45話 ご褒美
精神を集中させ、地面に落ちている砂を握りユイは自分の前に散らせる。砂が空中にある内に私はその砂で矢を生成する。
しかし、出来た矢は握ると簡単に折れてしまう。
これでちょうど百回目の失敗だった。
そして、ユイはまた精神を集中させ砂を握り砂を放る。
矢を生成し……また失敗。
このループをかれこれ一時間以上繰り返している。この矢を生成するスキルは燃費がいいのでこのまま続けても一日は持つ。
だが、同じことの繰り返しは集中力を散漫にし徐々に疲労感が襲って来る。
ユイはその疲労感に負けふらっと体の重心がおかしくなり倒れかかる。このまま行くと地面に激突するコースだった。
それでもいいかなとユイはさっきから全く出来ない自分への苛立ちを痛みで消そうとする。
「ユイよ大丈夫かの?」
ユイは地面に倒れる前にシロネが両手で支えてくれている。
「ありがとう。シロネ」
「ユイよ、少し気張りすぎじゃ集中力が最初から乱れすぎじゃもっと落ち着くのじゃ」
「ちょっと、張り切りすぎた」
「気をつけるのじゃ」
ユイがもらっている課題は矢の生成技術の向上。
どんな物質、物体からでも矢を作れるように、そしてその状況に適した矢の強度や魔法、スキルの付与ができるようにと言われている。
ユイは弓しか使えないので、矢が無くなったら終わり、なのでその命綱である矢の生成技術を高めろと言われている。
この一週間では無いが、最終的にはチリや埃などの僅か数ミリのものから生成できるようになれと言われている。
シロネは一時間おきに色々な人のところでみんなの面倒を見ている。
最初特訓に付き合うって言われた時はバルトじゃ無いが皆、少なからず疑いはした。
だけどここまで的確に言われると疑ったことへの自責の念が残る。
「ユイは基本、他の子達と比べて冷静な判断をしっかりでき、攻撃にもむらがない。なのでちょっと厳しめの課題になっとるのじゃ」
シロネはそう言うが、ユイは納得が出来ない。
「でもアキト達には敵わない……下手したらバルトにすら……」
「まぁ、男連中は確かに実力はあるがまだまだ幼い。そこを女性陣がカバーしてやってほしいとわしは思っておる」
バルトやトルスは火力で言えばこの中でトップを争えるほどで、エーフやエルは繊細な魔法、スキル能力を持っている。
ーー私は強くならなければならない……絶対に……
ユイは、力強く思う。
その様子を見て、シロネは不思議そうにユイの顔を覗く。
「な、なに?」
「ユイは考えすぎじゃ、脳みそを空っぽにしてバルトのようになれ。あやつはいい意味で空っぽじゃからの」
そう言われ、ユイはバルトを思い浮かべる。
バルトには絶対なりたく無いとユイは思うが、今のまま考えすぎて失敗するよりかは、一旦プライドを捨ててやってみるしかないと自分に言い聞かせる。
ユイはもう一度息を整え体全身の力を抜き。一旦考え事を全て放棄し、体に染み込ませた矢の生成スキルを再度挑戦する。
砂を握り締め、目の前に散らす。
ゆらゆらと落ちる砂にスキルを発動し徐々に砂が集合して行き矢の形へと変化していく。
ここまではいつも通りだ、問題はここから。
矢を生成するのには二つの手順があり、一つ目が矢を生成するときに付与魔法を流し込むことで出来上がり後の矢のグレードを左右する工程。
二つ目が出来上がった矢の上からまた付与魔法を矢に纏わせる工程がある。
基本、矢を生成するものはどちらか片方をすれば大概の場合それなり良い矢が完成するのだが、今回は砂で一粒が小さい。
その場合は二つの工程を踏まないとちゃんとした矢が完成しない。
ユイは矢が出来上がる前に付与魔法を流し込む。
今回は作るだけなのでここに防御系統の魔法を混ぜることにより矢が完成する。
そして、さらにその上から付与系、ここでは耐久力をあげるスキルを矢に纏わせる。
すると、先程よりも若干上手く矢が出来始める。
考えを捨てたことで体が覚えている最適な魔法、スキル付与をこなしてくれるのでかなり良い矢が出来る。
作るまでに時間がかかったがこれからその時間は短くすればいいし。まだ、この出来栄えでは木にすら刺さらない。
ここからは何:何で魔法やスキルを配分するかを少しずつつ変えて試していかなければならない。
そして、この比率をいつどんな時でも直感でわかるようにしないといけないんだから骨が折れる作業だった。
ユイは自然とさっきよりも気持ちが良かった。
気づけば二時間以上経っておりいつのまにか、シロネの姿も無くなっていた。
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「はぁーはぁーはぁー」
エルは汗で滑るメガネを持ち上げ初期位置に戻す。
暑さによりエルは汗だくだった。日頃悪態つくことなどほとんどないのにこの疲れからイライラをぶつけてしまう。
朝来た時はあまり感じなかったのに昼近くになるにつれ気温がガンガン上がっており、この付近は今三十度以上ある。
「エルー休憩はまだ先だよー」
そう言って、スピードを落としたエルのところまで来てエーフ喝を入れる。
エルとエーフは個人特訓ではなく二人で同じメニューをこなしている。
そして、今はこの砂漠帯をランニングしている。
シロネ曰く、後衛の魔法職系の奴らは足腰が弱いらしい。
足腰を鍛えるとどんな体勢からでも安定して良質な魔法やスキルが放てる。そして、機動力のある後衛程厄介なものはない。
それに二次試験の場合は一対一が予想されるので、より必要になってくる。
そして、その足腰を鍛えるのがこの砂漠でのランニングだ。
ここの砂は海辺の砂浜のような砂質で、足を踏み込むと雪の中に足を入れたように持ってかれ上手いこと走ることが出来ないし、体力を普段のランニングの五倍くらい持っていかれる。この暑さもあり余計にだ。
まだ、一時間も経っていないのにエルはもう足が小刻みに震えている。 様々な特訓を経験しているエルやエーフは、これまでやってきたものがまだまだだと思い知らされる。
「お!しっかりやっとるかのー」
二人で走っていると目の前に突然シロネが現れ、エルはその驚きで疲れていた足が解れ顔面から転んでしまう。
そのまま、顔が砂の中に埋まり大事には至らなかったが砂の中はかなりの高温で顔が軽い火傷状態になってしまった。
「大丈夫か?エルよ」
エルは顔を上げ立とうとするが、その小刻みに震えていた足に限界が来たのか上手く立てなかった。
再び、転びそうになった所をエーフが肩を貸してくれる。
「ありがとうエーフ」
「気にしないで〜」
エーフも同じだけ走ってるのにまだ余裕がありそうで、エルは自分の未熟さに腹がたつ。
「で、どうじゃの進行具合は」
「まだまだ、全然ダメだよシロネちゃん」
エルとエーフが与えられた課題はこの砂の上でランニングを十km、3セット、魔法、スキルによる身体の強化はなし。しかもそれが終わったら次の段階があると告げられている。
そして、二人の進行度はまだ一セット目を半分もこなせていなかった。
「ふむ……ちょっと二人には荷が重かったかの?」
そう言って、含み笑いをするシロネ。
すると、エーフがプルプルと横で震えてる。
まさかあの超温厚のエーフがついにキレるのかとエルは少し畏怖していたが杞憂に終わる。
「はい!!一ついいかな?」
「なんじゃ?」
「この特訓が完遂できたらご褒美が欲しいです!!」
エーフは目を輝かせながら言う。
エーフは昔からそうだった。いつもは静かな子だが、ご褒美や可愛いものには目がなくそう言った時だけまるで別人かの如く異様に喋り、やる気を出す。こうなったエーフは誰にも止められなくなる。
「うーむ。可能な限りだったら構わないのじゃ」
シロネは了解してしまう。
「……じゃが、二人が出来たらにするのじゃ!!」
「よっし!!やるよー!!」
エーフは普段絶対脱がないローブを脱ぎ捨て帽子もとる。全てアイテムボックスにしまい。ラフな格好になり俄然やる気を出す。
「で、褒美は何にするのじゃ?」
そう、エーフのもう一つの怖いところはそのご褒美や可愛いものにかかる難易度でご褒美の要求度や可愛いものへの執着心が変わってくる。
「……」
「シロネちゃん一週間の所有権!!」
エーフは目を輝かせながら大声で言い放つ。




