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天涯孤独の、ふたりだから  作者: 640orz
第一部 春から、夏まで
23/74

第二十三話 姉と、妹と

          第二十三話 姉と、妹と

 

 

 ありがとう。ここでいいよ。

 そう不知火が感謝を告げてレイアの運転するレンタカーを降りたそこは、逗留先の民宿ではなかった。

 緩やかな坂道の続くその場所は、……否、島全体が、既に夕日に染まっている。

 そんな、夕焼け空の時間帯。

 不知火は、俯く雪羽の手を引いて、アスファルトの道を歩いていく。

 あちこちが、でこぼこしていたり、ヒビを見せていたり。はじめに舗装をされて以来、長らく整備をされていないのがよくわかる、道。

 それは不知火にとってはかつて、数え切れぬほどに行き来をした、なじみの深い勝手知ったる道だった。

 記憶にも、身体にも。その流れていく風景が、大地を踏みしめる感触が染みついている。

 

「こっち」

 

 不知火が手を引くと、雪羽は大人しく、言葉ひとつ発さぬままについてくる。

 妹の双眸にはまだ、泣きはらした跡が残っていて。

 鼻も、まだ少し赤い。

 悄気かえった子供のように黙りこくって、ただ彼女は不知火に手を引かれているがままだった。

 こんな顔をさせたくなかった。

 ゆきの泣き顔を見たくなかったから、この島に一緒にやってきたというのに。

 伝える言葉選びも、やり方も。下手くそだな、私。

 

「小学生の頃。よくこうやって夕方、この道を帰ってたんだ」

 

 思いながら、言葉を向ける。

 背中の向こう。振り返ることなく。

 右手を流れていく植え込みに、一瞬目を遣りつつ。なにげない思い出話を、不知火は雪羽へと、そっと投げる。

 投げ返してくれなくていい。ただ、彼女の気が紛れれば、と。

 

「この植え込み、金木犀でさ。秋はすごくきれいで、いい匂いなんだよね。あとひと月、ふた月くらいで咲き始めるかな」

 

 妹は、無言を貫いている。

 夕焼けの道に、手をつないだふたりぶんの影が、長く、長く伸びる。

 植え込みの横を抜けていく、道を進んで。

 またひとつ、右に曲がって。ブロック塀の脇を行く。

 ほんの、十数歩ほど。そこで不知火は、足を止める。

 

「──ごめんね」

 

 世間話は、そこまでだった。

 声のトーンを落としたのは、意識してそうしたわけではない。

 雪羽も雰囲気の変化に気付いてか、握り合った掌を、指先をぴくりと一瞬、反応させる。

 

「いきなりばっかりで、ごめん。混乱させて。泣かせちゃって、ごめん。……ひどい、姉だね」

「……っ、あ、っ。その……っ」

 

 伝えたかった。

 悲しませたり、傷つけたり、したくなかった。

 笑っていてほしかった。

 そういった自分自身の欲求に呑まれて、知らず知らず、舞い上がっていたのかもしれない。

 

「ゆき。ここが、私の生まれ育った家だよ」

 

 前回にこの場所へと戻ってきたのは昨年の、やはり夏だった。

 お正月は、帰ってこれなかったから。

 インフルエンザにかかって生憎、不知火自身ダウンしていたし。兄も海外から、戻ってくる余裕がなかった。……今思えば、結婚が秒読み段階だったのだろうから、忙しかったのだろうと想像できる。

 

「ね、ゆき」

 

 ごく、当たり前に。背後の雪羽が、顔を上げてそこにあるものを見上げたのが、その仕草が分かった。

 分かったからこそ、そうやって重苦しさを付加することなく、彼女に声を向けられたのだと思う。

 

「埃っぽいところで悪いけど。──ゆき。少し、話をしよう」

 

 ううん、少しなんかじゃきっとない。

 これまで私たちが重ねてきたものと、同じくらい。

 もっともっと、それ以上に濃密に。

 ふたりはきっと、語らわなくてはならないのだ。

 不知火、自身のこと。雪羽の、思っていること。

 姉妹、ふたりが互いに対して。互いに望み、願っていること。わかりあわなくては、ならないのだと、思う。

 

                  *   *   *

 

「姉ちゃんって、彼氏いないの」

「──は?」

 

 なん、ですと?

 

「いや、だから。彼氏」

 

 弟が、不意に言った。

 落ち着いた時間帯の、『白夜』店内。キッチンには姉弟ふたりきり。父はアルバイト陣の出勤シフトを組むと言って、客席の隅のテーブルでノートパソコンに向かっている。

 

「え。あの、……なんで?」

「いや。だって、女子高生ってそういうもんかと」

 

 彼氏の、ひとりくらい。

 食器洗浄機から出てきたお皿をまとめながら、朴訥とした感じに弟は言う。

 

「……いません、けど?」

 

 弟の問いが唐突で、そのうえ訊いているのはあちらのくせになんだか期待感もゼロで、彩夜としては些か戸惑ってしまう。

 そりゃ、いませんよ。いませんとも。

 生まれて、このかた。

 

「ま、そりゃそうか」

「わかってて訊かないでくださいよ」

 

 あんみつに使う白玉を、沸騰したお湯に入れていく。

 仕込みの作業をやりつつ、彩夜は自身よりずっと背の高い中学生の弟を、上目遣いに見遣る。

 

「誰か、いないの。いい人とか」

「いい人って。なに、それ」

 

 そんな、仕事ひと筋のキャリアウーマンさんに結婚を催促するお祖母さんじゃあるまいし。

 思わず、弟の表現に対し苦笑する。

 

「いない。いないですよ」

 

 高校生というだけで、すぐに彼氏彼女をつくれたら苦労はない。

 別に期待を持たせていたわけでもない。中学生から見た高校生というバイアスがあるにせよ、それは過剰評価というものだ。

 現実にそんなものいない。もちろんそれにしたって、彩夜の場合は、ということになるけれど。

 

「ふうん。そう」

「なんですか、いきなり」

 

 というか。訊いておいて「でしょうね」と言わんばかりのそのリアクションは多少、失礼ではなかろうか。

 一応、姉なんだぞ。

 

「いや。んじゃ、雪姉たちは?」

「雪羽ちゃん? いないと思いますよ」

 

 うん。だって。

 あの子は今──。

 

「不知火ちゃんのことで、頭がいっぱいのはずだから」

 

 ふたり、今は長崎の離島に出かけている幼なじみとその義姉の、手と手繋ぎあった後姿を、脳裏に思い描く。

 血の繋がりなんて関係ない。仲、睦まじい姉妹の情景。

 

「そっか。それも、そうか」

 

 曖昧に、夕矢は頷いて。

 

「じゃあ、不知火さんも?」

「え?」

 

 そうやって俯いたまま、ぽつりと付け加えるように言う。

 不知火ちゃんが──なんだって?

 

「いや、だから」

 

 ローテンションな弟の、ぎこちなくて、そして「しまった」という色がありありとにじみ出ている声を聴くのはもしかしたら、幼い頃以来かもしれなかった。

 そのくらい、姉である彩夜から見ても、そのとき発せられた弟の声は、わかりやすかったのだ。

 そこに含まれている彼の感情というか。不安というか。──心配というか、そういうものが。

 

「不知火さんも、その、彼氏とか」

「……いないと、思いますけど?」

 

 両目を伏せて、深々とした溜め息を吐いたあたり、彼も観念をしたのだろう。

 あまりにも直接的な、その質問が。裏にあるすべてを物語っている、語るに落ちている、と。

 

「ね、ユウくん。もしかしたら、お姉ちゃんの勘違いかもしれないんだけど、いいかな」

「──ああ」

 

 多分、勘違いじゃないよ。

 弟は珍しく、素直だった。そうやって、言葉に出す程度には。俯き気味のその頬が、冷静な彼らしくもなく、仄かに赤みを帯びているように思えた。

 

「もしかして、ユウくん。不知火ちゃんのこと、好きなの?」

 

 それはいつだったか、彼に向けた問いとは正反対の方向性を持った質問。

 あのときは、曖昧に終わったこと。

 だけれどそこから先も、以前とは異なっていて。

 弟は、逃げなかった。

 小さく、でもたしかに。頷いて見せた。

 友へと、幼なじみの姉へと、己が弟の向けた好意をこのとき、彩夜は知った。

 彼の一目惚れで、初恋を──姉である彩夜は、推測でもなんでもない、確定をした事実として理解したのである。

 

                  *   *   *

 

 埃っぽい、と姉が言ったように、たしかにその日本家屋は、長い間動くことのなかった空気が滞留をしていて、埃と黴の匂いが鼻の奥をつんつんと刺激していく。

 長らく留守にしていたのだから、無理もない。それでどうこう、思うわけもない。

 雨戸と二重になった、摺りガラスの障子戸を姉が引く。そこに、縁側に続く廊下が出来る。

 

「おいで」

 

 姉はもう、雪羽の手を引いてはいなかった。

 ふたり、下はショートパンツに裸足。上半身も水着の上からパーカーを羽織っただけだった。

 夕日差し込む縁側に出て、姉が振り返る。

 足の裏を持ち上げてみて、ああ、やっぱり。あとで足、洗わなきゃね。──なんて苦笑している。

 

「あっちに行くと、仏壇のある客間。お墓参りしたときに紹介した、おじいちゃんの。お父さんの仏壇、置いてあるんだ」

 

 多分買い置きのお線香と蝋燭、残ってたはずだから。

 あとで、お線香上げに行こうか。

 

「私たちの家に持っていくことも考えたんだけどね。兄さんが、『ここが父さんたちの家だから』って。忘れないように──私たちが来ればいい、里帰りすればいいんだ、って。だから、ここにある」

 

 目の前に広がるのは、こちらもやはり長らく放置されたこともあってか、手入れが行き届いているとは言いきれない、草生した庭。

 それを前にして、姉はこちらを手招きして。縁側に腰を下ろす。

 その表情も仕草も、明るくて。

 雪羽に伝えたこれからも、決意も。どこかに行ってしまったかのように、笑っている。

 

「座ろう。話を、しよう」

 

 そんな姉が、わからない。

 泣きそうになってくる自分が、いる。

 

「そんな顔、しないで」

 

 姉は繰り返し、雪羽へと促す。

 数瞬の躊躇があった。板張りの床の冷たさから、やがて雪羽は爪先を持ち上げる。

 話を、する。いったいなにを話せばいいだろう。どう、話せばいいんだろう。姉はどんなことを、話したいんだろう。

 

「この家に住んでた頃のことを、聴いてほしいんだ」

 

 姉の隣に、身をかがめて腰を下ろす。

 庭石の上へと、裸足の両脚を投げ出す。

 

「世界を失う、その未来を知る前までと。知ってからのこと。そうだね、どこから話そうか」

 

 夕日を見上げて、姉は呟いた。

 その言葉は雪羽だけに向けられたわけではなく、自問のためのものでもあったのだろう。

 

「……ずっと前から、知ってたの?」

 

 だから。雪羽が思わず向けた問いが、彼女を一瞬、きょとんとさせる。

 ああ、そういう流れからいけばいいか。

 きっと、姉はそんな風に、安心して。決めかねていた話の枕を定めたのだと思う。

 

「うん。……みっちゃんたちと、何度こういう話をしたかな。──私がこういう性格になったのも、未来を知ってしまったからっていう部分があると思うんだ」

 

                  *   *   *

 

「終わりがやってくるって知るまでは、夢があったんだ」

「夢? 将来の?」

「うん。お裁縫、好きだったから。お洋服のデザイン──ファッションデザイナー。自分でつくった服が、たくさんの人たちに着てもらえたら、って」

 

 小学生の頃、とにかくたくさん刺繍や、お裁縫やってたんだ。

 自分でなにかつくれるっていうのが楽しくって。どこまでも、なんでも出来る気がして。

 姉は過ぎ去った過去を懐かしむように目を細めて、夕日を見つめている。

 それは遅かれ早かれ、子どもが理解してしまう領域のことだったのだろう。

 自分になんでも出来ると思える、幼少時代。

 それが過ぎ去り、気付く。自分に出来ること、出来ないこと。

 けれど姉はその洗礼を、他者より早く、違ったかたちで。そしてある種、より残酷に、受けてしまった。

 

「自覚するより先に、私は突きつけられちゃった。残念ながら……ね」 

 

 持ち合わせた自身の向き不向きや、スキル的な部分からではなく。

 その、肉体ゆえの限界。終わりを、否応なく示されてしまった。

 言って笑う姉の姿に雪羽が抱くのは、罪悪感に類する感情。何度も繰り返してきた、けっして爽快ではない会話を姉に、再びさせてしまっているという、申し訳なさの痛みだ。

 

「……ごめんなさい」

「ゆき? ……そんな。謝らないでよ」

 

 私は、大丈夫だからさ。

 手を伸ばして、頭を撫でてくれる姉の表情は優しかった。でもそんな姉に、自分は無理をさせてしまっているのではないかと、雪羽はどうしても、思ってしまう。

 何度も、心の中で繰り返してきた疑問。

 ほんとうに、平気なのか。

 なぜそんなに、平然と笑っていられるのか。それらが消えることなく、ぽっかりと空洞になったようにすら感じられる心の中で、幾度も明滅しては残響する。

 

「なんで、大丈夫なの」

 

 どうして、平気でいられるの。

 残酷を承知で、雪羽は次の言葉を紡がずにはいられない。姉が、わからなくて。

 

「もう、諦めてしまったって、ことなの。あたしと出会う、ずっと前から」

 

 言って、後悔をした。すぐには姉の顔を見ることが出来なかった。

 沈黙の中、恐る恐るに視線を移した姉の表情はしかし、ショックを受けた様相でも、悲しげに歪んだものでもなく。

 少なくとも将来の不安や、怖れに支配されたそれでは、ない。

 

「諦めちゃったわけじゃないよ。すぐに治せる方法が見つかったなら、それに飛びつくと思う」

 

 ただ、微笑んでいる。雪羽を安心させようとしてくれているように、笑っているのだ。

 

「けど。ただ、今はほんとうに。雪羽を見ていたいんだ」

 

 永遠なんてない。いつかはなんにでも終わりがやってくるって教えてくれた、このふたつの眼で。

 この眼が最後に見えなくなる、最期の瞬間には、雪羽を見ていたい。

 

「そのとき、雪羽が笑っていてくれたなら最高だなって。そう、思うんだよ」

 

 まっすぐな瞳が、こちらを見つめている。

 そこにいつか、自分が映らなくなる日がやってきてしまう。たとえ視線を交差させたとしても──言葉ではわかっていても、けれど雪羽には遠い、実感のないことに思えてしまう。

 実感はないのに。それがものすごく、怖い。

 そうなったときあたしは、お姉ちゃんが望むように笑っていられるだろうか。

 自信が、なかった。

 

「私のわがままだって、わかってるから。そこから先に、雪羽を付き合わせるわけにはいかないって、思ったんだ」

 

 わからないことだらけで。

 呑み込めていなくって。

 だけどひとつだけ、はっきりしていることがある。

 

                  *   *   *

 

「いやだ」

「え?」

 

 すっくと、気付けば立ち上がっていた。

 逆光の中、姉の視界の前に、立ち塞がる。

 そうだ。いやだ、と思ったのだ。そんなの、いやだ、と。砂浜で泣きながら思い、姉へと懇願したように。

 その気持ちは今も、雪羽の中で変わらない。

 今だって、油断すればぽろぽろと涙をこぼして、泣いてしまいそうだ。

 

「いなくなる、なんて言わないで」

 

 姉が自分のわがままだ、なんて言うなら。

 雪羽にだって彼女にわがままをする権利はあるはずだ。

 彼女の将来に、これからについて。彼女とともに歩む、自分に対して。

 

「お姉ちゃんがいなくなったら、あたしは笑えない」

 

 あたしは、これからも。その先も。お姉ちゃんと一緒にいたい。

 

「ゆき……」

 

 いつまでも、なんて贅沢は言わない。言えるわけない。

 やってくる終わりを知ってしまっている人に。けれど、それでも──……。

 

「あたしはずっとずっと笑ってたい。お姉ちゃんの隣で。お姉ちゃんと一緒に」

 

 姉だって、言ってくれたじゃないか。

 あのとき。あの場所で。あの映画館で。

 見たい、ではなく。聴きたい、と雪羽に言ってくれたのは、そういうことじゃないのか。

 違うのは、雪羽がそれを終着点と思っていないこと。

 そうとも。姉の終着点なんかに、させるもんか。

 あそこは終着点なんかじゃない。あたしが、お姉ちゃんと。これからも何度だって訪れる場所。そうあってほしい、じゃない。そうしていかなくちゃいけないんだ。

 

「あの映画館で。お姉ちゃんの前で、演奏したい。お姉ちゃんに聴いてほしい。一度だけなんかじゃない。何度も、何度だって」

 

 だから、お願い。

 

「あたしから、離れていかないで。お姉ちゃんがいなかったら、あたしなんにもできない」

 

 笑えない。

 そういう未来だって、つくれない。たくさん、たくさんつくっていけるはずの、そんな素敵な未来さえ──……。

 

「あたしは、お姉ちゃんの妹で。お姉ちゃんはあたしの、姉なんだから」

 

 負担とか、重荷とか。そんなのどうだっていい。

 この時の止まった家にやってくるまで、ずっと引かれるだけだった手を、今度は雪羽の側から差し出す。

 姉が一瞬、躊躇をしたのがわかった。けれどそれでもゆっくりと、指先と指先を、彼女は重ねてくれて。

 その手を包み込む。こうしてふたりは、繋がりあう。

 

「いい、……の?」

「あたしが、そうじゃなきゃいやなんだ」

 

 重なり合った手と手を、姉は見つめていた。

 そして少しずつ、言葉を、たどたどしく発していく。

 

「……つらく、させるかもしれない」

「お姉ちゃんがいなくなるほうがつらい。もう、喪うのはいやだ」

「ゆきには、ゆきの人生が」

「あたしの人生には、お姉ちゃんもいてほしい」

 

 そうやって、幾度かの言葉を上塗りしあって。

 やがて、息を詰まらせたように姉はひととき、俯いて、黙りこくる。

 

「……いい、の? 望んでも」

 

 そうしておもてをあげた彼女の表情は、このときはじめて、決壊寸前の、泣きそうな顔をしていた。

 

「いいよ。あたしが、望んでる」

 

 姉の肩が、震えている。瞳に涙を、ためている。

 その様相は、葬儀の日にも、……はじめて雪羽のかつてを見せた四十九日のあの日でさえも、密やかに顔を埋めて、四十九日見せなかったもの。

 弱々しくて、ほんとうに。今にも壊れてしまいそうな──はじめて見る、同い年の、未熟な年齢の少女としての姉の姿。

 

「あたしは、お姉ちゃんがいい。お姉ちゃんと一緒が、いい」

 

 受け容れたつもりだった未来に、差し伸べられた手がある。そこに縋りつきたいと願う、少女がいる。

 

「あたしのお姉ちゃんでいて。不知火」

 

 姉は、雪羽の胸の中にいた。

 この日、はじめて雪羽は聴いた。

 不知火の、子どものように大きく響く、泣き声を。

 いつもとそれは、立場があべこべだった。肩を震わせて嗚咽するその人を、自分が包み込んでいる。

 この人が、あたしの姉で。

 あたしは──この人の、妹だ。

 

 

                 (つづく)

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