18.恋の終わり
それは、メアリーが出来る最初で最後のエドワードへの贈り物だった。
「ごめんなさい」
翌日。
宣言通りに雑貨店にやってきたエドワードに、メアリーはそう言った。
黒のジャケットも、横流しにセットされた髪型もエドワードにはよく似合っていて。こんな人が、わずかな間でも恋人でいてくれて良かったと、メアリーはほほ笑んだ。
「…メアリー?」
エドワードの碧い瞳が、不思議そうに揺れる。
「ごめん、今なんて?」
「ごめんなさいって言ったの」
メアリーはエドワードに貰った数々の品物を差し返した。エドワードは受けとらず、ただ、立ち尽くしている。
「あなたとは、結婚は出来ません」
「…え」
「お別れしましょう」
エドワードの瞳が険しくなった。
「どうして」
鋭い空気に、メアリーの胃が縮こまる。
横に向けようとした身体を強く掴まれ、引き寄せられた。
「理由を聞かせて。僕なにかした?」
「離して」
「理由を」
エドワードの顔が近づく。
香水の、いい香りが漂う。ああやっぱり、身分が全く違うのだなとメアリーは実感した。
本当のことを言っても、彼は納得しないだろう。メアリーはあらかじめ決めておいた嘘を吐き出す。
「あなたといてもドキドキしなくなったの。前みたいに、楽しくなくて」
「…嘘だ」
「だから、もう終わりにしましょう」
「メアリー」
怒るなら、怒って欲しい。
なじるなら、なじってもいい。
だから早く、いなくなって欲しい。
「お願い、離して」
「なにがあったの?どうして急に」
両肩を掴まれ、正面を向かされる。
苦し気にゆがめられたエドワードの表情に、心臓がきりりと痛んだ。
「メアリー」
掠れた声が、耳をかすめる。
メアリーはエドワードの首元を見つめた。
「さっきも言ったでしょう?正直を言うとね、ここずっと、本当は楽しくなかったの。会ってもつまらなくて、退屈で」
「…僕に、飽きた?」
飽きた。
その表現は人に対して使うには、とても失礼な表現に思えた。だからこそメアリーは、こくりと頷く。ああ、これで、本当に嫌われただろう。
でもこれで、いいはずなんだ。
「嫌だ」
しかし、エドワードの手は離れない。
それどころか、背中に、腰に回され、気づけばきつく抱きしめられていた。
「お願いだ、そんなこと言わないでくれ」
エドワードの唇が、メアリーの首筋に埋められる。
「ずっと一緒にいたい」
エドワードは震える声で言った。
「僕ね、君の店を買ったんだ。あいつから」
「…え」
そんなこと、聞いていないとメアリーは身体をよじる。けれどエドワードの力の方がずっと強くて少しも動かすことは出来なかった。
「エドワード、買ったって…どういう」
「この店のオーナーになった。君の夫になるなら、それくらい当然だと思って」
「…嘘」
「本当だよ。だからもう、寝不足になるまで君が働く必要はないんだ」
エドワードが身体を少しだけ話す。手をつかまれ、指先に口づけられた。
「こんな傷も、もう二度とつけさせない」
「エドワード…」
「お願いだ。考え直してくれないか」
泣いては駄目だ。
メアリーといても、エドワードにはなんの特にもならない。
それに、誓約書だって書いたのだから。
「ありがとう…そこまでしてくれるなんて…でも、ごめんなさい」
長い目で見れば、わかってくれるだろう。
メアリーと共にいれば、目の事で、エドワードに迷惑をかけてしまう。
でもひとつだけメアリーは心に誓っていた。
エドワードだけを生涯の恋人にしようと。
「メアリー」
「さよなら」
メアリーはエドワードから手を離す。
「それも全部、持って帰ってちょうだい」
今までもらった贈り物も全て、押し返して。
「仕事中なの。早く、出て行って」
エドワードは出て行かなかった。
長いこと何度も、何度も同じ問答を繰り返して。
けれど、結局最後は、背中を見せた。
行かないで。
メアリーは、最後までその言葉を、我慢した。
***
最低だ。
今まで、何度も恋に飽きて来た。
その自分が、逆に、飽きられる日が来るなんて。
笑いさえこぼれない。
屋敷に戻ったエドワードは、メアリーから受け取った贈り物の数々を部屋中にぶちまけた。
ひどい物音に、すぐにニックが走ってきた。
「エドワード様、なにを!」
エドワードの据わった目に、ニックはびくりと足を止める。エドワードはベッドに身を投げ出し、呟く。
「断られたよ。惨敗だ」
「…そう、ですか」
ニックは、膝を折って床にちらばった装飾品を集めた。
その耳に、低く冷たい声が響く。
「なにをした?」
気づけば、ベッドの上にいたはずのエドワードの磨き上げられた靴が、視界の端に映りこんでいる。
「白々しい。なあ、お前メアリーになにをしたんだ」
「私は、何も…」
ニックは顔をあげ、首をふる。
しかし、エドワードに襟首をつかまれ、ぐっと力強く絞められた。
「…っエ」
のどがつまり、声が出せない。
「なにしたか、教えて」
「あ…ぐ…っ」
と、エドワードは片手でニックを締めたまま、その懐をまさぐった。紙切れが出てくる。
「なんだこれ」
ニックを離し、エドワードは折りたたまれたそれを開く。
そうして、硬直した。
「…あの娘は」
しりもちをついたまま、ニックが途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「金と引き換えにあなたとの結婚をなかったことにしてくださいましたよ…」
読み返した文字に、震えが止まらない。
「利口な方ですよね」
勝ち誇ったように、ニックが笑った。




