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gift14 とんでも訓練を可能にしてしまう変化とご褒美のテクニック

【師匠視点】

 ソルダートと出会ってから早一年。この歳になってくると年月の経過が早くて敵わんわ。しかし、ソルダートは頑張っておるのぉ。


 飽きが早いなどそれも一つの才能だというのに。であれば有効活用さえすればすべからく武器になるのじゃよ。


 興味の移り変わりが早く、またそこへの執着が強い故に飽きっぽいと卑下されがちじゃが、飽きっぽい者はその対象に飽きておる時、何か違う事をやっておらんか? これは割と多いと思うのじゃ。


 そう、飽きっぽいとは言い換えれば【衝動性が強い】と先に称した通り。これはつまり興味の対象さえ定期的に与えれば強い執着を常に持ち続けられるアクティブなタイプの人であると捉える事も出来る。


 故に、その努力により実った【小さな成長】に常に気付かせてやり、当たり前になってしまった事の大切さを再認識出来る時間を用意してやる必要があり、それがあれば状況は繋がるのじゃ。


 努力とは、仮に料理で表するならば調理に当たる。一生懸命に美味しいご飯を作り、そして出来上がったその料理を、料理であったならば形があるが故に食べるじゃろう。


 では努力はどうじゃ? 形が無いが故に食べられぬと? いいや、そんな事はないのじゃ。つけた筋力で身体の調子が少し良くなったり、読んだ本の知識で少しだけ何かが上手くいったり。こじ付けでも何でも良い、噛み締める時間が必要なのじゃ。


 例えそれが料理であっても、仮に調理後に【食べる】というフェーズがなかったとしたら。作り続けるだけの行為に何か意味はあるのかの? 仕事であれば話は別じゃが、それが努力であったならきっといつか意味を失い、やがてやらなくなるじゃろう。努力も同じじゃ。


 そこに意味があるからこそ、続けられるのじゃ。


 ソルダートがその行動の意義を見失わぬ様、定期的に【フォーッフォッフォ! 遂に腕立てが五十回か、また一歩平和を修めんとするお主の理想に近づいたの! 素晴らしい事じゃ!】と、努力の理由を思い出させてやる必要がある。


 人は忘れてしまう生き物。それが例え自身が掲げた目標であっても、いつか霞んでしまい、見失ってしまうのじゃ。悲しい事じゃ。


 故にこれを防ぐべく、目的地への具体的な意義を最初に定めさせたのじゃ。その具体的な意義はソルダートの進む道を明確化してくれる。


 道を進んでいると信じておっても、いつか努力が怠りたくなる日がやってくる。それは脳内で進むべき道が分からなくなっている、つまり【迷子】になってしまっておるのじゃ。


 そんな時に、目的地はあそこでその為にこれをやっとるのじゃ! と時々思い出させてやる事で道を思い出せる。すると迷子になったまま行方不明になる事を防げるのじゃ!


 これは心の地図、【メンタルマップ】と呼ばれる技術じゃが、大層に捉える必要などない。


 三つ程、何故これを頑張りたいのかを書いた紙をいつも身につけている物に忍ばせておくのじゃ。そして道に迷いそうな時にそれを見て思い出す。


 自分を変えたい。

 世界を平和に導きたい。

 エルメリスが努力をしなくても良い世界にする。


 だから、今してるこの努力には意味がある。という目的地への具体性を示してやるのが重要なのじゃ。


 その上で、その中にある小さな変化、小さな向上に目を向けながらそれを噛み締め、一歩ずつでも進んでいる事を実感するのじゃ。そして一歩ずつしか進めないのだから、自分がしている事は行動としてベストだと思い出すのじゃ。


 そうすれば、努力は続く。


 じゃが勿論、それだけでも長く続けるのは困難。では続けるには何が必要になってくるのか。


 大切なのはこれじゃ。


【不足】。


 足りないと思う気持ち、この渇望感こそがそれを継続させる最強の手段なのじゃ。ソルダートから【剣】を取り上げたのもここを刺激する為。


 ずっと同じ事ばかりでは人は苦痛を覚え、やがてその努力をやめてしまう。故に不足させた上でご褒美として与えてやるのが重要なのじゃ。


 そのご褒美さえもが【剣を振る】の様な努力の範囲ならこんな素晴らしい状況はないじゃろう。


 更に、これとは別途。

 もう一つご褒美を効果的に与える必要があるのじゃ。


 そしてそのご褒美は変動間隔強化スケジュールに沿ったものであれば尚良い。これは簡単に言ってしまえば【断片(ランダム)化されたご褒美】という意味じゃ。


 不確定要素を含んだご褒美。つまり予期せぬ中断として【百二十三回日記念じゃ!】などと称しながらご褒美として新たな訓練やお遊び要素を発生させておったのはこの為。


 これをこちらサイドでは定期的に出す事によって、対象が努力を続ける事の意味を深める事が出来るのじゃ。ソルダートにとってはランダムに与えられている突然のご褒美である必要がある。


 そしてそれを有効活用しておれば、もう一つの人の性質を刺激出来るのじゃ。


 それは部分強化消去効果、これは簡単に言うと【人は良い事や得た報酬以外の都合の悪い事を忘れる】という特性の事。辛い事ばかりでは人は生きていけぬ。故に自然とこれを実践する事で日々を過ごしておるのじゃ。


 この変動間隔強化スケジュールと部分強化消去効果を併用する事で依存的な努力への執着を生み出す事が可能となるのじゃ。


 うむ、実に分かりにくいのぉ。


 じゃが実の所、皆これを既に知っておるのじゃ。これは日常的にある場所で使われており、本来は非常に厄介なものとして人を支配しておる。どこで使われているかというと。


 ギャンブルじゃ。


 いつくるとも分からない報酬を求めて、でも続けていたらいつか得られる。そして得たならば脳内でドバドバとドーパミンなどの興奮物質が分泌され、強い興奮を覚えた上で、都合の悪い事に関しては見事に忘れる。トータルで損をしておってもやめられない。


 あれはこの二つのテクニックを悪魔的に活用した逆に見事な例と言えよう。恐ろしいのじゃ。


 しかしじゃ。


 上手くこれを利用すれば、努力に依存的な状況すら生み出せるという事に他ならぬ。人はお金を失うギャンブルにさえ執着出来るのじゃ、自身の向上に繋がる努力に執着出来ぬ筈がないのじゃ。


 そしてそれらがバビットチェーンと呼ばれる【途切れたら嫌だなぁ】と思える様な組み方が出来れば、それは人の持つ精神構造、プロスペクト理論によって失うのが怖くなってくるのじゃ。


 これは得てしまった物を無くすのが怖い、という人の心理作用の事。


 そうなれば、もはやドーパミンによって大脳辺縁系は見事に騙され、本来は超えられぬ様な厳しい訓練でさえも超えて行ける。


 剣を振るという本来難しかった訓練も、魔力ゴーレムを導入した厳しい模擬戦であっても、ドーパミンで興奮状態に入った脳ならすんなり超えられるのじゃ。


【変動間隔強化スケジュール】、つまりランダムのご褒美によって【部分強化消去効果】を誘発させ、日々の訓練の辛さを軟化させる。


 素晴らしいテクニックなのじゃ。




 後は……そうじゃのぅ。


 剣の振り方の訓練においては、儂が教えてやれるのは(ことわり)のみ。儂は剣士ではないからのぉ。


 じゃがソルダートはその訓練の基礎となる部分は既に知っておった。故に、その正しき(ことわり)さえ理解出来れば、やもすれば大きく化けるか……と考えておったのじゃが。


 まさかここまで化けるとはのぉ。


 剣を振る時、それがどの様に振られているか、訓練の時は細かく精査する必要がある。


 肩の力を抜き、姿勢を正し、など。

 この辺り、儂には詳しくは分からぬ。


 じゃが人は剣の振り方の様な物を学ぼうとする時、身体を動かす仕組みから覚えた方が上達が早いのじゃ。じゃからこの指導は正しい。


 これが訓練ならば……じゃ。


 問題はこの訓練で得た剣の技術が【実戦ではまるで役に立たない】という事。


 理由は明白。

 それは脳のワーキングメモリーの使用容量のオーバー、つまり【脳のパンク】じゃ。


 肩の力を抜き、姿勢を正し、大いに結構。それでより鋭い剣が振れるのであれば大切な事じゃ。


 だがしかし、実戦ではもっと考える事が多い。敵との距離、その動き、特徴から考えられる次の行動、それに対する自分の動き。


 その中で、更に剣を振るのに細かい振り方まで考えておったらどうなると思う?


 思考力の限界、つまり脳のパンク。これは実戦でなくとも試合や披露の本番で頭が真っ白になる、といった事があるじゃろう?


 あの現象の発生原理じゃ。


 では訓練する意味は無いのかと、頑張っても本番で頭がパンクして終わりなのかと。


 そういう訳ではないのじゃ。ちゃんと正しいやり方があるのじゃ。それは【無意識の意識】。


 人は意識している時より意識していない時の方が、遥かに複雑な行動でさえも、いとも簡単に熟してしまう生き物。合理を好む生き物なのじゃ。


 例えば呼吸を意識すると、途端に息苦しくなったりする事があるじゃろう。


 あれも無意識であれば今の身体に必要な酸素の量から最適な吸い込む量を判断し、最低限の力でそれを熟してくれておるからこそ、意識してしまうとそれが出来なくて苦しくなるのじゃ。


 そう、人は無意識な時にこそ真の力を発揮する。


 では剣を振るのに無意識に振るとはどういう事なのか。それは感覚で振るという事に他ならない。


 自分に必要な行動原理を覚えたのなら、次はそれを感覚で振れる様にならなければならない。スッと引いてパッと振るみたいなアレじゃ。


 アレは指導方法としては雑過ぎて訳が分からぬが、実は必要なステップなのじゃ。


 それで自身の技術を感覚に落とし込み、本番でも無意識に身体がその行動を取れる様な練習を事前に積んでおく必要があるという訳じゃ。


 無意識のうちに出来る事はとてつもなく多い。より複雑化する実戦などで、振り方を思い出しとる余裕など無いのじゃ。そんな訓練ばかりやらされておっては初戦で命を落としかねない。


 故に、剣は感覚で振れる様になっておく必要があるのじゃ。戦闘中に考えるのは敵への分析や形勢判断などで手一杯。他はオートでやらなければ頭がパニックでパンクじゃ。


 まずは正しい振り方を覚える。

 そして次に、それを感覚化する。


 この二段階目をしない事が多いのが問題なのじゃ。真に強い冒険者が剣を振るのにイチイチそんな事を考えている訳がないのじゃ。


 そしてその戦闘中に敵の動きの理由や、危険時の対処法など、学ばなければならない基礎的な事は実におおい。


 じゃがこれを勉強だと言えばソルダートはきっと覚えられぬじゃろう。


 故に腕立て伏せなどの訓練中に、儂の体験記としてそれを疑似体験させる。


 人は身体を動かしている時の学習効率が非常に高い、普段よりも沢山の血液が脳に回るからじゃ。それ故に運動中に学習させ、更にその内容が物語形式であったならば。大脳辺縁系が【あ、娯楽か。なら大丈夫】と騙されてくれるのじゃ!


 この記憶力の向上と抵抗感の低下を併用した訓練中学習によって、ソルダートに戦闘イメージが蓄積されていく。


 それに沿ったご褒美を後に出せば効果テキメン、という訳なのじゃ。


 儂が教えてやれるのその辺りの人体としての構造的な部分と経験からくる学習のみ。


 剣技はソルダート自身の努力により切り拓いた実績じゃ。実際、残念ながら全ての悩みをまとめて解決する万能策(one size fits all)など存在せんのじゃ。



 但し、小さく積み重ね、続けておれば。ある日【あ、そういう事か!】と閃く瞬間が訪れる。この成長を実感する瞬間が誠たまらぬのじゃ。


 見ているだけで輝かしい。


 あの時、ソルダートが斬ったのは儂の出せる最高硬度の岩じゃった。まさかアレが一年で斬られるとはのう。


 もはや儂はソルダート相手に戦闘するならば、ガードが効かんという訳じゃ。可能性の光とはこうも美しいか。


 あともう少し、もう少しじゃ。

 残せる限りを。


 ソルダートに残そう。

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