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242話 夜の祭り

フレイス連邦国第一闘技場ーー


 黒く精巧に彩られた道を通り、ジグ・ルービックはここ数日間歩いてきた道ではない道の上を歩き、ステージの上に立つ。

 そこは、あのウィルビル=トルマール強制収容所にあった場所とは比べ物にならない施設だった。

 動員している観客から闘技場の単純な広さまでありとあらゆるものが別格であった。

 夜だと思えないほど明るく照らされており、天井は吹き抜け。

 初めて見た景色に舌鼓を打っていると、片側から今回のジグの相手が登場する。

 その瞬間、会場の熱気は最高潮になる。

 熱と振動が闘技場のフィールドにいる二人にも伝わるほどだった。


「……へぇ」

「まさか、人間の女とはな……俺はオーバだ。悪く思うなよ」

「私はジグ、よろしく……」


 オーバは、今のジグの身長の二倍以上ある。

 体つきも異口同種(バルゼルガ)特有で、人間にはない筋肉や皮膚を持ち合わせており、肉体としてのスペックはどうみてもオーバの方が高い。

 オーバは、異口同種に種族が統一される前は獣人、それも様々な種が混ざっているレアな存在だった。

 頭から上はメスライオン、胴や手足は人狼、足がチーターで、尻尾も生えている。

 オーパーツアイテムでもレアな種族で、動物をランダムに配合して月に一回どこかのフィールドに出現する敵だったのでジグも良く覚えていた。


「意外と仲がよろしいんですね」


 二人が中央で話し合っていると、突然横から声をかけられる。

 オーバは、さっきまでジグに向けていた殺気が消え、明らかに表情が怯えていた。


「あなたは?」


 ジグは横にいる異口同種に視線を移す。


「これは申し遅れました。わたくし、フレイス連邦国咎罪(むざい)の一人アイルゼン=ヴゥーダスでございます」


 真っ黒な鬼が執事服を着ている事に違和感を覚えながらジグは、分かったと軽く相槌を打つ。


「要は、今回の審判係です」

「おいっ!本当にこいつを殺せばエラスティア様を返してくれるんだな!」

「はい。そうですよ」

「ならいい」


 アイルゼンから了解を得るとオーバはジグに背を向けてフィールドの端まで移動する。


「何か約束でも?」

「約束?なんだねそれは」


 ジグが何となく今の約束の事を聞こうとしたが、アイルゼンはとぼける様子もなく本気で疑問に思う。


「いえ、何でも……」


 その回答からこれ以上の話は意味がない事を悟り、ジグもオーバとは逆に歩き出す。


「ジグ・ルービック……君が端についたら戦闘開始だ……」

「分かりました」


 ジグが、端に着く手前ーー

 背後にあったフィールドは姿を変え、石板だった足場は砂と土、岩の三種類に変わり、正方形になっているフィールドの対角線上に川が流れ、様々な木が生え自然な形に整えられる。


 何もなかったフィールドに彩が加えられる。


「さて、どうするか……」


 ジグは、フィールドの端に着き考える。

 すると、予定通り開始の合図が鳴り、観客もそれに合わせて盛り上がる。

 そんな事を気にも止めずジグは散歩するように中央へ向かう。


 オーバもジグと同じ行動をしており、中央で睨み合う。


「悪いが、俺の為に死んでもらう……」

「なるほど……先ほど何か約束していましたがあれは……」


 なるほどと言いつつ、ジグは一切話を聞いていない。


「少なくともお前には関係ない……」


 オーバとジグは互いに触れ合えるほど近づくと睨み合う。

 オーバはジグを上から羨むように、ジグは下からオーバを卑下するように見ていた。


「ふっ!!」


ーーっ!!


 突然、ジグの視界外からオーバに脇腹を殴られ吹き飛ばされる。

 オーバはすぐさま吹き飛ばされるジグを追走する。

 ジグは地面を二転三転した反動と吹き飛ばされた勢いで体勢を戻す。


 だが、もうすでに目の前にオーバが迫っていた。

 上からジグ目掛けて拳を振り下ろす。

 反射だけでジグはその拳をギリギリでかわし、小さな体をオーバの懐に潜り込ませて左足で蹴り入れる。

 小さな体からはありえない重さの蹴りがオーバの腹に突き刺ささる。


「あガァっ!!」


 腹が千切れるような痛みがオーバの体を駆け巡るが、無理矢理腹に力を入れ腹筋で足を固定する。


「逃げるなよ」

「逃げませんよ」


 互いに再び顔を合わせると、オーバはジグの体を手で固定する。

 どこにも逃げられないよう、力一杯に握る。


 口を大きく開けると、紫色の光が集まり一つの塊となる。

 そして、その塊は熱を持ち、燃え上がる。


「時代級業火要素魔法<死紫火/エル>」


 一瞬で二人を紫色の業火が包み込むようにオーバから放射状にフィールドを燃やし尽くす。

 木々や障害物として用意されたものは意味をなす事なく消えさり、元のフィールドに戻っていた。

 凄まじい業火は、燃やし尽くした後も所々でゆらゆらと燃えている。

 だが、オーバはそんな感傷に浸る暇もなく目の前にいるジグを見ていた。

 

「そろそろ離してくれるかな?」

「お前……」


 オーバは、傷一つないジグを凝視する。


「はぁあっ!!」


 オーバは何度も何度も時代級業火要素魔法<死紫火/エル>を放ち続ける。

 だが、何回やってもそれが意味ない事に気づく。


「気が済みましたか?」

「くそっ!!!」


 オーバはジグを開放し蹴り飛ばす。

 これ以上近く置くとまずい気がするというオーバの勘から体が勝手に動いていた。


「そんなにあの約束が大事なのですか?」

「当然だ」

「なら、その気概を見せてくださいよ」

「気概だと……」

「ええ……」


 私と賭けをしませんか?


 真っ赤な髪を揺らし、少女は不敵な笑みを浮かべていた。


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