183話 違和感
おかしい……テストの背に自分の拳を確実に当てたはずのコウザンはその違和感に驚きを隠せなかった。
本来、人間の背に当てたならばそれ相応の感触やコウザン程の威力となれば内臓、骨など様々な感触が伝わって来るがそれが一切ない。
さらに、コウザンは当てた拳が跳ね返るような弾力に襲われ、体勢が崩れる。
「どう言う事だ……」
テストはコウザンに攻撃を加えようとするが、突き出る山によって遮られ、横に一歩避け、後方へ跳ぶ。
これでは、相手からの攻撃をどうにか出来てもテストからの攻撃は一切当たらない。
「全く、隙も何もないじゃない」
「どうやって防いだんですかぁ……」
すぐさま後ろからピルチが迫り、短剣一本を投げもう一本を振りかざす。テストは投げられた短剣を避けばピルチが振りかざす短剣に触れることになり、その逆もまた然りで再び避ける術が無くなる。
さらに地面からはコウザンの山が狙いを定めて来る。
「仕方なしか……超粘性流体属性<粘竜化身/ヴィスコシティインカネイション>」
テストは一切避けるそぶりをせず、投げられた短剣を掴む。
「そっち選んだんだぁ！じゃあこっちはくらってね！！」
ピルチはテストを仕留めるように短剣を振りかざす。振りかざしてテストに当たるまでの数秒、どのような動きをしてこようとも対応出来るようピルチは目を動かし、頭を動かしていた。
だが、短剣が体に触れるまでテストは一切避けるそぶりも見せない。
不審に思うピルチだったが、容赦なく短剣を振り切る。
それと同時に、数十のコウザンの放った山がテストを突き刺しに行く。それに巻き込まれないようピルチは一旦下がる。
山が多すぎて山同士がぶつかりその衝撃で岩や土が吹き散り、轟音を奏でながら周囲を巻き込むように衝撃波を発生させる。
大きな岩から小さな砂つぶまで全てがその衝撃波に乗って吹き飛ぶ。砂嵐のように砂埃が舞い散り、周囲の視界も悪くなる。
この中心にいるテストは無数の山の残骸や砂埃によってピルチとコウザンには姿が確認出来ない。
「すっごーい……」
「ピルチ、毒を入れたのではないのか？」
コウザンとピルチは一旦二人集まり、話し合う。
一人笑うピルチは、じっとテストがいるであろう場所を見つめる。
「コウザン、あなたも分かっているはず……あの拳も、私の短剣も、あの突き出ている山も全て効いていない」
「何！？……」
コウザンはあの違和感の正体を今ようやく分かる。
「彼女の、固有属性……粘性流体まさかここまでの攻撃を防げるなんて……さしでやってたら負けてたかも」
「そこまでか……」
テストの固有属性、粘性流体は己の体に薄い粘性の膜を貼り相手の攻撃を全て滑るように受け流し、回避するというもの。
さらに練度が増し、テストの粘性流体による膜は攻撃を跳ね返す程になっており、攻撃によって強弱も自由自在だ。
コウザンの拳は力を流すように跳ね返し、ピルチの短剣は刃が当たっても膜で滑り切れない。
突き刺そうとする山も、テストにとっては全て突き刺さる事はなくあらぬ方向へ流れて行く。
「最初っから使っておけばよかったかも」
少し苦笑いしながらテストは砂埃の中から出て来る。
勿論最初に当たった一撃目以外の傷はゼロ。
「なら、彼女に当たる攻撃は何か！」
ピルチはコウザンに質問しながら二本の短剣をアイテムボックスの中に放り投げる。
「そんなもの決まっている、やつの固有属性で守り切れない程の属性攻撃だ！」
「はぁ……これだからコウザンは……短剣以上の切れ味の属性攻撃だよ！！」
呆れるようにピルチは、一歩足を後ろに下げ体勢を低くする。
「結局力技なのは変わらんぞ」
「やっぱこうじゃなくっちゃ面白くないよね！！」
「早く来なよ。私はあなた達に’勝つ’！」
テストはこれまで受けて来た荷重解除の合言葉を言う。
その瞬間、テストの枷が外れ天恵の量、属性の濃度が見るからに変わる。
さっきまで明らかに雰囲気が変わったテストを見て二人は気圧されるどころか笑っていた。
「ピルチよ、ここからは連携無し、個人的にやる」
「それは私のセリフ、当たっても文句言わないでよね」
ピルチからは真っ黒な煙のようなものが体から溢れ出てくる。それが徐々に爪のような形に変わり、足、頭、背中など徐々にその煙に覆われ、鎧のような形にそれぞれ変わる。
ピルチの固有属性、毒煙武装。毒の煙を己に纏い、触れる物全てを毒で犯す。さらに、その毒煙武装による攻撃力、防御力増加に加え、煙なので鎧と言っても軽く、柔軟に動くため機動力は通常時の五倍となる。
「ふっ！！」
今度はピルチよりも先にテストの方が動き始める。その速度は今先っとは比較にならず、一瞬でピルチの目の前に迫る。
「へぇ……いい動き」
「はぁああ！！」
テストも機動力は上がったがそれはピルチも同じ……
ピルチはテストが来る寸前に爪を振り上げ、巨大な毒煙の爪がテストに触れる。
その攻撃を一切避ける気の無いテストはその爪を体が勝手に受け流し滑らせる。右の肘を引き、小さな動作で勢いを軽くつけ、まっすぐピルチの顔面に向け放つ。
超粘性流体属性スキル<粘反射砲/ヴィソルキャノン>
自身に付与している粘性流体の膜を拳に集中させる事で物理攻撃を強化するスキルで、振り抜く速度が早い程その威力は上がる。
「惜しいね……残念……」
「なっ！」
テストの振り抜いた拳は確実にピルチの顔面を捉えて当たる。
その衝撃で当たった場所からは空気圧により、二人の間にある地面は大きく凹み、突風のような風が吹き荒れる。
だが、その拳はピルチの毒煙武装属性の鎧を貫通することはなかった。
そのままテストは腕を捕まれ、ピルチの毒煙による爪が増え、テストの両手足を拘束する。
その拘束すらも流れるように解けそうになる。なので、ピルチは即座に毒煙武装による鎧を脱ぐと、そのままテストに装備させる。
「うgぅ……こんなことが……」
凄まじい量の毒を持つその鎧はテストの粘性流動の膜の上に被せられ徐々に浸透して行く。
煙なので流しても流しても無くなることはなく永遠と取り付いてくる。
それから逃れるように足で地を蹴るが、それはコウザンに止められる。
「これで終わりだ。山河襟帯属性スキル<断崖拘山/ロックマウンテン>」
ピルチの鎧の上から何層にもなった土がテストの体全身を封じ込む。立ったままの生き埋め状態だ。
全身を覆われては逃げる事が出来なくなったテストは徐々に回る毒と、物凄い圧力で身体中を圧迫され、気絶する手前まで来る。
意識が遠のく中、逃れられない事を悟ったテストは最後の抵抗をするため全身全霊を賭ける。
＊＊
「はぁ……楽しかったです！」
「だが、時間を取られたな」
コウザンとピルチは教師によってテストの気絶が確認されてからシャーロットの方へ向かうべく足を進める。
そう、テストは気力だけでこの状態を二時間以上持ち堪えたのだった。
