gift7 積み重ねる事の強大さ
【少年視点】
「ねぇねぇ、僕ちゃんと強くなってるのかな?」
「フォーッフォッフォ! 勿論なっとるとも」
「でもさ、実感がなくてさ……」
「ふむ、それは仕方のない事じゃ。自身にとって脅威で無い内容でなければ許容出来ぬ様に人は作られておる。故に変化が分かりにくい様に取り組むしかないからのぉ」
「うーん、でもなぁ」
「それに、全く変化が無い訳ではないのじゃぞ?」
「え?」
「実はな、お主が嬉しそうに振っておる剣、あるじゃろ?」
「うん、これでしょ?」
「実はな、それ儂がこっそり重くしておるのじゃ」
「えぇ……嘘でしょ?」
「儂の土の属性魔法をもって少しずつその重さを増す様にしておる。見た目では分からぬがのぉ」
「……嘘でしょ?」
「ふむ、では一旦元に戻すぞ? あの木に向かって思いっきり振り抜いてみよ」
「えぇ……本当に?」
毎日の訓練は意外な事にスムーズに続いている。全然嫌にならないんだ。今までの僕だったら最初の三日くらいで嫌になってきてさ、すぐに放り出しちゃってたのに、不思議なくらい普通に続いている。頑張っている感じすらない。
「うーん、分かんないなぁ」
「まだ変えとらんからな」
この剣が知らない間に重くなってたって? うーん、全然分からない。意地悪じゃなくて本当に分からないんだよね。
「ふむ、これで良い」
「……!?」
あれ……? え?
「振ってみよ」
「う、うん」
僕はいつも使っている剣を引き、そのまま木に向かって振り抜いた。すると、何の手応えもないまま剣は木を通過した。
アレ? 当たらなかった?
「見ておるのじゃ」
師匠がおもむろに僕が斬ったっぽい木に手を触れる。そして力を入れている素ぶりも無いまま、軽く押した。すると……木が……。
「ま、真っ二つ……」
「どうじゃ、お主の力じゃぞ?」
轟音と共に上と下の二つに別れた大木。
こ、これを僕が……?
「あれからまた少しメニューを重くしたじゃろ?」
「……うん、でもちょっとじゃん」
腕立て三十回、スクワット三十回、ダッシュ十本に反復横跳び一分半。これで良いと言われている。
「お主剣を毎日振っとるな? という事は儂の指定したβ(ベータ)プランを実行しとるのじゃろ?」
「え、だって剣振りたいもん」
確か……元気とか余裕があったら別に回数を増やしても良いとかで。腕立て五十回、スクワット五十回、ダッシュ十五本、反復横跳び二分。これをβ(ベータ)プランって名前を付けて、熟せた時だけ剣の使用許可が貰える。
そんな滅茶苦茶増えてる訳でも無いし、大変だけど終わったら剣を使わせて貰えるからさ。別にそれくらいやるよね。
「それに儂のフィールドワークにもいつも着いて来とるな?」
「だって暇だもん……」
「その全てがお主の力になっておるのじゃ」
「……そうなの?」
「一つ一つは大した事も無いかもしれん。じゃが全て合わさればどうじゃ、たった二カ月でもう木が斬れる所まで来とるじゃろ?」
「……うん、そう言えばそうだね」
「それに努力が続かないお主が未だにこうやって努力と向き合えとるのも立派な成長じゃ。お主が選ぶその一つ一つの正しい選択が今のお主を支えておる。安心せい、全て順調じゃ。そして、全てお主の力じゃ」
「……えへへ、そうかな」
なんか……嬉しいな。
そっか、もうこんな木を簡単に斬れる様に……。
「一つ、良い事を教えてやろう」
「……? 何?」
「その不安に思う気持ちはとても大切な事じゃ」
「そんな訳ないよ、僕ずっと不安でさ。どうせ上手くいかないんじゃないかって時々考えちゃうからさ……」
「それで良いのじゃ」
「……良いの?」
「不安という物は無くす事は出来ぬ、不可能なのじゃ。その様に単純であれば楽なのじゃが、人とは儘ならぬモノよ」
「師匠も?」
「勿論じゃとも。例えば……そうじゃな。今朝食べたパンがあるな?」
「うん、食べたね」
「美味かったのぉ」
「美味しかったね」
「それについて考えてはならん」
「え?」
「パンについて考えてはならん、パンを忘れよ」
「……無理だよ」
「そういう事じゃ」
「……?」
「こうしようと思って考えが変わる程、脳は単純に出来ておらぬ。故に不安に思わないなどそも不可能なのじゃ」
えぇ……じゃあずっと不安なの?
それもなんか嫌だなぁ……。
「……そうなんだ」
「しかし、それで良いのじゃ」
「さっきも言ってたよね、何で?」
「不安とは常に厄介な物ではない。不安が厄介だと思っておる者にとっては誠厄介な物となる。じゃが不安とはエネルギー、挑戦すべき活力にもなり得る」
「そうなの?」
「例えば恐怖や不安に支配されドキドキする、という経験があるじゃろ?」
「うん、グランドスパイダーが……」
「アレは身体が血流を早め、脳の活動エネルギーを大いに作り出し、如何にその窮地を脱するか、その手助けを身体がしてくれておるのじゃ」
「え、そうなんだ……」
「にも関わらず、それをネガティブに捉えてしまってはそこに捉われてしまう。大切なのは認識。不安やストレスはお主にパワーを与えてくれる」
「ふーん……」
「そしてその不安やストレスは深い洞察を生む」
「深い……?」
「不安な時、あれこれ考え過ぎてしまう事があるじゃろ?」
「うん、僕いつもそうなってさ……」
「アレは不安やストレスが深い洞察力を生み出し、その危機から脱する為の手段を模索する能力すらも高めてくれておるのじゃ」
「え、そうなの?」
「そう、不安な時ほど物事へのリサーチの力が高まり、その洞察から危険を回避する。人はその様に作られておるのじゃ」
「そうなんだ、じゃあ不安も必要なの?」
「そういう事じゃ、不安がなければ洞察力の無いまま物事に取り組み、結果凡ミスに陥る。慣れてくるとこの不安が足りずに思いがけぬ凡ミスが出てしまうのはこれじゃ。ケアレスミスの発生システムじゃな」
「な、成る程」
「大切なのは認識。不安を害だと思えばそうなり、不安は味方だと思えばそうなるのじゃ」
「なら僕は……味方でいて欲しいかな」
「うむ、儂とて同じじゃ」
「そっかー凄いなー、師匠は何でも知ってるね」
「そうじゃとも、儂が何か嘘を言った事かあったかの?」
「ううん、無いよ! いつもありがと師匠! よーし今日も剣振ってくる!」
「うむ、気をつけるのじゃぞ!」
師匠は今までの僕の先生達より、ちゃんと僕を見てくれてる。それに頑張れてる実感をくれる。
不安でも良いって。
僕を僕のまま、認めてくれる。
安心するよね……嬉しいなぁ。
よーし、今日はもっとちょっとだけ頑張ろうかな!