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狂ったリクツの絶対正義  作者: 狂える
一章 城の庭にいた狂人
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第八話

「ちゆのさん、ほら。村が見えてきたよ。」


シノトがそう言うと、ワイバンの上でちゆのは遠くの景色に目を細めた。シノト達は昨晩泊まった村を出て、翌朝早くには村を出立。昼頃には目的地であったレタス村に着くというところだった。先導役のサールに続きシノトがワイバーンを村に降ろすと、村の方から若者を数人連れた老人が近寄ってくる。


「このような遠いところまではるばるやってこられたこと、感謝致します。我ら一同、帝国の恩寵に賜われることを誇りに思っております、どうかごゆっくりなされてください。」


「これはどうも村長、しかしまずはこの度の被害のほどを把握しませんと、早速案内してもらえますかな―――――――」


そう言うと、サールはシノトと達を残して村長たちとさっさと村に入ってしまった。ちゆのはじっとその遠くなる後ろ姿を見ていたが、ある程度のところで業を煮やしたのか、その場で待機中のままだったワイバーンを撫でるシノトに声をかける。


「追わなくていいのですか?実際に相手をするのはあなたでしょうに。」


「村に入ると何かと面倒だからね。特に魔物に襲われた村は気が立っているし、ちゆのさんも迂闊に入んないほうがいいよ。それに俺は、被害状況だとかそういうのはいつも見てないしね。」


「・・・・・・相手はただの動物ではありません、魔物ですよ?油断はしないほうが身のためです。」


ちゆのが重ねてそう言うと、なぜかそれを聞いたシノトは懐かしそうに笑った。とっさに、なにかおかしなこと言ったのかとちゆのは自分の言葉を反芻したが、シノトの次の言葉でちゆのはそれが杞憂だったと教えられる。


「初めてこういうことしたとき、シェルさんもそんなこと言ったっけな。」


シノトはワイバーンを撫でるのを辞めると、手綱を一気に引きその背中に踊りたった。ちゆのはとっさにシノトが何をするのかと身構えたが、シノトはワイバーンの背中を叩いただけですぐに地面に飛び降りる。


「大丈夫だよちゆのさん。だって命の取り合いだもの、一瞬だって手加減するつもりはないよ。それに――――――――」


その一瞬、ちゆのの目に映ったシノトは、それまで一度だって表に出さなかった別の顔とでも言うべき何かを顕にしていた。とっさにちゆのはこれが、殺人鬼としてのシノトであると察する。察してなお、後ずさりせずにはいられなかった。


「―――――――俺、こういうの今まで一度も負けたことないんだよね。こっちでも、あっちでも。」


シノトの顔は真剣そのものだった。ワイバーンを操っていたあのいたずら好きな面は、今やどこにも見当たらない。だがちゆのには、その表情のどこかに寂しさが混じっているような気がした。











「―――――――とは啖呵を切ってみたはいいものの、出てこないんじゃあどうにもならないよねー。」


ちゆのがシノトの別の表情を見てから、すでに半日が過ぎていた。村自体はあちこちに建てられたかがり火で明るく照らされているが、日はとっくに過ぎ夜空には地球でいう月の代わりに、テアッテカイムという巨大な星がらんらんと輝いている。シノトは用意された見張り台の上でグダリと横になっていると、未だ緊張感を張り詰めらせたまま見張りを続けていたちゆのに声をかけた。


「ちゆのさんがんばっているえー。日が落ちてからかなりたってるのによく持ってるよね。」


「・・・・・・えーとはなんですか。あなたと違って、私のような一般人は魔物の発見が早ければ早いほど生き残れる確率が上がるのです。命が掛かっているなら、日が明けるまででもやってておかしくはないでしょう。」


「生真面目だねー。」


シノトはそう言いながらも飽きてきたのか、見張り台の上をゴロゴロと転がり始めた。ちゆのは一瞬踏んでやろうかと右足を持ち上げたところだったが、下が騒がしくなっているのにそこで気づき、会話の内容を盗み聞く。


「・・・・・・子供が一人行方不明だそうです。両親を魔物に殺されて落ち込んでいたのでそっとしていたら、いつの間にかいなくなっていたとか。」


「それはまた大変だね。」


シノトがのんきに下の様子を眺めている間、ちゆのはじっと森の方に目を凝らしていた。一瞬だけ歯を食いしばったが、ちゆのは急いだ様子で見張り台を降りようとする。シノトにとってその行動が意外だったのか、不思議そうな顔をしていた。


「ちゆのさん、金人は嫌いなんじゃなかったっけ?」


「・・・・・・子供に罪は、ありません。」


ちゆのは短くそう言うと、急いで森の中の方へ走っていく。案の定下にいた金人達は誰も止めなかったが、ちゆのの姿をじっと目で追っていたシノトは、森の闇に消えたちゆのを見て首の後ろを掻いていた。











いくらテアッテカイムが夜を照らしていようと、森の中というのは基本暗い。さらにこの森の中を魔物が徘徊しているときたものだから、全く夜目が効かない者がこの森を歩くなら、数寸先で魔物という死と鉢合わせるかもしれないという恐怖を何度も味わう事になるだろう。


「・・・・・・夜目が効いて助かった。早く子供を探さなくちゃ。」


ちゆのは自分に落ち着くようにと何度も暗示をかけながら、できる限りの速さで子供がたどったらしき痕跡を追跡していく。森の外から見えたのは奇跡と言ってもいいだろう痕跡を、ちゆのは丁寧に一歩、また一歩と紐解いていった。


「お願いだから、早く見つかってください・・・・・・!」


ちゆのの頭には、自分が助けようとしているものがなんなのかなどすっかり抜け落ちていた。ただ、己の後悔の記憶が何度も瞬き、急かされるようにちゆのは先を急いでいく。


はたして、ちゆのの願いを誰かが聞いてくれたのだろうか、ちゆのの目に金髪の少年がようやく写った。


「ああ、よかった!」


ちゆのはこの気の滅入るような場所から出られること、それになにより少年を無事に見つけ出せたことに安堵する。だから、ちゆのはそれにすぐには気付かなかった。


―――――――少年が何に向かって木の枝を向けているのか。そしてその枝の向く先に、何がいるのかを。


「――――――あぶない!」


黒い塊が闇を切り裂くよりも早く、ちゆのは少年を抱え上げると横っ飛びに飛んだ。足の近くを何かがかすめるようなぞっとする体験の後に、ちゆのの全身に衝撃と、凄まじい地響きが辺りに起こる。ちゆのは痛みに顔をしかめたが、そんなことを気にしている場合ではない。あわててちゆのは起き上がると、魔物がいる方向を見て――――――前からくる激しい風と、それの奥に黒い塊を見た。


一瞬で死を覚悟できるそれに思わず目をつぶってしまったちゆのだったが、いつまでたっても強ばった体に来るはずの衝撃は来なかった。


「おオオオオォォォォォォぉ!!!」


不気味な唸り声を上げたものが遠くに飛んでいくのを聞いたちゆのが目を開けると、そこにはいつの間にかシノトが立っていた。シノトはにこやかな笑顔で手を振ると、なんの合図なのか突然長い口笛を吹く。ちゆのははじめそれが何の意味をなしていたかわからなかったが、風を切って飛んできたそれを見て瞬時に理解した。


「ちゆのさん、子供を連れてワイバーンに乗って!」


森の中を器用に飛んできたのは、この村までシノトを乗せていたワイバーンだった。ちゆのは言われるがままに少年を乗せると、自分もその背中に乗る。


「あなたも早く!」


「ちゆのさん!」


二人が叫んだのは、ほとんど同時だった。なぜ自分が呼ばれたのかわからないちゆのは、伸ばした手を空にさまよわせる。一方シノトは、ちゆのに背を向けたまま前を向いていた。


「――――――言ったよね。手加減するつもりはないって。」


シノトはそう言うともう一度今度は短く口笛を鳴らす。その合図に反応してワイバーンが飛び立っていくのを確認したシノトは、投げ飛ばした向こうで今まで待ってくれていた魔物と視線を交差させた。シノトは長く息を吐くと、昔少しだけ覚えた格闘技の構えを取って集中する。


「・・・さあ、俺との命の取り合いに付き合ってもらおうか。覚悟はいいかな?」


シノトへの返事の代わりに、魔物は雄叫びを森に木霊させた。


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