125話 予期せぬ接敵
「何もないですね……」
アキトは教会にある壁面を見て率直な感想が出る。これでは中に入ることは出来ない。
「ま、見てろって」
すると、ガドンが近くに設置してある井戸に設置してある釣瓶を底に投げ込む。
釣瓶はそのまま落ちて行き、滑車に付いている縄がスルスルと滑り始める。
「アキト、こっちを見てて」
エストが最初に見た何もない壁の方を指さし、アキトはその方向へ振り返る。
その瞬間ーー
縄が移動する動きと連動して、さっきまで何もなかった壁の一部が動き始めその奥から扉が出現する。
「アキト、この扉は完全に開いた瞬間閉じ始めるようになっているからなるべく急いで入るんだ」
開いている所をアキトがぼーっと見てるとエストに急かされる。
エストに続いて、アキトも気持ち急ぎめで中に入る。
「コロさんとロナさんは入らないんですか?」
そう、扉が今にも閉じようとしているが、二人は、一切入ってくる気配がない。
「ああ、彼女らは見張り役だよ」
もし人が来ても対処出来るように時間稼ぎの為だ。
「ほら、ここが教会の中だよ」
扉の奥は、人一人分の控え室のようなスペースが設けられており、それを抜けると、教会内とご対面だ。
「うわぁ……」
ついさっきまで入ってしまった少しの後悔が残っていたが、それが一瞬で消え去る程のインパクトがあった。
入り口に向かって横長い椅子が六行三列並んでいて、壁沿いに一定間隔で、帝国の紋章が刻まれている。
壁は全面ガラス張りで、外から入る朝日によって窓ガラスや、天井に描かれている巧妙な絵画とマッチし、その絵画の色の光源が差し込み、幻想的な情景を創造していた。
「どうだ、スゲェだろ!」
「はい、これは凄いですね」
もはや、アキトは小学生並みの感想しか出てこないが、確かにこれだけを見に来る価値はあった。
「なかなか、この静けさで見ることは出来ないからね」
エストも、ホッとした様子で普段見れないような細々とした所を観察していた。
『そうそう、この静けさがいいんだよね!』
エストの声に追随するように誰かの声が入り口の方から聞こえる。
咄嗟に、エストとガドンは扉の方へ向き直り、臨戦態勢に入る。それ程の強い気配がいきなり現れたのだ。
二人の空気は明らかに一変し、怒りと捉えてもいいぐらい渋い顔をしており、さっきまでの優しい雰囲気は消えていた。
アキトは、二人の後ろになるように移動した。エストとガドンは普段の動きとは一変し、あの一瞬でアキトをカバーしながら陣形を整え、未知の人物に対して最大限の動きを取る。
「あなたは……」
エストはその扉の前にいる人物を見て、口を半開きにしたまま一向に動かない。
あれだけ、うるさかったガドンも何故か固まっている。
二人の視線の先にいる人物は、アキトと同じような制服を着ているので恐らく魔導学園生。ただ、アキトの知識不足もあってその制服がどこの学園のものか分からない。
身長はアキトとほぼ同じくらいで、制服も白を基調とした金色の刺繍が刻まれており、それと遜色ないほど綺麗な色の髪をしている。
一瞬、女性と間違えるほどの美顔で、第一印象の化け物だった。
「エストさん誰なんです?彼……」
「知らないのかい?」
アキトは小声でエストに問うと驚くようにアキトの方をチラ見し、小声で言う。
「ハル・クロ二クス殿下だぜアキト帝国国王の息子だ」
「……この人が」
アキトは色々考えたいことはあったが、結局頭の中での解は全て情報源としか見えないので一旦思考をずらす。
色々本で情報は漁っていたが、こういう初歩的なことは全く眼中になかった。いきなりこんな大物と出会うなんて思ってもいなかったからだ。
「大丈夫ですよ、今僕は学園に所属する身。その間は、皆平等に扱われます。なので、敬語の必要もありません」
いつの間にか、二人は跪いていたのでそれを遠回しにやめるよう促す。
流石にアキトでも気づけるようなことは、二人も気づく。そのまま何も言わずゆっくりと立ち上がる。
「えっと、僕は君たちに聞きたいことがあるんだ……いいかな?」
「は……い」
アキト達三人を代表してエストが担ってくれる。
突然の出会いで忘れていたが、今、本来いてはいけない時間帯に、しかも正規のルートじゃなく裏から侵入してしまっているのだ。
アキトは前に立っている二人の緊張感がもろに伝わって来て、いつも以上に脈を打つ回数が早くなる。
「表の扉は閉まっていたのにどうやって入ったんだい?本来この時間帯は誰もいないはずなんだけど……」
「申し訳ありません。どうしても、この教会の中を人がいない時間帯に見せてやりたいと思い、裏口の方から入りました」
「そっか……でも、どうやって裏から?ここは扉なんてなかったと思うんだけど」
「この教会には隠し扉が存在しまして、そこから入りました……」
本来なら一瞬の沈黙だろうが、この状況だと……長すぎる。
「よし!、嘘はないようだね。今回のことは不問にするよ」
この妙な間は、ハルが嘘をついていないか否かを調べるためのものだ。
けんに近いものを感じたアキトは警戒心を上げる。
「ありがとうございます」
ガドンとエストの二人は、ホッとしたように薄く息を吐き捨てる。
何とかこの場を乗り切ったと言って良さそうだ。
「では、僕らはこれで」
エストがこの場から逃げるように言う。
すると、ハルはアキトの方をじっと見つめ、またさっきのような沈黙が訪れる。
「後ろの君。ルインの学園の人だよね」
ーーどうやら殿下は簡単には退散させてくれないらしいです。
アキトは覚悟を決める。




