gift9 正しく目標を持つ事
【少年視点】
「ねぇ師匠。もう三ヶ月になるけどさ、そろそろ何か始めない?」
「フォーッフォッフォ! お主からそれを言い出してくれるとは、実に素晴らしい事じゃ!」
師匠に付いてから三ヶ月。何だかんだで僕が始めた全てが何となく継続している。本当に不思議だけど、頑張ってる感じすらないんだよね。
剣なんて短い時間しか触れないから凄く楽しいし、一生懸命に振ってる。僕ってこんなに剣の事好きだったっけ? うーん、不思議だなー。
「色んな事してて楽しいけどさ、訓練してても何も感じなくなってきてさー。これって意味あるのかやっぱり不安なんだよね」
「ふむ、大丈夫じゃ。それで問題ない」
「そうなの? なら何か始めても良いの?」
「うむ、良いじゃろう。時にソルダート、始めるならどんな訓練が良いと思うかの?」
……あれ? 僕が考えるの?
えっと……なんだろ。
「え? うーんとね、魔力に対する訓練が無いからさ。それかなーって」
「では魔力訓練の何を増やす?」
「……まずはスタミナかな」
「ふむ、理にかなっておる。良いじゃろう」
「やった! ……でも続けられるかな?」
「人というものは常に不安に捉われる、前に話したな?」
「うん、でも僕やっぱり怖いよ」
超怖い。頑張って前向きに捉える様にはしててもやっぱり怖いものは怖いんだよ?
「そうじゃな、儂とて同じじゃ」
「え、師匠も?」
「うむ、人は失う事が不安で仕方ないのじゃ」
「……それは何となく分かるなー」
失うのは……嫌だよね。
「しかしじゃ、実はこの【失う】という事。大きく分けると二種類存在する」
「……? 失う事が種類分けされるの?」
「左様、しかし簡単じゃ。【自らの意志で失くす】のか、或いは【外発的要因によって無理やり失わされる】のか。この違いじゃ。前者と後者では心に与えるストレスレベルが大きく変わってくるのじゃ」
「……どう違うの?」
「例えば新しい訓練を始めるな?」
「うん」
「それを自発的に行う場合。自らの時間を自ら失い、かつ失敗するかもしれないリスクを自ら負う。これらを自分から進んで選択したのならば、それは【自己効力感】となり【テストステロン】が伴う事でその意志力を大きく支えるじゃろう」
「ふーん、じゃあ後半のやつは?」
「誰かに自分の時間を奪われ、更に失敗するリスクを誰かに無理やり背負わされる。そして【自らの力で頑張っているという感覚を得られ無い】ときた。……辛いじゃろ?」
「えぇ……辛過ぎるよ。そんなに違うの? うーん、師匠なら平気かもだけど……、前まではそればっかりだった気がする」
「フォーッフォッフォ、儂はサイズを間違えたりせんからの。つまりこういう事じゃ。放っておいても環境は変わる、変化はいつか必ず訪れるのじゃ」
「……そうだね」
「自分から変われば【自己効力感】、無理やり変わらせられれば【ストレス】となる、この二つはどちらも等しく不安な事なのじゃ」
「……うん」
結局変わらなきゃだからね。自分から変わっても怖いものは怖いよ。
「しかし、意味がまるで違う。自分から選択し、その意志力を鍛え、輝かしい未来に向けて小さくとも確実な一歩を踏み出すのか。或いは周りに無理やり変えさせられるのを待ってストレスの渦に落ちていき、変わっているのに変わっていない様な気がする日々を送るのか。お主はどちらが良い?」
うっ、……そういう事だったんだ。
……うーん。
「……自分で変わりたい。怖いけど」
「それで良いのじゃ、恐怖を感じぬ者などおらぬ。そういう奴は自然淘汰されてきたからのぉ。皆、殆どの人が何かの不安と戦っておる。じゃが、お主の事は儂が支えよう」
くしゃくしゃと頭を撫でてくれる師匠。
……シワシワだけど大っきな師匠の手。
「……ありがと師匠。ちゃんと続けられるかな?」
「続けられるとも。ではより確実になる様にイメージトレーニングをしてみるかの」
「イメージトレーニング?」
「お主が魔力のスタミナを増やす訓練を追加する事で、お主はどう変わる?」
「……もっと強くなれる」
「そう、遠い未来でお主は確実に強くなっとる。しかし、イメージとはこれだけではダメなのじゃ」
「そうなの?」
「うむ、ではどう頑張れば強くなる未来に辿り着けると思う? 何が必要じゃ?」
「毎日コツコツ魔力の訓練」
「それは簡単か?」
「……とっても大変」
「そう、大変なのじゃ。挫けそうな自分がそれでも輝かしい未来に向かって、強くなって友人を救いたいと願うその未来に辿り着く為、必死に努力している所を想像するのじゃ」
「……うん。僕、頑張ってる」
「素晴らしい。ではその頑張っている自分と今の自分を比べてみよ」
え、今の自分と?
えっと……これから魔力の訓練を追加して。
それは自分で決めた。
後はしっかりと、例えそれが小さくても続けていけば、それはとっても大変だけど頑張ったら……いつか強くなれる。
強くならなきゃ……エルメリスは助けられない。
どうせ変わるなら……自分からだ!
「……! そうだよね、辿り着くには小さくても進まなきゃダメだし、始めないと進まないよね!」
「うむ、その通りじゃ」
「僕……頑張ってみる!」
やってやるさ!
だって……僕には大切な目標があるんだから!