奈は言葉を投げかける。

 つまり後者の言葉は、帰宅をした姉・詩亜へと。

 そして後者は──姉との組み合わせを珍しく感じられる、己が親友へと発せられていて。

 

「どしたん、雪羽。家、駅の反対側っしょ?」

 

 雪羽はそんな歌奈の声に、なんだからしくもなく、曖昧な表情で頷いた。

 姉のほうに目線を送ると、

 

「下駄箱で一緒になったんです。歌奈ちゃんとわたしに、頼みたいことがあるんですって」

「頼み?」

 

 姉は彼女に代わって、そう告げる。

 その言葉を、本人が引き継ぐ。

 

「──うん。ちょっと、お願いがあってさ」

 

 そして歌奈は気付く。

 親友の手に、荷物がひとつ。大ぶりの長方形が──楽器ケースがひとつ、あることに。

 

                  *   *   *

 

 家を出ていく。小雨お姉ちゃんからそのことを聞いたのは、病院のベッドの上でだった。

 まだ、彩夜はそのとき、肩と脚の手術を終えたばかりで。

 そうでなくても、中学一年生という幼い年齢はあまりにも、立場としては無力だった。


 ──ゴメン。私は、彩夜のことも妹だと思ってるし、家の皆も家族だと思ってるから。私と雪羽を受け容れてくれた、皆のことを。だから……一緒にはもう、いられない。


 直接伝えるのは、彩夜のことが大好きだから。

 彩夜のいないうちに勝手にこれからのことを決めてしまった、私のけじめと、誠意だ。──お姉ちゃんは、そう言って。ベッドの上の彩夜を、手術の傷に障らないよう、そっと抱きしめてくれた。

 髪を、頬を撫でてくれた。


 ──ゴメンね。ほんと、ゴメン。


 繰り返し、謝ってくれた。そして囁くように、言ってくれた。

 

「大好きだよ」

 

 ひとつの、提案。

 きっと彼女なりの、彩夜に対する埋め合わせ。

 同じ家に暮らす家族としての、最後の──思い出作りを。

 

                  *   *   *

 

「白鷺さん?」

「あ──、はい。なんでしょう」

 

 目の前にいるのも、雪羽ちゃんの『姉』だった。

 

「いや、なにもこうも。……すごいなって。すごい」

 

 その切れ長の瞳をきらきらと輝かせて、彼女は腰を下ろしている。若干語彙力まで、低下させて。

 目の前のテーブルに載せられた、彩夜製作のシフォンケーキの皿に瞳を奪われている。

 

「そんな。ふつうですよ」

「ううん、そんなことないって。雪羽から、白鷺さんがスイーツ作りすごいって聞いてたけど。うん、すごい。プロみたい」

 

 謙遜を言いながらも、ふわふわに焼いたシフォンケーキはしかし事実、彩夜の自信作だった。

 生クリームたっぷり、ミックスベリーと、自家製のジャムと、ミントを添えて。まあるくくりぬいたバニラアイスもひとつ。

 上からはココアと粉砂糖を振って、ナッツもちりばめている。

 

「ゴメンね。忙しいところに」

 

 町内の、婦人会の団体さんが、喫茶『白夜』の店内を埋め尽くすように、犇めいている。

 夕方、普段もこの時間帯はそれなりに繁盛はしているけれど、今日はたまたまそういう日だった──彩夜は、弟の夕矢とともに、店に入っていた。

 ひととおり、すべての飲み物をテーブルに配り終えて。あとはせいぜいお冷やの継ぎ足しをこまめにやるくらいだとひと息吐いていた、その頃合いだった。

 駒江さんが、顔を出したのは。

 制服のブラウスに、学校指定の白地の、薄手のカーディガンを羽織ってやってきた彼女は、店の中を見回して。

 にぎやかで、満席になっている様子に少し驚いて、困っていた。

 カウンター席。少しつめてもらえば、座れなくもないかな。困っている駒江さんを見かねて、彩夜は助け船を出そうとした。

 けれどひと足先、背後から声が投げかけられた。

 追加のコーヒーを淹れていた、弟の声。そっけなく。客席のほうも、駒江さんも顧みることもせずに淡々と吐き出されたふたつ年下からの言葉は簡潔で、なおかつ、より快適な解決策。


 ──雪姉たちの部屋か、……姉ちゃんの部屋で待っててもらえば。


 なるほど、と思えた。

 それらの場所に通しておかしな相手ではない。わざわざひとり、足を運んでくれたということはなにかしら用があるのだろうし。そのほうが静かで、きっといい。

 そういった経緯で、彩夜は自身の部屋で、その中心に置かれた座卓を囲んで、駒江さんとともにいる。

 父が買い出しから帰ってきてくれたから、入れ替わりにこうして抜けることが出来た。

 部屋で待たせていた彼女に、精一杯のお詫びとして、お手製の、試作品の新作シフォンケーキを切って、手土産として差し出したわけである。

 

「いいえ。ちょうどひと段落したところでしたから大丈夫ですよ。席、空いてなくてすいません」

 

 結果はきっと、僥倖といってよかった。

 知り合ってからそこそこ、絡んだことはあの雨の日や、四十九日の日くらいで、そんなに多くはなかったけれど、目の前にいる彼女は今まで、彩夜の見たことのない様相を見せてくれている。

 しきりに携帯で、ケーキの写真を撮って。満面で喜んでくれている。

 

「──ふふっ」

「え?」

「いや。駒江さんって、見るたび生真面目な表情してることが多い印象でしたから。こういう可愛らしいリアクションもするんだなって、なんだか微笑ましくって、可笑しくって」

 

 きょとんとこちらを見る駒江さんは、いつものクールな感じや、雨の日に見た切迫した様子は全然なくって、ああ、なるほど、と思える。

 同い年の、ひとりの女の子なんだな──……、と。

 

「食べてもいい?」

「もちろん。アイスが溶けちゃう前にどうぞ」

 

 彩夜が促すと、改めて、ぱっと顔を輝かせる。

 いつもは「美人さんだなぁ」と思うけれど、今回ばかりは「可愛いなぁ」が先に立つ。そんな仕草で、反応。

 フォークで切って、刺して。アイスと生クリームをたっぷりつけてケーキを頬張る。……うん、可愛い。

 長身で、親友の姉をやっている彼女に対して彩夜が抱くには、なんか少し違う気もしたけれど、でも、そう思った。

 

「今日はどうしてうちに?」

「──あ」

 

 そして、彼女が呑み込むのを待って、訊いてみる。

 駒江さんひとりでこの店に、家に来るのははじめてのはずだ。

 ケーキに夢中になっていたのだろう、言われてやっと思い出したように、駒江さんは瞼を瞬かせる。

 

「ああ、今日さ。雪羽、詩亜の家に……だからつまり、妹さん。村雨さんだっけ。彼女のところに寄って帰ってくるって連絡きてさ」

「歌奈ちゃんのところに?」

「部活も、今日顧問休みだから練習なくって。だから」

 

 ああ、なるほど。だから顔を出してみた、と。

 駒江さんが最後まで言うより早く、回答を先回りして彩夜は予測した。

 その予測は、方向性としてはけっして間違ってはいなくって。

 

「──だからね、白鷺さんのこと、ひとつひとつ。もっと知りたいなって思ったんだよ」

 

 お菓子作りが、得意なこと。

 喫茶店での、働きぶり。なんだってよかった。知っていきたいと、思った。

 

「え」

「いつだって雪羽の一番近くにいてくれた白鷺さんだから。こんなにも雪羽が想っている、あなただから」

 

 いくら感謝したって、きっと感謝し足りないくらい。

 ほんとうに──……、

 

「白鷺さんが雪羽のそばにいてくれたことを、心から私は嬉しく思う」

 

 きみ、ではなく。あなた、と呼ばれて。彩夜はなんだか、どきりとした。

 ただ同い年の少女そのものだった彼女の表情がいつしか、包み込むような穏やかな微笑に満ちていて、こちらを見つめている。

 そうしながら──一枚の、桜色の封筒を彼女は、彩夜へと差し出す。

 

「私も、白鷺さんと友だちでありたい。そうなりたいと思う」

 

 雪羽の想う、あなたと。

 

「だから、待ってる。この日、そこで」

 

 差し出された封筒を、おずおずと彩夜は受け取る。

 封書は、可愛らしい、音符のマスコットキャラクターたちの躍るシールで閉じられていて。

 表面にはそっけなく、『彩夜へ』と、自分へ向けられた名が、見慣れた筆跡で刻まれている。

 そして裏側には差出人に、親友の名があった。

 雪羽、と。

 

「待ってるから、雪羽と一緒に」

 

                  *   *   *

 

「待ってたよ、彩夜」

 

 そこは、一番天国に近い場所。

 ふたりが、待ち合わせることができて。かつ。「このため」にふたりきりになれる場所として、一番。

 高い高い空の向こう側に一番近くって、そのうえで、空の先にあるものと、彩夜たちとをなにも隔てるものがない。

 どこまでも、見上げられる。

 きっとあちらからも思う存分見渡せる、そんな場所。

 

「よかったよ、晴れて。もうじき梅雨だから、心配しちゃった。大仰に呼んでおいて大雨だったら、恰好つかないもん」

「──雪羽、ちゃん?」

 

 快晴の空が広がる下、彩夜が踏み出した学校の屋上にはただひとり、雪羽が彼女を待ちわびていた。

 校内だというのに、彼女の身を包んでいるのは制服ではなく。

 淡い翡翠の色の、ドレス。

 世界で唯一、彩夜と雪羽だけが見覚えを記憶している、美しい衣。

 

「その衣装、小雨お姉ちゃんの……?」

 

 ここに来てほしい、と手紙にはあった。

 要件も、なにも書かれてはおらず、ただ手短に。

 話を訊こうにも、土曜日の今日、月に一度の半日授業の休み時間のたび、雪羽はどこかに出かけていて、彩夜はなにも訊けなくて。

 そうして訪れた屋上で、ドレス姿の雪羽に迎えられた。

 

「うん、そう。……やっぱ、憶えてる? 姉さんとあたしが彩夜の家を出ることになって、最後に三人きりのコンサート、開いてくれて。そのときのドレスだよ」

 

 お姉ちゃんと、芹川さんがあたしの丈に仕立て直してくれたんだ。

 幼なじみは、裾を揺らしてみせながら言う。

 透けるようなやわらかな素材で縫製されたそれは、屋上の気持ちの良い風に吹かれて、長いその裾をたなびかせる。

 

「急な頼みだったのにふたりとも、引き受けてくれてさ。ふたりともすんごい縫い物上手いんだ。びっくりするくらい」

 

 びっくりしているのはこっちのほうだ、と彩夜は内心、正直に思う。

 だって、雪羽ちゃんが急に呼び出して。

 だって、在りし日の小雨お姉ちゃんの恰好をしていて。

 それで、それで──……。

 

「雪羽ちゃん。……ヴァイオリン、を?」

 

 その手に、楽器を抱いている。

 年季の入った、かつての愛用のヴァイオリンを。

 

「うん。練習したんだ」

 

 あれから、少しずつ。

 誰にも内緒にしてたつもりだったんだけど、お姉ちゃんにはバレちゃった。いたずらっぽく言って、雪羽ちゃんはぺろりと舌を出して見せる。

 やめたはずのヴァイオリンを、またその手に取った、と。

 

「なんで……?」

 

 彩夜の問いに、一瞬雪羽はきょとんとして、それから笑って。

 

「あなたのために」

 

 ──なんて、胸の奥がとくんと高鳴ることを言う。

 

「彩夜に、聴いてほしかったんだ」

 

 ブランクいっぱいで、昔ほどの腕じゃあないかもしれないけれど。

 昔みたいに、彩夜の前で弾きたいと思った。

 続けるかはわからない。もしかしたらこの一度きりかもしれない。

 でもそんな特別だって、素敵だと思う。

 

「ここなら、姉さんのいる空の向こうからもばっちり見える。三人で、あのときみたいにさ」

「あ……」

 

 雪羽は手にしたヴァイオリンを持ち上げていく。

 ゆっくりと、感触を確かめるように、首へと挟んで。柔らかく指先に握った弓を、載せる。

 

「いつも、ごめんね。ありがと、彩夜」

 

 あたしたちのそばにいてくれて。

 あたしたちの、心配ばかりしてくれて。

 

「だけど、彩夜だって姉さんの『妹』のはずだから」

 

 彩夜にだって、我慢しなくていい権利があるはずだ。

 小雨姉さんのこと。あたしたちを気遣うばかりじゃなくて。

 

「夕矢からも、頼むって言われたからさ」

 

 だから、聴いて。

 告げた雪羽の手が、楽器から音を紡いでいく。

 それは彼女からの、彩夜へと向けられたメロディ。

 音色が、溢れ出る。軽快で、小気味よくて。そして彩夜にとっては懐かしい。

 あの日、三人で満たされた曲。

 音が溢れていくその中で、彩夜の頬にもひと筋、雫が溢れた──……。

 

                  *   *   *

 

「──ゴセック作曲『ガボット』」

 

 扉の向こうから流れ出てくる音色に、瞼を閉じて耳を澄ませていた。

 きれいで、軽やかで。聴いていて、元気になれるような曲。その名を告げる声に、不知火は双眸を開く。

 屋上へ続く、階段の踊り場。足許には通学鞄と、大きな手提げ袋を置いて。扉に体重を預けて、妹の演奏を、そっと聴いている。

 扉越しの観客は、いつしか不知火だけではなかった。

 詩亜が、いた。その妹の村雨さんが、彼女とともに目の前に、佇んでいた。

 不知火と同じく、その手には大きなバッグ。

 流れてくる曲の名を伝えたのは、村雨さんだとわかった。

 

「知ってるんだ、この曲?」

「んーん。聞き覚えはあるけど、名前までは。雪羽が今朝、言ってたんだよね。そっか、この曲をガボットって言うんだ」

 

 それはとても懐かしい曲。テレビのCMや、あるいは街中で。買い物の合間に。いつかどこかで、誰しもが聞いた覚えのあるような、そんな曲。

 三人は知らない。ガボットというその名称が、今自分たちの耳にしているものばかりではないということ。

 いくつもの、曲たちの形式のひとつだということさえ。

 そんなことさえ、今は重要ではない。

 

「小雨さんは、この曲を白鷺さんに……彩夜に贈って、家族の立場から身を引いたんだね」

「しーちゃん」

 

 はじめて呼んだ白鷺さんの、ううん、彩夜の名に、違和感はなかった。

 もちろん三人のいるこの場所からは、彼女の表情は窺えない。ただ、演奏する雪羽の姿を、そのドレスを纏ったその様相を。それを見守る彩夜の背中を、不知火は美しいと思った。

 きっと在りし日の小雨さんもこんなだったのだろう。こんな風に、雪羽と彩夜に、この曲を贈った。ふたりはそれを、受け止めた。そう、思えた。

 彩夜は今、泣いているのだろうか。

 構わないと思う。たくさん、泣いて。それでいい。雪羽は受け止めてくれる。自分たちも、一緒に受け止めてやるとも。

 雪羽に対して自分がそうしたように。

 不知火を、雪羽が受け止めてくれたように。

 彼女もまた、雪羽にとっては姉妹に等しいのだから──……。

 

「ありがと、詩亜。村雨さんも」

 

 不知火の手提げに、村雨さんのバッグ。その中には、大きなレジャーシートがひとつ。そして彼女と雪羽とが腕によりをかけてつくった、四人分のお弁当が包まれている。

 雪羽が、願ったから。大切な幼なじみのために、なにができるかを。できることをみんな、やってやりたいと。そう、願った。

 不知火は、詩亜とともにドレスを完成させて。

 雪羽と村雨さんが、朝早くからお弁当を拵えた。

 彼女たちふたりきりの演奏会が終われば、きっと不知火たちは屋上のふたりのもとに、合流をするのだろう。

 

「あのさ、……村雨さん、ってのやめない?」

「え?」

「なんかこの流れでアタシだけ他人行儀っての、気持ち悪い。いーよ、歌奈で」

 

 こっちも名前で呼ぶからさ。いいでしょ、不知火。

 そんな流れでごく自然に村雨さんは、いや歌奈は不知火の名を呼んだ。

 もちろん嫌な気などしない。頷いて、改めて不知火は扉の、窓の外を見遣る。

 もうすぐきっと、演奏が終わる。

 そうしたら、自分たちも行く。お弁当と、水筒と。それらを広げるためのシートを持って。

 故人の見守る空の下、みんなで一緒にご飯を食べよう。

 小雨さんの、もうひとりの妹。三人目の、いわば姉妹。実の妹の彩夜と一緒に。四人目の私も、一緒に。

 

「彩夜が雪羽と一緒にいてくれて、よかった」

 

 改めて、その感謝を伝えよう。何度だって伝えていこう。

 いつか終わりがやってくるとしても。

 不知火が、雪羽と同じ世界を、光景を見続けていけることができなくなる日が、来たとしても。

 雪羽には、彼女がいる。いてくれる。

 素敵なことだ。

 

「いつかが、いつやってきても、大丈夫」

 

 もしそれが、明日だとしても。急に、やってきたとしても。

 そうでしょう──……兄さん?

 

                     (つづく)

 

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