一ミリの価値観
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もし、私の手にある筆で、すみきった青い空のキャンパスを描けるなら……この世界が一ミリでも変わったかもしれない。一ミリだけでも、世界が変われば、あなたは私の事を好きになってくれるかもしれない。だけど、そんな期待も虚しく。 手に取った筆は何も描けなかった。
寂しいから、ただ慰め合うだけで一緒にいたい訳じゃないのに。
「新しい彼女出来たんだ」
付き合っている訳では無いが、それなりの関係の私達。けれど、あなたは私の事を、本気にしてくれなかった。
嫌な過去を思いだしながら空を眺めていると、授業終了のチャイムが鳴る。勿論、課題は終わらない。
(しかたない、教室に戻ろう)
学校の中庭で、私はため息をつく。正直、戻りたくなかった。
「おかえり、岬」
「ただいま」
教室に入ると、彼氏が出迎えた。ちょっとダサくて、特にカッコイイ訳では無いが満足している。はっきり言うと、所詮フェイクだし。嫉妬してもらえるかもって期待で付き合っているだけだ。
だけど期待も虚しく、同じ教室でイチャイチャしても、まるで無関心。
「真也くん。」
「何?」
「ちょっと、ココの公式分からないんだけど」
私の片想いの相手、真也は彼氏とは比べ物にならないほどの美形で、こっちが嫉妬させようにも、逆に嫉妬させられるような状態だ。
(ああ、あんなにくっつかないでよっ)
クラスメイトの女の子と、問題を解きあっている真也と女の子の距離は、息がかかるほど。こんな時、私は目が離せなくなってしまう。
(これでは、勝てっこないよ)
「岬、何見てるの?」
「わっ、夏樹ぃ」
急に後ろから、彼氏の夏樹が抱きついてくる。 だからって、心音が早まることはない。真也じゃなきゃ、意味がない。
「離さないぃ。岬、好きぃ」
少し、キツく抱き締める力を強くされる。
「……バカ」
私が本気じゃないのに、一途に慕ってくる夏樹の存在は、正直重荷になっていた。
(嫉妬もされないし、別れようかな)
もう彼と付き合う意味は無いから。
……正直言うと、これ以上一緒に居て、夏樹を傷つけたくないのが本音。
「岬ぃ、柔らかい」
相変わらず、抱きついて離れない夏樹。
(はぁ……さて、フェイクで付き合ったはいいが、どうやって別れよう)
急にスカートのポケットの中から振動が伝わる。携帯のバイブレータだ。授業中なので、机の中に隠しながら見ると、メールが一件。真也だ。
『今日、家に来て』
耳まで熱くなる。私は思わず真也を見ると、彼は笑顔で小さく手を降ってきた。
最近、冷たかったから真也に嫌われたかと思った。ちょっと安心。
「ごめんね。急に」
真也の部屋に入ると、第一声にそう言われる。
「いいよ。真也の頼みなら」
私が上目遣いに言ってみせると、急に抱きしめられる。夏樹のバカと違って優しく。
「岬だって、彼氏いるのに。だけど、俺……岬としたい」
「……うん。いいよ、それだけでも嬉しい」
私は笑ってみせる。
真也を本気にさせる事が出来ない。本当はいつでも泣きそうだ。真也を困らせたくないから、笑ってるフリしているだけ。
抱かれるたびに大きなトゲが刺さる。
『悲しい女だね』
誰かに言われている気がする。本命になんて絶対なれない事、分かってるのに……。
初めて真也と出逢ったのは、昼休みの学校の中庭。
私が別れ話の最中に殴られそうになっていた所を助けてくれた。その瞬間に、恋におちてしまった。
だけど、真也には先輩の彼女がいた。幼なじみでいつも仲がよくて、入る余地はまるで無し。
それで私は焦って、真也に迫ってしまった。失敗。本当にそうだ、失敗だ。
おまけに、私をきっかけに色々な女の子と遊びはじめた。
先輩とも別れて、次々と彼女を替えるようになってく真也。多分、相当ロクでもない男なんだろう。彼女にする女は必ず真也に相当貢いでいた。
そんなのでは、ちゃんとした彼女じゃない。
私は真也の愛が欲しいのに、彼の心はどこか遠くへ行ってしまってる。
だから、彼にしがみつく為なら何でもした。だからって愛を期待は出来ない。本当は分かってる。こんな事したってしょうがないのに。
『明日は土曜日。一緒に遊びに行こう』
家に帰って、ふと携帯を見ると夏樹からメールが入っていた。
(何も、毎週出かけなくても学校で会えるじゃん)
そう思いながら返信を返す。
『いいよ。明日はどこに行くの』
送ると、すぐ返ってくる返信。
『何処がいい?』
『何処でも、金ないよ』
『じゃあ、家で遊ぼう』
『ちゃんと、迎えに来てね』
『わかったよん』
夏樹は家に行っても、二人きりになっても、手を出さない、キスもしない超奥手。いつも毎回、テレビゲームしたり、マンガ読んだりで終わる。
抱いて欲しいとか、そんなんじゃないけど、ちょっと寂しい。
なんだかんだ言って、別れられないのは私なのかな。
「岬っ! オッハー」
「夏樹……何で、朝からそんなにテンション高いの?」
チャイムの音で、夏樹に呼び出されて扉をあけると、夏樹が相変わらず能天気そうな顔で立っていた。
「テンションも高くなるよ。今日、今、この時間の岬は俺だけのモノだしな」
夏樹は相変わらず、恥ずかしげもなく変な事を言う。
「週刊ローマ買った?」
「明日だよ、発売日」
夏樹は変わらない。好きでもないマンガを毎週欠かさず買って、聞かないCDを聞いて、私に常に合わせてくれる。
少し悲しい顔をしただけで、夏樹は気づかってくれる。笑ったフリして無理した時も夏樹は抱き締めてくれた。
真也は……?
私がどんな顔したって、関係無いんでしょうね。それなのに、好きなの? 私は、こんな求めるだけの寂しい恋でいいの?
「どうしたの? 顔、青いよ」
うつむいた私に、夏樹は顔を覗きこんできた。
夏樹の優しい顔を見ると、不思議と気分が落ち着いた。
だが、同時に酷い罪悪感で胸が張り裂けそうになる。イライラして強くあたっても、ワガママ言って泣きついても側にいてくれた夏樹。
フェイクだなんて、かっこつけたいだけ。
本当は夏樹が好きなんだ。
いつまでも、真也にしがみつく事で本当の気持ちに、気付かないフリをしていたんだ。
世界を変えなくても、私の視線は変えられる。一ミリかえるだけで、こんなにも世界がかわってみえるなんて、私は知らなかった。
もっと早く気付いてれば良かった。夏樹を裏切る事なんてなかったのに……。
涙が頬をつたう。
「岬っ!?」
心配そうにする夏樹を見ると余計に私の胸に釘が刺さる。
「私……行けない」
「……具合いが悪いの?」
夏樹に全てを話す事にした。私は顔を覆いながら、重たい口を開く。
「私は、夏樹を裏切ってる」
「……真也の事?」
夏樹の言葉から迷わず、真也の名前がでる。私は耳を疑う。
「え……」
「知ってたよ。真也と会ってる事ぐらい」
やけに冷静に答える夏樹。私は頭の中が真っ白になる。
「何で?何で、なにも言わないのっ」
私は顔を赤くして叫ぶ。本気なら、嫉妬してくれる筈なのに。
夏樹は少し申し訳なさそうに答える。
「だってさ、岬を困らせたくなかったから」
「バカな事言わないでよっ! 嘘つきっ! どうでもいい女って、思ってるんでしょ」
このごに及んでも、何も批判のしない夏樹に私は、怒鳴り付ける。
「変な事言って、岬を一人占めにできる時間を壊したくなかったんだ!」
夏樹から返って来た言葉は、私の真也に対する気持ちそのものだった。そうだ、たった一瞬でも好きな人が振り向いてくれるなら、私は何でもした。
それは、寂しくて答えも出口もない恋。空っぽのカラダの浮遊感が残るだけ。
私はキスをする。
もう、傷つくだけの恋はやめよう。
一ミリ視線をかえてみるだけで、この世界は優しく見えるから……。