つたう
7月初旬だった。
冷房の効きすぎたカフェで。
向かいの莉央に気づかれぬよう、
斜交いの彼に、そっと視線を絡ませたりした。
一年ぶりに会う彼女は去年の夏、フランス留学してた。
「向こうで知り合った子が、日本の電車に乗ったときびっくりしたんだって」
わたし、どうしてか知りたい、って風に眉を丸くあげた。
「彼女に席を譲らないで、
自分の方だけ空いた席に座る男の人を何度も見たって、そう言ってた」
「レディーファーストか。
フランスで彼氏をするのは大変そうだな」
彼は渋い顔をして見せた。
日避けを通して西日がぼんやり薄暗い店内。
その瞳の奥が私をとらえた気がした。
今ではああいったお店、行くこともない。
美味しいより、おしゃれがよかった。
「それでね、仕事もまだなのに、その二人、一緒に暮らし始めるって。」
彼女は、語気を強めた。
「へー。ちょっと冒険だよね。」
今度は、少し批判的に相づちを打ってあげた。
「ねえ。どうやってくつもりなんだろ。
まあその先二人が幸せならいいんだけど」
とかなんとか言って、ようやく莉央のおしゃべりもひと段落。
店のドアには、ヴィンテージ加工のベルがついていて、安っぽい音を鳴り散らす。
「それじゃあ、俺もレディーファーストしてみようかな」って、私たちにドアを開けてくれた。
夏のじっとりした空気が、
表面ばかりむやみに冷たくなった体に忍び入った。
理の腕の下を通るとき、
彼の笑顔をそっと見た。
私は別に、誰かに席を譲ってもらったり、ドアを開けてもらったりなんかしなくていい。