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天涯孤独の、ふたりだから  作者: 640orz
幕間
49/74

幕間 ~「ふたりきり」の日々が訪れる前の、思い出~

今回は第三部開始前の特別編です。

ふたりが出会う前に起こったこと。

そして今のふたりのもとに、それがやってきたら──そんなお話。

 

           幕間 ~「ふたりきり」の日々が訪れる前の、思い出~

 

 

「──あれ。視聴予約?」

 

 それは、ある休日の、あるとき。ごくたまたまに訪れた、なにもすることのない空虚な時間。

 姉は詩亜たちの本屋に出かけていて。そのまま夜まで帰ってこない。棚卸しだとかで、背の高い人間の手が欲しいんだとか。ひかりはお昼寝の真っ最中。

 夕飯の支度も家事も終えてしまうと、雪羽は暇だった。

 もう一品くらいなにか、つくってもいいのだけれど。別になくてもいい。そんな必要十分程度は満たしている献立。

 だから大して目新しい番組もやっていない、再放送ばかりの休日午後の時間帯だとわかっていながらなにげなく、テレビのスイッチを入れた。

 案の定、選局ボタンでひととおりチャンネルをまわしてみても、これだというものもなくて。

 ぼんやり眺めているのにも飽きて──テレビ画面に夜の番組表を呼び出したのである。

 完全に、なんとなく以上の行為ではない。もともとそんなに四六時中テレビを見ているような生活を、姉も雪羽自身も送っていない。

 そういう認識であったから、ふとそこに現れた番組プログラムへの、予約済みを示す表示に目が留まった。

 

「──映画?」

 

 それは、夜のテレビロードショー。毎週やっている、名作やら、人気昨やらの映画を放送する、それこそ雪羽が子どもの頃から当たり前に続いている昔ながらのプログラムだ。

 今日のそれは特番扱いで、比較的早い時間帯から。そう画面には説明が表示されている。

 だけど、こんなもの雪羽は予約をした覚えはない。そもそも今週は何の映画が放映されるのかすら、把握していないのだから。この時間帯、この番組を姉と観たのは果たして何か月前だろうか──?

 

「ってことは、お姉ちゃんか」

 

 視聴予約済み。

 録画予約済み。

 ……うん、覚えがない。逆にお姉ちゃんにしても、彼女が録画機能を使っているところなんてついぞ、見た記憶がなかった。

 

「なになに。今夜はなにやんのさ」

 

 お姉ちゃんが録画をしてまで観たい映画って、なんだろう。気になる。

 時間帯ごとに区切られた番組表の表示のままでは、プレゼントクイズの告知やら、主演俳優の煽りやらで番組欄がぎっしり埋まってしまっていて、肝心の映画タイトルすら最初の一文字すら消えてしまっていた。

 興味を憶えながら、詳細を開いてみる。

 

「──え」

 

 そしてそこに現れた映画のタイトルを見たとき、雪羽の中に記憶が花ひらく。

 

「この、映画って」

 

 それは忘れていたもの。

 ふたりが出会う前、舞い降りた出来事の記憶。


                 *   *   *

 

 そう。それはまだ、ふたりがふたりとして、互いの存在を現実のものと認識するよりずっと、前のことだった。

 姉も。義兄も。無論にまだ健在であった頃。

 

「──えっ」

 

 そしてまさしく、直接に。結婚をする、と。姉から電話が届いたその日だった。

 ひとしきり実姉・小雨から事情とのろけと願望とが混じり合った唐突すぎる報告を電話口に語りつくされて。

 とりあえず、ひとりでは受け止めきれなかった。

 だから帰宅後、中学の制服を着替えるより先に受ける羽目になった電話のせいで着の身着のままであったその恰好で、かつての生活空間であった白鷺家に、彩夜の部屋に、幼なじみを訪ねて概ねの事情を説明したわけである。

 姉さん、結婚するって。ていうかもう事実上、してるって。海外で。

 雪羽の告げた言葉に返ってきた友の言葉とリアクションが、その呑み込めていない、短い反応であった。

 

「え。……はい? 結婚って、いつ?」

「三月には戻ってきて、あたしの高校入学と同時に。旦那さんと、その妹さんと同居しようって」

「──……ええー……」

 

 そりゃあそういうリアクションにもなるわな。

 だって本人からの電話に対してやはり雪羽もまた、似たような反応を返したばかりだったんだもの。わかる。わかるよ。

 

「え。今の家で?」

「なわけないじゃん。あの家に四人住まいしてしかも上ふたりの仕事部屋って、さすがに入んないよ。ぎりぎりになんないと帰ってこれないとか姉さんぬかしてるし、ひとりで引っ越し準備とかすんごいめんどくさいんですけどー」

 

 彩夜の出してくれたぶどうジュースを飲み干して、ため息を吐く。手近にあったクッションをひっつかんで、抱きしめてごろりと座卓の傍に転がった。

 

「いくらなんでも、急すぎませんか」

「おじさんたちには先週には伝えたって。なんだよー、先に肉親だろ、実の妹のあたしだろーふつー」

「先週……でも唐突だと思いますけど」

 

 もっと結婚とか。式とか。おうちのこととか。

 じっくりしっかり、準備するものじゃないのでしょうか。

 これもまたひたすらに、彩夜に同意するしかない雪羽であった。

 

「お相手の人の妹さんって、雪羽ちゃんとは年上ですか? 年下ですか?」

「同い年。ただ、誕生日はあっちのほうが早いのかな? 二か月だけあっちがお姉さんだって言ってた」

 

 互いが互いの小姑として同居ですよ。

 いったいどんな人なのかわかんないよ。不安しかないよー。

 体育坐りに膝を立てて、抱いたクッションに顎を埋める雪羽。ベッドの上から彩夜が、ぽんぽん、と頭を撫でてくれる。がんばれ、と言うように。

 

「でも、よかったじゃないですか。家族が増えて。きっとそのうちもっと。姪っ子さんや、甥っ子さんだって」

「いやいやいや、今の内からそこまで考えさせないでー」

 

 彩夜は、雪羽ちゃんたちと一緒に暮らしてて楽しかったですよ。そんな嬉しいことを言ってくれるけど。

 それとはまた違うでしょ。

 彩夜とはずっと友だちで、親友で。そのうえで家族として暮らしていたけど。

 今度同居するその人は同い年で同じ妹でも、初対面なんだから。

 どうやって接したらいいかわからない。

 目を伏せたまま座卓にぺったりとうつ伏せて、深々とため息を吐く。

 

「──んお?」

 

 と、なにかが頬に張り付く感覚があった。身を起こすと、くっついてきた一枚の紙がはらりと、膝の上に落ちてくる。

 それは映画館なんかに置かれている、一枚紙の映画のチラシ。

 

「あ。この映画って」

 

 それは先月公開の始まったばかりのとある映画。

 とくに芸能人に興味があるとか、映画好きというほどでもないザ・一般人の雪羽がそのチラシに描かれたタイトルとビジュアルへ即座にピンときたのは、それこそ話の種であった人物が多少なりと、関わっているから。

 

「そっか、公開はじまってたんだ」

「はい。今度観に行きます?」

「んー、どうしよっかな。姉が関わってるからってそれだけで観に行くってのも物好きの範疇というか」

 

 結局その映画のことは、それっきりだった。

 なんとなく観に行こうかな、くらいの感覚では結局行かずじまいなんてざらにあるものだ。

 それきり、引っ越し準備やら、高校の入学準備やら。

 そしてなにより姉夫婦を喪った新たな生活のはじまりによってその存在すら、記憶の彼方に置き去りにしてしまっていた──。

 

                 *   *   *

 

「わ、すごい。どうしたの、ごちそうじゃない」

 

 今日は、ケイジャン・スパイスのフライドチキンだと聞いていた。

 ──いや、まあ。ケイジャンってなに? スパイスだから辛いの?という程度の料理の知識しかない不知火だから、ゆきのことだからいつものように美味しいんだろうな、くらいにしか思ってはいなかったのだけれど。

 そんなざっくりとした認識のもと帰宅をした不知火が食卓の上に見たのは、小山に盛られたチキン以外にも色とりどりに、普段以上に多彩な品数を並べられた、夕飯の料理の数々だった。

 

「あー。おかえり。待っててね、もうすぐ準備できるから」

「ああ、うん。今日、なんかあったっけ?」

 

 もちろん普段のゆきの作る料理だっておいしいし、ひとりで一体どうやっているのだろうと思えるくらい、きちんと三品、四品は揃えた夕食を用意してくれる。

 だけど今日はなにかの記念日かというくらいに気合いが入った出来栄えと数で、テーブルの上に料理たちが並んでいる。

 それこそ、コース料理かなにか? とさえ料理音痴の不知火の無知な感覚からすれば思えるほど。

 

「やー、別に。だって、映画見るんでしょ?」

「え?」

「昼間チャンネル回してたら予約があったからさ。だったらいっぱい品数つくって、ゆっくり一緒に見ながらつまんでいけばいいかなって。二時間くらいかかるっしょ?」

 

 映画──ああ。うん、した。予約。

 

「うん? その紙袋は?」

「ああ、詩亜たちから。手伝ったお駄賃。どら焼き」

「おおー。じゃ、デザートまでばっちりだね」

 

 冷蔵庫から麦茶のボトルを出しながら、ゆきが笑う。

 

「お姉ちゃん、知ってたんだね。あの映画のこと」

「え。──ああ、うん」


 今日のこの日、地上波放送がされるということを知ったのはまったくの偶然。

 さきほどゆきが言ったように、自分もなにげなく番組表を眺めて、進めていて。

 それが放映されると知った。

 

「私もまだ、観たことはなくって。ただ兄さんから結婚することを聞いたとき、この映画のことも教えてもらって」

 

 当時はまだ寮暮らしだったし。

 兄の婚約者が関わっているからって、それだけで行ってみようとはならない。なにしろ肝心の映画館も遠くて、観に行くという習慣がなかったから、そうなんだ、という世間話のレベルで終わってしまったやりとりだった。

 それでも憶えていたのは、そのあらすじについて引っかかる部分があったからだと思う。

 その映画は、ラブストーリー。

 盲目のヴァイオリニストの青年と。

 音を音楽として感じられない女性の恋愛を描いた、音楽の物語。

 そのヴァイオリン演奏シーンの監修と演技指導を。そして実際に流れる曲の演奏を、小雨さんが行っていた。

 

「せっかくだから。ゆきと一緒に観れたらな、って思ったんだ」

 

 テーブルに、椅子は五つ。不知火の席の隣に、いつものようにひかりの幼児用の高椅子が置かれている。

 向かいにはゆき。ここまではいつもと一緒。

 テレビを正面に臨むように置かれた追加の椅子があった。ああ、なるほど。不知火はそこがなんのための、誰のための席なのか理解する。

 

「とってくるよ。兄さんたちの写真立て」

 

 今日はみんなで、観るのだ。映画を。

 不知火と、ゆきと。

 ひかりと──そして。

 兄さんと。小雨さん。五人で。揃って観ることのなかった、映画を。

 この家の五人家族で、観るのだ。

 

 

          (第三部へと続く)


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