13.ポーカーフェイス
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「僕に、融資をして欲しい」
人払いをしたクラブの一室で、エドワードは開口一番にそう告げた。
煙管からゆっくりと赤い唇を離し、イザベラが白煙を吐き出す。
「…どうなさったの?急に呼び出したかと思えば」
イザベラは面白がるように、けれど簡単には乗ってやる気はないと背を椅子を付けたまま、試すように言った。
エドワードも下手に出る気はない。これは、対等は取引などだと、わからせてやらないと。
「退屈なさっているのでしょう?」
エドワードの言に、イザベラの呼吸がひとつ止まる。
「ええ、死にそうなほどにね」
「僕もです」
エドワードは口元でにこりと笑って、ニックに合図をした。
エドワードとイザベラの前にある大理石のテーブルの上に、ニックは、鞄から取り出した品物を高級洋品店の店員のように、ひとつひとつ丁寧に並べて行った。
「…これは?」
イザベラはようやく椅子から背を離す。
興味を惹かれたのか、黒パールのイヤリングのひとつに、手を伸ばした。
「全て僕の知人の作家が作ったものです。まだ無名ですが、ご覧いただければわかるようにかなりの腕前だ」
「ええ、そうね」
素敵だわ、とイザベラは夢見るように呟いた。
エドワードも身を乗り出す。
「彼女を、売り出したい」
「女性なの…?」
イザベラの視線が、イヤリングからエドワードに移された。
「あらあら。そういうこと」
「勘違いしないで欲しい。彼女に特別な感情があるのは否定しません。ですが、それとこれとは別に、ひとりの作家として、彼女には才能があるのです」
イザベラもそれには同意した。
「そのようね」
「…ええ。でも、残念なことに、彼女本人には商才はなくて。今も、悪質な商店に安価で買いたたかれているというのに、全く気付いていないのです」
「なるほどね」
イザベラはイヤリングをテーブルに戻して、別の作品を眺めた。
「わたくしの知り合いの店に置くのもいいし、一点ものとして、オークションに出すのもいいわね」
「では…」
エドワードは腰を浮かしそうになった。イザベラは、くすりと笑う。
「ええ、良くてよ。喜んで出資させて頂くわ。あなたの家も、大変そうですし」
「…ご存じでしたか」
「言ったでしょ?わたくし暇なの」
いつだって退屈しのぎを探している女は、楽しそうに笑っていた。
「でも、わたくしはてっきりエルゼンデと婚約するのかと思っていたわ」
「まさか」
顔をしかめたエドワードに、イザベラは「その顔よ」と笑った。
「あなた、いつだって腹が立つくらいすまし顔なのに、あの子の前では砕けていたでしょう」
「それは…」
公衆の面前であんなに叫ばれたら、誰だってそうなるだろう。
「あなた、思いっきり迷惑そうな顔をしてたじゃない。わたくしも驚いたわ。ポーカーフェイスが崩れたのねって」
「本気で迷惑だっただけですよ」
恋愛感情など微塵もない。
けれどイザベラはくすくすと笑う。
「面白かったわ」
「それは良かった」
「でも、もっと面白い物をみせてくれるのよね?」
イザベラが、長い脚を組み替える。
エドワードは「無論です」とニックに目配せして、あらかじめ用意しておいた契約書を持ち出させた。イザベラはそれを受け取り、サインをする。
「-それとね、今思ったのだけど…そこのバッグ」
「ええ、これが何か?」
エドワードも気にはなっていた、クラッチだ。
サインを終えたイザベラは言った。
「似たようなものを、エルゼンデの侍女が持っていた気がするのよね」




