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天涯孤独の、ふたりだから  作者: 640orz
第二部 夏から、秋まで
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第四十四話 少年へ、不知火から

 



            第四十四話 少年へ、不知火から


 

 ただいまー。疲れた声を居間に向けると、ひかりを抱いた姉がひょっこり、顔を出す。

 グレーのワンピースにトレンカ。スリッパをひっかけただけの部屋着。リラックスしたその衣装に身を包んだ姉は、リボンタイを緩めながらぐったりと帰ってきた雪羽に、少し目を丸くして。

 

「おかえり。……随分とお疲れだね」

「疲れたよー! 彩夜が「せっかくだからおもいきり凝ったものやりたい」なんて言うからー!」

 

 明日はいよいよ、文化祭本番だから。

 クラスの出し物、喫茶店のメニューのために、延々、家庭科室に籠ってパイ生地やら、シュー生地やら。マカロンやら焼いていた。

 

「お菓子って神経使うんだよー……やり直しとか、途中で調整とか利かないからさぁ」

 

 授業半ドン、午後からずっと。六時間近く、延々お菓子作り。

 

「アイスやら生クリームやら、『白夜』ですらやったことないくらい無限に泡立て続けたし! ハンドミキサーないから腕もうぱんぱんだし!」

「それは……お疲れ様」

 

 あられもなくソファに身を投げ出してぼやく雪羽に、姉は苦笑している。

 その肘掛けのところに腰を下ろしながら、

 

「でも、それなら明日が楽しみだな。ゆきと彩夜の渾身のスイーツ、学校で食べれるなんて」

 

 そりゃあもう全力全開よー。歌奈も大量にフルーツ切ってたし。しこたまコーヒーゼリー流し込んで固めてたし。ぷるぷると痙攣する右手を上げて、サムズアップをつくってみせる雪羽。

 

「お姉ちゃんのとこは準備終わったの? 随分余裕っぽいけど」

「ああ、うん。大体は。詩亜たち調理班は一日じゅうあんこ炊いてたり、なんかグミみたいな、ゼリーみたいな茶色いぬるぬる、練ってたけど」

「……ぬるぬる?」

 

 なんだろう。甘味処なら、わらび餅かな。あれで凝り性の詩亜だから、本わらび粉練ってイチから手作り……うん、あり得る。

 そーか。お姉ちゃん、料理出来ないから。衣装担当か。

 

「あー……もうちょい待ってね。少し休んだら晩ごはん、つくるから」

「いいよ、そんな急がないで。なんなら出前でもとる? それか私、つくろうか」

「──つくれたっけ?」

「あ。ひどいなー。こないだミートソースの缶詰買ってたじゃん。あれとパスタ、茹でるくらいならできるよ」

「あー」

 

 たしかにできる、かも。パスタってのも気分的にはありだ。だけど。

 

「大丈夫? アルデンテって単に生煮えにすりゃいいってことじゃないよ?」

「アル……なに?」

「ちなみにミートソース、どうやってあっためるつもりだった?」

「どうって。鍋でお湯の中に入れてでしょ? 兄さんが昔やってた」

「フタに穴開けるって知ってた?」

「え?」

「でないと缶、爆発しちゃうよ。あったまって、中身膨張して」

 

 そうなんだ。

 素朴に驚いてみせる姉。

 ああ、だめだこりゃ。ため息とともに、雪羽は身を起こす。

 

「オッケー。じゃあ教えたげるから一緒に作ろう」

「え。いいの?」

「もちろん」

 

 ひとりでやらせるのは、不安すぎる。

 一緒に作って、教えて。……裁縫の得意なお姉ちゃんだから、手先は別に不器用じゃないはず。教えればたぶん、出来るようになるだろう。

 

「サラダくらいつくるよ」

 

 包丁はまた今度として。手分けして夕飯を、作ろう。


                 *   *   *


「しかしまた、すごい衣装作ったね、きみ」

「……どうも」

 

 そして翌日。文化祭、当日である。

 

「とりあえず、和服が商売道具の家──神社の娘として言わせてもらうと、ちょっと邪道かな、それは」

 

 びしり、とこちらを指さす南風先輩がいた。

 言葉とは裏腹にしかし、……うん。説得力ないです、先輩。

 

「しっかり詩亜の肩抱きながら言うのやめてください、南風先輩」

 

 こちらのつっこみもまた然り、という自覚もある。

 不知火も、詩亜もそれぞれに、互い特徴的な、和装の給仕服に身を包んでいたのだから。

 詩亜は、淡い桜色の着物に、深い色をした袴。その上から真っ白なエプロンを結んだ、女学生らしい、大正時代的な純和風ウェイトレスといったところ。

 

「それにこの衣装、つくったの私じゃないですからね。クラスのみんなにハメられたというか」

 

 一方の、不知火である。

 

「なんかおかしいと思ったんだ。やけにみんな細かく、私ばっかり採寸するから」

 

 上半身は、詩亜同様、──こちらは翡翠色の、けれどよく似た模様の和服に袖を通している。

 しかし、腰から下はまったくの別物だった。

 一見袴にも見える、深緑のミニスカート。そこから延びる両脚は、黒地に金の縁取りの入ったニーハイソックスに包まれている。

 それらの上から、レースのエプロンを腰に巻きつけて。

 なぜだか猫耳のついた純白のヘッドドレスと、和柄の大きなリボン。おまけに簪までもが、長い黒髪を飾っている──ちょっとやりすぎじゃないか、と思う。

 ほかの接客担当は皆、詩亜とほぼ同じ格好か、袴のない仲居さんスタイルだというのに。なんで、私だけ。

 

「だって。うちのクラスで一番背が高くてすらりとしてるの、しーちゃんじゃないですか。誰が着たら一番インパクトがあるか、って満場一致で」

 

 だからそんな投票、いつの間にやってたのさ。

 朝、問答無用でこの衣装を渡してきたクラスメートたちのやたら素敵だった笑顔が思い起こされる。だからあんなに、楽しそうだったのか。

 

「いいじゃん。似合ってるよ、不知火。あ、もちろん詩亜も」

「はいはい。そこ、いちゃつかない」

 

 先輩に撫でられ、声をかけられて、詩亜は嬉しげに、そして恥ずかしげに頬を紅くし、綻ばせる。

 アルミのお盆を抱えて、先輩の隣で、詩亜は幸福そうだった。

 ──そんな親友の姿に、ああ、よかった、と不知火は微笑ましさを憶える。

 数日前、彼女と南風先輩をふたりきりにして、残していって。

 昼休みが明けて教室に戻ってきた詩亜の頬は、真っ赤だった。きっと早鐘を打つ鼓動が収まっていないのだろう、しきりに胸を押さえて、そこにあるどきどきを鎮めようとしているようだった。

 おかえり。どうだった。囁くように訊ねた不知火に、ただ詩亜は微笑んだ。

 微笑んで、可愛らしく、──小さなガッツポーズを、片手につくってみせた。

 答えはそれだけで、十分だった。祝福すべき結果を彼女が得たのだと、不知火にもわかったから。

 

「それより、先輩はいいんですか。こんなとこほっつき歩いてて。文化祭、開場したばかりでしょ」

「うん? ぼくの受け持ちは後半だもん。午後までヒマ人。星架もそうだからじきに来ると思うよ」

 

 えっと。たしか先輩たちのクラスの出し物は、お化け屋敷。

 これまた、飲食系同様、文化祭の企画としてはベタな部類である。

 

「あー! お姉ちゃん、なにその恰好! かわいーの着てるー!」

 

 ──と。不意に響いた声が一層、「あ、これ面倒くさいやつだ」と瞬時、不知火に認識をさせる。頬が熱くなると同時、深々としたため息を吐くことが、そちらを振り返るためには不知火に必要だった。

 

「って。ゆきこそ、なんて恰好してるのさ」

 

 そうして振り向いた先にあった、妹の容姿が一層に不知火を困惑させる。

 だって。

 なんでメイド服なんて着てるの、わが妹よ。

 

「なにって。これがうちの接客着だもん」

 

 雪羽が着ているのは、黒い──うん、どこからどう見たって、いわゆるど直球なメイド服。

 ふわりと広がったミニスカートに。飾りリボンのついたニーハイに。パフ・スリーブの半袖に。紛うことなき、それはメイド服と呼ばれるものだ。

 白いカフス、エプロン。そしてヘッドドレス。フル装備のそれに違いなく。

 

「……メイド喫茶だったの?」

「うんにゃ、別に。ただこっちのほうが面白いよねーってみんなで決めた」

 

 どーお、似合う? 雪羽はその場でくるりと回って見せる。

 いや、うん。似合ってるよ。かわいいけど、さ。

「おー、いいじゃん。和洋メイド姉妹、って感じでさ」

 

「歌奈? ──歌奈まで」

 

 そんな妹とのやりとりの最中に、ひょっこりと歌奈が顔を出す。

 雪羽が黒なら、こちらはグレー。接客着という言葉に相違なく、同じデザインの、色違いのメイド服に身を包んで。

 その後ろには彩夜も──彼女は、ブラウンだった。

 

「歌奈ちゃん」

「ねーさんもかわいー。うちもメイド姉妹、お揃いだーね」

 

 そうしてふたりも教室に入ってくる。

 うん。だからみんな、自分の持ち場は?

 

「あ、南風先パイ。どーもです」

「え。あ、……うん」

 

 詩亜の肩を抱く南風先輩を一瞬、歌奈は眺めるように見遣って。けれどそれ以上なにをするでもなく、挨拶を交わす。

 おはよ。気まずげに目線を逸らしつつ、先輩も会釈を返す。

 この感じは、歌奈ももう知ってるんだろうなぁ。先輩と、詩亜のこと。

 詩亜から直接聞いたか、察したかはわからないけれど。

 窓の外を見遣れば、父兄たち、たくさんの来場者が正門をくぐって校舎にやってくるのが見える。白鷺のおじさんたちも、ひかりと一緒に午後には顔を出すって言っていたっけ。

 

「あの。不知火ちゃん」

「彩夜?」

 

 そうやって眺めていると、彩夜がカフスの手首をくいくいやって、不知火の裾を引っ張った。


「どうかした?」

 

 この、目の前にあるメイドのバーゲンセールは置いておくとして。

 なんだか口ごもっている友人を振り返る。

 

「はい、実は。午後になんですけど、遊びにくるのはうちの両親とひかりちゃんだけじゃなくって──、」


                 *   *   *

 

「それで。なんで先輩たちは執事なんですか」

 

 お化け屋敷じゃ、なかったんですか。

 休憩時間。クラスメートと交代をして、教室を出た。

 ただし、お着換え禁止。──を、クラス一同から厳命をされて。なんでだよ、と思いながら、星架先輩たちの出し物を、教室を訪れた。

 

「あら。お化け屋敷よ? 立派な。ただ和風じゃなくて、閉鎖された洋館がイメージってだけ」

 

 朝に、不知火たちのクラスに顔を出してくれた星架先輩は制服だった。

 残念ながらちょうど忙しくなったタイミングであったから、あまり会話も交わせずじまいだったのだけれど。

 

「私たちは男役、執事の幽霊担当。中には吸血鬼やら、美女の幽霊やら、いっぱいいるわよ」

 

 今は教室の入り口で呼び込みをしていた先輩たちと、立ち話に語らっている。

 星架先輩も、南風先輩も。シックな執事服、といった感じな、上品な衣装に身を包んでいる。

 

「でも、星架先輩なら女幽霊でも全然イケるんじゃないですか?」

「ありがと。でも、まあ。同じところに固まってたほうが、サボりやすいしね」

「サボり……」

「言葉のアヤってやつ。ちょっと抜け出してどこか行きたいときにも、フォローしやすいでしょお互い。私も、真波も」

 

 一緒に回りたいやつが、いる同士──ね。

 

「あ……」

「さ、入った入った。ていうか、雪羽ちゃんは? 一緒じゃないんだ?」

「ああ、はい。出てくるとき隣を覗いたら、なんかパンケーキが売り切れたらしくって、半泣きになってひたすら焼いてましたね」

 

 繁盛しているのは、きっといいことだ。

 またあとで連れ出せるタイミングもあるだろう。星架先輩に背中を押されながら、ひとり納得して頷く。

 

「──ね、不知火」

「はい?」

「今日、文化祭が終わったら。……屋上に来て」

「え?」

 

 そしてそんな不知火の背中に、そっと頬を寄せるようにして、星架先輩は囁く。

 文化祭のあと? 屋上に?

 

「伝えたいことがあるんだ。私なりの、答え」

「え……」

「楽しみにしてて! 今はうちの出し物、楽しんで!」

 

 それから先輩は、不知火を暗幕の向こうのお化け屋敷へと押し込んだ。

 不知火にとって苦手な、──怪談の世界へ。


                 *   *   *

 

 うわあ、なにそれ。なに、その光景。見たかったなぁ。

 素朴な感想が口をついて出ると、彩夜が「雪羽ちゃん」と窘めてきた。

 

「いやいや、見せたかったよー。不知火、あんな悲鳴あげるんだね」

 

 いくぶん人の出入りの落ち着いた客席。雪羽たちの前には、詩亜と向き合うかたちで、執事服姿の南風先輩が、けらけらと笑っている。

 先輩、笑いすぎですよ──そう言う詩亜の着衣も、給仕服のままだった。

 なんでも、先輩たちの出し物で、姉が実にひどい目にあったらしい。

 あった、というか。ただひたすらに姉がホラーとか、怪談とか苦手だったというだけなんだけれど。

 あんな、すぐ近くにお墓のある実家に住んでたくせに。──そりゃああれは身内のお墓だから、ノーカウントなんだろうけどさ。

 

「いやー、かわいいところあるんじゃん、おたくのお姉さんも」

「どーも」

 

 さぞかし、和風のメイド服が似合っていたことだろう。そういうとこかわいいからずるいんだよなぁ、うちのお姉ちゃんは。

 

「それで? なんでふたりは着替えてないの? お着替え禁止はうちのお姉ちゃんだけじゃないの?」

 

 思いながら、それはなんとなく投げかけた問いだった。

 

「……それは」

 

 なのに、なんだか思わせぶりに、詩亜と先輩は顔を見合わせる。

 なんか、赤面しあって、もじもじしている。なんだこのバカップル。

 

「それは、さ。なんかこう、……カップルっぽいじゃん? 並んだときに」

「……うわぁ」

 

 バカップル。ほんとにバカップルだった。──思わず言いそうになったところを察してか、彩夜がチョップで、雪羽が口走るのを阻止してくれた。

 

「……お熱いことで」

 

 歌奈、いなくてよかったね。ちょうど、運動部の手伝いに行ってるから。そう短く返すに留めた。

 

「ああ、そうだ。おふたりさん。ちょっと頼みがあるんだけど」

「頼み?」

 

 ただ、ちょうどいいタイミングだ、と思った。

 

「詩亜は歌奈に。南風先輩は、星架先輩に伝えてくれないかな」

 

 それはこのところ、密かにずっとあたためていたこと。

 誰にも内緒で。雪羽が、雪羽自身の内側だけでこっそりと。ずっと。考えていた計画。

 

「予定をね。合わせてほしい日があるんだ」


                 *   *   *

 

 中学で普段使っているものをそのまま持ってきたのだろう、少年の上履きが地面を踏みしめる音を、不知火は聴いた。

 

「やあ、ごめんね。呼び出しちゃって」

 

 振り返ったそこには、タートルネックを着た夕矢くんがいる。

 文化祭の喧騒が遠く感じられる、校舎裏。一見さんの父兄なんかはまず思い至らないし、生徒たちだって今日は忙しくって、わざわざやってくることはない。

 

「──えっと、服」

「ああ、うん。この衣装は気にしないで。みんなに着せられてるだけだから。出し物の衣装で、仕方ないだけだから」

 

 不知火のほうは、相変わらずの和メイド衣装。

 気恥ずかしいけれど、どうしようもない。ずっと今日一日、この姿で通してるんだから。

 

「どう? 文化祭、楽しんでもらえてる?」

「……別に。父さんたちについてきただけだし」

 

 彼に向かい、歩み寄る。

 ぷいとそっぽを向いて、目を逸らす彼の頬が微か、赤らんでいる。

 

「──夕矢くん?」

「……ごめん。なんか、直視できない」

 

 そうして少年の呟いたその理由が、微笑ましい。

 自分を慕ってくれている彼が、メイド衣装を身に着けた自分を正視することのできない、魅力的なものに感じてくれている。

 それは嬉しいことで。同時に。

 ああ、やっぱり彼は私のことを──……。

 

「それは困るな。これから言うことは、私の目を見て、きちんと聴いてほしい。私もきちんと目を見て、伝えたいことだから」

 

 そんな純粋な少年に対してこれから私が伝えることは、きっととても、残酷で無慈悲なこと。だけれどきちんと向き合わねばならないこと。

 不知火自身も、夕矢くんも。

 

「!」

 

 爪先立ちになって、手を伸ばす。彼を抱きしめて、ぽんぽん、とその頭を、撫でるように叩いてやる。

 

「ありがとう。こんな私を好きだって言ってくれて。好きに、なってくれて」

 

 囁くのは、まっすぐな言葉。素直な、不知火自身の気持ち。

 

「──不知火さん。俺」

 

 疚しさに、飲まれるな。これはやり遂げなくてはいけないこと。

 

「考えたよ、私。たくさん、夕矢くんのこと」

 

 きみが好きだって言ってくれたこと。

 私にとってのきみ。きみにとっての私。

 雪羽や、彩夜や。たくさんの人に対しての私。きみ。

 

「私、好きなんだ。星架先輩のこと」

 

 知ってるよね。顔、わかるよね。

 

「あ……」

「私はゆきが好き。星架先輩も好き。それはどっちも「好き」で、ゆるぎなくて。私の一番で。だけどその性質は絶対に、まったく同じものではなくて」

 

 はっきりそれぞれが、違う「一番」なんだ。

 抱擁を解いて、不知火は彼の眼前に立つ。次の言葉を待つ彼はただ、緊張の中に黙していて。

 

「私は、夕矢くんも家族だと思ってる。……大好きだよ」

 

 一瞬綻んだ表情で、夕矢くんが顔を上げる。

 少年は体格に対し少し幼い表情で、こちらを見てくれている。

 そんな彼を愛おしく思う──これは、間違いのない気持ちだ。

 

「私にとってゆきが、一番の家族で。もったいないくらいの妹だと思っているのと同じように。私の中ではすごく大事な、家族のひとりなんだよ」

 

 だから感じる。重い罪悪感を。

 きっと私は今、彼を傷つけている。家族だ、なんだと言いながら。勝手な想いと、勝手な気持ち。勝手な言葉で。

 

「おじさん、おばさん。彩夜もそう。私にとってこの街にやってきて、ゆきと暮らすようになって。得られたとても大事なもの。いつだって助けられてきた。夕矢くんも、そうなんだよ」

 

 聡い子だから、きっともう悟っている。

 おじさんから、私の目のことを告げたとも、聞いている。

 そんな彼ならここから先のことを、わかっているはずだ。だから──ごめん。

 

「出会ってまだたった半年かもしれない。それでも夕矢くんが困っていたら、助けたい。大変だったら、護ってやりたい。必要としてくれるなら、手伝ってあげたい。一緒にバンドをやっていて思ったんだ。私にとっての夕矢くんは、何度考えて。どう結論を出しても、そういう存在なんだ」

 

 握った拳を、何度か開いては、また閉じる。じっとりと汗を掌に感じながら、それでも不知火は彼を見上げ続ける。

 止まるな。伝えろ。

 姉であり続けるって、決めたんだろう。

 傷つけたなら、その責任から、逃げるんじゃない。

 お前が選ばなくてはならないこと。お前が、選んだ責任を負うべきことなんだ。

 

「私は、夕矢くんの彼女にはなれない。私にとって、夕矢くんは弟なんだ」

 

 愛し、愛され。甘えたい存在……ではない。

 愛し、護って。支えられたい──そんな、大切なもの。そんな相手なんだ。

 

「──ごめん」

 

 勝手な私で。ごめん。

 それは少年に、受け止めてほしいこと。

 そして不知火自身が受け止めねばならぬ、ことだった。

 

         

             (つづく)


というわけで、告白回でございます。

いかがだったでしょうか。

感想・つっこみ・その他諸々気軽にいただけると嬉しいです。

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