gift17 目覚める才能
【師匠視点】
フォーッフォッフォ!
全体像など儂ならば探る必要も無く全て把握しとろうて、ソルダードの奴相当焦っておったようじゃのう。
ソルダードと別行動をとった理由は明白。
この戦いで、もうひとステージ、いやふたステージは上の世界に行ってもらう。奴にはそれだけの天秤が備わっておる。
この機会、逃す訳にはいくまいて。
意中のエルメリスはどうやらあの娘ッコの様じゃな。ソルダードは薄水色の髪じゃが、あの娘はそれを濃くしたような髪で、長く綺麗な様子がここからでも分かるの。年はソルダードと同じくらいか。
隣に緑の髪の青年が倒れとるが、傷の深さからしてエルメリスが治療出来る範囲じゃろう。青年の魔力はまだ比較的安定しておるから大丈夫じゃな。
今はそれよりも、ソルダードじゃ。
娘を逃し改めて剣を握り敵を威嚇する。体格差は圧倒的、十倍どころではすまんじゃろう。しかしてその鬼気迫る魔力の圧がグランドスパイダーの歩みを阻害する。
あのソルダートに眼前に立たれては無視出来まい。難敵を前にして尚陰る事なきその魔力の様は、最早その辺りの教官では太刀打ち出来ぬ世界に踏み込みつつある事が容易に推し量れる。
実に強くなった。じゃが……現時点ではまだグランドスパイダーの方が上じゃ。明らかに魔力的にも体格的にも劣っておる。
む。
まずはグランドスパイダーが先に、その強大な魔力を動かしたか。不敵に身を高め、そして魔力が前方二本の足に集約される。
そして……目にも留まらぬ突きの乱舞。
本体から生える八本の中の前二本を使った攻撃、その爪先の鋭さもさる事ながら、恐らく腕そのものの硬度も儂の岩をも凌ぐじゃろう。先端を回避出来たとしても、余波を掠る様な軽い打撃程度でもかなり厳しいダメージになる様に思う。
一方ソルダードはその魔力を強く維持しつつも全身にガードの体制で維持。動揺からくる魔力の揺らぎなどを一切感じさせる事なく冷静な判断で回避を続ける。良い動きじゃ。
その一方で隙を見てはその足に対して攻撃を試みるも……ダメージはない様じゃ。生半可な一撃ではダメージにならんじゃろう、儂から見てもとんでもない硬度じゃ。
それに敵には速さもある。本体こそ鎮座したまま動かぬものの、あの足先だけ見ればかなりの速さじゃ。
時折、躱し切れぬ攻撃は剣で凌いでおるが……このままではジリ貧じゃぞ。どうする?
む、ソルダードが動いたな。
全身を覆っていた魔力を剣と足に集中させておる、攻勢に出るか。そしてワザと隙を見せて敵の大振りを誘い、それを回避。グランドスパイダーの爪が地面に深く突き刺さる。
その回避の体制から身体を捻る様にして渾身の一撃を見舞ったが……ふむ。
「チッ」
やはりダメージは無し。ソルダートも顔を顰めておる、実に硬いのぉ。
防戦一方ではラチがあかぬと判断したのかグランドスパイダーの側面に向かって走り始める。走り回って攻撃を回避しつつ残りの足にも攻撃を試みる。
更にそこから軸となっている足を台にして空中に上がり本体にも攻撃しておるが……やはりダメージ無し。隙だらけとなる空中での防御は器用に剣で凌いでおるわい。そして上手く敵の足を利用しつつ地面に着地。
うーむ、まだ弱点こそ見えぬが……戦いが様になっとるわい。これはゴーレム戦の成果かの、上手く経験に落とし込んでおる証拠じゃのぉ。
模擬戦は本番の様に、本番は練習の様に。
口では言えても実践するとなると日頃の訓練での気構えの違いが如実に現れる。
ソルダードは最早無意識に身体を動かし、剣を振れるレベルまで自身を昇華させておる。あの域になれたのなら、次はその状況下における戦術に想いを馳せる余裕が生まれる。
次は関節を狙うもやはり効果は薄い。後は……顔くらいか。じゃかここはリスクも高い。
顔はソルダードの間合いからだと攻めるにはやや遠い、近づき過ぎてしまうのじゃ。その近距離では口から何を出すか分からぬ、という懸念がある以上は気軽に攻め入る訳にもいかぬ。
さて、敵に弱点らしい弱点は見当たらぬ。
どう出るソルダード。
む。
向こうから何か……あれはエルメリスか。
戻って来おったのか。
フォーッフォッフォ! 面白くなってきたの!
「ソルダード! わ、私も……あっ!」
エルメリスの出現に気を取られたソルダードが足の攻撃をモロに受けおった。直撃こそ剣で防いでおるが……ふむ。
吹き飛ばされ、木に激突。派手な見た目ではあったが、ダメージという程でもなかろう。
「ご、ごめん私のせいで……」
「ううん、大丈夫。僕が甘いせいでゴメン」
「あのさ、私……」
「くっ! 下がって!」
「ご、ごめん……」
エルメリスが見事に的になっとるな。
これでソルダードは回避ではなく剣で受け流すか受け止める必要が出てしまった。更にリスクは増すばかり。どう出る?
「そこの剣を僕に!」
「こ、これ?」
「早く!!」
「え、どうすれば……」
「投げて!!」
「投げ……え、えい!」
エルメリスが拾った剣を投げ……ソルダードが受け取る。成る程の、魔力コーティングするなら片手持ち一本でも意味を為す、なれば二本で重みを分散させた方が有益と判断したか。
二刀流、考えたの。
どうやらエルメリスとやらは……回復に特化しておるのか。魔力の量や質の割には動きが伴っておらん様じゃ、これでは戦闘参加は厳しいの。今のこのハイレベルな戦闘にあの身体能力で参戦しては的にしかならんからのぉ。
「もっとだ! ここにあるだけの剣を僕に!」
「え?」
「早く集めて!」
「う、うん」
その発言を受けてエルメリスは素早く移動し、既に倒れた兵が残していった戦場に落ちている剣を回収。
腕二本の人の身でこれ以上の剣を集めて何とする?
……心なしか薄く笑みを浮かべておる様な。何か気付いたのかソルダートよ。これは見ものじゃな。
「集めたよ! どうすればいい!?」
「まず一本をこっちに!」
フォーッフォッフォ、三本目の剣じゃと?
何を考えとるんじゃソルダード。
投げられた剣を……!?
なっ……魔力で受け取る!?
た、確かに魔力とは形を持つ力そのもの。魔力で敵の攻撃を防げるのであれば……魔力そのもので剣を扱う事も……可能?
可能か? 可能なのか?
ふむ、どういう訳じゃ。
「クッソォォォォ!!」
身体から一メートル程離れた位置で魔力に支えられながら宙に浮く剣。その剣を空中でキープしながらグランドスパイダーの攻撃を凌ぐソルダード。む、その三本目の剣で攻撃に移る……!
剣が……弾かれて落下した。そりゃそうじゃまともに握れる筈なかろうて。 ふんわりと魔力で固定は出来ても、攻撃の意味を持たせるにはかなりの条件を要する。
そもそも三本目の剣に魔力の一部を割けば本体の魔力は低下する。全攻撃の威力を下げながら不安定な【三本目の剣】に拘る事に何の意味がある?
「まだまだァァァァァエルメリス!! 次の剣を!」
「はい!」
失った三本目を補給する。
何に拘っておるのじゃソルダード。全力のお主の剣撃で通らぬ硬度、にわか仕込みの三刀流など意味を……言わんこっちゃない。また殆ど意味を為さずに剣は落下。しかも今回は砕けておる。まともに魔力を纏えていなかった証拠じゃ。
「次だァァァァァ!!」
「行くよソルダード!」
いつの間にかエルメリスの動きも良くなってきておる。本調子が戻ってきたか? 或いはここにきてソルダードの勢いに引き上げられておるか……!?
気のせいか? 今攻撃を三本目の剣で受け流した?
!!?
まさかあやつ……今訓練しておるのか!?
格上のグランドスパイダー相手に、今思いついた戦法の訓練をこの場でしておるというのか!?
命を賭けて!?
……ま、誠、面白い奴よソルダード。
三本目の剣での攻撃で、未だダメージは通らない。じゃが……徐々に落とさなくなってきおったな。
剣が、安定してソルダードの横に浮いておる。
「次だ、もう一本の剣を!!」
「はい!」
なんじゃと!?
四本目!?
何を考えておる、何を目指しておるのじゃ。
今度の四本目は……最初から安定しておる。
にしても四刀流じゃと? それを持って何とする?
やはり威力が乗ってくる訳でもあるまい。
じゃが……空に舞う二本の剣が段々と……グランドスパイダーの攻撃をいなし始めておる。
いや、アレはまるで……!?
グランドスパイダーの爪先と……同じ様な働きを?
ま、まさかトレースしておったのか?
奴の動きを?
学んでおったのか?
グランドスパイダーから?
その強烈な攻防一体の攻撃手段を?
もはやエルメリスに……グランドスパイダーの攻撃が届かなくなってこる。狙われていない訳ではない、事前にいなされておるのじゃ。
グランドスパイダーの前足二本と、同じ様な機能を果たす二本の空剣に。そしてその上で、己の身はその二本の剣で守護しておる。
鉄壁の布陣になりつつあるな……。
じゃがグランドスパイダーとてこのままでは済ますまい。やはり……更に足を二本導入してきたな。
これで攻撃手段は四本の足、これまでの倍。対応か同じとはいかんぞ? さて、ソルダードは……!?
「あと二本だァァァ早く、間に合わなくなるぞ!!」
「はい!」
ろ、六本目……。
どうなっておる、ソルダードの魔力が分散して減るどころか……!?
最早……剣が魔力的に繋がっておらんじゃと?
完全に独立した一本の剣として……空中に?
ソルダード本人の魔力は……!?
変質……しておる。
あれは普通の魔力ではない。
何か……掴みおったなソルダード。
成る程、その可能性の片鱗に気が付いて、無駄だと分かっていても試したくなったのか。いや、確かにアレは……!?
わ、儂の……ゴーレムのイメージなのか?
魔力が独立した一個として操作できる筈だと、それが属性魔法で無くとも、儂に出来る以上は自身にも不可能でないと?
儂の経験則からすると属性魔法であればそれはおかしくないじゃろう。属性魔法が肉体から離れた位置でもコントロール出来るのはオマケで付随する力の様なものじゃ。少し鍛えれば誰にでも出来る。
じゃがソルダートは属性魔法には目覚めておらん。その足りない力を補うべく、ソルダードは……知っておる知識から今の自分に可能な範囲で吸収出来る限りを吸収し、それを組み合わせて得た能力じゃというのか。
グランドスパイダーが、数歩後ろに下がった。
そして身体を大きく持ち上げ……六本の足を……戦闘に導入してきた。
「エルメリス、残りの剣を全て僕に」
「……はい!」
そしてソルダードは……目を瞑っておる。
投げられた全ての剣、凡そ二十本。
それらを空中に従え、己は二本の剣を構えて。
夢か幻を見ておる思いじゃ。
剣の一本一本が、全力の時のソルダードの魔力を保持しながら……空中に独立して浮遊しておる。
ソルダートがその閉じた瞳を薄く開いた時。
グランドスパイダーの猛攻が……始まった。
その赤き巨体から放たれる圧倒的なまでの連撃は呼吸をする間も無い程の密度でソルダードたちを攻め立てる……が。
ソルダードは動かぬ。
グランドスパイダーと同じくして、両者ともその場から動かぬままにその手足となる武器をもって空中戦を繰り広げる。
時折、足先の攻撃が届きかけるかの様に地面に到達するも、恐らくあれはソルダードに受け流されて止む無くあの位置にしか届かなかった攻撃。
互いに、互いの攻撃を無力化する。
最早ヤケクソにも見える勢いでグランドスパイダーは糸を吐いたりもしておるが、速度もなければ威力もない。捕獲専用の技の様じゃな。
一本の剣に簡単に分断されコントロールを失った糸が虚しく地面に蓄積していく。
そしてグランドスパイダーがその攻撃を止めた時。
ソルダードの剣が一斉に一本の足の一点目掛けて総攻撃を仕掛ける。ダメージは無さそうに見えたが……!?
ヒビが小さく……!
「こんの野郎ォォォォォ!!!」
「ピギャァァァァァァァ!!!」
その僅かな亀裂目掛けて、ソルダードの強烈な直接攻撃が……その足を貫いた。
切断される足。じゃがまだまだグランドスパイダーには攻撃手段は残されておる。
……がこの好機、今の研ぎ澄まされた感覚を持つソルダートが逃すまい。
「そこだ!!」
その斬った切断面から全ての剣を体内へ侵入させる。弱点となったそこから剣を送り込み、内側から外側へと弾ける様にグランドスパイダーを蹂躙……フォーッフォッフォ!
「爆ぜろ!!」
「ピギャァアァァァアァァァ!!!!!!」
あれも儂が最初に……フォーッフォッフォ!!
希少種グランドスパイダーが、爆散か。
実に見事。
一切の文句無し。
この戦い、ソルダードの勝利じゃ。