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プロローグ


 付き合いが悪くなった。


 そう友人に指摘されたのは、とある晩のこと。

 自分ではそうと認識していなかったエドワードは、思わず眉を寄せてしまった。


「どういう意味だ?」


 本当に付き合いが悪い奴なら、こんな場所にいるはずがない。呼び出された深夜の高級クラブは、酒を楽しむだけにしては、屋敷から離れすぎていた。

 それを、目の前の友人――ヒューバーツがしつこく誘うものだから、わざわざ出向いたというのに。


 ヒューバーツはからかうように肩をすくめる。


「そのままの意味さ」


 この言われようはなんだ。

 気分を害しながら、エドワードは手元のネックレスをケースに戻した。

 と、ヒューバーツは興味深々と言ったように、覗き込んでくる。


「しかし……また随分入れ込んでるんだな」


 エドワードは、別に、と呟く。


 従者に用意させたそれは、都でも評判の職人が拵えたものだ。細いチェーンの中央にポツンと添わるのは、小粒のダイヤモンド。エドワードが目にしてきた中でも一位二位を争う程の地味さだが、これなら質素を好む彼女も受け取ってくれることだろう。以前に贈ろうとしたそれは、宝石の大きさに驚いた彼女に断られた。価格としてはこれもあれもさほど大差はないのだけれど、どうせ彼女にはわかるまい。下町の小娘などには。

 出来栄えに満足して、エドワードはケースごと従者に戻す。


「包んでおいてくれ」

「かしこまりました」


 エドワードと従者との一連のやり取りに、ヒューバーツはもどかしそうに口を開いた。 


「なぁ、誰なんだ。どこの令嬢に贈るんだ?いい加減教えてくれよ」


 エドワードは、飲みかけの酒に手を伸ばす。


「そんな事を聞くために呼び出したのか?」


 急用だと嘘をついてまで。

 くだらない、と酒を流し込むエドワードにヒューバーツは目を開いてみせた。


「そんな事?社交界じゃ今、一番の話題だ。皆気にしてる。あのエドワードがとうとう落とされたって」

「落とされたわけじゃない」


 熱い液体が喉を下って行く。ああ確かに、この感覚は久しぶりだった。以前は毎晩のように飲み明かしていたというのに。

 グラスをテーブルに戻し、エドワードは低く呟く。


「ただの暇つぶしだよ」


 そう、いつもと同じ恋愛遊び。今回は少しばかり長いだけのことだった。



 エドワードがメアリーという町娘と知り合ったのは、三ヶ月程前のことだった。


 悪友との賭け事にも、令嬢たちとの恋の駆け引きにも飽きていたエドワードは、新たなスリルと出会いを求めて下町に降りてみた。

 庶民に身をやつし、安価で陳腐な街並みと下町独特の喧騒を楽しんでいた。そこで知り合ったのが、雑貨屋で働いていたメアリーだったのだ。

 平凡で、化粧気もなく、控えめな―つまらない少女。

 最初は、そんな印象だったのだけれど。


 冷やかしのつもりで話しかけた自分に、メアリーは真摯に対応をしてくれた。


「どんなものをお求めですか?」

「どなたに贈るんですか?」

「きっと、喜ばれますよ」


 おそらく、繁盛はしていないのだろう。

 店はこじんまりとしていて、一等地とは呼べない商店街の少し奥に位置していた。

 なんだか憐れに思って、エドワードは彼女に付き合い、薦められた置物を選んだ。これも貴族の義務、一種の慈善活動だと思ったのだ。

 ぞんざいに選んだ贈る宛もない品を、メアリーは丁寧に包装してくれた。赤いサテンのリボンを器用に箱の上でリボン状に結んでみせ、エドワードにどうぞ、と手渡す。

 琥珀色の瞳と目があい、柔らかく微笑まれる。

 よくよく見れば、彼女は中々に可愛らしい顔だちをしていた。

 それでいて男を知らなさそうなところも、のんびりとした柔らかな口調も、両肩に下げた小麦色の三つ編みも、エドワードには新鮮なものばかりで。

 たまには、こんな女もいいか。  

 エドワードは気づけば、「また、来てもいいかな」なんて使い古された文句を口にしていた。


 少しばかり優しい言葉をかけて、食事に誘い、楽しいひと時を過ごした。

 メアリーは、いとも簡単に落ちてくれた。

 エドワードが愛していると囁けば心底嬉しそうに恥ずかしそうに頬をそめ、私もです、と返してくる。その度に、エドワードの心は幸福に満たされた。

 可愛いらしく、憐れな娘。騙されているとも知らないで。

 庶民の娘など、本気になるわけもない。

 飽きるまでの暇つぶし。まだ、飽きない。だから、まだ会う。それだけだった。

 この熱が冷めるまでの、退屈しのぎ。


 そう、いつもと一緒だ。


 エドワードはこれまで、数々の浮名を流してきた。

 年上、年下、同い年。どんな女性とも付き合うまでは上手くいった。

 問題は、続かないこと。

 どんな恋愛も同じだった。始まりは楽しく、終わりはあっけなくやってくる。いつもそうだった。運命だと思った恋もしばらくすると必ず退屈が襲ってくる。

 それは酷く強敵だった。愉快な気分は萎れ、感じていたはずの高揚は消失し、やがて破局へと導かれる。別れ際は様々で、自然消滅もあれば派手に頬をひっぱたかれたこともある。

 そんな事を繰り返すうち、エドワードは悟っていった。物語が終わるように満ちた月さえ欠けるように、恋にも必ず終わりがやってくるのだと。

 それなら。

 刹那の恋も禁断の恋も、こそばゆくなるような純愛ですら、迎える最後は一緒なのなら、より楽しい時間を過ごすべきだ。

 エドワードは退屈から遠ざかるため、刺激をもとめ続けた。そうして気づけば、遊び人とまで揶揄されるようになっていたのだけれど――。


 メアリーとの関係もその延長だ。

 今回は、少し毛色の変わった恋に手をだしてみただけのこと。

 いつもと同じ。どうせいつかは終わる。ただ、こうしてひとりに三ヶ月も続いたことは奇跡に近く、それが友人たちの間では妙な話となっていたらしい。

 一人歩きしていた噂に、エドワードは苦笑する。



「暇つぶしね……」


 エドワードの返事に、けれどヒューバーツは納得しかねるように唇を尖らせた。


「飲みにも付き合わない、夜会にも出ないなんて、お前らしくもない。なあ、真面目に聞くけど、本気なんじゃないか」

「そんなわけないだろう」


 幾度か会って分かったことだが、メアリーと自分では住む世界がまるで違う。

 逢瀬を重ねるには非現実を感じられて楽しいが、本気でこれからも付き合うなどとは、考えられないことだった。

 短い時間に、メアリーの笑顔と他愛ない会話を堪能する。それだけで十分だ。


「そろそろ行くよ」


 エドワードはゆったりと立ち上がった。

 時計は、深夜の二時を指している。

 明日は昼からメアリーと会う約束をしていた。

 エドワードは伯爵家の次男坊という役柄、時間も行動も自由だ。だが、メアリーは労働者だ。仕事中に押し掛けることも出来るが、最近は彼女が休みの日にゆっくりと会うことにしている。

 今夜は、彼女が物怖じしない程度に良いレストランも予約していた。食べたことがないと言っていたアップルタルトをごちそうしてやるつもりで。きっと、顔ををほころばせてくれるに違いない―。


 やれやれとヒューバーツが首を振った。


「嘆かわしい。我らのエドワード様が振り回されているなんて。お前を狙ってる娘さんたちが知ったら、泣いてしまうだろうな」


 エドワードは口の減らない悪友を見下ろし、口角をあげてみせた。


「君も早く、遊び相手が見つかるといいな」

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