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120話 計算外

「ゔぁああっっくしょい!!!」


 あーもうイライラするなぁ……

 横で寝ているバルトの無意識の巨大なくしゃみでアキトは目が覚めてしまう。これで三回目だ。

 ただでさえ普段から寝れず、しかもこの馬車は寝にくいのにこんなオプションがあったら無理ゲーだった。


 だが、この場面、バルトを攻めるというのも少し酷だった。

 何故なら、今の時期、日が落ちるとかなり気温が下がるからだ。隣で寝ている、バルトは寒そうにさっきから毛布をアキトから奪いさらに温ろうとしている。

 勿論、毛布を渡すわけは無いので取られた毛布をバルトから引き剥がしアキトは自分の方に寄せる。


 基本馬車の中は狭く最大で三人までしか入らない。

 アキトは、バルトとトルスの三人でこの馬車に乗っている。男女別で、三人一組みのペアでこうなった。

 トルスは綺麗な体勢で、自分のスペースを維持しているが、バルトは寝相が悪いのかさっきからアキトの上に乗ってきたり殴られそうになったりと魔導修練祭が始まる前から災難だった。


 このままだと、ストレスと疲労で馬車で休憩するという目的が達成出来なくなるので外に出て休むことにした。外はこの馬車内以上に寒いので、アキトはやむなしでアイテム’熱燗’を使用する。

 勿論、この程度の寒さなら学園内で使った時よりもレア度は低めでいいので熱燗人肌を使う。


「あったけぇ……」


 寒さがやんわりと消え去り、アキトの辺りは暖房をつけているかのような暖かさになる。レア度が低いので外気の影響を少なからず受けるのでベスト状態では無いが十分だった。

 残り時間的にもちょうど朝には切れるので適当な場所を見つけてアキトは再び寝ようとする。

 馬車は川の近くに止めてあり、少し離れた場所にちょっとした森林が見えたのでそこを寝場所にするべく歩を進める。


 少し森林の中に入るとアキトは誰かの気配がしたので、誰がいるのか気になりそちらの方へ行ってしまう。


「久しぶりじゃなアキトよ」

「シロネか」

「なんじゃ、そのがっかりそうな」

「いや、シロネで安心したんだよ。面倒くさい輩だったら大変だからな」

「それなら」


 すると、唐突に指を上に指し示す。

 その指し示す方向へアキトが視線を移動させると、上に野盗の五人組が木に吊るされていた。


「まじか……」

「カッカッカ!驚いたかアキト」

「驚くも何も……相変わらず変わってないな」

「そう簡単に性格など変わるわけなかろうが」


 シロネは嬉しそうにケタケタと笑う。


「ていうか、どこにでもいるんだなこういう奴らは」

「恐らく、アキトが想定する数の数百倍はこやつらのような子はいるぞ」

「そうか……」


 まだ、こん世界に来て日が浅いし、学園にいきなり入れて外のことはほとんど知らないが、少しアキトは切なくなる。


「ま、別に殺しちゃおらん、それ相応の処罰を受けるようするから安心せい」

「だが、こいつらはそんな悪いことしたのか?」


 そう、もしかしたら相手も驚いて防衛の為にシロネに手を出したという可能性もある。処罰というほどまではいかないかもしれないとアキトは思っていた。


「確かにな、アキトの言っとることも一理ある。ほれっ!」


 突然、シロネが自分のアイテムボックスから何かを取り出し、アキトに投げつける。数個も投げるのでアキトはいくつか落っことしてしまう。


「これは……」


 アキトが手に取ったのは血がべっとりとこべりついたアイテムだ。しかも時間が経過しているのか真っ黒に染まっている。


「その、アイテムはこやつらが持っとったもんじゃ。そのひっついとる血液もこやつらのものでは無い。半分吸血鬼の性かの……良くわかる……」

「じゃあ、これは」

「そう、人から奪ったもん……もしくは、裏で流れていたアイテムを同族から奪い取ったか、まあ理由は複数あれど結局全てアウトなもんじゃろうな」


 アキトが下に落としたアイテムを見ると、全て真っ赤に染まっており、まだ生暖かそうに見えるほど綺麗な鮮血だ。


「帝国ってのはこんなに治安が悪いもんなのか?」

「いや、基本どの国もこんな感じじゃよ。まあ強いていうなら聖王国かの……まあいうほど差なんてほとんどない。それにの、ここからかなり遠方にある連邦国は人以外の種で構成された国なんじゃがあそこは人間とは比べ物にならないくらいひどいぞ」


 アキトは変な不安と考えが頭の中を回ろうとした時ーー


「ま、そんな暗い話はお主が冒険者になってからしっかりと喋ってやる。今は目先のことじゃ!」


 シロネは、この思い空気を消しとばすように声のトーンを変えて喋り出す。

 こう言った気遣いは流石超年長者なだけあるなぁとアキトは関心する。


「シロネは魔導修練祭ではどうするんだ?」

「それなんじゃが、わしはユイ辺りの女性陣の面倒を見る感じで上手く動く。そこらへんは任せておけ」


 シロネが本気を出したら学園の祭典が血の祭典になりかねないのでアキトはどちらにせよ聞くつもりだった。


「もし、シロネ以上の実力者がいたらどうするんだ?」


 ハヤトがいい例だった。ハヤトも今回の魔導修練祭「楽しむよ」とは言っていたが敵方の方が絶対に弱いと決めつけて動くのはかなりリスキーだ。


「はっ!アキト甘いのー!それならそれで本気でぶっ倒すだけじゃよ」


 アキトはハヤトと同じ事をシロネにも言われ、なぜこうも実力者はこうなんだと少しうなだれる。


「そういえば、アキトはなんでここに来たんじゃ?」

「馬車の中だと狭くて寝づらいから外で寝ようかと思ってな」

「そうか……ならもう少し話に付き合うのじゃ」

「え?……」


 出会う人を間違えたなこれは……

 シロネが別に睡眠を必要としていない種族だということに朝までアキトは気づけず、結局寝ることは出来なかった。


「ふぁわあああ」


 何度目だろうか……さっきから馬車の揺れで眠気が何度も襲って来て、あくびがよく出る。


「アキトよー寝て無いのか?」


 バルトはしっかり寝て元気なのか外を見ながらアキトに問いかける。


 半分はお前さんのせいじゃい……とアキトは言ってやりたかったが別に全てがバルトのせいでもないのでグッと堪える。

 今日こそはアイテムを使って意地でも寝てやる。

 アキトはそう強く決心し、適当にバルトに返答する。


「ああ、枕変わると寝れないんだよ」

「そっかー大変だなアキト」


 学園から帝国までは二、三日かかる。それに、加重の特訓はまだ続いており、これを解除出来るのは魔導修練祭が始まってからというウタゲに皆はもう慣れてしまったのかあっさりと受け入れていた。


 そして、今朝シロネが引率のウタゲに昨日捕縛した野盗達を引き渡していた。そのせいか少し出発の時間が遅れてしまった。

 遅れたと言ってもシェルがその雑用を引き受けてくれたおかげで、一、二時間程度で済んだ。


 後から追いかけるとの事だった。

 それに、殆ど馬車での移動になるので、かなり疲労感が溜まるし、暇だ。


「トルス、バルト、二人は暇じゃ無いか?」


 アキトは、何気なく外を見ながら呟くように言う。


「俺は精神統一して集中力を維持する訓練をしているから問題ないぞ」

「俺も別に暇なら寝てるから大丈夫だぞ!」

「ああ……」


 そうだった、この二人には聞くことではなかったな。というかバルトはまだ分かるけどトルスは何なんだ、集中力を高めるって……帝国に着く頃にはぶっ倒れちまうぞ……

 アキトは改めて変なやつだなぁと思っていると睡魔が再び、今度は強くやってくる。

 このままいてもどうすることもないので、アキトもバルトを習って寝ることにした。

 さっき言った枕うんたらという嘘が露呈してしまうがバルトなので安心だった。


 アキトは座ったまま、外から差し込む光で温まった窓際でがっつり睡眠を取ることにした。

 外からはちょうど良い温度の空気が流れ込み、草木の独特な香りを乗せて馬車内と通り過ぎ、これならアキトも寝れそうだった。


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