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天涯孤独の、ふたりだから  作者: 640orz
第一部 春から、夏まで
15/74

第十五話 夜空の花を、見上げながら

           第十五話 夜空の花を、見上げながら

 

 

 芹川 詩亜は、水泳の選手ではない。

 あくまで、所属する水泳部においてはマネージャー。けっして自らが競技を行う立場には、ない存在である。

 プールサイドに立ち、記録を取り。部室や顧問の教師の間の行き来をして、荷物を運び。部員たちを影ながら支えていく。それが彼女の役目だった。ほかの誰でもなく、詩亜がそれを望んだ。

 

「うん、そう。いいよ、身体の余計な力、抜いたまま」

 

 そんな彼女が部活の時間に水着を着て、プールに入ることは本来ない。

 だが今、詩亜は自身の水着を身につけて、……無論、競泳用なんて持っていないから、学校指定の紺のスクール水着だ、懸命にバタ足を繰り返している。

 普段は同級生や先輩たち、部員の面々を見守り、見下ろしているその水面に身を投じている。

 それは選手たちの練習後の時間。彼ら、彼女らのこなす濃密な、夏休みの集中的な練習量に比べればほんのささやかなものでしかない。

 しかしそれでも彼女は懸命で、精一杯に。

 その個人的な練習に付き合ってくれている、自身の練習後の水着姿そのままの不知火に手を引かれて、少しずつプールの水中を進んでいく。

 

「オーケー。無理しなくていい。すこし休もうか」

 

 言った不知火が、プールの底を蹴って、僅かに離れていく。

 詩亜を動揺させてしまわないよう。彼女が落ち着いて、水底に足を着地できるように、そっと握っていた指先から遠ざかって、ひと呼吸を置く。

 果たして不知火の意図したとおりに、詩亜もまた立ち上がり、両目からゴーグルを外す。

 上がった息を切らせながら、それを整えるかのように胸の上に右の掌を置く。

 

「大丈夫?」

「──はい。あり、がとう……ござい、ます……っ」

 

 不知火の気遣いに、詩亜は弾む息の中、笑って見せる。

 頼んだのはこちらなのだから。つきあってくれた友に、感謝しかない。そういう気持ちで笑ってくれているのだろう。

 

「少し歩いて、呼吸整えたら上がろうか」

「はい」

 

 再び不知火の差し出した手を取って、詩亜は歩き出す。

 

「でも、どうしたの? 急に、泳げるように練習したいって」

 

 彼女の水中歩行を先導しながら、ふと不知火は訊ねてみる。

 一瞬、詩亜はその質問を予想だにしていなかったかのように、意外そうな顔をして。察しや勘の良い彼女にしては、むしろこちらのほうが意外だった。

 

「ああ、そっか。わたしの中だけで脈絡がついちゃってたんですね」

「?」

「うん。たしかに、わたしと歌奈ちゃん以外にはきちんと説明しないとわかんないですよね」

「えー、と」

 

 話が抽象的で余計わからん。

 歌奈が出てくるってことは、姉妹に共通する理由があるのか。でも、歌奈は来ていないし。

 

「父の。もうすぐ命日なんです」

 

                  *   *   *

 

 お父さん、自衛官だったんだっけ。

 雪羽がそう声を向けると、アイスココアのストローをくるくるとやっていた友は、こくりと頷く。

 バイト中。訪れてくれた歌奈を接客中の、『白夜』での制服エプロン姿の雪羽である。

 

「そ。軍人さん──ああ、これは今住んでる家で、お世話になってる本屋のおじいさんの言い方ね。ずいぶん高齢の人だし。その仕事やってたとーさんの命日が、もうすぐなんだ」

 

 八月、十五日。

 お盆だし。終戦の日だっていう、大きなくくりのある日だけど。それとはまた別の事情でうちにとっては大事な日なんだ。

 言う歌奈の表情はけっして悲しげでも、寂しそうなものでもなく。ただ「そういうものだ」という彼女の認識を、傍らに立つ雪羽へと伝えてくる。

 ねーさんもいないし、店番も今日はベテランのバイトさんがいるし。ヒマだ。そう言って、歌奈は雪羽たちのもとに顔を出した。

 幸い、雪羽たちのほうも忙しさのピークは過ぎていたから、こうして彼女の座る席のすぐ傍に突っ立って、喋っていられる。

 もともと、夜には皆で花火大会を見に、夏祭りに繰り出す予定だった。お互いに顔をあわせる時間が早まっただけだ。

 

「歌奈ちゃーん。お待ちどうさまです。ホットケーキ、できましたよ」

 

 その注文品を、腕によりをかけた彩夜が運んでくる。

 彩夜特製の、『白夜』名物のパンケーキ。本人は何度訂正されても、言い直す気がないのか、そう呼ぶのが染みついてしまっているのか、「ホットケーキ」としか言わないけれど。

 でも、旨い。バターと、メイプルシロップと、クロテッドクリーム。それにバニラアイスまで添えられたそれは、これを楽しみに『白夜』へと通ってくれる常連さんもいるほどだ。

 待ってました、と目を輝かせる歌奈も、そんなひとりだった。

 たっぷりとシロップをかけて。クリームとバターを分厚く塗りつけたそれを大きめに切り分けて、歌奈は頬張る。

 

「うまいっ」

 

 飲み込んで、そしてココアで口の中を流して。ひと息吐いた彼女の思わず漏らした満足げなひと言に、製作者の彩夜も嬉しそうに微笑む。

 うん、旨いよね。知ってる。

 今日のまかない、久々にこれにしよっかな。そんな風に密かに、雪羽も思ってしまう。

 

「で? お盆だし命日ってことは、九州帰るの?」

「んー? うん、そのつもりだよー。お盆にあわせて二、三日。長崎のほうに」

「そっか」

 

 やりとりをする間にもまたひと口、歌奈はパンケーキを頬ばってはその味を満喫し、浸りきっている。

 と、不意に思い出したように、

 

「って、そーいや、そっちは? 初盆だけど、たしか不知火だって、もともとは地元、長崎のはずだよね?」

 

 上目遣いに、こちらを見上げてくる。

 ──うん。おいしいのはわかるから、とりあえずフォーク咥えたまま喋るのはやめなさい。行儀、悪いから。

 

「一緒に九州、行くの?」

 

 そうやって歌奈に首を傾げられて、ちょっと言いづらくて、雪羽は後頭部をぽんぽん、とやる。

 そう、今のところはうちにはお墓がふたつある。

 隣町の、隣町の、もうひとつ隣。駅で四つほどのところのベッドタウンの郊外にある、雨宮の家のお墓。

 そしてもうひとつは、歌奈が言うように、お姉ちゃんの生まれ故郷である九州の、長崎の。駒江家の、お墓だ。

 

「ああ、うん。そのことなんだけど」

 

 ちょっとお姉ちゃんと、あってさ。

 誕生日の夜を思い出す。

 抱きしめられた両腕の中で聴いた言葉。姉からの、心よりの願い。

 

「いっしょに行ってほしいところがあるって」

 

 この、夏休みに。それがきっと、お姉ちゃんにとって大切なことで。

 

「ぱっと思いつくのはまあ……そこかなって思う」

 

 お姉ちゃんの、ルーツ。生まれ育った場所。

 

「行くよ、もちろん。お姉ちゃんにとって、それが大事なことなんだったら」

 

 一緒に行きたいと、思う。

 そこにまだ雪羽の知らない、姉の姿があるのなら。

 雪羽だって、知りたい。知って、いきたい。

 

                  *   *   *

 

「雪羽ちゃんと、なにかありましたか?」

 

 一緒に練習をして、プールを出たのが最後だったから、当然にシャワーを浴びる順も、ふたりそろって最後尾だった。

 ふたり、隣り合ったシャワーをゆったりと使って、消毒液の匂いと、疲れとをたっぷり洗い流して。

 その頃には、更衣室にはもう、ふたりしか残っていなかった。

 プールと部室の鍵は最後に残った部員が返すことになっていたから、ふたりで一緒に出ればいい。

 夏休みの日中だ、時間なんていっぱいある。だからふたり、とくに急ぐこともなかった。シャワーのあたたかい雨に打たれながら、練習中に詩亜から聞いたことを思い返していた──。

 

「……どうして? なんで、わかったの」

 

 父と同じ将来を、詩亜が目指していること。

 ほかの誰かを守り、助けるというその職業を、そういう存在であった、顔すらもはや覚えていない父を、詩亜が尊敬していること。

 父がその道を選んだように、多数の助けとなれる存在でありたいと、詩亜が願っている。そうなりたいと思う。そのこと。

 なにより──姉として。歌奈を守れる存在になりたいと、不知火の手を握り返しながら、詩亜は言った。

 最後のひとつは、「お姉ちゃん同士」のしーちゃんだけに特別に、教えちゃいます。そう言ってひと差し指を立てて、こちらに微笑んでいた。

 

「わかりますよ。友だちですから。妹と暮らし始めたばかりの「お姉ちゃん同士」なんですから」

 

 そんな詩亜から不意の図星の言葉を受け取ったのは、シャワーに火照った身体も少しずつクーリングダウンを始めて、自身の長い髪から不知火が、タオルを使って丁寧に水分を吸わせ始めたその頃合いだった。

 ほかに見る者なんていない。バスタオル姿の互いだけが向かいあったその状況で向けられた問いは、あまりに、あまりに正確で。どうしてわかったのだろう、そんなにいつもと自分は違っていただろうか、と不思議にすら思えてくる。

 

「──なんて。ほんとは、半々くらいの予想でした。いつもとなにか違うな、ってわかってはいましたけど。雪羽ちゃんが原因かどうかは、確信まではなくて。実はちょっとかまをかけてしまいました」

 

 きっと、しーちゃんが深く思うことって。普段と少し調子を変えてしまうくらいのことなんて、雪羽ちゃんがらみの出来事くらいだろうから。

 

「……相変わらず、よく見てるね」

「普通ですよ、このくらい」

「いや、よく見てるよ、ほんと。詩亜は。……かなわないなぁ」

 

 そんなに自分の様子は、いつもと違っていただろうか? 首の後ろに手をやって考え込んでいると、どうぞ、と詩亜がドライヤーを差し出してくる。

 部室に、更衣室用のドライヤーは一台だけ。髪が長いぶんどうしたって不知火のほうが時間はかかる。感謝を告げつつ、遠慮なくひと足先に使わせてもらう。

 

「別に、喧嘩をしたとかじゃないよ」

「はい。だと思います。いつもと違うっていっても、しーちゃんも別に憔悴してたり、困ってたりとか、そんな感じでもなかったので」

 

 むしろ、そう。

 

「なんだか期待と不安が半々、みたいというか。でも絶対になにかやる、って決めてるのが伝わってくる、というか」

 

 前よりどっしり構えているように、思えました。

 

「ひょっとして、太ったかな?」

「違いますよ」

 

 苦笑する詩亜。下手な冗談だとは不知火自身、我ながら思う。

 ドライヤーを止めて、詩亜へと振り返る。

 自身のポーチをまさぐって、取り出すのは詩亜の前では、はじめてつけることになるリボン。

 

「うん。覚悟が決まったとか、そんな感じ……かな。格好をつけすぎかもしれないけど」

 

 鏡の前で、ポニーテールへとリボンを結んでいく。

 

「肚を据えた、くくった。そんな気持ちになれたんだと思う」

「雪羽ちゃんのおかげで?」

「──うん。間違いなく」

 

 だから、詩亜の勘は当たっている。

 困ったりなんかはしていない。

 むしろ、雪羽のおかげで勇気が持てた。彼女にいっぱい、誕生日は満ち足りた時間を過ごさせてもらえたのだから。

 

「不安は……うん。それも、まるきり全部、拭えてはいないだろうなって思う」

 

 こうしたい。こう、すべきだ。そう決めたとはいえ、そこから連なっていく結果はまだ、出てすらいないのだから。

 どうしたって完全には、先行きへの不安は取り去ることなんてできはしない。

 今は、覚悟は決めていても。

 現実にその瞬間を迎えて、臆し折れてしまうかもしれない。

 

「それでも、決めたんだ。雪羽に向き合うって」

 

 雪羽から迎え入れてくれるのを心穏やかに受け入れて、甘えているばかりではダメだ。たとえそれが怖くって、不安でも。自分は彼女の、姉なのだから。

 全部、知ってほしい。

 私の、こと。

 これまでのこと。

 これからのこと。ほんとうに、なにもかも。

 

「……素敵だと、思います」

 

 そのリボン。はじめて見ます。雪羽ちゃんからの、プレゼントですか。

 言いながら、詩亜はそっと、制服のブラウスを不知火の肩に羽織らせてくれる。そしてそのまま、両肩に手を置いて、鏡の中でまっすぐにこちらへと微笑んでくれた。

 鏡越しに両者の目線は交差をして。

 

「──うん。雪羽から、誕生日に」

 

 そう応える自分の声が少しむずがゆくて、でも同時、誇らしい。

 

「よく、似合ってます。楽譜のリボン」

 

 ありがとう。……友に、妹からの贈り物を褒めてもらえたのが嬉しかった。

 雪羽が一緒にいてくれる。そう感じられるような、きらきら星のリボン。このリボンが、勇気をくれる。

 自然に紡がれた感謝の言葉とともに、肩に置かれた指先へ、自身の掌を重ねる。

 

「楽しみですね、浴衣と合わせるの」

「うん。ほんとうに」

 

 そうだ。今日は夏祭りの日。

 この街にきて、はじめての。

 詩亜や、歌奈や、彩夜と一緒に出かける、はじめての夏祭りだ。

 不知火は、詩亜とともに。そして。

 ──雪羽は、彩夜と、歌奈と一緒に。やってくる。

 待ち受けているのは、互いの浴衣の姿。互いにはじめて見る、晴れの姿。

 

「ねえ、詩亜」

 

 楽しみだね。

 ほんとうに、今夜のお祭り。楽しみで、わくわくしている。

 

                  *   *   *

 

 その女性から声をかけられたとき、既に歌奈は出店で買ったわたあめを頬張っていた。

 露店や出店が大好きな彼女である。きと我慢なんてしきれないんだろうなぁと、予想はしていた。

 彩夜が、詩亜ちゃんたち待たなくていいの? と心配していたけれど、その言葉を向けられた歌奈本人が、


「わたあめなんて前菜みたいなもんでしょ、へーきへーき」

 

 と、よくわからない理屈で気にしていない様子だったから、たぶんそれでいいのだろう。

 ……とにかく。

 

「おっす」

 

 一同へとそう声をかけてきた金髪の女性は、少なくとも歌奈と彩夜には初対面のはずだった。

 

「レイアさん。それに、ひかり」

 

 雪羽たちと同じく、浴衣姿をしたレイアが、幼児用の浴衣を着せたひかりを抱えて笑っている。

 そっちのふたりははじめましてだな、と会釈をして、歌奈たちに簡単な自己紹介をする。──幸い、ふたりとも事情は知っている。名前と立場を聞けば、すぐにあああの人か、と納得したそぶりを見せてくれる。

 

「お前らみんな、よく似合ってるじゃん。いいね、いいね。祭りって感じだ」

 

 彩夜の浴衣は紙風船のカラフルな模様。

 雪羽は赤とんぼ。中学以来に毎年着ているものだから、このふたりに関してはお互いさほど、新鮮味はない。 

 一方で歌奈は、本人の活発さとか、大雑把さからは意外というべきか、白地に笹の葉が描かれた落ち着いた色調とデザインの浴衣に袖を通している。

 ああ。わたあめをすごい勢いでもぐもぐしていなければ、しっとり系浴衣美人だなんて格好もついたかもしれないのに。

 いや、似合ってはいるんだ、間違いなく。ほんとに。

 きれいだよ、歌奈。

 

「んで? 不知火は?」

 

 姉に誘われたのだというレイアさんは、しきりにきょろきょろと、雪羽の姉の姿を探す。

 

「あー、あいつ。アタシらの家から来るんですよ。浴衣持ってないって言ってたから。うちのねーさんのを……厳密にはかーさんのおさがり仕立て直したやつ、貸したげるってことで」

「へえ」

 

 そいつは楽しみだ。

 レイアさんが言った直後、巾着の中で、バイブ設定の携帯が揺れる。

 姉からだろうかと引っ張り出して。画面を点灯させるより早く、背後から声が聞こえてくる。

 ああ、いたいた。

 お待たせ。──って。

 

                  *   *   *

 

 石段を登り切ったそこで、こちらに目を向けた妹が、息を呑んでくれているのがわかった。

 浴衣なんて、はじめて着る。だからちゃんと着れているだろうか、似合っているだろうか。おかしくはないだろうかと不安だったから、──もちろん着付けてくれた詩亜のことは信頼していたから、それは不知火自身の素材と、未経験さの問題ということだ──妹の見せたその反応に少しほっとする。

 

「お待たせしました。ちょっと着付けるのに手間取ってしまって」

 

 隣を歩く詩亜が発する声。彼女もまた白地の、しゃぼん玉の浴衣へとその身を包んでいる。

 そして、不知火は。

 

「……どう、かな?」

 

 淡い若草色のマーブル模様に、白い羽根が散っている。派手すぎない、不知火自身もひと目見て素敵だな、って思ったデザイン。初心者にはもったいないくらい(?)、こんな良いものを貸してくれてありがたいと思えた。

 

「やっぱり素材がいいから。しーちゃん、身長があるから。見栄えしますね」

 

 妹たちの正面で、ふたりは立ち止まる。

 呆けたように見つめている雪羽たちが、次の声を発するのを待っている。

 

「雪羽?」

「……あ。うん、す、すごくきれいだなー、って。なんか見惚れちゃって」

 

 雪羽の目線と、目線が絡み合う。

 気付いてくれただろうかと、左側の髪をそっと、耳から払うようにかきあげる。

 

「──あ……!」

 

 そしてそれを見つけたのだろう、雪羽が思わず声をあげる。

 いつもより少しだけ複雑に結った不知火の長い髪には、その左サイドには今、ふたつの輝きが、街灯の輝きを反射して銀色に煌めいている。


「──つけて、くれたんだ」

 

 それは音符。楽譜を彩るかたち。

 そしてそれは、楽器。音色を奏でる、そのかたち。

 兄からのもの。妹からのもの。ふたつの髪飾りを、不知火はちゃんと今日、つけてきた。

 

「もちろん」

 

 当然の、選択だもの。リボンだって。

 少し照れ臭くはあったけれど、あたたかな気持ちで、不知火は妹に笑いかける。

 雪羽も、笑って。破顔して、満面に湛えた笑顔に目を細めて。

 そう、「くしゃっと」笑ったその瞬間に──夜空に、花が咲く。

 

「お、始まった始まった」

 

 食べきったわたあめの棒を、指揮者のように軽く振って、歌奈が夜空に咲き始めた花火たちを見上げる。

 そこにいる皆が、ど派手に夜空へと花開き続ける一瞬の花弁たちを見上げ、瞳奪われていく。

 遅れてやってきた「姉」ふたりは花火舞う空の下、それぞれの妹のもとに踏み出し、合流をしていく。

 不知火の場合は、妹と。金髪の昔馴染みが抱えた幼い少女の間に並ぶ。

 ひかりの頬を軽く撫でてやって、そして。

 雪羽の手をとり、握り合う。

 

「きれいだね」

 

 囁くように、言う。

 

「……うん。今年は、いつもにも増して、とっても」

 

 姉さんと見に来たのも、もう何年も前だったからかな。余計にきれいに思えるよ。雪羽のそんな囁きが、返ってくる。

 

「それと」

「?」

 

 一瞬、握り合った掌に力が増したのを、気付かない不知火ではなかった。

 

「きれいなのは、お姉ちゃんもだよ。似合ってるよ、すっごく」

 

 ひと際大きな花火が直後、打ちあがる。

 どきりとして、妹のほうを思わず、不知火は見る。

 色とりどりの花火の光に照らし出された雪羽は頭上から目をそらさずに、赤らめた頬でそちらを見つめ続ける。

 不知火の顔に、ふっと、ごく自然に笑みが零れる。

 

「……ありがと」

 

 夜空には、まだまだたくさん、閃光の花が咲き誇り続ける──……。

 

 

                     (つづく)

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