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gift2 本能としての逃避

【師匠視点】

「起きたか、よく眠れたかの?」

「あ……うん」


 とんでもない疲労を蓄積した身体と、幾度となく死を感じたその精神は既に崩壊寸前で。少年ソルダードは儂とのやり取りを終えた後にそのまま気絶してしもうた。森でのサバイバルはこの小さき身体に強いる事としては余りに過酷、仕方あるまい。


「では……何があったか、話してくれるな?」

「うん……あの……」

「うん? なんじゃ?」

「食べ物……勝手に食べてごめんなさい……」

「本来なら許されぬ事、じゃが今回に関しては良い」

「……え?」

「命の危機に瀕して尚、そこに償いの意識を持てる事。その心に免じて不問とする」

「え?」

「お主が正直に言ってくれたから許すと言っておる。良く、本当の事を言ってくれたの」

「!? ……あ、ありがと……ござ……あ、あの……あ、あり……ふぇぇぇん……」

「良いのじゃ、良いのじゃ」


 泣き噦る少年ソルダード。その小さな頭を撫でてまずは落ち着かせてやる。これ程に素直な心を持ち考えられるだけの思考力を持つ少年を、ここまで追いやったその劣悪な環境にこそ苛立ちを覚えども。


 この子に向けるのは温かいこの手のみで良いのじゃ。どれ程の心労をこの歳で重ねてきたのか。推して図るには余りに……。


「ご、ごめんなさい」

「良いのじゃ。それよりもう大丈夫かの?」

「うん。えっと、あ」

「なんじゃ?」

「名前は……」

「フォーッフォッフォ、すまんの。儂の名は……そうじゃな、師とでも呼んどくれ」

「し? ……師匠? わ、わかった。えっと、僕はね……」


 そして彼の口から語られたのは本当に、本当に短い過酷な話じゃった。貧しい家庭に生まれ、良き親に恵まれず、才覚を見出された息子をこれ幸いと親によって売り飛ばされた。そしてそれを買い取ったのが国ときた。


 買われた後は訓練に次ぐ訓練で、碌に記憶もままならぬ様なそんな環境。そしてその中で、自身を保つ為に……この少年ソルダードは手を抜いていたのじゃろう。その不誠実な環境が彼の誠実性を育まず、本来ならこうはならなかったであろう結末を迎えようとしていた。


 儂と出会わなければ……確実にあそこで死んでいたじゃろう。


「儂が一つ一つ教えてやろう。そしてそれはお主が強くなる為の訓練でも技術でもない。もっと根本的な大切な物を教えてやろう」

「訓練より大切なもの?」

「そう、それを知らなければ努力など出来なくて当然なのじゃ」

「え?」


 そう、本来努力など生半可なやり方で通せる様な物ではない。アレは一種の【本能との闘争】。故にその手段を誤れば……努力を怠りたいという気持ちに抗う事など出来ぬのじゃ。


「儂が教えるのは剣の振り方ではない。【如何に剣を握り、振り始めるか】の話じゃ」

「そんなのこうやって……」


 少年ソルダードが剣を握り、軽く振る。然り。

 確かにそう、そういう事で間違いない。


「簡単でしょ?」

「ならばそれを明日の朝も、そしてこれから千日繰り返すとしたら?」

「!?」

「分かるな? 今剣を握れた事が重要なのではないのじゃ。如何に剣を握り続けられるかが重要で、それは生半可な事ではない。じゃがそこにこそ真の力が宿っておる。それは……お主にも何となく分かるじゃろう」

「ぼ、僕には才能が無いから……」

「才能のない奴などこの世におらぬ」

「……え?」

「何かをしたいという欲求、これを全く持たぬ者は確かにそうかもしれん。じゃが人は皆、何かを食べたくて、欲しくて、頑張りたくて、そして読む、書く、戦う、勝つ、大小違えど何かしらの【欲】を持って生きておる。持たぬ者など殆どおらん」

「……確かに」

「なればこそ、その中のどこかにお主の才能が眠っておるのじゃ」

「え?」

「後はそれと巡り合うまで、根気よくチャレンジを続けられるか。自身に眠る才覚と出会うまで如何にチャレンジを続けるか、という戦いになってくるだけの話なのじゃ」

「た、戦い……」

「そうじゃ、剣を振るだけではない。戦いはそこから始まっておる。儂が教えてやれるのはその【心の持ち様】、そしてそれが全ての始まりであり、全てとなる。儂がそれを教えよう」

「な、ならさ!」

「なんじゃ?」

「ぼ、僕もその……が、頑張れるのかな?」

「頑張れるとも」

「本当!?」


 目を輝かせて儂の言葉を食い入る様に聞く少年ソルダード。こんな素直な子にどんな無理強いをしてきたのか。……いや、それはもう良いか。大切なのはこれからじゃ。


「時にお主、努力の末に何を目指す?」

「努力の? つ、強くなりたい」

「では何故強くなりたい?」

「と、友達が……まだ施設にいるんだ」

「助けてやりたいのか?」

「う、うん。でも強いからさ、僕よりもずっと。あの子は才能があるってずっと皆んなに言われてたからさ。助ける必要なんてないんだ。落ちこぼれの僕なんかに守れる筈ないから……だからさ、諦めてたんだ」

「フォーッフォッフォ、その子は女子(おなご)か?」

「……うん」

「成る程、それで守れる様になってどうする?」

「え?」

「もし今お主が望んだ事が全て叶うとして、何を望む?」

「全て叶うなら? そ、それなら僕は……あの子が、エルメリスがもう頑張らなくても良い世界に……してあげたい」

「頑張らなくても?」

「才能あるって言われてるせいで、ずっと皆んなの為に頑張ってばかりだから……。だから頑張らなくても良いよ? って、言ってあげたい」

「つまり……平和を目指すと?」

「う、うん……む、無理かな?」

「無理な事など無い、諦めなければの」

「……!!」


 そうどんな事でも、諦めなければ成功する。正しい努力を続けていたら必ず報われる。


 だがその正しき努力も、どの様に挑戦すれば諦めずに済むのかも、そしてその始め方も。


 全てがチグハグでは到底辿り着きはしまい。

 適当な努力では何かを始める事すらままならず、今の自堕落な状況が緩やかに続いて、そして何も始まらぬままに終わる。


「あのさ僕本当はね、もっとこうー」

「む、そう考えたのか、面白いのぉ」

「でさ、みんなはちゃんとやろーって言うんだけど僕は違うと思っちゃってさ、それでー」

「ふむふむ、成る程のぉ」

「あ、でもね! 僕別にー」

「ふむふむ……」


 じゃが、そんな事には決してならぬ。


 断じてならぬ。

 見よ、この少年ソルダートの可能性の輝きを。

 これを皆が等しく持っておる。


 持っておるのじゃ。


 人は正しき努力をすれば、すべからく先へと進める様にデザインされた生命じゃ。そうである以上、可能性はいくつも存在する。


 ここで会ったも何かの縁。

 老秋の末にこの子と出会えたこの機会。


 その無限の可能性へのアプローチを、この少年ソルダードに、儂が届けよう。


 フォーッフォッフォ、これが……儂にとって最後の行いとなるじゃろうな。

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