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10.弱点

***


 メアリーと別れ、エルゼンデと結婚する。

 それが伯爵家に生まれた己の責任であり、必然の選択だ。


 ギルバートに全てを打ち明けられ、メアリーに情けない姿を晒した翌日。


 エドワードはエルゼンデへの手紙を書きあげると、デスクの端にあるベルを揺らした。直後、ニックが姿をあらわす。エドワードは立ち上がり、蝋封をしたばかりの手紙を渡した。


「出しておいてくれ」


 そうして自分は上着を脱ぎ、椅子に投げる。ドレッシングルームへ入ろうとした瞬間、ニックのひとりごとのような声が届いた。


「…決心されたのですね」


 扉に手をかけたまま、エドワードは立ち止まり、ニックを振り返る。ニックは不安と安堵がないまぜになったような表情でエドワードを見つめ返していた。


「旦那様も、兄上もお喜びになられることかと思います」

「…ああ」


 迷う余地などもとよりない。

 シャツを脱ぎ捨て、衣装棚からいつもの生成りのシャツを取り出す。これを着るのも最後か。メアリーと会うためだけに買ったそれに腕を通し、ボタンを留めていく。

 心を決めた以上、関係を続けるわけにはいかない。

 それでも、最後があれではあんまりだ。

 出かけようとするエドワードに、ニックが不満を漏らす。


「…わざわざ会いに行かれずとも」

「そうだな」


 エドワードは靴を履き替えた。


「このまま僕がなにもしなければ、関係は終わるだろうな。メアリーは、僕のことをなにも知らないから」


 エドワードが動かなければ、会うことはないのだと。そんな一方的な関係だったことを、いまさら思い知る。


 メアリーは、どうするだろう。

 泣いてくれるだろうか。

 探してくれるだろうか。

 けれど、住んでいる場所も職業もわからない男など、どうのしようもない。

 メアリーは遠からず、エドワードを諦めるだろう。

 それで、終いだ。


「お前の言うとおりだ、ニック」


 関係を終わらせるなら、エドワードはなにもしなくてよかった。わざわざ別れを告げに向かうなど、ただの手間でしかない。

 それでも。最後にひとめ会いたいとそう思ってしまったのだ。




「-なにが売り物にならないって?」


 気づけば、口を出していた。

 メアリーの店に入る寸前に聞こえた、メアリーと若い男の怒鳴り声。

 不穏な空気に、聞き耳を立てる。


(…ったく。あんたは趣味の延長かもしれないけど?こっちは商売なんだよ。客がいるの。しっかりしてくれよ)


 メアリーの声は小さくて聞き取れない。

 けれど男の声は確かに、エドワードの不快感を煽っていった。メアリーにと買った花束を握る手に、知らず力が籠っていく。


(とりあえず。これ、ちゃんと直せよ。それからしばらくは給料も下げることになる)


-給料?


 エドワードは眉をひそめた。

 金銭のやりとりをしているのだろうか。

 メアリーは手芸が得意だと言っていた。細かい作業くらいしか、取り柄がないと。だから…。


(当たり前だろ。こんなの、売り物にならない…)


 売り物。そういうことか。

 黙っていられたのは、そこまでだった。


「なにが売り物にならないって?」


 当初の目的も忘れ、気づけば、そう口を出してしまっていた。

 眼を丸くするメアリーと、片眉をあげる妙に良い身なりをした男。

 ふたりの間に入り、エドワードはメアリーが手にしているドレスに目をやる。


「メアリーの作品なら僕が買うよ。どれ?」


 メアリーの瞳がみるみる潤んでいく。

 先日の自分のひどい態度を思い出して、エドワードはなんとか笑みを作ってみた。ちっとも自信なんてなかったけれど。


「エドワード」


 同じように微笑みを返され、エドワードは思い知る。

 この笑顔に、自分は、とても、とても弱いのだったと。

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