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gift1 現実からの逃避

【少年視点】

「はぁ……はぁ……こ、ここまで来れば……」


 僕は逃げていた。辛い訓練から、上達しない日々からそして、それらを頑張れない自分から。


 まだ十一才になったばかりだった僕は国の定めたエリート育成期間に放り込まれ、何処とも知れない場所で缶詰にされる日々を過ごしていた。


 もう……一年になる。小さな頃から自然に魔力を扱えたってだけで君には才能があるとかなんとか言ってさ。


 後から別のお喋りな教官から聞いて知ってるんだ、僕は親に売られたんだって。


 元々ズル賢いタイプではあったと思うけど努力という物にはまるで縁がなかった、その結果が落ちこぼれという烙印。当然だと思う。自分が何かに優れているなんて思った事もなかったし、実際もそうだ。


「大分走ったけど、ここ……何処だろう……」


 今だってそうだ。結局訓練がまともに出来なくて嫌になって、サボり続けた上に隙を見て脱走。


 どうせ頑張ったって悲しい事になるだけなんだ、才能の無い奴がいくら頑張ったって無駄なんだから。


 だから僕は……逃げ出したんだ、全てから。


 どちらに向かって進んでいるのかすら分からない様な森の中。食料も持ってなくてお腹はペコペコ。でも兎に角逃げ出したかったんだ、少しでも早く。逃げ出せば……何かが変わる様な気がしていたから。


 けど実際、そんな簡単に行く筈もなかった。


「……? 何か音がする……?」


 ここは人気もない森の中。そして僕のいた訓練施設は秘密裏に行われている国が設けた機密機関。当然、僕の足で少し進んだ程度で人里に辿り着く筈もない。


「キュギィヤァァアァアァァァァァ!!!」

「うわぁぁぁぁぁ!!!」


 鬱蒼と茂る森の中から姿を現したのは人ではなく、漆黒のグランドスパイダーだった。


「ひゃ、そ、そんな……どど、どうすれば……」


 森に迷ってはいても、心の何処かで死ぬ筈ないと思っていた、あそこから逃げ出せば全部が上手くいくと思っていた。


 僕は何処までも……バカで甘かった。


 持っている物は逃げ出す時に咄嗟に掴んだ訓練用の剣が一本。


「キュィィ、ギュルルルルル……」

「あ……あっ、はぁ……はぁ……」


 このままここで腰を抜かしていたら、確実に死んでしまう。僕は震える身体に鞭を打つ様に奮い立たせ、剣を杖の様に使って何とか立ち上がり……グランドスパイダーを正面に見た。


 大き過ぎる。


 とてもじゃないが……戦えるような相手じゃない。八本の足はそれぞれ僕の身体よりも太くて大きく、その辺の木々と同じくらいのサイズ感で、その足先は鎌の様に鋭い。


 ザクザクと地面をエグる様に少しずつ僕に向かって接近してくるグランドスパイダー。


 カチカチと音を鳴らし赤い目をギラつかせながら僕を追い立てる。確実に勝てる餌だと油断しているのか……直ぐには襲ってこない。


 戦うのは……無理だ。


「う、うわぁぁぁぁぁ!!!」


 僕は逃げ出した。

 無我夢中だった。


 背後からバキバキザクザクと迫る音は聞こえるが、兎に角前を向いて走り続けた。


「来るな来るな来るな来るな来るな!!!」


 それだけをひたすら繰り返し、ただ走り続けた。どれくらい走ったかは分からない。そして僕は……。


「えっ……?」


 空中に出ていた。勿論空を飛んだ訳じゃない。

 落ちたんだ。純粋に下に。


「ヒィィィィィうわぁぁぁぁぁ!!!」


 崖になっていたらしい。落下した先は斜面になっており、そこから転がる様に更に落ちていった。


 そして木々の中に突っ込み……枝を折りながら漸く止まった。


(さっきまでは山の上の方にいたのか……)


 ボロボロの身体でボンヤリと、どうでも良い事を考えていた。身体は多少は鍛えていたから大事には至っていない。とは言ったものの身体中はとてつもなく痛い。


 と、目の前に不自然な物がある事に気が付いた。


(……家だ!!)


 錯乱していて気付かなかった。もしかしたら人が居るかもしれない。僕は痛む身体を引き摺る様に何とかその家へと向かい、そして扉をノックした。


 そのノックの衝撃で……扉が開いてしまった。

 鍵がかかっていない?


「あ、あの……誰か……あの!!」


 返事はない。こんな場所に空き家?

 にしては内装が綺麗だ。それどころか目の前に……山積みにされた果物や吊るされた干し肉が!


 よく見れば……水もある。


(……ゴクリ)


 腹ペコだった。もうずっと走ってきた。

 それに襲われもしたし、最後には崖から転げ落ちた。


 目の前のそれが……輝いて見えた。


「今のうちに……」


 少し貰って、後で返そう。

 謝れば……、お金だっていつかちゃんと!

 それに別に少しならバレないかもしれない。

 ひ、一つくらいなら……。

 いくらだって自分に言い訳が出来た。


 そして僕は……その果物に手を伸ばした。

 お、美味しい……。


 どんどん食べた。止まらなかった。

 そしてそれが明らかに言い訳も出来ないレベルを超えた時、後ろで物音がした。


「ん、なんじゃ? 何が迷い込んだんじゃ?」

「うわぁぁぁぁぁ!!!」


 咄嗟に逃げてしまった。


 しまったしまったしまったしまった。

 やってしまった。


 謝れば良かったのに、説明すれば良かったのに。窓を破る様に飛び出してそのまま走り出してしまった。もう……戻れない。


 どうしよう、やっと人に会えたのに……。

 ただ後悔を積み上げながら走り続けた。


 何でこんな……、我慢すれば……、いやむしろちゃんと謝れば……、今からでも遅く? いや、もしそれでダメだったら僕じゃきっと……、そんな事ばかりが頭の中を堂々巡り。


 だから気が付かなかったんだ。


「キュギィィギャヤァァアァアァァァァァ!!!」

「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」


 今度こそ絶対絶命のピンチが、目の前に迫っていた事に。そこにいたのは明らかにさっきのグランドスパイダーだった。


「は……ハァ……は、はっ、はっ!」


 呼吸が上手く出来ない。

 もう……何も考えられない。

 剣も……あの家に置いてきてしまった。



【死】



 脳裏に浮かんだのは……もう助からないという現実だった。僕は本当に……どこまでも馬鹿で間抜けな……。


「フォッフォッ、グランドスパイダーか。この様な場所に珍しいの」


 !?


 さっきの……お爺さん?

 何故ここに……?


「ギュルルギィヤァァアァアァァァァァ!!!」

「やかましいのぉ」


 お爺さんが右手に持つ杖をトンと、地面についた。


 瞬間。


「ギャッ!!!」


 地面から突然岩の塊の様な鋭い物が飛び出してきて……グランドスパイダーを貫き、尚も止まらずに空中へと持ち上げた。


「爆ぜるのじゃ」

「うわぁぁぁぁぁ!!!」


 巨大な……めちゃくちゃ大きな身体のグランドスパイダーが空中に持ち上げられ……そして空中で爆散した。


 な、何が……?


「何故この様な場所におるのかは知らん。大方最近作られた施設の子じゃろう」

「……っ、ぁ……っ」


 口はパクパクするが……声が出ない。

 え……あ……そうだ、謝らないと。

 僕はあの家で……。


「選ぶのじゃ」


 え? 選ぶ?


「このままコソコソと人の家から食料を盗み、次にまた訪れるであろう試練や困難に脅え、その度に逃げ出すのか」


 バレてる……ダメだ、もう謝るしか……。


「もしくは儂の教えに従い、強き意志と力を持って、次なる困難や試練を、自らの力で切り開き進むのか」


 ……!?


 え?


「お主はどっちじゃ?」


 いや……え?


「逃げ出すも良し。じゃがもしも、今の自分から変わりたいと思うのであれば……儂の元に来るが良い」


 これはどういう……。


「目の前の苦しみから今すぐ逃げたいのなら、せめて人里まで送ってやろう。そこまで行けば死にはせんじゃろうて」


 え? 人里に……降りられる?

 や、やった!!


「じゃがお主、何から逃げてここまで来た?」


 ……!?

 僕が何から逃げて? グランドスパイダーから?

 ……違う、そうじゃない。


 辛い訓練から?

 ……それも違う。


 頑張らない自分。

 そうだ、自分から……逃げて来たんだ。

 僕はずっと言い訳ばかりして……。


「僕は……僕から逃げてここまで……」

「……ほぅ、面白い表現をする子じゃ。名を何と言う?」

「……ソルダード」

「よし、ソルダード。お主はこれからも自身から逃げ続けていたいか? それとも……そんな自分に抗いたいか?」

「え……でも僕は……」

「出来る出来ないではない。したいか、したくないかじゃ」


 したいか……したくないか。

 頑張らない自分を……変えたいか、変えたくないか。


 出来るどうこうじゃないなら……そりゃ。

 ぼ、僕だって……。いつも思っていた。


「僕は……か、変わりたい」

「良かろう、ついてまいれ」

「え?」


 この、捻り出した【変わりたい】というたった一言が、僕の人生を大きく変える事になった。


 けれど、間違いなく、あれが僕の……第一歩だった。


 僕は……変わりたかった。

 本当は逃げたくなかった。


 でも……逃げ続けていた。

 そしてそれは僕の生まれ持った性質で、抗えないものだとばかり思っていた。

 情けない自分だと。

 根性無しだと。

 何をやっても長続きしないヘタレだと。


 そんな思い込みを……壊してくれた。


 僕は……知らなかっただけだったんだ。


 本当の、努力という物の価値を。

 正しい向き合い方を。


 そして、その途方も無い強さを。

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