第七話 あなたのための、音色 前編
第七話 あなたのための、音色 前編
不知火と、雪羽がふたりで暮らす家は広い。
ファミリー向けの、……流石は世界をまたにかける音楽家と、これまた世界を駆け巡って活躍する医師であった夫婦が四人の家族で暮らすべく購入した家と言うべきか──内も外も整いすぎるほどに整備された、新築のマンションの一室。
キッチンや、リビングや浴室といった共用部分以外に、部屋は五つ。
不知火の部屋。雪羽の、部屋。
客間に、夫婦の過ごすはずだった寝室に、そして。
本棚とピアノとが同居する、ふたりの仕事部屋。
「おはよ、兄さん。小雨さん」
きっと家主の夫婦がそれぞれに集中したいときに使うつもりだったのだろう。部屋の壁には一面の本棚。そこに収められたのは、半分は医学書であり、もう半分は夥しいまでの楽譜の数々だった。
小さなデスクが、窓際の片隅にあり。ノートパソコンがその机上には閉じられていて。
部屋の中心に座すのは、大きなグランドピアノ。簡素なアルミの譜面台。
もはや利用する者のないその部屋に、不知火は週一度、足を踏み入れる。
家事の分担で、掃除は不知火の担当だ。
片手で操れる、細長いタイプの掃除機を手に、誰もいないそこから、床の埃を吸い取っていく。
大した手間ではない。週一回の習慣を、さして苦戦することもなく不知火は、鼻歌交じりに済ませていく。
だぼだぼの、オフショルダーの白いシャツ。タンクトップ。タイトすぎないショートパンツに、深緑のニーハイ。長い髪もかっちりとしたポニーではなく、肩のところでゆるくシュシュにまとめただけのリラックスした恰好だ。
「白鷺さんの家に行ったよ」
土曜日の昼間。不知火がこうしている間に、雪羽は昼食を拵えている。
「小雨さんと雪羽の暮らしてた部屋で。いっぱいいっぱい、小雨さんのこと、雪羽は話してくれたよ」
これでよし。あとは、使い捨てシートのフローリング・ワイパーでお手軽に仕上げるだけ。文明の利器というものはありがたいものだ。
こうしてのんびりと、納得のいく掃除をしながら、ピアノの上に置かれた兄夫婦の写真に語り掛け近況を伝えるのが、このところ週一度の不知火の習慣となっていた。
「たくさん、知らなかったことが知れた。伝えてもらえて、嬉しかった」
この家に仏壇はない。だからこの部屋がその代わり。ふたりの笑いあっているこの写真が、遺影の代わりだ。
兄の蔵書と。
義姉のピアノと、楽譜たちに囲まれて。ここが一番いいと思う。
この部屋で。ふたりを象徴するものたちとともに、不知火たちを見守っていてほしい。
「──そんな感じで、私たちは恙なくやってます」
兄さん。お義姉さん。
安心してね、と。声に出さずに語りかけていく。
「ん?」
そんな中、気付く。
「あれ、このヴァイオリンケース」
ピアノの傍らに、寄り添うようにして置かれた、濃紺色のヴァイオリンケースがいつしかあるということ。
まったく見覚えのないものではない。
たしか何度か、この部屋を掃除する際に、その片隅に、小さなデスクとともに密やかに置かれてあったもののはずだ。
二度、三度不知火も手に取って、持ち上げたことはあった。なにしろ、楽器ケースともなればそこそこの大きさがあるものだ。場所もとるし、そのままでは掃除などできない。それを退かせて、床を拭き掃除をしたのはほかならぬ、不知火なのだから。
だけれど、こんなところに置いただろうか?
基本的にはそのまま、同じ場所に戻したはずだと記憶しているのだけれど。
でも、じゃあ一体だれが?
「……お義姉さんが動かしたわけじゃないですよね」
写真のほうを見る。
笑っている写真の女性は、その向こう側から「当たり前でしょ」とでも言っているような気がした。
そりゃあそうだ。だとすると──……。
「……雪羽?」
でもいったい、何故。
仕事部屋に置かれたヴァイオリン。てっきりこれは、小雨さんの遺品だと思っていた。
雪羽が独りで、この部屋に入っていたのだろうか。たしかに不知火は不知火で部活があったりで、彼女より随分帰りが遅くなることもあるけれども。
姉のヴァイオリンを手に取って、蓋を開けて。彼女はいったいなにをしていたのだろう?
自分では吹っ切れたように言っていたけれど、もしかするとあれは、不知火に対して心配をかけまいと強がっていただけではないのか──……?
「ッ」
そんな不知火の、答えを得られようもない思案を遮るように、玄関のインターホンが鳴る。
追って、扉の向こうから遠く投げられる、キッチンの雪羽の声。
ごめーん、お姉ちゃん。両手汚れてて、出てもらえる?
そう、聴こえた。
「はーい」
その声色から、雪羽がなにか切迫したものを抱えているような調子は感じられなかった。
「宅配便かな」
妹の要望に応じて、不知火は踵を返す。
掃除機とヴァイオリンを、部屋に残したままに。
* * *
「ああ、それ。雪羽ちゃんの楽器ですよ、たぶん」
「えっ」
体育の授業は、ふたクラス合同で、男女別でやる。
今日の競技は球技──種目が選択制のそれに、不知火はバスケットボールを選んだ。……というか、長身で即戦力なんだから来いと、周囲のそういう空気があった。
──ものの。詩亜は本屋の仕事の際、手首を捻ったとかで見学で。
そして雪羽も、詩亜の妹さんも外のグラウンドで、ソフトボールを選択したらしかった。
よって親しい相手……ある程度以上に会話を交わせる相手は、白鷺さんだけだった。正直、いてくれて助かった。自然、彼女と寄り添うようにして、彼女との会話ばかりが多くなる。
「雪羽、ヴァイオリン弾けるの?」
「はい。小雨お姉ちゃんといっしょに習ってましたから、同じ先生に」
お姉ちゃんの影響で。中学一年くらいまで。姉妹での年齢差が年齢差ですから、雪羽ちゃんが習い始めた頃にはお姉ちゃんは、ときどきアドバイスもらいに行く程度だったと思いますけど。
でも、プロである姉と同じ先生に学んでいたことは間違いない。だから当然、弾けるんです。
「……知らなかった」
「もちろん、弾けるっていってもここ二、三年は楽器に触れてないはずですよ。やめる、って言ってたの、本人ですし」
「え。なんで?」
姉とおそろいの楽器をやるって、素敵なことだと思うけれど。
背中を追って。いつか一緒に弾けるように、ってさ。
「雪羽ちゃん自身は、『冷静に考えたらすぐ身近に超絶上手い人がいるんだから、弾くまでもなくそれ聴けばいいじゃんって思った』って言ってましたね、たしか」
準備運動の、ふたりひと組になってのボール回し。
ワンバウンドのゆるいパスを行き交わせながら、不知火は白鷺さんと言葉を重ねていく。
「要するに、お義姉さんの才能が間近にあったから、ってこと?」
「あ。別に劣等感とか、嫉妬とかじゃないよ、とも言ってましたよ。ヴァイオリンはやっぱり姉さんのが一番好きだ、って」
弾くより、聴く側だなーって。
「……ほんとうに?」
「えっと。──たぶん、建前だと思います。どっちも」
聴くほうが好き、ってことも。
お姉ちゃんが原因になったということも。
不知火の放ったボールを受け止めて、少し白鷺さんは俯きがちに言葉を切る。言おうか、言うまいか。逡巡しているのが、その仕草からは察せられた。
「原因は、たぶん彩夜なんです。……わたしが、きっと彼女に気を遣わせてしまったから」
「え」
やがて白鷺さんは、顔をあげて告げる。
彼女自身の予想。そして彼女にとっては確信に近いものであるそれを。
「きっと雪羽ちゃんは、一緒に『諦めてくれた』んです」
* * *
夕飯は、酢豚だった。
甘すぎず、酢が強すぎるというわけでもなく。ほどよい酸味がしつこくなく、食欲をかき立ててくれる。
いつものようにさすがとしか言いようのない、雪羽のおいしい料理だった。
──なのだ。……なのに。
「お姉ちゃん、どうかした? どこか味、変だった? 失敗してる?」
「え。ああ、いや。別に。ううん、おいしいよ。いつもどおり」
食べている相手が不景気な、複雑な表情をして考え込んで。殆ど碌に手も付けないまま箸が止まっていたら、そりゃあ雪羽じゃなくったって、そう心配にもなるだろう。
「ちょっと考えごとを」
昼間の、体育館での出来事を思い出している。
そして雪羽に、……言うべきか。胸にしまっておくべきか、悩む。
小首を傾げている妹に、これは投げかけていい質問なのだろうか、と。
「──そう? どこか具合悪いとかじゃなく?」
「あ、うん。風邪はこないだ引いたばっかだし。ほんと、どこかが悪いとかじゃないから。心配しないで」
強いて言うならば、悪いのは往生際で、決断力だ。
甘酢の餡をその衣にまとった、肉厚の豚肉を見下ろしながら、ただ考え込んで決めかねている自分がいる。
「あの、さ。雪羽」
「うん?」
「やっぱり私はまだ、雪羽や、みんなのこと。なんにも知らないんだね」
「え、なになに。どうしたの?」
「白鷺さんのこと」
バスケット。やってたんだね、昔。
そう言った瞬間、妹が息を呑むのが、聴こえた。
「足の怪我で、やめなくちゃいけなかったこと。今日の体育の時に、聞いちゃった。本人から」
「──そ、っか。話したんだ、彩夜」
あの雨の日。雪羽を追いかける中、不知火についてくるのが辛そうだったのは、単純に運動慣れをしているかどうかの体力の差だと思っていた。
たしかにスポーツ経験のブランクという部分ではそれもゼロではなかったろう。けれど、それだけじゃあない。
「うん。中一の頃にね。バスケ部の新人戦で、相手と衝突して。彩夜、けっこうひどく、アキレス腱と肩と、やっちゃったんだ」
そう。同じことを、白鷺さん自身から聞いた。
今の自分はもう、あまり長くは全力疾走はできないこと。
大きく振りかぶって、重いものを遠くまで投げ飛ばす動作が困難であること。
それらハンディがあるがゆえに、授業なんかでの簡単なものならともかく、選手として。勝敗を競い合う、本格的なかたちでのバスケットボールを続けるのはもう、不可能である。
彼女は、愕然とその顔を見つめる不知火に伝えたのだ。
「雪羽はそのとき、見てたの?」
「……うん。あたしも、小雨姉さんも」
その場にいた。観客席から、見ていた。
小柄な彩夜が、相手側の一番背の高い、一番力強い選手と激突して、吹き飛ばされる瞬間を。
「彩夜、動かなくってさ。死んじゃったかと思って、あたしも姉さんもわけがわかんなかった。で、そのまま彩夜、運ばれていって」
選手を続けてくには、肩と足が致命傷だって、病院で聞いた。
「そんなに、ひどかったんだ」
「うん。……彩夜、すごかったんだよ? ほんとうは。もちろん小学生、中学生のレベルとしてはだったんだろうけどさ。他のスポーツはてんでだったのに、バスケだけは、あの小さな身体であちこち駆けまわって、まるで相手から捕まらなくって。才能の塊だったっていうのは、ああいうのを言うんだろうな」
でも、それもかなわなくなった。
箸を置いて、雪羽は天を仰ぐ。それはずっと過去のこと。だけれどきっと、今の彼女の脳裏には鮮明に、その光景が浮かんでいるに違いなかった。
バスケットボールを、華麗にこなしていた白鷺さんと。
その白鷺さんが、打ち込むべきバスケットボールを失った瞬間を。
きっと彼女は今、遠い日々が「見えている」。
「……だから雪羽も、ヴァイオリンをやめたの?」
「え?」
「大好きだったヴァイオリンを弾かなくなったのは──そのときから?」
それは不知火が、今一番訊きたかったこと。
* * *
「なんで、それを」
姉の表情は穏やかで、優しかった。そして同時、なんだか申し訳なさそうで。
「ごめん。これも、白鷺さんから聞いちゃった。それに見ちゃったんだ。兄さんと、小雨さんの練習部屋に置いてあるヴァイオリンのこと」
「あ……」
「大好きだったんでしょ。演奏するのも。なのに白鷺さんの事故を境に、弾くのをやめちゃったって、彼女言ってた」
正直、私ひとりだったらこの話題、切り出せなかったと思う。
あの雨の日、お義姉さんのヴァイオリンがきっかけで辛い思いをした雪羽を見てるから。自分の中だけでしまっておこうかとも思った。
姉はそこまで続けて言うと、ひと口お茶を啜った。
「……ごめん。黙ってて、怒ってる?」
「そうじゃないよ。でも、なんだか……私の知り得ない頃からの範囲で、抱え込んでるんじゃないかって、心配で」
「そっか、また心配させたんだね、あたし。ごめん。ありがと」
でも、違うんだ。
「姉さんのヴァイオリンが一番上手いんだからそれで充分、って思ったのはほんとう。別に姉さんみたいにプロになる意識なんてのも、当時から別になかったわけだし。やめるにしても気が向いたらまたいつか、弾くようになるんじゃない、くらいには思ってた」
もちろん、きっかけのひとつに彩夜の事故がなかったわけじゃあない。
大元とは、言うことが出来ると思う。
でもほんとうに、そう結論付けてヴァイオリン演奏から距離を置くようになったきっかけは──……、
「ほんとうに気にしてたのは、姉さんなんだよ」
「小雨さん?」
「うん。──『私たちは、誰かと一緒に暮らしてはダメなんじゃないか』って」
そう。ヴァイオリン云々、楽器や、打ち込むべきものや。そういったものより、ずっと根が深い。
「どういうこと?」
「や、ほら。あたしたち。あたしと小雨姉さんが姉妹になってから、父さんも母さんも死んじゃったじゃない。普段はなんともなくとも、やっぱりそれってトラウマでさ」
姉さん、ずっと心に引っかかってたみたいなんだ。
原因は、幸せにできない理由は自分にあるんじゃないかって。
「自分が周囲を、それこそ妹であるあたしをすら不幸にしてる。そんな星のもとに生まれてきてるんじゃないか、ってさ」
「そんな、無茶苦茶な──卑屈すぎる」
そうだ。目の前の姉の、言うとおりだ。
今は亡き姉の抱いたその疑念は、自分自身に対して辛辣かつ、非信頼的すぎて。荒唐無稽がすぎる。
でもその気持ちを、白鷺家の面々に感謝をし、家族同然に思い、愛していたからこそ小雨は、長きにわたって拭い去ることができなかった。
そして彩夜の事故をきっかけに、それが噴出してしまった。
「ちょっと待って。中学のとき? ひょっとして、まさか?」
「……うん。ある意味、タイミングもよかったんだと思う。姉さんもどうにか演奏家としてやっていけるようになってきて。……独立をするには」
白鷺家の、あの部屋を出ていくには、条件は揃っていた。
「よく、白鷺のおじさんが許したね。そんな理由で」
「もちろん、姉さんはオブラートに包んだ理由しか言わなかったよ。でも、おじさんは多分、察してはいたんじゃないかな。ただ掘り下げちゃうと引っ込みもつかなくなるだろうし、姉さんの性格上、一度決めてそれを取りやめるタイプでもないからね」
だからね。
ちゃんとあのときのこと、おじさんに謝ってから逝かないとダメじゃん、とは姉さんに対しては叱ってやりたくなるよね。
ほんとのこと言えずにごめんなさい、ってさ。
「仕事の都合もあったろうけど、もしかしたら、それから海外飛び回り続けるようになったのも、あたしすら遠ざけるためだったのかもしれない」
「雪羽……」
「だからあたしも、そんな姉さんに付き合うことにしたんだよ。姉さんと彩夜、両方にさ。どっちのこともあたし、大好きだから」
実姉に対しては、愛するものを遠ざける、敢えて距離を置くというかたちを模倣して。実姉にとっての白鷺家が、雪羽の遠ざけたヴァイオリンであり。
そんな姉を、海外へも送り出した。
彩夜に対しては、打ち込むものを、同じく失うという点で。
バスケットボールを失った彼女とともに、雪羽も演奏を、楽器をその手にとるのをやめた。
「そんなの。いや、だけど」
視線を揺らがせ、両手を握る姉は、それでも納得しきれぬようで、その瞳の輝きを潤ませている。
哀しんでくれているのか。でも、違う。雪羽にとってそれは今はもう、哀しむべきことではなく。
「でもね、だからこそほんとうに嬉しかったんだよ。姉さんが、晴彦さんと一緒にいるのを願ったことが。姉さんが大好きな人を遠ざけようとしなかったこと。ほんとに、嬉しかった」
「雪羽」
「まさかふたりだけで旅立っちゃうくらいラブラブすぎるのもどうかと思うけどさ。姉さんが、あたしや、不知火お姉ちゃんや、晴彦さんと一緒に暮らしたい、傍にいたいと思えるようになった。これ、すごいことだと思うんだ」
それはもう、心の底から思う。
ありがとう、って。
「だから、不知火お姉ちゃんのお兄さんには。晴彦さんには心底感謝をしてる。姉さんに、踏み出す勇気をくれて。姉さんにそう思わせてくれて」
「兄さんに……そう。そっか」
そう言ってもらえるのは、嬉しいな。
……でもやっぱり、心配だな。
返す、姉の表情はそれでも少し、複雑そうで。
「もしかして、だけど。雪羽もそのときの小雨さんと同じこと、思ってしまっていない? 変に、私の兄さんについて責任、感じてたりとか」
「ゼロとは言わない」
そう。晴彦さんと姉さんを一緒に喪って。
まったくなんにも感じていないなんてのはあり得ないし、そう思ってしまっているのだとしたら、目の前の姉にも、故人たちに対してもひどいことだ。
「だけど不知火お姉ちゃんだって、それは同じでしょ? お互い様じゃない」
不知火だってそう。きっと、彼女の兄が、雪羽の姉と旅立ってしまったことに、雪羽に対して思う部分が少なからずあるに決まっている。疚しさとか、負い目というものがあったはずだ。
それでも彼女は自分を受け容れてくれた。
一緒にいることを望み、繋がりあっていてくれた。その気持ちはは雪羽も同じことだから。
「だから今は、大丈夫。お姉ちゃんと一緒のこの生活で、お姉ちゃんを幸せにしていきたいもん」
雪羽、と。潤んだ瞳で、姉がこちらを見つめ返してくれている。
「──ありがと。お姉ちゃん」
ごめんね。毎度毎度、心配かけて。
「……うん。でも、なんか面と向かってそういわれると、少し気恥ずかしくもあるね、実際」
「それもお互い様でしょ」
苦笑を双方、向け合って。
さあ、食べないと冷めちゃうよ。雪羽の声に、姉は頷いて、酢豚に箸を伸ばす。
「ああ、そうだ。そこまで知られちゃったんだったら、お姉ちゃんにひとつ、頼みたいことがあるんだけど」
「頼みたいこと?」
酢豚の具を、パプリカと玉ねぎを頬張る姉に雪羽が発する言葉。
それは──……。
「もうひとり、ちゃんと区切りをつけてあげたい人がいるんだ」
(つづく)