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天涯孤独の、ふたりだから  作者: 640orz
第一部 春から、夏まで
13/74

第十三話 レイアのひかり、私たちのひかり 後編

          第十三話 レイアのひかり、私たちのひかり 後編


 

 ふたりで一緒に選んで買った、ホールのケーキの箱が、ふたりの真ん中で揺れている。

 

「白鷺のおじさん、今朝、電話で言ってた。お前たちがよく考えて出した結論なら、支える──、って」

 

 食べきれるだろうか。イチゴや、フルーツのたくさん載った、雪のように真っ白な生クリームのデコレーションケーキ。ケーキといえばこれでしょう、という外見そのものの、王道中の王道といったそのケーキはずしりと重い。幼児を含めての女四人ぶんとして見るには、些かサイズを大きめに奮発しすぎたかもしれない。

 大丈夫だよ。レイアはあれで、すごくたくさん食べる人だから。購入時にケーキ店のショーウインドー前で梱包を待ちながら、姉はそう言って笑っていた。

 その箱を収めた紙袋を、姉妹ふたり、分け合って提げ歩く。

 

「なんかごめんね、お姉ちゃん」

「え? なにが?」

 

 今日の、こと。

 

「せっかくの誕生日なのに、これからのこと」

「ああ、そんなこと。……別に、大丈夫だよ」

 

 ふたり、街路樹のように向日葵の植えられた並木道を、そのアスファルトを足並みそろえて歩いていく。

 

「たしかに、私たちがこれからしようとしてるのは、一見すれば重いことかもしれないけど。でも、必要で、大事で。それを私が、私の誕生日にやれるって、素敵なことなんじゃないかなって思う」

 

 キャミソール。タンクトップ。ショートパンツに、サンダル。隣を歩く雪羽に、Tシャツとデニム姿の姉は笑いかける。

 

「だって、こうして隣に雪羽がいてくれる」

 

 兄さんたちは空の上から見守ってくれていて。

 これから行く先には、兄さんたちの愛した子と、レイアとが待っていてくれる。

 

「これ以上ないくらい、素敵な誕生日だと私は思うな」

「お姉ちゃん……」

「ありがと、心配してくれて」

 

 そしてありがとう、祝ってくれて。

 ケーキの袋を真ん中に挟んでいたから、ふたりの並んで歩く間には少し、隙間があった。

 袋を握る手と手を重ねるようにしながら、姉はその距離を詰めて、雪羽に身を寄せてくる。

 指と指とが交差して。袋を提げながら、ふたりの掌は恋人みたいに重なって。

 

「やっと。やっと、だよ」

「え?」

「これから二か月。たった二か月だけど、やっと私、雪羽よりお姉ちゃんになれるんだもん」

 

 それを雪羽に祝ってもらえる。レイアがいて、兄さんたちの子がいる。

 ほんと、最高だよ。

 浮かれたように明るく笑う、姉。その仕草が微笑ましくって、雪羽も笑う。

 これからふたりは、レイアさんのもとに向かう。

 祝ってあげるから、気楽においで。そう言ってくれた、不知火の旧知の女性が待つ、その家に。

 

「……うん。お姉ちゃんが、ほんとにお姉ちゃんになるんだもんね」

 

 きっと自分たちの選択は、考えは間違っていないと思う。

 その想いとともに、ふたりは歩いていく。

 今日は、姉の。

 駒江 不知火という少女の、誕生日。

 

                  *   *   *

 

「うわ、すごいね」

 

 ここで待ってるよ、と伝えられた住所には、てっきり不知火は、宿泊先のホテルでもあるのかと思っていた。

 なにしろ来訪自体が急だったのだ。この街に拠点らしい拠点をレイアが持っているはずがない。暫くの滞在先としてどこかに宿をとっているのだろう。その程度にしか、考えていなかった。

 だがそこにあったのは、小奇麗な、設備の整った真っ白なマンションのそれとしての建物であり。

 

「あれ、言ってなかったっけ。秋から隣の市の大学で講義受け持つことになったんだよ。そりゃもちろん、最初の数日はホテル暮らしだったけどさ」

 

 うん、言ってないです。一応の確認にと建物の玄関先からかけた電話口で告げられた時、率直にそう唖然としたものだ。

 完全に、この街に住むんじゃないか。

 そして足を踏み入れた部屋にて、一層、雪羽とふたり揃って驚かされる。

 

「いや、これ。作りすぎじゃない? さすがに」

 

 広い間取りの、小奇麗な部屋。

 引っ越したばかりというのが伝わってくる、汚れひとつないそのダイニングのテーブルに、所狭しと無数の料理が並べられている。

 トレーいっぱいのサンドイッチ。サラダも、特大のボウルで。

 大皿に盛られたフライドチキン。

 ローストビーフも、フライドポテトもたくさん。そりゃあレイア自身がほかならぬ、生粋のアメリカ人だから無理もないことなのだけれど、いかにも日本人が想像するような、特大サイズの並ぶアメリカン・ホームパーティそのものとでもいうべきステレオタイプな様相がそこには広がっている。

 祝うべきは、こうする。

 楽しむべきとはこういうこと。そうやって、ボリュームというかたちで視覚的にもとてもわかりやすい表現を用いて、パーティの用意がなされている。

 

「三人。ひかり入れても四人でこれ、食べきれるの?」

 

 雪羽が思わずそう感想を漏らしたのも、仕方ないことだと思う。

 レイアがほんとうによく食べる人間だということを知っていなければ、不知火もまたきっと同じ反応をしていただろう。

 食べるんだよ、実際。この人は。

 きっとこの人数でも、食べきれる。

 

「おー、いらっしゃい。荷物、適当にその辺に置いて。引っ越しの片づけは済んでるし、掃除もばっちりだから」

 

 洗面所で手、洗ってきな。

 キッチンに立つレイアは、これだけ料理が並んでいながらまだ、なにか鍋の中をじっくりかきまわして、こちらを振り返る。

 

「なにか手伝いましょうか。切り分けたりとか」

「んー? ああ、料理得意なんだっけ。でもだいじょーぶ、もうすぐ全部できるからさ。皿とか、グラスとか持って行ってよ」

 

                  *   *   *

 

 大鍋いっぱいのミネストローネ・スープもまた、すごい量だった。

 うん、大丈夫。飲めるから。レイアは。飲みきれるから、この人は──お姉ちゃんがなんだか諦めたように肩を竦めつつ、一緒に席につく。

 マジでか。この量、消費できるのか。

 向かい側には、レイアさん。そして幼児用の高椅子に、ベルトで落ちないよう固定してもらったひかりが座る。

 先日、会ったことを覚えているのかしきりにこちらを、雪羽と不知火の顔を交互にきょとんと見つめては、見比べている。

 

「ひかり、好き嫌いとかはないんですか」

「うん、いまのところは。なんでもぱくぱく食べるよー」

 

 言って、レイアさんはキャラクターのプリントされたエプロンを、ひかりに巻いてやる。

 幼児用の小さな皿や、先の丸いフォークや。ひかりの前には並んでいる。

 なんというか、うん。……親子、って感じのやりとりがそこにある。

 

「こんなに準備してもらって、なんだかゴメンね、レイア。引っ越したばかりなのに」

「いいの、いいの。今日は特別な日なんだから」

 

 不知火にとっても。

 ユキハや、ひかりにとっても。──ね。

 姉とレイアさんのやりとりを見るにつけ、なるほど、姉が彼女に気を許している、心を開いているのが伝わってくる。

 かいつまんで、姉から説明は受けてはいたけれど。

 はじめて家にやってきてくれたときに、その片鱗を目にしてもいたけれど。

 昔馴染みで、長い付き合いだというのは、……ああ、本当なんだな、とあらためて思う。

 

「誕生日、おめでとう。不知火」

 

 レイアさんは、自身のグラスを片手に掲げて。軽く振って見せながら、その中のアイスティ越しに、不知火へと微笑を向ける。

 ありがとう──そう、姉が彼女へと、返す前に。

 

「結論は、でたかい?」

 

 単刀直入にずばりと、問いを続ける。

 あまりの率直さに、こちらが思わず苦笑を漏らしてしまうほどに、それはまっすぐで、迷いなく。

 交互に姉と見竦められて、姉妹、横目を交わし合う。

 不知火が一瞬伏せた双眸は、深い息とともに再び開かれて。

 

「──うん。ふたりでいっぱい話し合って、お互いいっぱい考えて。答えは出したつもり。……ちゃんと、決めたよ」

 

 ひかりの、こと。

 私たちが、どうしたいか。どうするのがいいと、思ったか。

 

「ね、雪羽」

 

 姉の声に頷く。

 テーブルの下で、指先と指先が触れ合って。掌を重ね、握り合う。

 

「……訊いても?」

「うん。──だけど。だけど、その前に」

 

 その前に、逆に、聴かせてほしい。

 知りたいことが、あるんだ。

 

「ワタシから? 知りたいこと?」

 

 ひと口、アイスティを啜って。レイアさんは首を傾げる。

 姉はそんな彼女に、言葉を続けていく。

 

「ユキハのために?」

「ううん。よく考えたら私だって、海外に行ってからの兄さんのことは殆ど、知らない」

 

 実際に海外まで会いに行ったことは、ないから。帰ってきた兄さんの姿を、知っているだけ。

 

「だから、知りたいんだ。そしてそれはきっと、雪羽と小雨さんのことにもつながっていて」

 

 雪羽にも、それは大事なこと。

 ふたりのことを、もっと知ること。それはひかりを知ることにも、きっとつながっていく。

 

「兄さんのこと。小雨さんのこと。ひかりのこと。もっともっといっぱい。もちろん、レイアのことも。私も、雪羽ももっと、知りたい。ちゃんと知らなくちゃ、いけないんだ」

 

                  *   *   *

 

 レイアさんとはじめて出会った頃のことは、既に雪羽だって、不知火から聴いている。

 お義兄さんと同じ研究室の、留学生。研究テーマも同じで、同じく医師を目指していて。

 そして兄に惚れてくれた人。

 お姉ちゃんはそう、懐かしむように微笑んで、遠い目をしていた。

 

「あの頃は兄さんも私も、同じ家に住んでたからね。長崎の、ふたり暮らししてた家。もう今はないけど──週に四、五日はレイア、入り浸ってたからね」

「そりゃーもう。ありゃ居候に近かったよね、今考えたら」

「自分で言わないの。あの頃は三人で、楽しくやってたよね」

 

 それは雪羽の知らない頃の姉。

 義兄が、生きていた時代。その日々には、雪羽はまだいなかった。

 

「白状するとさ、ほんとひと目惚れだったんだよね。はじめてあいつと講義が一緒になって。それがはじまり」

 

 同じ教授、同じ研究室。やりたいこともほぼ同じだと知って。

 大袈裟かもしれないけど、運命だと思った。

 サラダをつつきながら、しみじみとレイアは言う。

 

「ま、ふられたんだけどね」

 

 マカロニグラタンを口の周りにくっつけたひかりを、その顔を拭いてやり、そして微笑む。

 たくさん食べな、なんて笑って。

 

「でもそのわりには、全然変わらなかったよね。兄さんも、レイアも」

 

 研究発表のたびに、一緒に作業して。

 うちに泊まり込みで、過ごして。一緒にご飯を食べたり、私のベッドの隣に布団を敷いて寝たり。三人で旅行に、行ったり。

 レイアから言われなかったら、わからなかった。

 びっくりしたんだからね、と。姉は金髪の、年上の女性に向かい口を尖らせる。

 

「ほんと、そのくらい家族同然だった。でしょ?」

「──うん。だからなんだろう、な。ワタシがあいつの特別になれなかったのは」

「え?」

 

 ほら、あーんして。フライドチキンの骨を外して、レイアはひかりに食べさせてやる。

 

「距離が、近すぎたんだろうな。あいつ、言ってたよ。『存在が当たり前すぎて、家族みたいで。好いた好かれた、っていう風には見れない』ってさ」

 

 つまりは、恋人にはなれない。そう、宣告されたということ。

 

「結局そのままだらだらと大学出るまで同じような関係が続いて。それが居心地、よくって。卒業してからもちょくちょく連絡はしてたんだ」

 

 キャラクターがプリントされた、プラスティックのコップも口に運んでやる。入っているのは、クリア果汁のリンゴジュース。

 ひかりはそれをひと口飲んで、レイアはそれをひかりの口許から離すと、甲斐甲斐しく彼女の口周りを拭いてやる。

 それらの一部始終を、雪羽は。そして不知火は、見守っている。

 さながら親子同然の、そのふたりの様を。

 

「だからさ、あいつから結婚するって連絡もらったとき、驚いたんだよ。そんで、ちょっと悔しかった」

「あ……」

 

 そりゃそうだよ。今までずっと一緒にいた女を袖にしてさ。

 そんなあいつと結婚する女って、どんなやつなんだろうって、気になって。だから、会いに行ったんだ。顔を、見に行った。

 

「そのときに、姉さんに出会ったんですか?」

「……うん。悔しいけど、たしかにワタシとは全然違った。なんか、納得できちゃった。前にも言ったと思うけど」

 

 夫婦になるって、こういう関係なんだなって。

 たしかにワタシには、こうはなれなかった──勝負になってなかったな、ってさ。……天を仰ぐ、レイア。

 彼女はやがて、雪羽の向けた目線に気付く。そして、苦笑をする。

 

「ああ、ごめん。気にさせちゃった? 別にお姉さんを責めてたりとかってわけじゃないんだよ。ほんとに、『ああ、こういうことね』って納得しちゃって。負けたなーって、そんだけだったから。これも前に言ったっけ」

「あ、はい。大丈夫です。わかってますから」

 

 お気遣いなく。

 ありがとう。

 そんな、やりとりを交わして。

 

「……ただ、ほんとにもったいないよなぁ、とも思う」

「え?」

「だってさ。不知火がいて。ユキハもこんないい子でさ。ひかりまで、いるんだぜ。不満なんてなにもないだろう。なのに。なのにさ」

 

 ──なのに、なにもふたりで先に逝っちまうこと、ないじゃないか。

 レイアの浮かべた微笑は、それまでと違って、どこか寂しげで、力なく。

 雪羽たちも、その仕草に、声音に息を呑む。

 

「レイアさん……」

 

 暫し彼女は、フォークの先で、皿の料理を口に運ぶでもなく弄んで。

 やがて、その隣で、眠くなってきたのであろう幼いひかりが、とろんと舟を漕ぎはじめているのに気付く。

 

「ああ、ごめん。そろそろお昼寝の時間だったか」

 

 エプロンを外してやって、抱き上げるレイア。こっくり、こっくりと、既にひかりは眠りに落ち始めている。

 

 カーペットに、ブランケットを広げて。その上に、包み込むようにして寝かせてやる。

 

「レイア」

「うん?」

 

 彼女が立ったように。不知火も自身の席から腰を浮かす。それは雪羽も同じ。手と手繋ぎあったまま、ふたり立ち上がる。

 

「レイア。──今から私たちが言うのは、我が儘だ」

 

 どうしようもないくらい、勝手で。甘えたことなのかもしれない。

 

「私たちはまだ子どもだから。大人のレイアに甘えたことを、言うんだと思う」

 

 振り返ったレイアに、姉が言葉を投げる。

 ふたりの総意を、語ってくれている。

 

「レイアに、預かってほしいんだ。兄さんと、小雨さんの思い出を。ふたりの最後の思い出を知ってるレイアに、ひかりを満たしてやってほしい」

 

                  *   *   *

 

 自分は詭弁を言っているのだろうか、と、心のどこかで疚しく思う己を、不知火は自覚している。

 

「──どういうことだい?」

 

 膝を曲げて、ひかりを寝かしつけていたレイアが再び立ち上がる。

 その眼には、探るような光がある。

 無論、こちらの言っていることは既に彼女は理解しているのだろう。ひょっとすると、責めているのだろうか──彼女の提案に対しふたりが出した、この答えを。

 

「レイア。レイアの中には、今でも、兄さんはいる?」

「──訊いてるのはこっちなんだけどなぁ」

 

 わしゃわしゃと金髪をかきあげながら、苦く笑う。

 

「そんなの、もちろんじゃんか。惚れた男だぜ。ずっとそこにあり続けてなきゃ、会いに行ったりするもんか」

「うん──うん。だよね」

 

 当たり前のこと、言わすなよ。レイアの言葉は至極、ごもっともであり。

 

「ありがとう」

「え」

「そのうえで、思ったんだ。私にも、雪羽にも。兄さんや小雨さんはとても大事で。思い出が大切で。そこに加わってくれるはずだったひかりももちろん、かけがえのないものなんだ、って」

 

 守っていきたい。

 見守って、いきたい。ふたり揃って、そう思った。

 

「でもだからこそ、私たちだけじゃひかりに満たしてやれないことがある。そのこともわかるし、それじゃダメだ、嫌だって思う」

 

 私たちじゃできないこと。

 ひかりに伝えて、あげられないこと。

 

「私は、兄さんのことはたくさん知ってる。雪羽も、小雨さんの思い出には溢れてる。だけど」

 

 でも、ふたりが。ふたり同士になってからのことは殆どなにも、知らない。ふたりがふたりでいるその光景すら、実際には一度だって見てはいない。

 

「ひかりの、お父さんとお母さんになるはずだったふたりが夫婦をやっているところを直接に見たのは、レイアだけなんだ」

「不知火。しかし」

「あのっ」

 

 握り合った手に力を込めながら、雪羽もまた口を開く。

 レイアに向かい、雪羽らしい、まっすぐで、素直な言葉を紡いでいく。

 

「今日も見てて思ったんです。レイアさんにいろんなことをしてもらって、ひかり、すごく安心していて。まるで親子みたいだって──晴彦さんや姉さんを喪ったひかりから、この状況をまた取り上げちゃいけないって、そう思って……!」

「ユキハ……」

 

 そうだ。これ以上、幼い子から『親』を切り離してはいけない。その気持ちもふたりには強くって。

 ひと足先に、天涯孤独となってしまったふたりだからこそ、余計に、幼いひかりから奪いたくないと思うのだ。

 

「それに。レイアにも手放してほしくないんだ。ひかりは、最後のふたりとの──兄さんたちとの繋がりだから」

 

 今でも兄さんを好きだって言ってくれたレイアには、繋がってい続けてほしい。

 

「ダメ、かな」

 

 だから望む。ひかりと一緒にいてくれることを。

 ひかりと一緒に、私たちの傍に、いてほしいということを。

 

「不知火。ユキハ──……」

 

 レイアは俯いて。何度か瞬きをして、思案に暮れる。

 十秒。二十秒。──やがて。

 

「……ったく」

「え?」

「ほんとに、まったくだよ。ほんと、兄妹揃って」

 

 わがまま、言ってくれるよ。こちとらまだ二十代、若い身空だってのに。

 やおら、天を仰いで深々と息を吐くレイア。

 

「実はさ、むこうで会ったとき、ハルヒコのやつに言われたんだよ。『もうじき帰るつもりだけど、なにかあったらそのときは不知火を、妹ちゃんを頼む』ってさ」

 

 ワタシにも人生ってモンがあるってのに。

 言いながらしかし、レイアのその口調は本気で責めるものではなく。

 

「……しょーがないな」

 

 再度、深々と溜め息を吐いた。

 

「え」

「え、じゃないよ。何度も言わすな。いいっつってんの」

 

 そして目を逸らしながら、頬を掻く。やがて目線を落として、幼子を彼女は見下ろして。

 

「親子。親子、か。そうだな。……そうかも」

 

 その眼はとても穏やかで、やさしかった。

 

「この数か月。この子と一緒で、すごく悪くなかったから」

 

 いいよ。

 この子と一緒に、ここにいるよ。

 お前たちを、見守っていてやる。あいつらのぶんまでさ。

 

「あいつらに見せつけてやるんだよ。お前らと、この子を。全部ワタシが独り占めしてるんだぞー、ってさ」

 

 ああ、それは。

 とても、素敵だ。

 

「ずっとそんな日々が、続くなんてさ。──だろ?」

 

                     (つづく)




 

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