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4.従者の気がかり

***


「仕事なんて、やめてしまえばいいのに」


 私室に戻ったエドワードは、開口一番にそう漏らした。

 エドワード付きの従者であるニックは戸惑いつつ着替えを手伝う。主は、帰りの馬車の中でも頬杖をついたまま物憂げな様子だったが、まさかそのようなことを悩んでいたのか。

 ニックは何気なしに助言する。


「労働階級のお嬢さんには難しいのでは」

「わかってるよ、そんなこと」


-…全く


 噛みつくように言われ、内心驚いたニックは、けれど顔にはおくびにも出さず、「失礼しました」と頭を下げた。


 エドワードには長いこと仕えているが、色恋沙汰でこんなにも頭を悩ませている彼は初めて見た。どんな令嬢を相手にも、エドワードが苦戦することなどなかったというのに。

 全く本当に、メアリー嬢とやらはどんな娘なのだろう。

 いつも離れたところで待機しているニックには想像もつかなかった。エドワードの話では小柄で純朴なそうな印象を受けた。まあ、彼のタイプの可愛らしい女性なのだろうとは思う。

 子供の遊びに付き合ってやっている。

 最初は、ニックもその程度の認識だった。エドワード自身が言うように、物珍しさゆえに惹かれたのだろうと。いつもの気まぐれだろうと。

 だが、ここにきて。

 いっきに雲行きはあやしくなっている。

 正直、まずいことになってきた。

 

 そんなニックの心中など知る由もなく、エドワードは忌々しそうにシャツのボタンを外した。そうして早口にまくしたてる。


「次に会えるのは日曜日だって。その日は僕は教会に行かなきゃならない。そう、あの月に一度の面倒な奴さ。その次のメアリーの休みは土曜日だって。一週間以上も間が空くんだ!信じられるか?週に一日か二日しか休みがないんだよ。それに、朝も5時には起きてると言ってた。あんな細いのに、彼女は働きすぎだよ」


 さらりとした金髪をかきあげて、エドワードは長椅子に腰を下ろす。

 普通だと思うが、学習したニックは言葉を選んだ。


「勤勉な方なのでしょう」


 エドワードはかぶせるように頷く。


「そうだね、それに弟思いだ。おかげで僕らは清いままだよ」


 自嘲するように笑って、長椅子に仰向けに寝そべり、真上に吊るされた豪奢なシャンデリアを睨む。見目麗しいこの主人は、ニックの自慢でもあり、悩みの種でもあった。


 甘やかされて育った伯爵家の次男坊。

 世間の評価と実際の彼に大きな差はなく、エドワードは父親に溺愛され、自由気ままな生活を送っている。おかげで、五つも年上のニックは、彼に振り回されてばかりだ。

 夜遊びに賭け事、果ては女性関係の火消しまで。高い給金には見合っているが、ニックの心労は常に絶えない。

 救いと言えば、彼の父親—オルグ伯爵がこの頃ようやく「育て方を失敗した」と気づいたことだった。

 エドワードも、二十歳を過ぎた。

 エドワードの父親であるオルグ伯爵は、そろそろまともな縁談を組ませようと躍起になっているようで、ニックは度々呼び出されていた。

 主に、女性遍歴の調査で。


-メアリー嬢のことは話すべきだろうか


 迷いながら、まだ口にはしていない。

 エドワード自信が「本気じゃない」と言い張っている。メアリーのことは大好きだけど、どうせすぐ終わるよ。と。

 それにこれまでも、エドワードは女性と長続きをしていない。その歴史からふまえれば、わざわざ伯爵に報告することでもないだろうと思えたのだ。最初は。

 それが、こんなにも続くなんて-。

 本気以外の、なんだと言うのだろう。


 訝しむニックが着替えを差し出そうとした、まさにその時だった。

 軽いノックのあとに、返事も待たず、彫刻の施された両開きの扉の片方が開かれる。

 

「エドワード」


 短く燃えるような赤毛に、目元に刻まれた幾筋もの皺。

 厳しい表情のままエドワードを睨んだその男は、エドワードの実兄にして伯爵家の長男、次期当主のギルバートだった。

 ニックは即座に頭を下げる。


「兄さん」


 エドワードも長椅子から身を起こし、ギルバートに笑いかけた。


「珍しいですね、こんな時間に家にいらっしゃるなんて」

「それはこっちのセリフだ」


 ゴツゴツと重い革靴を響かせながらギルバートはエドワードに詰め寄る。


「帰ってたなら、挨拶ぐらいしろ」

「いらっしゃるとは思わなかったもので」


 減らず口め、とギルバートは吐き捨てる。

 兄のギルバートとエドワードは十五も歳が離れているせいか、それとも単に性格が合わないのか-とにかく、仲が悪かった。

 自由奔放なエドワードと、堅物真面目なギルバート。

 話も合わず、お互いがお互いを特に理解したいとも思っていないため、関係はずっと平行線だった。

 実父のオルグ伯爵ですら、すでに匙を投げている。それでも幼い頃はなんとか力を合わさせようとしていたこともあったらしいのだが。


 ギルバートは、長椅子に座ったまま立ち上がろうともしない無礼な弟を睨み下ろした。


「どこをほっつき歩いてるのかは知らんが、妙な噂が立ってるぞ」

「噂?」

「ああ、お前がどこぞの得体のしれぬ娘に夢想して、エルゼンデ様の誕生会を欠席したと」


 エドワードはその名前に片眉をあげる。

 ああ、これは覚えていない時の顔だな。

 ニックはヒヤリと肝を冷やした。頼むからこれ以上ギルバートを怒らせないで欲しい。

 ニックはそっと口を出した。


「その件でしたら、正式に欠席をお伝えしております」


 ぎろりとギルバートの鋭い視線がこちらに向く。


「本当か?」

「はい」

「なぜ。どうして欠席した」


 ギルバートは再び弟に詰問した。


「それとも、あの噂は本当なのか?身分を隠している令嬢と恋に落ちたとかいう、ふざけた…」

「あり得ませんよ」


 エドワードは立ち上がり首をふる。そうして優雅に微笑んでみせた。


「このところ体調が良くないだけです。エルゼンデ嬢にはなにか、詫びの品をお送りいたしましょう。悪いことをしました」


 ギルバートは鼻を鳴らす。


「いや、ちょうどいい。今夜の夜会に、エルゼンデ嬢もお見えになる。お前も来い。直接詫びるべきだ」

「は?」

「遊び歩く体力はあるんだろう?それに、顔色も良さそうじゃないか」


 ギルバートは言って、踵を返した。


「下で待っているぞ。急いで来い」


 言うだけ言うと、ギルバートはまた重い靴音を奏でて部屋を出て行った。重厚な扉が、乱暴にばたんと閉まる。

 室内に取り残されたエドワードは「くそ」と長椅子に倒れ込んだ。


「…最悪だ」


 片腕で目元を覆い隠すようにして、呟く。

 ニックはおそるおそる近寄った。


「エドワード様、お仕度を」

「…ああ。わかってる」


 エドワードはその体勢のまま、か細い声をあげた。


「ところでニック」

「はい?」

「エルゼンデ嬢って、誰だ?」


 ニックは深いため息をどうにか飲み込んだ。

 やはり、覚えていなかったか。


「お父上が薦められている、縁談のお相手にございますよ」 

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