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gift3 努力を始められぬ理由

【少年視点】

「まずは儂の話を聞いて貰おう」

「……どうして? 剣の訓練は?」

「剣はまだじゃ、その理由も説明しよう」


 強くなりたい僕に対して、師匠は剣を握らせてくれなかった。けれど、きっと理由があるんだ。確かにまだ師匠とはほんの少ししか関わっていないけれど……この人は初めて、僕の話を聞いてくれた。


 初めて……ちゃんと話を聞いてくれた大人なんだ。


 僕がエルメリスを守るなんて、一体どれだけの人に笑われてきただろう。馬鹿だと、身の程を知れと、到底無理だと言われてきただろうか。


 たった一人でも、それを肯定してくれた?

 いいや、誰もいなかった。


 師匠はエルメリスを知らない、だからそれを簡単に言えるのかもしれない。あの才能の塊の様なエルメリスを知っていたら意見が変わるかもしれない。彼女の圧倒的な魔力量とその属性魔法(エレメント)センス。それを見てしまえば意見が変わるかもしれない。


 けど、師匠は僕が世界の平和を目指すと言っても、笑ったりしなかった。


 それどころか、こんなダメな僕に。

 出来ると言ってくれた。


 嬉しかった、本当に嬉しかったんだ。


 まだ僕には何も出来ないけど、せめてそれを信じよう。今の僕にはそれしか出来ないから、僕も師匠の話をちゃんと聞こう。


「人という存在は、皆等しく元来努力が出来ぬ様に作られておる」

「え!? 出来ないの!? 何で!?」


 えーー!!! ど、どういう事なのさ!?

 人は努力が……出来ない?

 ちゃんと聞こうと思ってたのにいきなり……え?

 どういう事なの……。


「人に()いて、努力とは即ち変化である」

「変化……」

「そして人に訪れる変化とは、その大半が命を脅かす物なのじゃ」

「……どうして?」


 うん、何言ってるんだろ。

 意味がわかんない。


「例えば訓練をする。そうすると肉体は疲労する」

「うん」

「それは即ち、筋肉が傷付いた証じゃ。そこから回復する時に、次はこの事態を乗り越えられるべく肉体は学習する」

「身体が学習するの?」

「そう。次なる危険を乗り越えようとする身体が、前よりも強い身体を作り上げる、作り上げていく。こうして人は強くなるのじゃ」

「へー、そうなんだ」

「訓練は強くなる為に必要な動作じゃ」

「そりゃそうでしょ?」


 そんなの当たり前じゃん。

 訓練しなきゃ強くなれないに決まってる。


「じゃが、必要だと分かっていても辛いじゃろ?」

「……うん」

「それは筋肉が傷付いたという事が、ダメージを負ったという事に他ならぬからじゃ。魔物に襲われても、剣で斬られても、訓練で疲労しても。それ即ち全て、肉体がダメージを負って危険な状態に変化した事に他ならぬ。少なくとも、脳はそう判断するのじゃ」

「な、成る程」


 え、魔物に襲われるのと訓練が同じ?

 まぁ……確かにどっちも辛いけど。


「その肉体的な危険を回避する為、人の脳は【変化を恐れよ】と指示を出す。つまり、魔物との遭遇に怯え、それを避ける様になるのと全く原理を同じくして、訓練も辛くなるのじゃ」

「え、じゃあ訓練が辛いのって……」

「脳が危機回避を要求した結果なのじゃ」


 え、って事は僕は何で訓練が続かな……?

 あれ? じゃあ何が悪いの?


「じゃあみんな頑張れないの?」

「その通りじゃ、容易な事ではない」

「……でも頑張れてる人もいるよね?」

「それもその通りじゃ、本能的に正しい努力の方法を知っておる者もおる。出来ぬ者から見ればコツコツ派、みたいに見える者じゃな」


 あーいるいる。

 コツコツやれる人、確かにいたなー。


「或いは耐えられる適正レベルの違いで、お主には危険な変化でもその者にとっては危険な事では無かった、という事もある訳じゃ。そしてそれを教わり、知っておる者も頑張る事が可能じゃ」


 え、ぼ、僕は知らなかった。

 知らなかったから努力出来ないの?

 あ、だから今教わってるのか。

 え? ……だ、だったらさ。


「何で……そうな風になっちゃったの? 頑張った方が良いんじゃないの?」


 頑張れない様に出来てるっておかしいじゃん。

 どうしてそうなるの?


「元々は、それで良かったのじゃ」

「元々? どういう事?」

「かつて人がまだ原始的な暮らしをしていた頃。そう、かつて人は食べ物を保存する術も技術的に危険を避ける術も持たなかった、そんな大昔の話じゃ」

「すっごく昔?」

「そうじゃ。その頃は本能的に危険を回避しなければ生き残れなかった。そしてそれが出来なかった者はその(ことごと)くが滅んだ」


 危ない事を、危ない! って逃げないと死んじゃったって事かな。まぁ当たり前だよね。


「儂らは危険を回避し、何とか生き延びた者を祖先とするその子孫。じゃから本能的に危険を回避する様に身体がデザインされておるのじゃ」

「そ、そうなんだ」

「昔はそれでも良かった。じゃが事、今となってはその本能こそが抗うべき対象でしかなくなっておっての。本能と現実に矛盾が発生しとるんじゃ」

「え、つまりどういう……?」


 本能と現実の矛盾? って何?


「つまり人は自己コントロールを手放し本能のままに生存を求めなければ生き残れなかった。じゃから、儂らはそれを自覚せねば避けられぬのじゃ」

「……難しい」


 分かりたいけど難しいよ!


「簡単に言うと、努力出来ないと知ってから、どうすれば努力出来るかを考えなければ上手くいかなくて当然、という事じゃ」


 あ、成る程。努力は普通は出来ないんだよ。

 だから頑張り方を考えなきゃダメって事か。


 ……頑張り方なんて物があるんだ。


「へーそうなんだ。僕が訓練が続かなかったのって……」

「お主にとっては大き過ぎる変化として、肉体が危険と判断しておったのじゃろう」

「それなら、僕はどうしたら良いの?」

「まずは知るのじゃ」

「知る?」

「知識こそ力、その抗うべき本能に立ち向かえる知識を蓄えよ。そして、そこから始まるお主の覇道が絶える事無く続く、盤石なものとするのじゃ」

「僕の……覇道」


 僕はまだまだ知らなかった。

 本当に何も知らなかった。


 だけどこの日、知らないという事を知った。

 僕は本当に何も知らなくて、でも頑張りたくて。

 そんな僕が最初に教えてもらった事が、自身が【無知故に停滞している】という事だった。言葉自体は師匠の受け売りだけどね。


 でもそれが、僕の【最初の知識】だった。

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