第七十一話
シノトがニイドの部隊を襲っている頃、そう遠くないところでシェルに敬礼する人の姿があった。何故か武装した両名は、星明かりの中周囲に警戒の目を光らせている。
「隊長、こちら終わりました。」
「ご苦労様。警戒に人を割きながら、休めるもので休んでおけ。」
シェルが部下を下がらせると、改めて彼の足元で倒れていた男に視線を向ける。その身にまとっているのは黒い鎧、間違いなくソーンの兵士だった。背後より襲われたシェルは不意をつかれこそしたが、ただの剣が効かない彼は難なく返り討ちにしている。魔法で地面に縛り付けてはいるとは言え油断のならない相手に、シェルは用心深く剣を向けながら男を覗き込んだ。
「なぜ我らを襲う?引き下がる我らを追いかけたとして、悪戯に兵を減らすだけでそちらに利点などほとんどないはずだろ?」
「馬鹿を抜かせ!帰ったところでキサマらのしでかしたことが消えると思ったか?俺達はお前らが全員死ぬまで納得などしないぞ!」
「なぜそこまでする?仲間の命よりも大事か?」
「我らが神が望んだこと!神は、命よりも罪が重いとお教えくださった!」
男の言葉に、シェルは深いため息をつく。だがそれは呆れからくるものではなく、彼も知った人間にこのような考えを持っていた人がいたために近親感が湧いたからだった。頭痛がするのか頭を押さえていると、その背後から声がかかる。
「見張りは代わりがわりにさせています。被害は思ったよりも多いですが、死人はむしろ少ない方でしょう。しかし我らを襲った彼ら、これは一体どういうことですかね?」
「わからない。今は私達の判断が間違っていなかったことを祈るしかないが、軍には早く合流したほうがよさそうだ。この感覚だとこいつらは先兵か、それともただ先走った一部隊なのかわからないが、どちらにせよ次に相手する数はもっと多いだろう。」
不安そうにそうつぶやくシェル、その姿を見て何を思ったか、部下は胸を張った。
「隊長、我らはきっと正しいです。だって例の戦争に反対していた議員様方もこの作戦に賛成していたではありませんか。それに、我らにもう選択肢はそう多く残されていません。」
「そうだな、どちらにせよ我らは後戻りなどできない。散り散りになって逃げている部隊を合流させて、我らの国に早く帰るとしようか。」
シェルの言葉に、しかしソーン国の男は未だ笑を崩すことはなかった。
それは、夜が明ける少し前のこと。ニイドの一部隊が野営をしている場所に、シノトはその姿を現していた。朝の涼やかな風を浴びてか、シノトの表情も自然と穏やかなものになっている。
「どうも、おはようございます。」
あまりに親しげなその仕草に、ニイドの兵士も反応に一瞬困る・・・・・・はずもなく、片手を挙げるシノトに向かって敵意むき出しの視線を向けている。手に持った剣に込められた力は、いつでも目の前のシノトを切り殺せるだろう。
「一人で来るとは、我らも舐められたものだな。それも鎧すらつけずに、それなりの覚悟は出来ていると見ていいのか?」
「早くやりましょう。子供達が起きちゃいますから。」
無手のシノトを見て何を思ったのか、兵士のえみがさらに深くなった。その後ろからは、次々と彼の仲間が集まってくる。兵士の全身にみなぎる力には、勝利への確信があった。
「ガキの心配より自分の心配をするんだな!何心配いらねえ、この近くにいるんだったらすぐに後を追わせてやるからよ!」
兵士は吠えたが、その勇ましさも虚しく直後に振り下ろされた拳によって沈黙してしまった。ろくな抵抗もできずに伸された仲間を見て警戒心をあらわにする兵士達の前で、シノトは肩をすくめてみせる。
「追ってこられたら困るんです。だからほら、手早く済ませましょう。」
静かだった夜明けの野営地は、来訪者によって急に賑やかなものになった。
「で、その結果がこれと。」
少女が呆れながら見渡すそこは、つい先ほどまでニイドの兵士達が野営をしていた場所だった。処理しきれていない焚き火、戦いの跡らしき折れた剣が数多、持っていけなかったのか食料が少々残っているが、それ以外に残っているらしきものはない。状況を理解した少女は、ため息をつきながらシノトを睨む。
「珍しいこともあるもんですね。制圧だけはいつもあれだけするあなたが、敵を誰一人殺せずに全員に逃げられるなんて。」
「出来ると思ったんだけどね、見つかったと思ったらあっという間に逃げられたよ。できるだけ暴れはしたんだけどね。」
それはそうだろう、そうでなければこんなに剣が折れているはずがない。だがそんな言葉をグッと飲み込んで、考え込むためにまぶたを落とした。
「あいつ本当にどっちの味方だよ。俺らもしかして貧乏くじ引かされてねえか?」
「俺も思った。あいつ信じられねえくらい使えねえよな。何ができると思っただよ。」
だれかの声が聞こえるが、特定はできない。もちろんシノトにも聞こえているはずだが、その反応は驚くほど薄い。考えがまとまった少女は、目を開けた。
「明日は本隊と合流する予定なんですよ?もちろん――――――」
「責任は取るよ。」
まるで言葉の意味がわかっていないかのような表情をするシノトの印象は、いいものではなかった。しかしその事を分かってはいても、シノトは表情を崩さない。話が終わると、いつもどおりどこかに消えていく。
「悪びれてねえな、全く。」
だれかのその声も、シノトには聞こえているはずだった。




