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狂ったリクツの絶対正義  作者: 狂える
三章 狂人の抱く夢
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第七十三話

大の大人一人と同年代の子供数名を地に伏せた実力はあっても力はそうでもないらしいちゆのは、最初に見せたためらいのような様子も相まって、シノトを仰向けにするまでには少し時間がかかった。ようやくシノトがその視界にちゆのを捉えると、シノトは笑顔を作る。


「やあちゆのさん。」


体を真っ赤に染めながらもシノトを起こし終えたちゆのは、最初シノトの表情に面食らっていた。やはり久しぶりだからなのだろうか、なれない笑顔を作っているのはシノトにも少しだけわかっていた。


「本当に生きていたんですね。あの怪我なら魔法じゃあ間に合いませんし、もしかして例の石を持っていたんですか?」


「例の石って?」


シノトの短い言葉に、ちゆのは身につけていたポーチを探り―――――――そこに目当てのモノが入ってないとわかると慌てて別の場所を探した。目当てのモノは、慌てたちゆのが取り出すのにそう時間はかからない。小さなそれを手のひらに乗せて、ちゆのはシノトにそれを差し出した。


「私もあなたと別れたあと、死にそうな目にあいましたよ。もしかしたらもう半分は死んでいたかもしれませんが。でも私を助けてくれたシェル殿によると、これのおかげで助かったそうです。あなたもですか?」


ちゆのが見せたそれは、一見ただの変哲のない石だった。いつか竜に渡された石を見た時と同じような印象を抱いたシノトは答えようとしたが、怪我のせいかうまく息が吸えていない。やっと出た言葉はどこかたどたどしかった。


「・・・・・・よくわからないな」


「そうですか。もしやとは思いましたが、そう上手くはいかないものですね。」


ちゆのはシノトの怪我の具合をしばらく調べていたが、その表情は優れなかった。ちゆのが傷の手当てをしている間も、血はかれることなくシノトから流れ出ていく。持っている包帯ではとても足りないと理解したちゆのは、その手を止めていた。


「正直あの時あなたが生き残る術はないと思っていたのですが、あなたの悪運もなかなかのものですね。またこうして会えるとは思っていませんでしたよ。まあでもそれもここまでということで、仕方のないことですね。日頃の行いが悪かったんでしょうね。」


笑顔を作るちゆのだったが、シノトが黙り込んでいるのを見てその表情を崩す。自分は冷静ですと主張するかのような表情の裏で何を思っているのかは、シノトにはわからなかった。


「私が念のためと吹き込んだこと、守ってくれたんですね。味方なんてほとんどいないってわかっていたのに、ここに戻ってきたらどうなるかぐらいは想像がついたのではないですか?」


「そうかもね。」


シノトの言葉はあっさりとしていたが、どこか言葉を話す面倒さを避けるためでもあるかのようだった。ぐったりとしたシノトを見て、申し訳なく思ったのかちゆのは眉尻を下げる。


「すみません、私には貴方を救うすべがありません。一応ここに怪我を治せる魔法使いも来る予定ですが、その怪我は深いです。きっともう一度奇跡でも起きない限りあなたは死ぬでしょう。」


「そう」


またも短かった返答に、ちゆのは少し笑みをこぼす。場違いではあったかもしれないが、それはシノトの感情を和らげるため、そして彼女自身のためでもあった。


「あっさりしていますね。喚いても仕方のないことではありますけど。」


その時、どこかから音が響いた。二人の耳に飛び込んできたのは、遠くで打ち鳴らされたドラムの音。さっと立ち上がったちゆのの目には、金色の群衆に迫る黒い軍団の姿が映る。ちゆのの纏う空気が一変したことは、意識の朦朧としたシノトにもはっきりとわかっていた。


「私はあれを止めにいかねばなりません。これまで血を流した仲間のためにも、なんの関わりもないのにここまで来てくれたあなたのためにも、あそこで戦っているみんなのためにも。」


「戦っては・・・・・・。」


なんとか絞り出したシノトの声は、喉を登ってきた血によって止められた。シノトが盛大に咳き込むうちに、ちゆのはシノトのそばに転がっていた短剣を手に取る。シノトが神様からもらった剣だった。


「この剣、借りていきますね。行ってきます。」


ちゆのの背中を、シノトはかろうじて目の端で捉えることしかできない。いつの間にか覆っていた雲によって灰色となった空、まるでそこに向かっていくかのようなその姿もすぐに消え、後には倒れた幾人の中に一人、血だまりに落ちた男だけが残された。






ちゆのが去ってすぐ、シノトはどういうわけかそのあとを追うように地を這っていた。既に流れ出た血は地面に染み込み、それでも溢れた血で海ができている。その中を、まるで雑巾で床をたたくような音を立てながらシノトは這い進む。


シノトには、もう全てが曖昧だった。体の痛みも、自分が何をするべきなのかも、そもそもなぜここにいるのかも、自分の意識さえどんどんと霞に吸い込まれていくような、そんな気分を味わっていた。


ただ唯一、死が近づいてきていることだけはわかっていた。最後のあがきのようにわずかばかりに動いたシノトもついにその動きを止めた。伸ばした手は空を切り、そこに体を引き寄せることなくそのまま落ちる。手放すまいと必死になっていた意識にも限界が近づき、そしてシノトはついに深い眠りにつくことになった。






シノトには才能があった。だからこそ、それが自分の歩むべき道だと思い込んでいた。これこそが自分にしか歩めない道だと、誰にも真似出来ぬ道であると、まるで今しがた発見された山を一人で登っているような、そんな気分であった。


だが、ある程度登ったところで彼は必ず発見するものがあった。それは自分の後ろに常にいて、常にたゆまぬ努力を続けていた。しかし才能の方はどうであったか。シノトにはよくわからなかったが、速く走ることを望んだ人が十回生まれ変わったとして、その人生全てを捧げたとして一回でも世界で一番速くなれるかとなったとき、おそらくその確率は低いだろうということだけはわかっていた。


だがなぜか、シノトはそういうことになると決まって道を譲った。そして自分は登ることをやめた。


理由は、シノトにも分かっていなかった。少なくとも見下しているわけではなかったが、思い浮かぶものがなかった。なぜかと、いつも後になって不思議に思うのだがあまり深く考えたことはなかった。もしかしたら努力をしていた姿を見たからかもしれない、そう思うことはあっても結局それはもしかしてであって、自身の不思議が露呈するだけであった。


ただやけに、伸ばされた手を覚えていた。差し出すのは、何故かいつも敗者ばかりだった。そしてシノトにとって、彼らに出会えたことは誇りであった。

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