表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/21

12.立派な決断

 改めて見ても、メアリーの作品は素晴らしかった。

 どれも縫製はしっかりとしているし、落ち着いた色遣いは多くの年代に好まれそうだ。比べるものでもないのかもしれないが、先日、エルゼンデのハンカチを見てしまったせいで、余計にそう感じてしまっていた。


「エドワード様、お考え直しください」


 エドワードは、テーブルに並べたメアリーの作品を見下ろしつつ、片手を顎に当てた。

 -どこかで、見かけたことがある。こういった、穏やかな色遣いのなにかを。


「エドワード様」


 ニックはずっと喚き立てていた。


「今ならまだ間に合います。せっかくご立派な決断をなさいましたのに」

「うるさいな」


 エドワードは考えるのを中断した。


「いいから、早く郵便屋に行ってきてくれよ」


 早くしないと閉まってしまう。

 エルゼンデに婚約の返事が届いてしまったら、もっと面倒なことになる。

 あんな手紙、書くんじゃなかった。とエドワードは後悔した。


「旦那様とギルバート様にはどう申し開かれるおつもりですか」

「そこが最大の難関なんだよ」


 エドワードは、テーブルの上に並んだクラッチバッグを手にとった。女性がパーティーなどに用いる小さめのバッグだ。中は狭く、せいぜいハンカチか口紅程度しかはいらない。そもそも、パーティーに出席する女性は荷物など持たないのが普通だ。つまりクラッチとは、ネックレスやイヤリングと同じ装飾品のひとつであった。


「最悪、僕は勘当だろうな」

「ありえません」


 しかし、メアリーのそれは、中をのぞくと思いのほか広がりを見せた。これなら、小さなポーチや鍵を追加でいれることも出来そうだ。実用的だと、エドワードは感心する。

 令嬢たちにとっては、確かにバッグなど装飾のひとつでしかないだろう。だが、それに付き添う侍女たちは別だ。何かしらこうして持ち歩けるものがあれば、便利だろうと思えた。


「旦那様には、エドワード様が必要なんです」

「生け贄に?」


 しかし全く、こんなものをどうやって作るのだろう。外側の生地と、内の生地は別物だった。留める金具は金属でできているし、可愛らしい花形のチャームまで付いている。細かすぎて、エドワードには理解不能だった。


「エドワード様、口が過ぎますよ」

「じゃあ、犠牲だ」


 クラッチバッグをテーブルに戻し、エドワードは言った。


「いい加減になさってください、おいくつのつもりなんですか」


 悲愴な声をあげるニックに、エドワードは静かな視線を投げた。

 ニックが憤るのも、無理はない。

 エドワードがこのまま婚約を破棄すれば、伯爵家は困窮する。すなわち、彼も路頭に迷うのだ。彼だけではない。この屋敷に仕えている人々も、全てが職を失う。

 エドワードが進もうとしているのは、周りを巻き込む、破滅への道だ。

 ニックが言う。


「…家をお捨てになるのですか」

「ニック」

「勝手にも程がございます」


 遊び呆け、贅沢をむさぼったくせに、義務も果たさず好いた女と一緒になろうとしている。ニックの目はそう映るだろう。

 エドワードは、顔をしかめてくる従者に向き直る。こうして蔑まれることも、反対されることも、覚悟していた。


「捨てないよ」


 覚悟した上で、決めた。


「父には感謝しているし、兄さんには申し訳ないと思っている。いい歳して、何にも知らなかった自分が情けなかったし、恥ずかしかった…だからせめて、結婚くらいはしてやろうと思った」

「ならばなぜ…」


 問いかけ、ニックは息を吐いた。


「メアリーさんですか」


 元凶は。指摘され、エドワードは観念した。


「…飽きないんだよ。全然。別れたそばから、また会いたいと思う」


 次はいつ会えるのか。なにをしようか。メアリーはなにをしたいだろうかと考えてしまう。彼女が困っているのなら、力になりたいとさえ思った。


「暇つぶしではなかったのですか」


 ニックはきつく握りしめていた拳をほどいた。そうして、諦めたように言う。


「ですから、お会いになられない方がいいと申し上げたのです」

「…まったくだね」


 ニックは仕方がございません、とまだ悔しそうにではあるが、首を振る。


「それで、その手芸品で、どうなさるおつもりなんですか。この状況を」


 すでにエドワードの考えなど見透かしているのだろうに、ニックはわざとらしくメアリーの作品に近づいた。そうして、物珍しそうに手に取る。


「…これは、なかなか。エルゼンデ嬢にはお見せできませんね」

「だな」


 笑ったニックは作品をテーブルに戻すと一歩下がった。手紙を、回収してまいります、と。


***


 エドワードの私室を出たニックは、足早に廊下をすすむ。

 掃除をしていたメイドと角でぶつかりそうになり、舌打ちをこぼす。


「気をつけろ」


 最悪の展開だ。


 目指すは、屋敷の主人であるオルグの私室だ。執事長でもいい。とにかく、味方を。

 エドワードが間違った道へ進もうとしてしまっている。


 今ならまだ、間に合う。

 あの娘をエドワードから遠ざけなければ。

 ニックは、必死な思いで辿り着いた部屋の扉を叩いたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ